蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第56話「航空革命」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連合艦隊旗艦戦艦「武蔵」の会議室に集められた一同は、皆緊張の面持ちを持って場に臨んでいた。

 

 その上座には、艦娘である武蔵が、そして新たな長官に就任した男が座している。

 

 古河峰一(こが みねいち)海軍大将。

 

 先ごろまで横須賀鎮守府司令官を務めていた人物であるが、山本伊佐雄前長官の殉職に伴い、新たな連合艦隊司令長官に就任していた。

 

 堀りの深い顔立ちが、どこか深い知性を感じさせる印象だ。

 

 軍令部次長や第2艦隊司令官と言った要職を歴任し、その経歴から見て判るように、海上勤務と後方の戦略立案をバランスよく経験している。

 

 性格は実直で堅実性を好み、奇手を使う事は少ない。その為、ブラフやはったりを好むギャンブラーだった山本とは正反対の人物だった。

 

「・・・・・・既に、我が軍の勝機は3割を切っていると言わざるを得ない」

 

 居並ぶ一同を前にして、古河はそのように切り出す。

 

 その言葉に、一同が息を飲むのを感じた。

 

 古河が言っている事は、誰もが考えて来た事である。ただ、自軍の不利を大っぴらに喧伝する事は、ある種のタブー視される場合が多いため、誰もが言い出せなかったのだ。

 

 第3次ソロモン開戦以降も、ソロモン諸島からの撤退を図る帝国軍と、それを追撃する合衆国軍との間で、一進一退の攻防戦が繰り広げられた。

 

 戦績としては、両軍とも五分五分といったところであったが、その度に帝国軍が大なり小なり戦力を失い、徐々にやせ細って行ったのも事実である。

 

 連合艦隊司令長官に就任した古河に求められる物は、速やかなる戦線の立て直しである。

 

 その為に必要な戦略について、本日の会議で話し合う予定だった。

 

 会議室には彼や武蔵の他、参謀長の福留茂(ふくとめ しげる)中将をはじめとする、新連合艦隊司令部幕僚に武蔵と同じくGF司令部直属の大和、連合航空艦隊司令官の小沢治俊中将や、彼が旗艦とする蒼龍。その他、近藤信行中将の後を継いで、第2艦隊司令官に就任した、栗田武夫中将や、第2艦隊旗艦の愛宕も顔を見せている。

 

 その他、GF主力を構成する主だったメンバーが顔を合わせる中、会議は進められていた。

 

「基本戦略は、勢力圏を縮小して守りを固める、でよろしいのではないでしょうか?」

 

 発言したのは、参謀長の福留だった。

 

 彼は前任者の宇垣護や、ミッドウェーに散った山口多聞と兵学校の同期生である。

 

「ソロモンで敗れ、戦力が大きく後退した今、我が軍に残された道は、防衛力を徹底的に強化した上で敵を迎え撃つ以外に無いと考えます」

 

 福留の言葉に、居並ぶ一同は頷きを返す。

 

 誰もが、今現在の戦力で取り得る方策は、それしかないと考えていたのだ。

 

 既に水上艦艇については、一連の戦闘で損傷した大型艦の殆どが既に復帰を果たしている。これらの艦隊を持って、基本戦略をこれまでの攻勢中心から、元々の防衛中心の物へと戻せば、まだまだ充分に戦えるはずだった。

 

「問題は航空機です」

 

 発言したのはGF航空参謀の原田実(はらだ みのる)大佐だった。

 

 かつて、帝国海軍の栄光を一身に担っていたと言っても良い第1航空艦隊において、航空参謀を務めていた人物である。

 

 航空戦においては素人同然だった南雲忠志(なぐも ただし)からは絶大な信頼を置かれ、航空関係の一切を任されていた原田。それ故、一部の陰口では第1航空艦隊の事を「原田艦隊」などと呼んでいる者もいたほどである。

 

 その原田であるが、ミッドウェー海戦後は1航艦参謀の任を解かれ、陸上勤務についていたが、新生GF司令部に航空参謀として着任したのだった。

 

「消耗の激しい航空部隊の再建を急ぐ事こそが、勝利への近道であると考えます。既に内地では新鋭の艦爆や艦攻、さらには艦上偵察機も量産体制に入っております。これらの実戦配備を急ぎ、敵軍襲来に備える事が肝要と考えます」

 

 原田の言う通り、艦上爆撃機は二式艦偵をベースにした彗星艦爆が従来の99艦爆に取って代わりつつあり、更に艦攻についても、97艦攻の後継機に当たる天山艦攻の開発に成功している。

 

 彗星は現時点での主力艦爆である99艦爆に比べると最高速度は380キロから530キロと、一気に100キロ以上増速されている。更に搭載爆弾に関しても、99艦爆の250キロに対し、彗星が500キロとなっている。これらの事から、ほぼ99艦爆の倍以上の攻撃力が期待されていた。

 

 天山艦攻についても同様に速度面に優れ、最高速度が386キロに留まっていた97艦攻に比べると、460キロとこちらも100キロ近い増速が成されている。

 

 更に、偵察機としては破格の性能を誇る、彩雲の開発も急がれているところだ。

 

 これらの機体は、機動部隊の新たなる翼として大いに期待を寄せられていた。

 

 機材だけを見れば、確かに帝国海軍の航空隊は、再建が進みつつある。

 

 しかし、

 

「少し、お待ちいただきたい」

 

 挙手をしたのは、小沢だった。

 

 主力艦隊を預かる小沢としても、航空行政に関する議論に対して意見を持っている様子だった。

 

「ただいまの航空参謀の意見だが、確かに艦攻や艦爆の新型が完成したのは喜ばしい事だと思う。ただ、艦攻、艦爆ばかり開発したとしても、戦局挽回にはつながらないと考える」

 

 敵艦を攻撃する上で、艦攻や艦爆が不可欠である事は小沢もよく判っている。

 

 だが、それらが敵戦闘機の迎撃に脆いのは言うまでも無い事である。加えて、合衆国艦隊の放つ対空砲火は帝国艦隊のそれに比べて明らかに強力であり、仮に敵戦闘機の迎撃を突破したとしても、攻撃に成功する機体は、更にその半分以下、と言うのが常である。

 

 珊瑚海、ミッドウェー、南太平洋海戦等、過去の戦いを見る限り、帝国軍が攻撃隊を放ち敵空母を捕捉しながらも、多大な犠牲を出してきた例は多々ある。

 

 今日、航空隊が壊滅的な被害を受けて消耗し尽くしているのは、ひとえに攻撃偏重主義の部隊編成が招いた結果だと、小沢は考えていた。

 

「故に私は、艦攻や艦爆では無く、これまで以上に戦闘機の開発と、パイロット育成に力を入れるべきだと考えます」

「これまで以上と言うがね、小沢君」

 

 口を開いたのは古河自身だった。

 

 古河はどちらかと言えば戦艦中心の大鑑巨砲主義的な思考の持ち主であるが、それでも昨今の主力が飛行機に移っている事は理解している。

 

 その為、小沢の意見を無視できないと判断して口を出して来たのだ。

 

「現状でも、機動部隊は戦闘機を中心の編成をしている。現に母艦航空隊の半分は戦闘機だ。それでも不足と言うのかね?」

「不足です」

 

 古河に対して敬意を表しつつも、小沢はバッサリと斬り捨てるように言い切った。

 

 幕僚や提督たちがざわめく中、小沢は真っ直ぐに古河を見据えて言う。

 

「情報によれば、既に敵軍は先に沈めたヨークタウン級やレキシントン級を上回る空母を大量に建造し、更にそれに搭載する航空機も開発に成功しているとか。それらが太平洋に姿を現せば、現状の連航艦の戦力を上回る事は間違いありません」

 

 小沢の説明に、居並ぶ何人かが賛同するように頷くのが見えた。

 

 既に中立国経由で得た情報により、合衆国海軍が戦力を立て直しつつある情報は、皆が共有するところである。

 

 そして、もしそれらの艦隊が大挙して押し寄せた場合、防ぎきれない可能性が高いと言う小沢の言葉も、非情に説得力が高かった。

 

 だが、

 

「そんな事は無いッ」

 

 甲高い声で否定したのは原田だった。

 

「パイロット達に猛訓練を課し、数の差を質で埋めれば勝てるはずだ。かつての第1航空艦隊のように、精鋭部隊を作り上げる事ができれば、どんな敵が来ようとも襲瑠々に値しませんッ」

 

 演説を行うように、皆に向かって言い放つ原田。

 

 原田は元々がパイロットである為、自軍のパイロットの技量の方が、敵のそれより優れていると信じたいのだろう。

 

 実際のところ原田の言う事は、決して間違っていない。誰もが開戦初頭の1航艦が見せた活躍ぶりは覚えており、あの栄光が再現される事を期待している者も少なくない。

 

 事実、何人かの参謀や提督が、賛同するように大きく頷くのが見える。

 

 しかし、そんな原田に小沢は冷ややかな目を向ける。

 

「残念ながら、その質でも、我が軍は敵に劣って言わざるを得ない」

「そんな事は・・・・・・・・・・・・」

 

 無い、と言おうとする原田を無視して、小沢は続ける。

 

「先のい号作戦で、技量未熟なパイロットを投入したのが仇になりました。あれのせいで、連航艦はパイロットの養成を一からやり直しになり、航空隊再建問題は、敵に比べて大いに出遅れる結果となりました」

「小沢提督の御意見に、私も賛成です」

 

 発言したのは、小沢の隣に座っている蒼龍だった。小沢の連航艦司令官就任に伴い、彼女が連航艦の総旗艦を務めている。その立場から、この会議にも出席していた。

 

「真珠湾攻撃時のパイロットは、確かに皆さんが優れていました。けど、あの時は私も、飛龍も、赤城さん、加賀さん、それに翔鶴さんと瑞鶴が皆さんに協力し、何年もかけて育成に力を入れた結果です。けど、今はもう、あの頃のベテランパイロットは殆どいなくなってしまいました。今からあのレベルのパイロットを育成するには、更に数年は掛かると思います」

 

 これまで多くのパイロットを消耗した事による弊害は、何も第一線で活躍できるパイロットが減った事だけを意味している訳ではない。

 

 技術は次の世代に受け継がれて、初めて意味を成す。多くのベテランを失った帝国海軍航空隊は、その技術を次に伝える事の出来る存在も、同時に失ってしまったのだ。

 

 因みに、これは小沢や蒼龍達も知らない事だが、合衆国軍のパイロットは帝国軍の熟練パイロットに比べると、飛行時間が圧倒的に短い。当然、技量はやや見劣りするのだが、合衆国は、それをパイロットの大量養成システムを確立する事で補っている。

 

 たとえば帝国軍では、訓練は休日すら返上して短期集中的に行うのに対し、合衆国軍では、パイロット達は「戦場」「休暇」「訓練」の3パートに分かれ、期間毎にローテーションを組み、戦場と後方を行き来している。

 

 言わば、一騎当千の兵士を養成する事を目指し、パイロットに職人芸的に高度な技術を求める帝国軍に対し、合衆国軍はとにかくプロの軍人である事を目指し、「死ににくい兵士」の育成に力を入れているのだ。

 

 短期的に見れば、少数精鋭で高い技量を育成する帝国軍の方が優れているように見えるが、長い目で見た場合、完全にシステム化されている合衆国軍の方が優れているのは明らかだった。

 

「連航艦長官の仰ることはごもっともですが・・・・・・・・・・・・」

 

 話を聞いていた福留が渋い顔を作りながら言う。小沢の言った事は、彼にとって痛い所を突かれたに等しかった。

 

「しかし、零戦の後継機となる予定の17試艦戦の開発が難航している状態です。代替の機体も用意できない状態では何とも・・・・・・」

 

 17試艦上戦闘機とは、海軍が零戦の後継機として期待を寄せる、次期主力艦上戦闘機の事である。

 

 しかし、その開発要求は「最高速度600キロ以上、巡航速度で5時間以上飛行可能であり、零戦並みの旋回性能を有し、武装は20ミリ4丁、更に充分な防弾性能を施す事」と言う、無茶苦茶な物であり、開発主任の体調不良もあって開発は遅れ気味となっていた。

 

 事実上、17試艦戦の実戦投入は、暫くさきとならざるを得なかった。

 

「いや、問題は機材だけではない。次の決戦までに、ある程度高い技量を持った戦闘機パイロットを、どれだけ用意できるかが、今後の戦局を決すると言って良いだろう」

 

 ハード面よりもソフト面を重視すべき、と小沢は言っているのだ。

 

 どれだけ性能の良い航空機を用意したとしても、パイロットの技量が追いつかなければ、文字通り宝の持ち腐れだった。

 

 だが、完全システム化されたパイロット養成を行っている合衆国軍相手に、数で劣る帝国軍が、敵軍を上回るだけの技量を持ったパイロットと機材を、次の決戦までに一定数用意するのは、どう考えても難しい。

 

「では、小沢提督はいかにすれば良いとお考えか?」

 

 口を開いたのは武蔵である。

 

 戦艦艦娘の彼女だが、制空権の奪取・維持は戦艦にとっても無関係ではない。

 

 上空直掩の無い状態で敵機に襲われれば、たとえ大和型戦艦と言えども無事では済まないだろう。

 

 無論、彼女も、姉の大和も簡単に沈むつもりは無いが、それでもダメージが蓄積すれば戦闘力は低下する。

 

 戦艦と言えど、万全の態勢で敵艦隊と戦う為には、機動部隊との高度な連繋が不可欠だった。

 

 一同の視線が集中する中、小沢は自らの考えを披露した。

 

「今後、機動部隊、及び基地航空隊の戦力は、戦闘機を中心に構成するべきだと思う。機動部隊で言えば、艦攻、艦爆の割合を今以上に大幅に減らし、戦闘機を充実させるべきだと思う」

 

 い号作戦以来、小沢は航空部隊再建の具体的な方策について、様々な参謀や艦娘達と意見を交わし考えていた。

 

 従来通り、戦闘機、艦攻、艦爆をバランスよく育成、量産していたのでは、間に合わなくなるのは間違いない。

 

 ならばいっそ、割り切ってしまった方がいい。

 

 戦闘機を大量生産する事で守りを固め、総合的な機数で劣っていても、戦闘機の数で上回るようにすればいいと考えたのだ。

 

 どのみち、今後は防衛戦闘が主になる筈。ならば、必要になるのは艦攻、艦爆よりも戦闘機である事は間違いない。

 

「反対です!!」

 

 否定の声を上げたのは、またしても原田だった。

 

「艦攻と艦爆を減らすですってッ!? それでは敵艦隊への攻撃力が低下してしまう事になる。船を沈めないと、敵を倒した事にはなりません!!」

 

 半ば狂乱したように言い募る原田。

 

 それに対し、小沢は冷静に返す。

 

「いや、敵の戦力を削ぐ方法が、何も敵艦を沈める事だけではない。突き詰めて言えば戦力とは、砲弾、爆弾、魚雷、銃弾、燃料と言った消耗品の事を差している。特に空母は、航空機さえ撃墜してしまえば、ただの動く箱の過ぎなくなり、脅威でも何でもなくなる。そこへ、好機を捉えて少数精鋭の攻撃隊を放てば、充分に戦果を見込める筈だ」

 

 これまでの戦いで行ってきた対艦攻撃そのものが、艦攻隊や艦爆隊に大きな犠牲を強いて来たのは事実である。

 

 だからこそ小沢は対艦攻撃を諦め、戦闘機をメインとした編成に変更。今後は来襲する航空機を迎え撃つ、防空戦闘をメインにするべき、と主張しているのだ。

 

「戦闘機ならば、艦攻や艦爆よりも少ない資材で量産できます。加えて、パイロットの養成も、今後は戦闘機による防空戦闘と、発着訓練に限定して行います。そうすれば、航法訓練や対艦攻撃訓練を省ける分、より質の高い訓練ができる筈です」

 

 それは航空隊再建を通り越し、まさしく「革命」と言っても過言ではない程の変化である。

 

 だが、残り少ない戦力で強大化しつつある合衆国軍に対抗するには、従来のやり方を踏襲しているだけでは到底足りないのも事実。

 

 限られた戦力で勝利を得るには、総花的な選択肢は捨てなくてはならない。

 

 小沢の発言には、居並ぶ皆を強制的に従わせるほどの説得力が備わっているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、おっちゃんも大胆な事するなあ。あないに言えば、反発が来るのは判ってたことやろ」

 

 食事の用意をしながら、小沢に呆れ気味の視線を向けて来たのは、小柄な体をした空母少女だった。

 

 龍驤は慣れた手つきで調理しながら、テーブルの方を見やる。

 

 そこには今、小沢の他にも、翔鶴、瑞鶴、瑞鳳と言う、1航艦の3人娘が集まっていた。

 

 会議の結果を聞いて、小沢が取った行動に対し、龍驤は嘆息を禁じ得ない様子だった。

 

「そりゃ、おっちゃんの言いたい事は判るし、うちらかてそれには賛成や。けど、あないにみんなの前で言わんでも良かったんちゃうか?」

「うちの海軍は、何かにつけて情実に走る傾向があるからな。だからこそ、大上段から真っ向から斬り込んだ方がいいと思ったまでだよ」

 

 龍驤の言葉に対し、小沢は事も無げに返す。

 

 仲間同士のかばい合いや問題点の先送り、更には旧来の意見に対する保守的な態度。それらは皆、帝国軍が持つ悪い意味での官僚主義が齎した弊害である。

 

 味方が優勢だったころはそれでも何とかなったが、既に帝国軍には昔日の力は無く、逆に敵の力は増しつつある。

 

 なあなあな状況に身を委ね、時を浪費する時間はとうに過ぎたのだ。

 

「けど、それでも間に合うんでしょうか?」

 

 口を開いたのは瑞鳳である。

 

 南太平洋海戦において、翔鶴らと共に敵の攻撃を受けて損傷した彼女だったが、今ではすっかり艦も元通りになって軍務に復帰していた。

 

「小沢提督の話だと、もう敵は戦力を整えているんですよね。ひょっとしたら、すぐにでも攻撃を仕掛けてくるかもしれないのに・・・・・・」

「今すぐ敵が来ると言う事は流石に無いだろう。だが、猶予はもう1年も無い、と言うのが私の考えだ。だからこそ、迎え撃つ体勢を整える必要がある」

 

 瑞鳳の懸念はもっともだが、その為に、急いで戦力を整える必要があるのだ。

 

「じゃあ、もう艦攻も艦爆もいらないの?」

 

 次に質問したのは瑞鶴だった。

 

 真珠湾攻撃時には、技量の未熟さから参戦が危ぶまれた彼女達だが、ミッドウェー以後かつての栄光ある1航戦の名を継ぎ戦い抜いてきた事で、今ではかつての甘さも抜け、帝国海軍の主力を担う貫禄が備わっていた。

 

 真珠湾攻撃以来、ミッドウェー以外の主要な海戦に参加してきた瑞鶴にとって、自分の役割が変更される事についての不安があるようだった。

 

 対して、小沢はゆっくりと首を振る。

 

「厳密に言えば不要と言う訳ではない。ただ、部隊を少数に限定し、戦術もそれに伴って変える必要があるだろうな」

 

 これまでの航空隊は、とかく大型艦狙いをする傾向が強かったが、小沢はその体質も改める時が来たと感じている。

 

 少数で狙うなら、やはり駆逐艦などの小型艦や輸送船に限る。

 

 たとえば少数の機体でも、駆逐艦相手ならある程度の数を沈める事ができるだろう。何より、防空輪形陣を形成する場合、駆逐艦は必ず外周に配置される。つまり、対空砲火の網がかなり薄くなり、味方の犠牲も減る事を意味する。

 

 そして駆逐艦を多数撃沈できれば、潜水艦などの活動も活発化できる。と言う訳だ。

 

「あるいは、もっと大胆な戦術を考えてみるのも良いかもしれないな」

 

 呟くように言いながら、小沢は自分の頭の中で戦術をあれこれと考えてみる。

 

 艦攻や艦爆を減らせば、確かに機動部隊の戦力は低下する事になる。しかしその分、色々と面白い戦いができるのでは、と考えている。

 

 たとえば、水上部隊と連携して対艦攻撃を行ったり、あるいは対空砲火もまばらになる夜間攻撃を考案してみるのも良いかもしれない。

 

 何も機動部隊だけで戦おうなどと考える必要はない。有効だと思うなら、どんなアイデアでも積極的に採用していくつもりだった。

 

「艦隊の航空機の内、殆どを戦闘機にすれば、たぶん連航艦だけで500機以上の戦闘機が使える筈ですね」

 

 口を開いたのは翔鶴だった。

 

「だとすれば、迎撃に回せる機体も100機から200機くらいになるでしょうから、一時的に数で敵を圧倒する事もできるかもしれませんね。勿論、敵の数にもよりますけど」

「その通りだ」

 

 それを受けて、小沢も頷きを返す。

 

「加えて、基地航空隊も含めれば1000機以上になるだろう。勿論、それだけの数の機体を用意できればの話だが。しかし、いかに合衆国軍が強大な機動部隊を繰り出して来たとしても、1000機もの戦闘機が作り出す防空体制を打ち破る事は不可能だろう」

 

 想像するだけで、勇壮な光景である。

 

 1000機もの戦闘機が作り出す防空戦闘。それはもはや「壁」と言っても良いかもしれなかった。

 

「防御を主体として戦う。それが、今後の私達のあり方、という訳ですか」

「そうだ。無理に攻めれば、ミッドウェーやエスピリトゥサントのように被害が大きくなる。もはや無駄に被害を出せる状況じゃない。なるべく被害を押さえて、敵に大損害を与えるなら、敵艦よりも敵機を狙うべきだ」

 

 翔鶴の言葉に、小沢が頷いた時だった。

 

「ほーら、出来上がりや」

 

 そう言って龍驤が差し出した皿の上には、湯気の立つお好み焼き焼きが乗せられている。ソースの香りが何とも香ばしく食欲を誘う。

 

「うわ、おいしそうッ いっただっきまーす」

「瑞鶴、はしたないわよ」

 

 いち早く箸を手に身を乗り出す妹を窘める翔鶴。しかし、そんな彼女も待ちきれないとばかりに箸を伸ばす。

 

「ん~ 美味しいですッ」

 

 瑞鳳が満面の笑みを浮かべて舌鼓を打つ。

 

 小沢もお好み焼きを食べると、笑顔を龍驤へ向ける。

 

「流石だな。美味いぞ」

「当然やろ。お好み焼きとたこ焼きは、大阪人の誇りやからな」

 

 そう言って胸を張る龍驤。

 

 だが、

 

 そんな龍驤に、小沢は不審な眼差しを向ける。

 

「いや、だがな龍驤。お前、出身は確か横須賀・・・・・・」

「細かい事気にしたらアカンでおっちゃん。偉い人はこれだから困るわ」

 

 そう言って、龍驤は肩を竦めるのだった。

 

 

 

 

 

 微睡から浮上する意識。

 

 ゆっくりと浮き上がるような感覚は、上昇する航空機の感覚に似ている。

 

 相沢直哉中尉は、ゆっくりと目を開く。

 

「あれ・・・・・・僕、どうしたんだっけ?」

 

 ぼうっとする頭を持て余しながら、直哉は意識の回復に務める。

 

 1日も早い航空隊再建を図る帝国海軍においては、パイロット達は連日のように猛訓練に晒されている。

 

 それは連航艦においても例外では無く、直哉もまた、今日も朝から愛機に乗って激しい訓練をこなして来たばかりだった。

 

 そして訓練を終えて帰って来た直哉だったが、そこで力尽きるようにベッドに倒れ、そのまま眠ってしまったのだった。

 

「ああ、そっか・・・・・・だいぶ寝ちゃったかな」

 

 まだ覚醒しきらない意識の中で、そう呟く直哉。

 

 取りあえず起きようと思い、頭を動かした。

 

 その時、

 

 フヨン

 

 何やら、好ましい感触が、後頭部のあたりに感じる。

 

 何だろう?

 

 普段はあまり感じない、それでいて、とても心地よい感触。

 

 その時、

 

「あ、起きましたか、中尉?」

「え、蒼龍?」

 

 蒼龍の声が聞こえ、意識が徐々にはっきりしてくる。

 

 いつの間に、蒼龍が来たんだろう?

 

 そんな事を考える直哉。

 

 そこで、

 

 気が付いた。

 

 自分が今、どんな体勢でいるか、を。

 

 何と、寝入っていた直哉は、正座した蒼龍に膝枕されていたのだ。

 

 しかも、

 

 それだけでも恥ずかしいと言うのに、目の前には大きな膨らみが視界を埋めるように存在している。

 

 たわわに実った蒼龍の胸が、割と存在感のある形で直哉の目前に鎮座していた。

 

 その状況を確認した瞬間、

 

 直哉の意識は一気に覚醒し、同時に顔が真っ赤に染まる。

 

「う、ウワァァァァァァ!?」

「キャッ!?」

 

 突然飛び上がった直哉に、思わず蒼龍も驚いて後ずさる。

 

 何と言うのか純情な青少年には、いささか目の毒な光景だったのは間違いない。

 

「ご、ごめん蒼龍ッ 僕、完全に寝ちゃってて・・・・・・」

「い、いえ、私の方こそ、勝手に入ってしまって・・・・・・」

 

 実際、会議を終えて小沢と共に戻ってきた蒼龍だったが、そこで直哉の部屋へと赴いた際、眠っている少年を見付け、膝枕をしてやることにしたのだ。

 

 実際、自分がなぜこんな事をしたのか、と言う事について、蒼龍自身、明確な理由があった訳ではない。ただ何となく、ベッドで倒れるように眠っている直哉を見ていたら、自然と膝枕をしてあげたくなった、と言う訳である。

 

「あ、そ、その、蒼龍・・・・・・」

「は、はい、な、何でしょう中尉?」

 

 互いにぎこちなく呼び合う2人。

 

「その、ありがとね」

「い、いえ・・・・・・」

 

 そう言うと、2人して言葉も途切れ、固まってしまう。

 

 直哉と蒼龍。

 

 2人は、お互いに恥ずかしそうに顔を染め、いつまでも見つめ合っているのだった。

 

 

 

 

 

第56話「航空革命」      終わり

 


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