蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第52話「深海の悪夢」

 

 

 

 

 

 

 

 夢を、見ていた。

 

 それは、悪夢と言って良かった。

 

 迫りくる、敵の大軍。

 

 敵艦隊は津波の如く押し寄せ、敵機は空を埋め尽くす。

 

 大地は焦土と化し、海が燃え盛る。

 

 そんな中、

 

 次々と倒れていく味方。

 

 成す術も無く、海に沈んで行く艦隊。

 

 そして、

 

 今まさに、1隻の巨大戦艦が、敵の猛攻を受けて水底に沈もうとしていた。

 

 あれは・・・・・・・・・・・・

 

 大和・・・・・・・・・・・・

 

 帝国海軍の象徴であり、世界最大最強の戦艦「大和」が、無数の敵機に群がられ、今まさに炎を上げて沈んで行く。

 

 やめろォ!!

 

 やめてくれ!!

 

 叫ぶ声も空しく、

 

 やがて巻き起こる大爆発。

 

 「大和」の巨大な艦体が真っ二つに折れる。

 

 その巨大な爆炎は正に、帝国海軍の最後を象徴する物だった。

 

 だが、

 

 「大和」を失っても尚、妄執に取りつかれた人々は、戦いをやめようとしなかった。

 

 ついには爆弾を腹に抱え、敵艦に体当たりする機体や、人間を乗せて体当たりする魚雷まで現れ始める。

 

 そして、

 

 その部隊を指揮する、

 

 自分。

 

 やがて戦いは、2度の巨大な爆発が、2つの都市を消滅させると、ようやく終わりを告げる。

 

 だが、その頃には既に、帝国と言う存在は、この地上のどこにもなくなっていた。

 

 やがて、終戦宣言を背に聞きながら、

 

 絶望の中へと沈んだ自分は飛行機に乗り込み、

 

 そして、二度と帰らぬ空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、

 

 静かになった海が、

 

 ドス黒く染まり行く。

 

 ドロリとうねる海面。

 

 口を開ける、地獄の淵。

 

 深く昏き水底より、

 

 恐怖が、生まれ出でる。

 

 海面から、ズルリと這い出る、やけに青白い腕。

 

 それを機に、次々と異形の怪物が海面から顔を上げる。

 

 人の形をした物。人の形をしていない物。

 

 全てが瞳を不気味に光らせ、海の上にあるあらゆる物を喰らい尽くしていく。

 

 そして、

 

 その化物たちの中で、ひときわ目立つ存在。

 

 髪も体も、おどろおどろしい程に白く染め上げた、1人の少女。

 

 その少女が、真っ赤に染まった不気味な目を向ける。

 

 憎悪とも、悲哀とも取れる視線。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドウシテ、コウナッテシマッタンデスカ・・・・・・・・・・・・参謀長」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 宇垣護は、そこで目を覚ました。

 

 ぼやける視界。

 

 身体を包む強烈な倦怠感により、指一本動かす事すら困難なほどだ。

 

 それでもどうにか動かそうとすると、激痛が全身を襲った。

 

「こ、れは、いったい・・・・・・・・・・・・」

 

 状況を飲み込めないまま、掠れた声を発する。

 

 いったい、何があったのか?

 

 混乱して、記憶が上手く定まらない。

 

 自分は確か、山本長官の前線視察に同行する為、ラバウル基地を出発し、ブーゲンビル島基地へと向かったはず。

 

 その後は、確か・・・・・・・・・・・・

 

 敵機の襲撃を受けて・・・・・・・・・・・・

 

「そう、だッ」

 

 声を上げる宇垣。

 

 次いで襲ってくる激痛。

 

 しかし、それにも構わず、宇垣は体を起こそうとする。

 

 全てを思い出した。

 

 ブーゲンビル基地まであと少しと言うところで、敵機の襲撃を受けた視察団。

 

 護衛の零戦隊の奮戦空しく、攻撃を受ける1式陸攻。

 

 やがて、山本長官を乗せた1号機は、炎を上げてジャングルへと突っ込む。

 

 そして、宇垣自身を乗せた機体も飛行困難になり、海上へと不時着した。

 

「山本・・・・・・・・・・・・長官・・・・・・・・・・・・」

 

 痛む身体にムチ打ち、渾身の力で起き上がろうとする宇垣。

 

 その時だった。

 

「参謀長!!」

 

 悲鳴に近い声が、室内に響く。

 

 その声に導かれるように振り返ると、

 

 そこには、口に手を当て、目に涙を浮かべて立ち尽くす、少女の姿があった。

 

「や、まと・・・・・・・・・・・・」

 

 長い黒髪をポニーテールに結い、色白で優しげな顔立ちをした少女。

 

 間違いない、大和だ。

 

 夢に出てきた怪物めいた姿では無く、宇垣の記憶にある通りの姿で、大和はそこに立っていた。

 

「参謀長!!」

 

 大和はベッドに駆け寄ると、宇垣の手を取って体温を確かめるように頬に当てる。

 

「良かった、目が覚めたんですね」

 

 少女の温もりを直に感じ、

 

 宇垣はようやく、自分が生きていると言う事を実感する。

 

「大和・・・・・・・・・・・・」

 

 尚も掠れる声で尋ねる。

 

「ここは、どこだ? いったい、な、なにが・・・・・・あった?」

「落ち着いてください」

 

 逸る宇垣に対し、少し落ち着きを取り戻した大和は、涙をぬぐいながら告げる。

 

「ちゃんと、順を追って説明しますから」

 

 大和は宇垣の手を握ると、ベッドの傍らに腰を下ろした。

 

「ここはトラックに停泊している『大和(わたし)』の医務室です。ラバウルの野戦病院よりも、私の方が施設が整っているので、こちらに移ってもらいました。因みに、参謀長たちが撃墜されてから、今は3日が経っています」

 

 それから、大和は更に説明を続ける。

 

 宇垣が乗った2号機は、宇垣自身の他に2名の生存者がいた事。連合艦隊は、近藤第2艦隊司令官が臨時に指揮代行している事。今のところ、敵が攻勢に出てくる気配はない事。

 

 やがて、

 

「・・・・・・大和」

「はい?」

 

 説明を続ける大和に対し、宇垣は自身の中で最も気になっている事を尋ねた。

 

「山本長官は、どうされた?」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀む大和。

 

 その事実を伝えるには、宇垣にはあまりにも酷すぎると考えたのだ。

 

 だが、言いあぐねる大和に、宇垣は縋るように強く手を握る。

 

「頼む・・・・・・大和・・・・・・教えてくれ」

 

 懇願する宇垣。

 

 対して、大和は痛ましそうに目を伏せる。

 

「・・・・・・・・・・・・昨日の事です。捜索に出た、陸軍の部隊から報告がありました」

 

 絞り出すような大和の声を、宇垣は黙って聞き入る。

 

 ある意味、そんな大和の態度からすでに、答が予想できていたのかもしれない。

 

 ややあって、大和は顔を上げた。

 

「ジャングルに墜落した、山本長官機を発見。同時に、長官を含む、搭乗員全員の、死亡を確認したそうです」

 

 その言葉を聞き、

 

 宇垣は深い絶望感に包まれた。

 

 山本伊佐雄が死んだ。

 

 開戦以来、常に帝国海軍を率いて戦ってきた人物。

 

 その指揮統率振りは決してほめられた物では無かったし、宇垣にとっても仕えやすい相手と言う訳ではなかった。

 

 しかし、曲がりなりにも、この2年間共に戦ってきた存在を失った事への喪失感は、否応なく襲ってくる。

 

「グゥッ!! ・・・・・・・・・・・・」

 

 噛みしめる口から洩れる嗚咽。

 

 参謀長として、長官を守れなかった悔しさが、否応なく込み上げ、宇垣の心を苛む。

 

 そんな宇垣を、

 

 大和は手をしっかりと握って、慰める事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 後に、「海軍甲事件」の名で知られる事になる、山本長官機撃墜事件は、概要を話せば、帝国軍の暗号解読に成功した合衆国軍の襲撃によるもの、と言うことになる。

 

 山本は軍刀を杖代わりにして座席にしっかりと座ったまま、眠るように死んでいたと言う。

 

 だが、いくつかの点で疑問が残り、それが後々、後世まで残る謎となっていた。

 

 まず、山本の遺体についてだが、戦闘機の機銃をまともに喰らっていたら、身体が吹き飛ばされていてもおかしくないにもかかわらず、その体には弾丸の貫通痕がある以外は綺麗な形を保っていた。この事から、山本の死因は敵機襲撃時の傷によるものではなく、小口径の拳銃による自殺、もしくは他殺ではないか、との説も挙がっている。

 

 また、暗号の乱数表が最新のものではなく、更新前の古い物が使われていた事も、後の調査で発覚している。加えて、スケジュールが事細かに書かれていた事についても言及があり、そこから謀殺説も浮上する事となる。

 

 それ以外にも、山本が実は合衆国のスパイで、視察は元々、敵と接触して亡命する為の物だった。と言う者まである。

 

 しかし、いずれも決定的証拠は何も無く、時の流れと共に真実は闇の中へと消えていく事となる。

 

 そして、

 

 事件の裏に、1人の男の嫉妬と妄執があった事も、ついに語られる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山本の遺体はトラック環礁で荼毘に付された後、本土へと帰還する「武蔵」によって厳重に運ばれた後、盛大な国葬がいとなわれた。

 

 山本の死は国内外にも大きく報じられ、多くの国民が英雄の死を悼んだ。

 

 葬儀と同時に、山本には元帥の階級が送られ、英霊として靖国神社へと合祀された。

 

 更に同盟国ドイツからも、優れた戦功をあげた軍人へ送られる宝剣柏葉騎士鉄十字賞が授与された。

 

 こうして、多くの人間が個人の栄誉をたたえる中、

 

 その一連の流れを、冷笑と共に見つめる人物たちがいた。

 

 

 

 

 

「いや、実にめでたい。山本もいいタイミングで死んでくれた物です」

 

 永野修はそう言うと、手を叩いて喜びを顕にする。

 

 彼の目の前には、腕を組んで泰然と座る富士宮康弘の姿もあった。

 

「我が軍の後退が始まった時期に、それまでの英雄だった人物が死ぬ。確かに、タイミングとしては悪くないな」

「さようです殿下。奴の死を大々的に宣伝し国民を奮い立たせ、大いに士気を上げる事に利用させてもらいましょうぞ」

 

 永野はそう言って、富士宮の言葉に同調する。

 

 山本が死んだことが、嬉しくて仕方がない、と言う感じである。

 

「山本は我々のコントロールを受け付けない厄介な存在だった。だが、それも合衆国軍が、わざわざ手間を掛けて抹殺してくれたと思えば、丸儲けだったと言えよう」

「思うに、英雄と言う物は恐竜と一緒ですな。どちらも、死んでからの方が価値がありますから」

 

 自分で上手い事を言ったつもりらしい永野は、そう言って手を叩く。

 

 そんな永野を見やりながら、富士宮は口調を改める。

 

「そんな事より、だ・・・・・・」

 

 これ以上、余計な事に時間を使いたくない、と言う感じの口調で言う。

 

「永野よ、GF長官の後任人事は万全であろうな?」

「勿論です。殿下」

 

 待ってました、とばかりに永野は前へと出る。

 

「既にリストを作ってまいりました。こちらをご覧ください」

 

 やけに手際が良い所を見ると、山本を罷免するタイミングを計っていたのだろう。永野にとって、今回の山本純色は位置から十まで渡りに船だったのだ。

 

 差し出されたリストを一読すると、富士宮は感心したように声を出した。

 

「ほう、古河を後任に推すか」

「はい。彼ならば年齢的にも適任でしょうし、何より、軍令部の意向に対して忠実に動いてくれるはずです」

 

 古河峰一(こが みねいち)大将は現在、横須賀鎮守府司令官を務めており、以前には軍令部次長や第2艦隊司令官も歴任している。いわば軍令関係と海上勤務をバランスよく経験している人物である。

 

 性格は実直で、ギャンブラーだった山本とは対照的に正攻法な用兵を好む。

 

 面白みが無い反面、堅実な戦略運用を得意としている為、今後、防衛戦略が中心となる中で、実力を如何無く発揮してくれるものと期待されていた。

 

「良かろう。これで行くが良い」

「ハハッ」

 

 富士宮の意向を確認し、頭を下げる永野。

 

 そこでふと、ある事を思い出して富士宮は尋ねた。

 

「そう言えば、例の件はどうなっているか?」

「はい。問題ございません」

 

 富士宮の問いに即答する永野。

 

 彼には、富士宮が何を言わんとしているのか、既に理解できていた。

 

「何分、先日まで前線にいた人物ですので招聘には時間がかかっておりますが、打診したところ、事後処理が済み次第、すぐに本土に戻るとの回答がございました」

 

 言ってから、永野は思い出したように付け加える。

 

「ご安心ください。先日のような事はございません。二度と、殿下に不愉快な思いはさせませんので」

 

 永野の言葉に対し、しかし富士宮は答えずに沈黙を守り続ける。

 

 その脳裏には、つい先日、会談を行った若い提督の事が思い浮かべられていた。

 

 水上彰人大佐。

 

 あの、何もかもが富士宮とは正反対の考えを持つ青年は、しかし富士宮と言う存在に対して恐れを抱くことなく、真っ向から自分の意見を主張してきた。

 

 ああいう人材をこそ大切にするべき。

 

 と言うのは三笠の言葉だ。

 

 しかし、

 

 受け入れる事はできない。

 

 それが富士宮の最終的な結論だった。

 

 いかに優れた識見を持ち、それを実行できるだけの実力を備え、更には自身の意見を曲げない信念を有していたとしても。

 

 彰人は富士宮の目指す物とは、全く違う未来を見て歩いている。

 

 そのような存在を受け入れれば、いずれ組織は自壊を引き起こす事は目に見えていた。

 

 自分に反抗的な者は、組織にいらない。

 

 能力があり、そして自分に絶対の忠誠を誓う者こそが、富士宮にとって望ましかった。

 

「期待しているぞ、永野よ」

「ハッ 全て、この永野にお任せください」

 

 そう言うと、永野は富士宮に対して頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼下に、フラフラと飛行する航空隊の様子が見える。

 

 間違いなく、敵部隊だ。

 

 しかし、

 

 その姿を見て、相沢直哉中尉は嘆息を禁じ得なかった。

 

 敵は、こちらの存在に全くと言っていいほど気付いていない。まさに、奇襲を掛ける絶好のチャンスな訳だが。

 

「・・・・・・・・・・・・何やってるんだか」

 

 一つ呟くと、操縦桿を操り零戦22型甲を降下させる。

 

 急速に近付く両者の距離。

 

 しかし、尚も相手は直哉機の接近には気付かない。

 

 照準器の中に敵機を収める直哉。

 

 そして、

 

 そのまま「発砲せずに」降下を続ける。

 

 すれ違う一瞬。

 

 そこでようやく、相手は直哉の存在に気付き、編隊を慌ててほどこうとする。

 

 その動きは、直哉を苛立たせるのに十分だった。

 

 何もかもが遅い。

 

 接近するこちらに気付くのも、気付いてからの反応も、何もかも。

 

 殆ど、撃墜してくれ、と言っているような物である。

 

 直哉はのろくさと反撃体勢を整えようとしている「敵機」を見据え、更なる追撃を掛ける。

 

 そして、自身にとって有利なポジションに到達すると、「敵機」である「零戦」の背後に回り込んだ。

 

 

 

 

 

 演習を終えた直哉は、機体を母艦である「蒼龍」へと滑り込ませた。

 

 現在、トラック環礁北側の海面を全速航行している「蒼龍」は、訓練を終えた零戦隊の収容を行っていた。

 

 直哉は愛機を降りて、整備員に後を頼むと艦橋へと上がる。

 

 そこには、演習の結果報告を受けていた小沢治俊と蒼龍が待っていた。

 

「おお、中尉、演習はどうだった?」

 

 敬礼する直哉に対し、小沢は笑顔で出迎える。

 

 海軍甲事件以来、小沢は連航艦の航空隊再建に、それまで以上に力を注いでいた。

 

 あの事件に、小沢の責任を問う声は無い。当然だろう、むしろ小沢は視察の護衛を増やすように進言するなど、事態回避に力を尽くした側なのだから。

 

 だが、周囲はそれで良くても、本人的には納得がいかないらしい。

 

 元はと言えば、航空隊の消耗が事態の根幹にある。それを考えると、決戦兵力を預かる立場上、部隊の再編に力を尽くすと言う小沢の姿勢は正しい物であると言えた。

 

 だが、だからこそと言うべきか、そんな小沢に良い報告ができない立場なのが、直哉の辛い所である。

 

「ダメですね」

 

 直哉は嘆息交じりに言う。

 

「動きが素人以下です。あれじゃあ、飛行学校に戻した方が賢明な気がしますよ」

「あの、中尉、それは・・・・・・・・・・・・」

 

 直哉の物言いに、蒼龍はやんわりとたしなめるように言う。あまりにも歯に衣を着せない物言いだった為、流石にどうかと思ったのだ。

 

 だが、そんな蒼龍を小沢が制する。

 

「いや、ここは中尉の意見が正しかろう」

 

 直哉の言葉は辛らつだが、それも無理はない。

 

 戦争は遊びではない。国家の運命が、人の命が掛かっているのだ。

 

 絶対負けられない戦いにおいて、技量未熟な兵士の存在は、直哉のようなベテランパイロット達から見れば、お荷物以外の何物でもなかった。

 

「やはり、い号作戦でいたずらに消耗したのが痛かったな。あれがなければ、今ごろは連航艦全体の技量もだいぶ上がっていたと思うのだが・・・・・・」

 

 小沢はそう言ってため息をついた。

 

 既に数度の偵察を実施し、ソロモンからニューギニア方面の合衆国軍の戦力が回復しつつあることは掴んでいる。

 

 結局、い号作戦は殆ど効果の上がらないまま、帝国海軍にとってはただ、戦力を消耗しただけに終わったのだった。

 

「まずい事態だ」

 

 小沢は憂色を強めながら呟きを漏らす。

 

「このまま行けば、我々は技量未熟な航空隊を従えたまま、優勢な敵に正面から挑まなくてはならない、と言う事態になりかねん」

 

 合衆国と帝国では、そもそもからして基礎体力となる国力に大きな隔たりがある。

 

 ここに至るまで、両軍とも、特に航空隊に壊滅的な打撃を受けているが、それを回復する力が違い過ぎる。

 

 現に、既に敵はある程度の戦力を回復させているのに対し、帝国軍はようやく錬成が始まったばかり。スタートダッシュの時点で、既にかなりの差が付けられていた。

 

「何とか、この差を埋めなくてはなるまい」

 

 思案する小沢。

 

 通常のやり方で戦力の回復を図ったのでは、差は確実に開くばかりである。

 

 その差を埋める為には、何らかの「一押し」が必要であった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 艦橋を後にして、自室へと向かおうとする直哉。

 

 その直哉を、蒼龍が小走りに追いかけてきた。

 

「中尉」

 

 声を掛けられて振り返る直哉。

 

 しかし、走って来た蒼龍と目が合うと、少しバツが悪そうに目を逸らした。

 

「中尉、さっきのは・・・・・・・・・・・・」

「判ってるよ、蒼龍の言いたい事は」

 

 言葉を遮るようにして、直哉は言った。

 

 直哉にも判っているのだ。自分が、何か得体のしれない恐怖に付き動かされ、焦っている事に。

 

 その想いが、技量未熟なパイロットへの苛立ちとなって現れていた。

 

「けどさ、蒼龍・・・・・・」

 

 直哉は、自分の手をぎゅっと握りしめる。

 

 そこには、橙色の着物を着た、髪の短い人形が握られていた。

 

「僕はもう嫌なんだ。あんな想いをするのは」

「中尉・・・・・・・・・・・・」

 

 かつて、飛龍を守る事ができず沈めてしまった自分。

 

 そんな自分を許せず、今日まで戦ってきた直哉にとっては、技量未熟なくせに前線に出てくるパイロットには苛立ちを禁じ得ないのだ。

 

 勿論、前線に出て来たのはパイロット達の意志では無く、海軍上層部の意向によるものだ。だから、直哉の良い分は全くの言いがかりと言って良い。

 

 だがそれでも、直哉は彼等に対して厳しい目を向けてしまう。

 

 全ては、愛する少女を守れなかった事への後悔から来ている。

 

「ごめん、今日はもう疲れたから、部屋で休むよ」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 力無く笑うと、直哉はそのまま蒼龍に背を向けて歩き出す。

 

 掛ける声を失い、立ち尽くす蒼龍。

 

「中尉、あなたはまだ・・・・・・飛龍の事が・・・・・・」

 

 呟く蒼龍の言葉は、誰に聞きとがめられる事も無く、空しく溶けて消えていくのだった。

 

 

 

 

 

第52話「深海の悪夢」      終わり

 


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