蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第44話「復讐者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合衆国艦隊の混乱は、いよいよもってピークに達しつつあった。

 

 初戦で先制攻撃を喰らった上に、「大和」の46センチ砲を受けて旗艦「ニューメキシコ」が轟沈。指揮系統が混乱を来していた。

 

 一方の帝国海軍は、乱戦の中にあって尚もある程度の秩序は維持しており、統制の取れた艦隊行動を行って合衆国軍と砲火を交えていた。

 

 そんな中、

 

 合衆国軍の一部の艦隊が、偶然にも帝国艦隊の側面に回り込むようにして動き始めていた。

 

 巡洋艦2隻、駆逐艦6隻と言う編成の小艦隊であるが、彼女達が向かう先には、「ミシシッピ」「アイダホ」と砲火を交える「大和」の姿がある。

 

 上手く行けば敵戦艦の背後を襲い、苦戦中の本隊を救う事ができる筈。

 

 その想いを胸に、艦隊は直進していく。

 

 もう少し、

 

 あと少しで・・・・・・

 

 誰もが、はやる気持ちで前へと進む。

 

 ふと、

 

 そこで気が付いた。

 

 艦隊の数。

 

 当初は巡洋艦2隻に、駆逐艦6隻だった筈。

 

 だが、

 

 今は巡洋艦2隻に、駆逐艦7隻。

 

 いつの間にか、1隻、多い。

 

 そのど真ん中で、

 

 長い髪を、頭の両サイドで跳ねさせた可憐な姿の少女が、ニコォっと微笑んだ。

 

「さあ、ステッキなパーティにしましょう」

 

 不敵に呟く少女、夕立。

 

 そこからの30分強に渡る時間は、ただただ「凄まじい」の一言に尽きた。

 

 「大和」に接近しようとする合衆国艦隊の内懐に密かに潜り込んだ駆逐艦「夕立」は、至近距離で主砲を乱射し、瞬く間に駆逐艦3隻を大破・炎上させると、魚雷を発射して巡洋艦1隻に命中、これを轟沈に追い込む。

 

 更に巧みな回避運動で、至近距離からの砲撃を回避しつつ主砲、及び搭載機銃を乱射、駆逐艦1隻と巡洋艦1隻に命中弾を与え、これを撃破した。

 

 最終的に、炎上しながらも必死の抵抗を試みた米重巡洋艦「ポートランド」の砲撃を受け、「夕立」は大破航行不能、後に放棄のやむなきに至る。

 

 しかし、「夕立」が示した、この無謀とも言える行動のおかげで特務艦隊本隊は、手薄な側面を、快足艦隊に強襲される危機を免れたのであった。

 

 

 

 

 

 一方、遅ればせながら、合衆国艦隊の本隊も秩序だった反撃体勢を取り戻しつつあった。

 

 まず手始めに、「大和」の強烈な砲撃に耐えながら、「ミシシッピ」「アイダホ」が照明弾を発射する。

 

 この狭い海域、敵味方入り乱れた状態では、レーダーは害悪にしかならないと、彼等もようやく気付いたのだ。

 

 明るく照らし出される戦場。

 

 その中で、一際巨大な戦艦と、突撃してくる巡洋艦、駆逐艦の姿があった。

 

「ようしッ これで条件は対等だぞ!!」

「お姉ちゃんの仇!!」

 

 ミシシッピとアイダホが、それどれ口々に叫びながら、合計で24門の主砲を撃ち放つ。

 

 たちまち、「大和」の周囲で水柱が立ち上り、その巨大な艦体に命中弾の閃光が走る。

 

 ニューメキシコを失いはしたが、まだ数の上では合衆国軍が勝っている。このまま畳み掛けるように押し切ろうと言うのだ。

 

 連続して放たれる砲撃が「大和」を襲い、そのうち何発かが命中弾となる。

 

 このままなら行ける。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 突如、「ミシシッピ」の前部甲板に、巨大な閃光が走った。

 

 衝撃で、艦内にいる殆どの人間がなぎ倒される。

 

 艦内に怒号が響き渡り、ダメージコントロール班が動き出す。

 

 顔を上げてみると、第1砲塔が完全に消失していた。

 

 「大和」の砲撃をもろに浴びて、台座ごと吹き飛ばされた形である。

 

「第1砲塔、弾薬庫注水!!」

 

 艦長の命令が響き渡る。

 

 幸いにして、命中角度が浅かったおかげで弾薬庫に火は回らなかったようだ。

 

「まだだァ!!」

 

 咆哮するミシシッピ。

 

 姉を撃沈され、自身まで傷付けられた事で怒りを抑えきれなくなっている様子である。

 

 残った9門の主砲を、怯む事無く「大和」へ向けて放つ。

 

「ジャップのデカ女がッ 船はデカければ良いってもんじゃない事を教えてやるよ!!」

 

 

 

 

 

「むッ!?」

 

 「ミシシッピ」に向けて主砲を放った直後、大和は珍しく不機嫌そうに眉を顰めて見せる。

 

 敵戦艦1隻を撃沈したとは言え、状況的には未だにこちらが不利。予断は許されなかった。

 

「どうかしたか大和?」

「いえ、何だかとても、失礼な事を言われた気がしましたので」

 

 宇垣の質問に対し、首をかしげながら答える大和。

 

 その間にも、両軍は主砲の応酬を続けている。

 

「後にしろ。今は目の前の敵に集中するんだ」

「ええ、判っています」

 

 宇垣に言われて、大和は改めて意識を集中し直す。

 

 そこへ、飛んできた砲弾が再び艦隊を直撃。

 

 衝撃が、基準排水量6万7000トンの巨体を大きく揺らす。

 

 同時に、何か致命的な部分が破砕する音が、後方から聞こえた。

 

「後部デッキに被弾っ カタパルト損傷!!」

 

 後部艦橋からの報告が、悲痛な叫びとなって聞こえてくる。

 

 ここに至るまで、「大和」が喰らった砲弾は8発。体勢を立て直してからの合衆国軍の動きも侮れない物があった。

 

 勿論、「大和」も黙ってはいない。

 

 お返しとばかりに放った主砲が、再び「ミシシッピ」を捕捉。前部甲板に備えられた第2砲塔を叩き潰した。

 

 だが、残る「アイダホ」は手を緩める事無く「大和」に砲撃を浴びせてくる。

 

 その内の2発が大和に命中。

 

 1発はヴァイタルパートの厚い装甲に弾かれた物の、残る1発は高角砲に命中し、砲塔そのものを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 戦艦同士の砲撃が続く中、

 

 合衆国艦隊の後方から迫る影が2隻存在した。

 

 細い3本煙突は、帝国海軍の軽巡洋艦が持つ特徴の一つである。

 

「いや~ すごい光景だね~ ハイパーだね~」

 

 少し脱力した感じに、北上が呟く。

 

 視界の先では、敵戦艦2隻と砲火を交わす「大和」の姿があった。

 

 その決戦場を目指して、「北上」「大井」から成る第9戦隊がひた走っていた。

 

「大和と敵戦艦の間に割り込むぞ。目標は後続艦の方だ。そちらの方が被害が少ないようだしな」

「おっけー了解。大井っちにも伝えておいて」

 

 妙に気迫の薄い返事をする北上。

 

 一見すると真剣みに欠けるようにも見えるが、これが彼女にとっての素である為、司令官は何も言おうとはしない。

 

「ま、いざとなったら大井っちもいるし。気楽に行こうよ」

「その通りだな」

 

 そう言って、互いに笑いあう北上と司令官。

 

 これから戦艦同士の砲撃戦の只中へ飛び込んで行くとは、とても思えない緊張感の無さである。

 

 その間にも第9戦隊は、最高速度の31ノットで突撃し、戦艦同士の砲撃戦へと割り込みを掛けていく。

 

 対して、合衆国軍の方は「大和」を仕留める事に躍起になっているのだろう。後方から忍び寄ってくる「北上」「大井」の存在には気が付いていなかった。

 

「いや~好都合だね~ あたしも大井っちも、戦艦の主砲どころか、下手すれば機銃一発でも沈んじゃうから」

「いやはや全く」

 

 互いに冷や汗交じりの苦笑をする北上達。

 

 とある改装を施された2隻の軽巡洋艦はある意味、もろ刃の剣とでもいうべき危険な存在となっていた。

 

「目標、左舷90度、敵戦艦!! 統制雷撃戦用意!!」

「はいよッ」

 

 司令官の指示に従い、「北上」は攻撃態勢を整える。

 

 後続する「大井」もまた、「北上」同様に体勢を整えつつある。

 

 その視界の先で迫りくる戦艦の巨大な影。

 

 そのシルエットを見据え、

 

「発射始め!!」

 

 司令官の声が、鋭く響き渡った。

 

 本来、球磨型軽巡洋艦に所属する「北上」と「大井」だったが、水雷戦力の強化を目指す帝国海軍の方針に従い、特殊な改装が施されていた。

 

 艦体中部から後部にかけての主砲が全て撤去され、代わりに空いたスペースに多数の魚雷発射管を搭載したのである。

 

 その数実に、4連装発射管が両舷合わせて10基。

 

 即ち1隻で片舷20射線、両舷で40射線、2隻合計すると80射線の魚雷発射が可能となる。

 

 そのすさまじさたるや、この2隻だけで1個水雷戦隊に匹敵する雷撃力である。

 

 もはや軽巡の範疇を越えたこの2隻は、「重雷装艦」と言う新たな艦種名まで与えられている。

 

 とは言え、「大和」すら上回り、世界最強の攻撃力を持つに至った2隻だが、実のところ、攻撃力以外の全てを犠牲にしたと言っても過言ではない。

 

 大量に搭載した魚雷の関係で速力は低下し、雷撃以外の火力も低下、更に先程、北上自身が言ったように、発射前の魚雷発射管に機銃弾1発でも被弾すれば、搭載魚雷が一斉に誘爆し轟沈は免れない。

 

 正に死と隣り合わせの諸刃の剣。

 

 それ故に、今まで出撃の機会を与えられずに来たのだったが、この南溟の地にてついに、その真価が発揮されようとしていた。

 

「ま、それでもこうして、1回でも活躍できたんだから、あたし的には満足なんだけどね~」

 

 そう言って、魚雷発射を終えた北上はのほほんと笑った。

 

 

 

 

 

 「北上」と「大井」が魚雷を放ち、退避に移ろうとしている頃、戦艦同士の戦いもピークを迎えようとしていた。

 

 被弾し戦力を低下させながらも、間断ない砲撃で果敢に反撃を試みる「ミシシッピ」と「アイダホ」。

 

 対して「大和」も、艦体にまんべんなく被弾しながらも、戦闘力を落とすことなく主砲を放つ。

 

 互いの砲弾が空中で交差し、命中弾の閃光が迸る。

 

「クソッ 何てタフな戦艦だッ」

 

 「ミシシッピ」艦長が、苛立たしげに舌打ちする。

 

 既に「大和」には20発近い砲弾を浴びせているにも拘らず、弱った様子を見せていなかった。

 

 だが、永遠に戦い続けられる艦など存在しない。

 

 砲撃を浴びせ続ければ、あいつもいつかは屈する時が来る。

 

「もう一息だぞ、ミシシッピ」

「ええ、判ってます」

 

 艦長の言葉に、気合の入った表情で頷くミシシッピ。

 

 あいつさえ撃沈できれば、合衆国軍の勝利は間違いない。

 

「砲撃集中。一気にたたみかけるぞ!!」

「了解ッ」

 

 「ミシシッピ」が砲撃を放とうとした。

 

 正にその瞬間、

 

 だしぬけに、巨大な閃光が「ミシシッピ」の後方にて出現した。

 

「んな!?」

 

 誰もが愕然とする中、信じがたい光景がそこにあった。

 

 「ミシシッピ」に後続していた筈の「アイダホ」。

 

 その姿が、無惨にも炎に包まれていた。

 

「アイダホが・・・・・・そんな・・・・・・何で・・・・・・・・・・・・」

 

 ミシシッピが呆然と見つめる中、

 

 「アイダホ」の艦体は後部艦橋の後部から真っ二つに分断され、前後が別々に海面に飲み込まれようとしていた。

 

 艦橋は衝撃で吹き飛び、立ち上る火柱と煙で、もはやシルエットを確認する事すらできない。

 

 この時、「アイダホ」は「北上」「大井」が発射した40本の魚雷の内、実に12本が片舷に命中し大浸水を引き起こすと同時に、その内3発が後部主砲塔の弾薬庫を直撃、致命的な誘爆を引き起こしていた。

 

 恐るべきは重雷装艦の攻撃力である。

 

 他の要素をすべて排除し、自らの命と引き換えにする覚悟を持って成された捨て身の攻撃は、これほどまでの威力を発揮する物なのだ。

 

「イヤァ アイダホッ!! アイダホォォォォォォ!!」

 

 髪を振り乱し、半狂乱になって叫ぶミシシッピ。

 

 大切な姉と妹を一度に失い、彼女の正気は失われようとしていた。

 

 そんなミシシッピに、艦長が慌てて駆け寄る。

 

「落ち着けミシシッピ!! まだ敵は・・・・・・・・・・・・」

 

 言い掛けて、艦長は言葉を止める。

 

 耳に聞こえてくる、独特の風切り音。

 

 まるで死神の声を連想させるその音を前にして、全身から急速に血の気が引いて行くのが判る。

 

 次の瞬間、

 

 「大和」が放った46センチ砲弾3発が、容赦なくミシシッピに命中。上部水平装甲を難なく貫通して艦内で炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニュージョージア島近海において、第1特務艦隊と合衆国軍が交戦している頃、

 

 ガダルカナル島脱出を目指す第2特務艦隊は、危機に陥りつつあった。

 

 闇の彼方で炸裂する閃光。

 

 不気味な風切り音が、海を覆い尽くすように響き渡る。

 

 次の瞬間、重巡「古鷹」の周囲に、巨大な水柱が立ち上った。

 

「古鷹さんが狙われていますッ 提督!!」

 

 鳥海の悲痛な叫びが響く。

 

 相手は戦艦を含む有力な水上砲戦部隊。

 

 重巡と駆逐艦しかいない第2特務艦隊に敵う相手ではない。

 

 だが、それでも、

 

「全艦突撃準備ッ 砲雷同時戦用意!!」

 

 悲壮な覚悟を持って三川は命じる。

 

 今回、第2特務艦隊の任務はガダルカナル島を脱出した守備隊を後方に逃がす事にある。

 

 ならばその任務は万難を排して実行しなくてはならない。

 

 たとえ、自分達の全滅と引き換えにしてでも。

 

 ただちに護衛隊形を解き、突撃隊形に組み替えるように運動する第2特務艦隊各艦。

 

 三川は既に、船団には駆逐艦2隻の護衛を付けて下がらせている。

 

 これで第2特務艦隊の戦力は、重巡4隻に駆逐艦2隻のみ。

 

 戦艦1隻を伴う艦隊と対峙するには、明らかに自殺行為の編成である。

 

 それでも、やるしかなかった。

 

 だが、事態は三川たちが想定していたよりも数段、最悪だった。

 

 陣形を組み替えようと動きを見せる第2特務艦隊。

 

 だが、陣形が完成する前に、破局は襲ってきた。

 

 敵戦艦が放った砲弾。

 

 その内の1発が炸裂した瞬間、巨大な炎が海上を照らし出した。

 

 吹き付ける衝撃と共に、爆炎が躍る。

 

「『古鷹』被弾ッ 行き足止まりました!!」

 

 響く絶叫。

 

 帝国海軍の現役重巡の中では最古参の「古鷹」が炎上している。

 

 戦艦主砲の直撃を受けては、排水量1万トン以下の重巡はひとたまりも無かった。

 

 ギリッと、歯を噛み鳴らす三川。

 

 第1次ソロモン海戦におけるパーフェクトゲームを演出した自分達が、手も足も出せずにいる事が悔しかった。

 

 そこへ、更に敵の攻撃が続く。

 

 再び放たれる戦艦の主砲。

 

 次に狙われたのは「衣笠」だった。

 

 巨大な水柱が、再び突き上げられる。

 

 「衣笠」も必死の回避運動に入っているが、このままでは彼女も「古鷹」と同じ運命になりかねなかった。

 

 そこへ、さらに追い打ちをかけるように事態が動く。

 

「敵駆逐隊、進路を北に向け増速します!!」

「いかんッ」

 

 見張り員からの報告に、三川は舌打ちする。

 

 北に向かったと言う事は、狙いが輸送船団である事は明白である。

 

「提督・・・・・・・・・・・・」

 

 鳥海が、不安そうな表情を見せてくる。

 

 第2特務艦隊の目的を考えるなら、迷わず駆逐艦を追うべきである。

 

 しかし、それをやったら「衣笠」の命運は決する事となる。

 

 どうする?

 

 決断を迫られる三川。

 

 その時だった。

 

「『衣笠』より発光信号!!」

 

 弾かれたように、視線を向ける三川。

 

《我を顧みず追撃されたし。武運長久を祈る。さらば》

 

 その言葉に、三川は血が滲むほど唇をかみしめる。

 

 衣笠と、彼女の艦長以下乗組員たちは、作戦成功の為に捨て石になろうとしているのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・すまん」

 

 絞り出すように呟き、頭を下げる三川。

 

 その傍らでは、鳥海もメガネをはずして涙を堪えている。

 

「進路0度。敵駆逐隊を追撃する!!」

 

 それは、苦渋の決断だった。

 

 

 

 

 

 戦艦「メリーランド」は、2隻目の重巡を血祭りに上げたところで、一旦砲撃を停止した。

 

 帝国海軍がガダルカナル島からの撤退を目論んでいる可能性がある事を、ハワイの太平洋艦隊司令部から警告を受けていた合衆国軍ニュージョージア島攻略部隊は、「メリーランド」に数隻の駆逐艦を付けて分派し、帝国軍の動きを警戒していた。

 

 果たして、目論み通り帝国軍はガダルカナル島近海に現れた。

 

 そこで、「メリーランド」以下の艦隊は、帝国軍撃破の為に動き出したのだ。

 

 だが合衆国軍にも誤算があった。

 

 帝国海軍の撤収作業があまりにも早すぎた為、本来なら乗船前に船団を撃破する計画が、実際に攻撃開始したのは作業が完了し、帝国海軍の撤収が始まってからになってしまった事だった。

 

 一計を案じた合衆国軍は「メリーランド」が敵の護衛部隊を引き付ける一方で、快足の駆逐艦に輸送船団の捕捉、撃滅を委ねたのだ。

 

 防御力皆無な輸送船相手なら、駆逐艦でも撃沈は充分可能と判断しての措置だった。

 

 だが、ここでも更に予想が裏切られる。

 

 帝国海軍は重巡2隻を捨て石にして、残る艦が駆逐艦部隊の追撃に当てられてしまった。

 

 おかげで駆逐艦部隊による船団攻撃は失敗。3隻の駆逐艦を失う羽目になった。

 

「こちらも追うぞメリー。敵には巡洋艦もいる。駆逐艦だけじゃ荷が重いだろう」

「了解です」

 

 艦長の言葉に頷きを返すメリーランド。

 

 敵はまだ、それほど遠くへは逃げていないはず。今ならまだ追いつける可能性がある。

 

 回頭する「メリーランド」

 

 撃沈した「衣笠」が、吹きだす炎が、海上で赤々と燃え盛っている。

 

 その炎を背に、艦首を北へと向けた。

 

 次の瞬間、

 

 だしぬけに、強烈なライトのビームによって、「メリーランド」は闇夜に明るく浮かび上がった。

 

「新手かッ!?」

 

 緊張が一気に増す中、

 

 島影から飛び出すように現れた艦隊が、「メリーランド」目指して、まっしぐらに突き進んで来た。

 

 

 

 

 

「敵艦後方に、炎上中の味方艦ッ 『衣笠』と思われます!!」

 

 見張り員からの報告に、彰人は黙して顔を伏せる。

 

 敵艦隊に襲撃を受けた時点で、ある程度の犠牲は覚悟していたし、それは第2特務艦隊の将兵・艦娘も同様である。

 

 むしろ今のところ、船団の方に被害が出ていない事を喜ぶべきかもしれない。

 

 後は、前方にいる敵戦艦を、船団に向かわせないようにすることが肝心だった。

 

 その為に、わざわざ奇襲の要素を捨て、探照灯照射を行って闇の中に身を晒したのだ。

 

「主砲、右砲戦用意、目標、敵戦艦、弾種徹甲!!」

 

 「姫神」の前部に集中配備された2基8門の主砲が旋回し、敵戦艦を指向する。

 

 対して、当然ながら「メリーランド」の方でも「姫神」の存在に気付き、主砲を旋回させて狙いを定めてくる。

 

 並走するように主砲を向け合う「姫神」と「メリーランド」。

 

 次の瞬間、互いの砲火が闇の中で交錯した。

 

 

 

 

 

 敵の主砲が爆炎を放った瞬間、そのシルエットが喰らい階上の上でくっきりと浮かび上がった。

 

 その姿を、目に焼き付けるメリーランド。

 

「あれはッ」

 

 戦艦にしては細いシルエット。そして、前部甲板に集中配備された主砲塔。

 

 そのようなシルエットを持つ艦は、帝国海軍には1種類しかいない。

 

「ハ・・・・・・ハハハ、ハハハハハハ」

 

 乾いた笑いが、メリーランドの口から洩れる。

 

 爆発的に増大する歓喜と、それを上回る憎悪とが強烈な化学反応を起こし、感情を制御しきれなくなっているのだ。

 

 誰もが唖然として見守る中、

 

 メリーランドは凄惨な眼差しを「姫神」へと向けた。

 

「この日を・・・・・・この日をどんなに待った事か・・・・・・・・・・・・」

 

 地獄の底から這い出したような声。

 

 開戦以来、耐え忍んだ屈辱の日々が今、報われようとしていた。

 

「会いたかったぞッ ヒメカミィィィィィィッ!!」 

 

 歓喜と狂気の入り混じった叫びを爆発させるメリーランド。

 

 しかし、それも無理のない話だった。

 

 メリーランドの姉、コロラドは、北太平洋海戦で「姫神」と交戦して撃沈されている。

 

 その事を生き残った将兵たちから聞いていたメリーランドは、悲しみに打ち震え、いつか来る復讐の時を待ち続けた。

 

 それが今、ついに訪れたのだ

 

「コロラド姉様の仇だッ ビッグ7の誇りに掛けて、今日こそお前の首を貰い受ける!!」

 

叫ぶと同時に、メリーランドは8門の40センチ砲を撃ち放った。

 

 

 

 

 

 一方、「姫神」の側も、主砲を放ちながら、じりじりと「メリーランド」の前へと出始めていた。

 

 速力差が14ノットもある為、同航戦では徐々に「姫神」が先行する形になってしまうのだ。

 

 とは言え今回に限って言えば、それが有利になるとは言い難い状況である。

 

 ソロモン諸島のような狭い海域では、姫神型巡戦のような高速艦は全速を発揮しづらいのだ。

 

 だが、彰人はそれを承知の上で行動を起こしていた。

 

「面舵10、敵戦艦の前方に回り込みながら主砲を斉射!!」

「『阿賀野』に通達。第13戦隊、突撃!!」

 

 二つの命令を矢継ぎ早に飛ばす彰人。

 

 狭い海域での戦いとなる。こちらも相応の被害を覚悟する必要がありそうだった。

 

「連続斉射。敵の目を引き付けて13戦隊の突撃を掩護する!!」

 

 「姫神」の砲撃で「メリーランド」の照準を攪乱しつつ、第13戦隊の雷撃で仕留める。

 

 それが、彰人のプランだった。

 

「敵艦発砲!!」

 

 見張り員の報告を聞くまでも無く、敵戦艦の主砲が火を噴くのが見える。

 

 その間にも「姫神」は主砲を連続して斉射。うち数発を直撃させながら、「メリーランド」の前方へと回り込んで行く。

 

 こちらの意図に気付いたらしい「メリーランド」も、回頭しつつ後部主砲の射界を確保しようとしている。

 

 しかし、機動力に勝る「姫神」は、グイグイと旋回しつつ、「メリーランド」の前方へと回り込み始める。

 

「彰人、座礁には注意してください」

「うん、判ってる」

 

 姫神の警告に答えながら、彰人は慎重な操艦指示を出す。

 

 「メリーランド」の放つ砲撃が「姫神」目がけて飛んでくるが、その殆どの着弾が艦の後方に落下し、巨大な水柱を立てる。

 

 どうやら合衆国軍は、未だに正確な照準ができていないらしい。

 

 逆に「姫神」の砲撃は「メリーランド」に対し数発の命中弾を叩き出し、すでに小規模ながら火災を発生させる事にも成功していた。

 

 やがて、高速を発揮して前方に回り込んだ「姫神」に対し、「メリーランド」は後部砲塔の射角を失い沈黙を余儀なくされる。

 

 「姫神」が完全に有利な体制を整えたのだ。

 

「このまま押し込むぞッ」

「了解です」

 

 彰人の指示に従い、砲撃を続行する姫神。

 

 その砲撃が、更に命中弾を叩き出し「メリーランド」を破壊していく。

 

 このまま行ける。

 

 彰人も、

 

 姫神も、

 

 誰もが、そう思い始めていた。

 

 だが、

 

 彼等は気付いていなかった。

 

 復讐者と化した戦艦娘の放つ、恐ろしき執念を。

 

 

 

 

 

 度重なる命中弾にも拘らず、更なる主砲斉射を行う「メリーランド」。

 

 そんな中、

 

 静寂の中に、滾る憎悪を込めて、メリーランドは呟く。

 

「姉様、見ていてください。今こそ、姉様の仇を、このメリーが!!」

 

 叫ぶと同時に、主砲が轟音を上げて火を噴いた。

 

 

 

 

 

 放たれた砲弾が、真っ向から「姫神」へと向かってくる。

 

「あッ」

 

 短い声を上げる姫神。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「メリーランド」の放った砲弾は、「姫神」の艦橋基部を直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第44話「復讐者」      終わり

 


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