蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第35話「スパイダーネット」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽光が齎す、やや強烈とも取れる日差しが、艦体を焼く勢いで降り注いでいく。

 

 天気は晴朗にして、浪は穏やか。

 

 正に、出撃にはこの上ない程、絶好のシチュエーションである。

 

 自身の艦橋で腕を組み、長門は静かに、動き出す時を待っていた。

 

 胸に高鳴りを覚える。

 

 出撃はミッドウェー以来、ほぼ5か月ぶりとなる。

 

 しかも、ミッドウェーの時とは違う。

 

 あの時、長門達は機動部隊の後方を、ただついて行っただけだった。後半、撤退してきた第1航空艦隊の収容作業を行ったが、自分達が戦局に全く寄与しないまま終わってしまった事を、長門は密かに不満に思っていた。

 

 だが、今度は違う。

 

 「長門」と「陸奥」の第1戦隊は、金剛型の4隻と共に、砲戦部隊である第2艦隊に配属され、機動部隊の前衛を務める事になる。敵の航空攻撃をその身で防ぎ、状況に応じて、敵艦隊へ突撃する事もあり得る。

 

 正に、武人の本懐、ここに極まれり。長門が心の底から待ち望んだ戦場だった。

 

 長門はチラッと、自身の横に並ぶ艦に目をやる。

 

「陸奥・・・・・・・・・・・・」

 

 自身の妹であり、ワシントン軍縮条約によって失われた八八艦隊計画艦として、この世でただ2人、戦艦として生を受けた存在。

 

 「大和」が就役するまで、長く交代で連合艦隊旗艦を務めて来た相棒。

 

 長門はふと、昨夜の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 艦娘と言えど、感情表現や生活思考は人間と同じくするところである。

 

 多くの人間がそうであるように、艦娘もそれぞれに趣味を持っていたりする。

 

 では、長門の趣味は?

 

 そう聞かれると、長門は笑って「戦略・戦術の立案や艦隊運用の研究だな」とお堅いことを言う。

 

 だが、殆どの者は知らない。

 

 長門の本当の趣味を。

 

「フフフ、やはり良い物だな」

 

 手にしたスプーンを口に運び、その度に頬を緩ませる。

 

 その手には、間宮からもらってきた特盛アイスクリームがある。

 

 この特盛アイス。そのサイズは実に、大丼一杯にも達し、並みの艦娘では完食すら不可能と言う代物である。

 

 だが、長門は何のためらいも無くスプーンを突っ込むと、次々と口へと運ぶ。

 

 アイスを口に運ぶ度、長門は幸せそうに頬を緩め、口の中に広がる冷涼のパラダイスを堪能する。

 

「ん~ これだこれッ!! 流石は間宮ッ 新作のアイスも絶品だなッ 口の中でとろける感触がたまらん!!」

 

 などと、目の前のアイスに対し、惜しげも無く賛辞を贈る長門。

 

 この光景を知らない人間が見たら、魂が抜けるのではなかろうか? そう思える程の口径だった。

 

 長門は甘い物が好きである。

 

 ただし、この事実を知る者は殆どいない。

 

 他にも可愛い小物やらヌイグルミ、その他、小さな子供を愛でるのも好きである。

 

 実に少女的な趣味であると言える。

 

 長門の事実を知った者は、そのギャップの凄さから卒倒するのではないだろうか?

 

 事実今も、普段の凛とした佇まいなどどこへやら。自分の幸せな世界にとろける程浸かった姿ががそこにいた。

 

 最強戦艦の座を「大和」に譲ったとは言え、長門型戦艦は今なお、帝国海軍の中で有力な戦艦であり、また「大和」が国民に秘匿されていると言う事情から、未だに帝国国民の間では、「長門」「陸奥」こそが最強戦艦であると言う認識がある。

 

 長門も普段はその事を意識し、常に凛然とした言動を崩さないのだが、1人になると、ついつい素の自分をさらけ出してしまうのだった。

 

「ふう、ごちそう様」

 

 やがて、胸いっぱいの満足と共にアイスを完食する長門。

 

 どんぶり一杯分に達するアイスが、全て長門の胃袋へと移動し、皿の中身は完全に消滅していた。

 

 そして、

 

「フフ、お粗末様」

「うぉわぁいぇ!?」

 

 突然、すぐ横から発せられた言葉に、思わず奇声を発して後ずさる長門。

 

 見れば、いつの間に現れたのか、妹の陸奥が机に頬杖をついてこちらに視線を向けて来ていた。

 

「むむむ陸奥ゥ!? い、いつからそこにいた!?」

「結構、最初からいたわよ。長門ったら、全然気づかないんですもの」

 

 呆れ気味に言う陸奥。

 

 どうやら、アイスを食うのに夢中だった長門は、陸奥が近くにいた事すら気付かなかったらしい。

 

「まあ、私としては、あなたの可愛らしい姿を存分に堪能できてうれしかったけど」

「う、うるさい!!」

 

 顔を真っ赤にして抗議する長門。

 

 しかし、あんな姿を見られた跡では、完全に迫力は皆無だった。

 

 妹の陸奥は当然、長門の本当の趣味を知っている。知っていて時々、このようにからかいに来るのだ。

 

「そ、それより・・・・・・・・・・・・」

 

 一つ咳払いをする長門。

 

 まだ顔が赤いが、とにかく話が進まないので切り替える事にした。

 

「こんな時間にどうした?」

「ん、ちょっとね。出撃前に、あなたと話しがしたくて」

 

 そう言って陸奥が取り出したのは、持参した酒瓶だった。どうやら、出撃前に長門と飲み明かそうと思って来たらしい。

 

 そこで、陸奥が悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

 

「けど、お邪魔だったかしら? お楽しみの所悪かったわね」

「その話はもう良い」

 

 恥ずかしい姿を見られたせいで、完全に分が悪い長門。

 

 対して、陸奥の方でもこれ以上、この可愛らしい姉をからかう気は無いらしく、酒の蓋を開けた。

 

「いよいよだな」

 

 グラスに注がれた酒を飲み欲しながら、長門は真剣な眼差しで口を開く。

 

 よく、酒を飲む人間は甘い物は苦手、と言われているが、長門にはその法則は当てはまらない。彼女は、苦手な辛いもの以外だったら大抵はいける口だった。

 

「ようやく、我らが待ち望んだ時が来た」

「そうね」

 

 グラスを両手で持ちながら、陸奥も頷きを返す。

 

 そのグラスに、長門が差し出した酒瓶から、透明な液体が注がれる。

 

「私達は、この時を20年に渡って待ち続けた」

 

 帝国海軍最強の戦艦として生まれ、世界に7隻しかいない40センチ砲搭載戦艦、所謂「ビッグ7」として国民に親しまれながら生きて来た長門型の姉妹。

 

 しかし、いざ戦争が始まってみると、主役は空母と航空機に移り、長門達第1艦隊は呉軍港に並べられ、無為に時を過ごす日々が続いた。

 

 空母の護衛や南方作戦支援に活躍した金剛型姉妹、数度の水上砲戦で戦艦2隻、空母1隻撃沈の戦果を上げている姫神型の2隻、そしてミッドウェーで華々しいデビュー戦を飾った大和。

 

 彼女達が羨ましくて仕方が無かった。

 

 いつか自分達も。そう願ってやまなかった。

 

 その機会が、ようやく訪れようとしていた。

 

「正直に言おう」

 

 長門はグラスを置くと、陸奥を真っ直ぐに見据えて言った。

 

「今度の戦い、もし敵戦艦とあい見える機会があったなら、私は敵と刺し違えても後悔はしない」

 

 それは、長門の偽らざる本音であった。

 

 戦艦として生まれ、戦艦として生きて来た長門にとって、ライバルである合衆国戦艦と戦う事は、長年夢見て来た理想だった。

 

 その理想が実現するのであれば、もはや思い残す事は何も無い。たとえ敗れて南溟の果てに沈もうとも後悔は無かった。

 

「立派な覚悟ね」

 

 対して、姉の覚悟を受け取った陸奥もまた、真剣な表情を見せる。

 

「けど、あなたを死なせはしない。あなたの事は、必ず私が守って見せるわ」

 

 長門を真っ直ぐに見据えて、陸奥は告げる。

 

 長門には長門の想いがあり、果たすべき悲願があるように、陸奥にもまた戦いに赴く覚悟がある。

 

 姉と共に戦い、姉を守り抜く。

 

 それこそが、妹であり、相棒である自分の役割であると、陸奥は考えていた。

 

 

 

 

 

 チラッと、「陸奥」の艦橋へと目を向ける。

 

 すると、そこに佇む陸奥と目が合う。

 

 頷き合う両者。

 

 これから戦いに赴く武人同士。互いの想いを確認する行為は、それで充分だった。

 

 やがて、出向命令が下り、第1戦隊の2隻は滑るように動き出す。

 

 のちの世に、「南太平洋海戦」の名前で呼ばれる事になる、日米通算、4度目となる空母機動部隊決戦。

 

 その対決の時が、刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドウェーで第1航空艦隊が壊滅した後、新たな機動部隊主力となり、栄光ある第1航空戦隊の名を引き継いだのは、翔鶴型姉妹2隻、そして軽空母の「瑞鳳」だった。

 

 1個航空戦隊に、正規空母と軽空母を混在させる編成案は、ミッドウェーでの敗北の教訓を活かした物である。

 

 現状、連航艦に所属する3隻の軽空母は、零戦と97艦攻のみを搭載している。また97艦攻は対潜用哨戒機としての役割を担っている為、事実上、直掩専用艦となっていた。

 

 「瑞鳳」もまた同様であり、その小さな飛行甲板からは、直掩用の零戦隊が発艦しようとしていた。

 

 ソロモン諸島を西に眺めながら、南下を開始した連合機動艦隊は、第2、第7両艦隊を前衛に置きつつ、間も無くエスピリトゥサントを攻撃圏内に収めようとしていた。

 

「発艦準備、完了しました」

 

 風上に向かって全力航行する「瑞鳳」。

 

 飛行甲板からは、10機以上の零戦が奏でるプロペラの音がけたたましく鳴り響いている。

 

 発艦を待ち、整然と並ぶ姿は精悍その物と言って良かった。

 

「よし、発艦始め!!」

「はいッ」

 

 艦長の言葉に、元気良く頷きを返す瑞鳳。

 

 やがて、零戦が飛行甲板を蹴って空へと舞い上がって行った。

 

 

 

 

 

 第1航空艦隊旗艦を務める翔鶴は、吹き付ける海風に、長い銀髪を委ねながら、彼方で発艦作業を行っている軽空母を見詰める。

 

「提督。瑞鳳隊が発艦を開始したようです」

「うむ」

 

 翔鶴の言葉に、南雲忠志中将は、重々しく頷きを返した。

 

 ミッドウェー海戦において敗北した南雲は、その後も現職に留まり、新設された連合航空艦隊を率いる立場になっていた。

 

 この人事を、南雲は海軍の温情措置である取っていた。

 

 南雲は紛う事無き敗軍の将である。本来であるなら、更迭されてしかるべき立場であるが、海軍はあえて、南雲の現職留任を認めた。

 

 ならば、期待に答えなくてはならない。

 

 先の第2次ソロモン海戦においては、敵の3空母を撃破したものの、結局トドメを刺せずに取り逃がす結果となってしまった。

 

 故に、今度こそは、と言う想いが南雲にはあった。

 

 連航艦の全ての空母が一堂に会し、戦機はこの上ない程に熟している。

 

 ミッドウェーの雪辱を、今度こそ晴らせると思っていた。

 

「よし、翔鶴、我々も行くとしよう」

「はい」

 

 南雲の言葉に頷くと、翔鶴も発艦の為に増速を始める。

 

 やがて、制空隊の零戦を筆頭に、エスピリトゥサント攻撃隊が、次々と発艦していく。

 

 今回は、先の戦いにおける教訓を踏まえ、攻撃隊の編成にも充分に気を使っている。

 

 翔鶴隊が零戦9機、97艦攻18機であるのに対し、瑞鶴隊は零戦9機、99艦爆18機となっている。これに「瑞鳳」所属の零戦も6機加わる。

 

 攻撃隊の数を無暗に増やせば、戦闘機のエアカバーが届かなくなってしまう。その事を考慮し、艦爆隊と艦攻隊を、それぞれ1次、2次に分け、交互に出す形にしたのだ。

 

 飛行甲板を蹴って大空に舞いあがって行く攻撃隊。

 

 その様子を、翔鶴と南雲は、共に手を振りながら眺めているのだった。

 

 

 

 

 

 第1航空戦隊が攻撃隊の発艦を始めているのと同時刻、第2航空艦隊旗艦「蒼龍」でも、攻撃隊の発艦が始まっていた。

 

 その中で、直哉は自らの新たなる翼となった零戦22型甲のコックピットに座り、操縦桿の具合を確かめる。

 

 既に幾度か、トラック環礁で試験飛行を行い操縦の癖には慣れている。それまで乗機にしていた機体と変わらない感覚で操縦する事ができる。問題は無かった。

 

 攻撃隊の零戦は、大半が新型の32型に切り替わっている。こちらは、22型甲に比べて速度、機動力に優れている。反面、航続力が低下を来しているのが難点である。

 

 その為、連航艦はこれまでよりも目標に踏み込む形で目標に接近する事を余儀なくされていた。

 

 ふと、視線を「蒼龍」の艦橋に向ける。

 

 そこには、髪をツインテールに縛った少女が、心配そうな眼差しを向けてきているのが見える。

 

 彼女に対する蟠りが消えた、と言えば嘘になる。

 

 しかし、いつまでも引きずるのもおかしいだろう。

 

 蒼龍のおかげで、自分はまた、こうして空母に乗る事が出来た。ならば今は、その事を素直に喜ぼうと思った。

 

 勿論、だからと言って飛龍の事を忘れられる訳ではないのだが。

 

 笑顔で手を振ると、少しだけ蒼龍が顔を綻ばせるのが見える。

 

 その笑顔を背に、直哉は愛機を加速させる。

 

 やがて、翼に風を受け、零戦22型甲は飛行甲板を蹴り、上空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翼を連ねて、帝国海軍の航空部隊が南下していく。

 

 今回の攻撃は機動部隊と基地航空隊の合同攻撃となる。

 

 第1次攻撃隊は、機動部隊から発艦した174機に加え、ガダルカナル島から戦闘機72機、ラバウルから陸攻隊64機が空中で合流し、エスピリトゥサントへ進撃する事になる。

 

 合計で310機から成る、大攻撃隊である。

 

 更に、この後は連航艦から発艦した第2次攻撃隊108機が続く。

 

 帝国海軍の作戦は、この2波に渡る攻撃によってでエスピリトゥサントの敵地上施設を壊滅せしめ、以後の攻撃は水上部隊と攻略部隊にゆだねる手筈になっていた。。

 

 その間、機動部隊は帰還機を中心に第3次攻撃隊を対艦装備中心で編成、出撃してくるであろう敵機動部隊に備える手筈になっている。

 

 ミッドウェーにおいて、二つの任務を1航艦に課した結果、指揮が混乱し、それが結果的に機動部隊壊滅と言う大参事に繋がった戦訓を考慮した措置である。

 

 まずは航空攻撃で敵拠点を徹底的に叩き、以後は別部隊に委ねる。

 

 万が一、敵機動部隊が出現しなかった場合は、機動部隊は島の上陸支援を陸攻隊と第2、第7艦隊に委ねて撤収する。それが事前の取り決めだった。

 

 その圧倒的な規模を誇る航空部隊が、今まさにエスピリトゥサントに殺到しようとしていた。

 

 既に同島の航空基地は壊滅済みである。事前の偵察で殆ど復旧が進んでいない事も確認している。

 

 今なら殆ど抵抗を受ける事無く、攻撃は成功するはず。

 

 そう思ってた。誰もが。

 

 その光景を見るまでは。

 

「なッ!?」

 

 2航艦攻撃隊の先頭を進んでいた直哉は、その光景を見て思わず絶句した。

 

 エスピリトゥサントの上空。

 

 南国特有のジャングルを下に見ながら、真っ直ぐこちらに向かってくる航空機の群れがあった。

 

 それも、10機や20機と言った数ではない。

 

 目測できるだけで100機以上。下手をすると、200機近くいるかもしれない。

 

 それらが全て、合衆国軍である事は考えるまでも無い事だろう。

 

「こいつら、どこから!?」

 

 舌打ちしながら、スロットルを開いて機体の速度を上げる。

 

 今はとにかく、行動あるしかない。考えたところで、目の前の敵が消えるわけでもないのだから。

 

 部隊の前へと飛び出す直哉の零戦22型甲。

 

 そこへ、1機のP38が、機首の機銃を放ちながら突っ込んでくる。

 

 対して、捻り込むような機動で回避する直哉機。

 

 同時に、P38の背後へと躍り出る。

 

 逃れようと速度を上げるP38。

 

 だが、既にそこは直哉の射程距離内である。

 

「喰らえ!!」

 

 両翼に4丁、及び機首に2丁、合計6丁装備した7.7ミリ機銃が火を噴く。

 

 20ミリに比べれば軽い反動。

 

 1発辺りの威力も格段に落ちる。

 

 しかし、射程、連射速度ではこちらの方が断然まさっている。

 

 6丁の銃口から空中に放たれた弾丸は、まるで小規模な弾幕を形成する用意P38を絡め取る。

 

 いかに強靭な装甲を誇る米軍機とは言え、脆い部分は存在する。

 

 フラップや装甲の継ぎ目。そして、最たる物はコックピットである。

 

 いかに強化ガラスを用いたとしても、機銃の直撃に耐えられる物ではない。

 

 たちまちコックピットを粉砕され、墜落していくP38。

 

 その姿を確認した時には、既に直哉は次の行動を起こしていた。

 

 新たな目標を見付けて背後に付き、6丁の機銃を1連射。

 

 それだけで、敵は火を噴いて落ちていく。

 

「・・・・・・良い機体だね」

 

 操縦桿を握り直しながら、直哉は自身の新たなる翼に満足感を覚える。

 

 零戦の元々の設計を変えずにいる為、癖が少なく扱いやすい。加えて、直哉が零戦に感じていた最大の不満点である武装面も改善されている。

 

 威力はあっても射程、携行弾数に問題を抱えていた20ミリ機関砲を下ろし、威力は低くても使い勝手のいい7・7ミリを搭載した事で、不満は殆ど無くなったと言って良い。

 

 威力低下の問題も、6丁と言う機銃の大量装備で充分穴埋めができている。

 

 零戦22型甲は、直哉にとって満足の行く機体に仕上がっていた。

 

 とは言え、

 

「まずい・・・・・・・・・・・・」

 

 直哉は状況を確認して舌打ちする。

 

 予想外の反撃を受けて、攻撃隊は散り散りになっている。

 

 一部の部隊は攻撃に成功したようだが、統制が乱された状態での攻撃になった為、地上部隊を制圧するには至らなかったようだ。

 

 「蒼龍」からは、ベテランの江草繁孝大尉率いる部隊が出撃しているが、その江草の腕を持ってしても、敵の防御陣地を突破するには至っていなかった。

 

 無理も無い。

 

 味方は300、対して、敵は約200程と思われる。

 

 一見すると帝国軍の方が多いようにも見えるが、帝国軍は艦攻、艦爆、陸攻を守りながら戦わなくてはならない分、どうしても戦力は分散されてしまう。不利は否めなかった。

 

「クソッ」

 

 操縦桿を倒し、高度を落としながら次の目標へと向かう直哉。

 

 間もなく、第2次攻撃隊が来援し、攻撃に加わる事になる。

 

 戦いは、ますます乱戦模様を呈し始めていた。

 

 

 

 

 

 その頃、「姫神」以下第7艦隊は、前衛を司る関係から、主力である機動部隊よりも突出した位置まで進出していた。

 

 既に第1次攻撃隊の状況についても、報告が上がってきている。

 

 しかし、

 

「あまり、良く無いね」

 

 特信班が上げて来た電文を読みながら、彰人は苦々しく呟く。

 

 前線の更新状況は、可能な限りリアルタイムで拾うように指示してある。

 

 だが、乾坤一擲で放った第1次攻撃隊が、思うように戦果を上げていない。敵の迎撃が激しすぎるのだ。

 

 今回は地上施設に対する航空攻撃は、第1次、第2次の2回のみで終わらせる事になっている。

 

 400機以上の航空機を投入して攻めきれないとなると、敵は万全な迎撃網を敷いて待ち構えていた事になる。

 

 だが、

 

「敵は、どこから来たんだ?」

「ヌーメアではないのですか?」

 

 彰人の呟きに、姫神が首をかしげるて尋ねてくる

 

 確かに、ヌーメアには大規模な敵拠点がある。そこから敵が来たと考えるのが自然であろう。本来なら。

 

 しかし、納得がいかない彰人は、考え込む。

 

 エスピリトゥサントの航空基地が壊滅している以上、他に敵の拠点があるのは間違いない。しかし仮に、敵が遥か南方のヌーメアから来たのであれば、あまりにも対応が早すぎるのだ。

 

 今回、敵はエスピリトゥサント周辺に、殆ど兵力を配置していない。と言う事を前提に作戦を行っている。

 

 しかし、もしその前提が間違っていたとしたら?

 

 彰人の中で、作戦前に感じた嫌な予感が、現実味を帯びてくるのが判った。

 

 自分達は何か、重大な事を見落としているのではないか? そんな思いが浮かんでくる。

 

「・・・・・・・・・・・・探ってみるか」

 

 もし重大な見落としがあったとしたら、作戦が根底から破綻しかねなかった。

 

「姫神、水偵を発進させて。エスピリトゥサント上空の敵機が、どこに帰投するか見極めるんだ」

「判りました」

 

 頷く姫神。

 

 程無く、後部から乾いた音と共に、水上偵察機が発艦していくのが見える。

 

 その様子を、祈るような視線で眺める彰人。

 

 その胸の内に広がる不安は、もはや無視できない程に成長しようとしていた。

 

 

 

 

 

 そして、

 

 不幸な事に、彰人の不安は杞憂ではなかった。

 

 エスピリトゥサントの南方、同じニューヘブリディーズ諸島にあるエファテ島。

 

 そこに今、ビル・ハルゼー合衆国海軍中将は立ち、滑走路を蹴って出撃していく邀撃部隊を頼もしげに眺めていた。

 

 彼等はこの日の為に合衆国軍がこの地に集めた精鋭達。ハルゼーは、南太平洋艦隊司令官として、その指揮を任されていた。

 

「提督。エスピリトゥサント島守備隊司令より入電です。《敵の第1波迎撃に成功。地上施設、及び対空砲陣地に損害を被るも、作戦行動に支障無し。引き続き、第2波の迎撃に移る》。以上です」

 

 報告を聞き、ハルゼーは口の端を吊り上げて、満足げに笑みを浮かべる。

 

「良いぞ、まずは第1段階の成功といったところか」

 

 そう呟くハルゼーの視界の中では、広大な飛行場の姿が映し出されていた。

 

 帝国海軍がエスピリトゥサントに攻撃を仕掛けて来る事は、事前の情報分析でわかっていた。

 

 その為、合衆国軍はミッドウェーの時と同様、可能な限りの迎撃態勢を築き上げたのだ。

 

 その最たる物が、このエファテ島航空基地だった。

 

 広大な飛行場に集められたの機体は、戦闘機を中心に約500機。南太平洋に展開する部隊の大半が、このエファテ島に集められた計算になる。

 

 このエファテ島基地が完成したのは、ほんの半月前。帝国海軍が高速戦艦群を使ってエスピリトゥサント島に艦砲射撃作戦を敢行する、ほんの1週間前の事である。

 

 この基地の存在を、帝国海軍は全く掴んでいなかった。

 

 彰人が全幅の信頼を置く特信班ですら例外ではない。さしもの彼等も、合衆国軍が徹底的に秘匿したまま、攻撃の僅か1週間前に完成した敵基地の存在を察知する事は不可能だった。

 

 更に合衆国軍は、エスピリトゥサントの北方に点在する島々に、コーストウォッチャーと呼ばれる監視部隊を派遣していた。

 

 これは文字通り、海岸線に布陣して敵の動向を探る少数の監視部隊だが、これらが敵を発見次第、エファテに通報していたのだ。

 

 このコーストウォッチャーの存在は地味だが、かなり有効な手段である。何しろ発見も殲滅も極めて困難な上に、殲滅したとしても容易に代わりの部隊を派遣できるのだから。

 

 それら緩急の兵力組み合わせによって、合衆国軍は綿密な迎撃作戦を組み上げ、帝国軍の来襲に備えていたのだ。

 

「ジャップ共め。貴様らは蜘蛛の巣に掛かった獲物も同然だ。あとは、この俺に食われるのを待つばかり。せいぜ足掻いて見せろ」

 

 そう言うとハルゼーは、獰猛な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

第35話「スパイダーネット」      終わり

 


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