蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第28話「錯誤は巡る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 疲労困憊で朦朧としかけた精神に、濃いコーヒーを流し込んで無理やり覚醒させる。

 

 作戦に必要な艦艇をどうにか掻き集め、南太平洋に増援として送り込むのは、かなりの重労働だった。おかげで他のスタッフたちも、一戦交えた後のように、皆が机に突っ伏している。

 

 未だに焦点の定まらぬ視線を抱えながら、レイナード・スプルーアンス合衆国軍少将は顔を上げた。

 

 間も無く、スプルーアンスが太平洋艦隊参謀長に就任し初となる、日米の大規模な激突が南太平洋で起ころうとしている。

 

 その為に必要な戦力を、ようやく送り込む事に成功したところだった。

 

「今度も勝てると、信じたいところなんだが・・・・・・・・・・・・」

 

 不安無しとはいかない声で、スプルーアンスは呟きを漏らす。

 

 艦隊は、現在考えられる限り万全の布陣で送り出している。

 

 勝てるはずだと信じたいところであるが、ミッドウェーでの勝利もギリギリであった事を考えれば、楽観はできないだろう。

 

 まして、機動部隊には壊滅的被害を与えたとは言え、敵の主力はほぼ無傷で残っているのだ。

 

「心配かね?」

 

 そう言って声を掛けて来たのは、レスター・ニミッツ太平洋艦隊司令長官だった。

 

 見れば彼の顔にも疲労の色が濃い。無理も無いだろう。つい先程まで、ニミッツもスプルーアンスや他のスタッフたちと一緒に、艦隊出航に必要な書類の処理に追われていたのだから。

 

「今回は健在な空母全てを投入。大西洋から『ワスプ』まで引っ張ってきての全力投入だ。戦艦も、『ノースカロライナ』はじめ新鋭艦が3隻。その他、補助艦艇も充実している。大丈夫。勝てるはずだ」

「そうなのですが・・・・・・・・・・・・」

 

 ニミッツの説明に対し、しかしスプルーアンスは尚も、浮かない顔をする。

 

 自分達は、何か大きな見落としをしている。

 

 そんな気がしてならなかった。

 

「今回は敵もミッドウェーの損害から回復していない。使える空母は、正規空母1隻程度。あとは小型空母が何隻か出てくる程度だろう。そう考えれば、我が方の有利は動かんさ」

「・・・・・・そうですね」

 

 そう、いかに帝国軍と言えど、絶対的な物量差は変えられない筈。

 

 ならば、多くの航空戦力を出せる合衆国軍の方が有利なはず。

 

 それが、今回の作戦実施を強行した、根底にある理由である。

 

 しかし、

 

 それでもスプルーアンスは、今はまだ、自身の中にある不安を拭い去る事ができずにいるのだった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、トラック環礁を発した帝国海軍も一路、合衆国艦隊が来襲するであろうソロモン諸島近海を目指して航行していた。

 

 連合航空艦隊は今回、3つの艦隊から成り立っている。

 

 航空戦を担当する主力部隊である第1航空艦隊と第2航空艦隊、そして前衛を担当する第2艦隊だ。

 

 戦いに際しては、この3つの艦隊が連携しつつ、戦線を構築する事になる。

 

 の、だが・・・・・・・・・・・・

 

「第2艦隊、突出しすぎたようです。所在不明」

「・・・・・・また?」

 

 姫神の報告に、彰人は呆れる思いだった。

 

 出撃以来、こんな調子が続いている。

 

 連合航空艦隊は結成から2か月が経過したばかりの新造の艦隊である。中には「翔鶴」「蒼龍」のように、損傷から回復したばかりの船まであるくらいだった。

 

 搭載している航空隊の錬成も不十分とはいえず、艦隊内部の連携も急ごしらえに近い。

 

 おかげで統一行動にすら難儀する有様だった。

 

「『蒼龍』に連絡して、捜索の許可を貰って。許可が下り次第、水偵を発艦。第2艦隊の捜索を行う」

「了解」

 

 指示を飛ばしながら、彰人は密かに嘆息する。

 

 馬鹿げた話である。敵ではなく、味方を探すために偵察機を飛ばさなくてはならないとは。

 

 無線封止中の行動である為、無電で位置確認をする事も出来ない、ここは偵察機を出して捜索する以外に無かった。

 

 ややあって、後方から乾いた音が響き、カタパルトを蹴った水上偵察機が発艦していくのが見える。

 

 顔を見合わせる、彰人と姫神。

 

 双方とも、どちらからともなく肩を竦めるのだった。

 

 

 

 

 

 こうして、日米双方ともに、問題を抱えたまま、決戦の地へと艦隊を進めていく。

 

 合衆国艦隊は、帝国艦隊は来ないと言う錯誤を抱えたまま、

 

 帝国艦隊は、寄せ集めで連携も取れない編成のまま、

 

 双方ともに、ソロモン諸島へと進む。

 

 こうして、後の世に「第2次ソロモン海戦」の名で呼ばれる事になる戦いは、お互いに問題を内に孕んだまま、否応なく幕を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁を迎えた空に、飛行甲板を蹴って航空機が次々と発艦していく。

 

 目指すはガダルカナル。

 

 半月前の戦いで、帝国軍に奪還されてしまった島である。

 

「でも、それも今日で終わりよ」

 

 呟いたのは、大柄な体躯を持った女性である。

 

 大柄、と言っても太っていると言う訳では無い。

 

 背が高く、更に女性の象徴である胸も、大きく張り出して目を引いている。

 

 僅かにウェーブの掛かった長い髪が、潮風に靡いている。

 

 航空母艦「サラトガ」の艦娘は、前方に広がる戦場を見据え、不敵な笑みを浮かべる。

 

 彼女にとっては、ほぼ初と言っても良い、本格的な実戦参加である。

 

 思えば、開戦から半年以上経つと言うのに、不遇な日々を送っていた。

 

 殆どの日々を、拠点への航空機輸送と言う地味な任務をこなす事で過ごしていた「サラトガ」。その日々も終わり、ようやく晴れて実戦に参加できると思った矢先、潜水艦からの雷撃を受けて長期ドッグ入りの憂き目に遭ってしまった。

 

 その間に、状況はどんどん変化していった。

 

 珊瑚海では、「サラトガ」の代わりに出撃した「レンジャー」が沈没。

 

 続くミッドウェーでは勝利したものの、珊瑚海の損傷を押して出撃した「ヨークタウン」が撃沈されている。

 

 開戦から今まで、合衆国海軍が失った正規空母は、これで3隻である。

 

 しかも、その内の1隻はサラトガの姉であるレキシントンだった。

 

「レックス姉さん、どうか天国で見ていて。姉さんの仇は、必ずあたしが取って見せるから」

 

 誰よりも優しく、母性に溢れていた姉、レキシントン。

 

 誰からも慕われ、サラトガにとっても自慢の姉だった。

 

 だが、そのレキシントンは、空母としての能力も発揮できないまま、巡洋戦艦の砲撃によって沈められてしまった。

 

 さぞ、無念だっただろう。

 

 だからこそ、その無念は自分が晴らさなくてはならないと思った。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 呟きながらサラトガは、自身と並走する形で航行している、もう1隻の空母に目をやった。

 

「ワスプは、ちゃんとできているかしら?」

 

 

 

 

 

 その頃、「レキシントン」と戦隊を組む「ワスプ」でも、航空機の発艦を始めていた。

 

 自身の甲板を蹴って飛び立っていく攻撃隊。

 

 その様子を、甲板に立った少女は不安げに見つめていた。

 

 短い髪を、日本風に言えば「おかっぱ」状に切り揃え、頭には蜂のアクセサリーを飾った少女。

 

 空母としては小柄な部類に入るその少女は、「ワスプ」の艦娘である。

 

 元々は大西洋艦隊に所属し、ドイツ海軍のUボート対策に追われていたワスプだったが、太平洋戦線が帝国軍に対して苦戦を強いられている現状を鑑み、太平洋艦隊に所属変更されたのだ。

 

「みんな・・・・・・頑張って」

 

 小さな声で、少女はエールを送る。

 

 ワスプにとっては住み慣れた大西洋を離れ、強大な帝国軍が席巻する太平洋にやって来たワスプにとって、これが初めての実戦となる。

 

 不安はある。

 

 相手は、今までワスプが相手にしていたドイツ海軍よりも、数段各上の日本帝国海軍だ。

 

 これまでは水面下から襲ってくる潜水艦や、単独行動中の水上艦艇に気を配っていればよかったが、これからは空からも敵が襲ってくることになる。

 

 今までワスプが経験した事も無い戦いが、間も無く始まろうとしているのだ。

 

「けど、きっと大丈夫。みんな一緒だから」

 

 今回の戦いで、合衆国軍は保有する全正規空母を投入し、これを2群に分けて行動している。

 

 「ワスプ」「サラトガ」を中心とした第18任務部隊がソロモン諸島南側に布陣して、ガダルカナル島へ強襲を掛ける一方、「ホーネット」「エンタープライズ」を中心にした第11任務部隊は、ソロモン諸島の東側に回り込み、敵艦隊の出現に備えていた。

 

 必ず勝てるはず。

 

 その想いを胸に刻み、ワスプは飛び去って行く航空隊を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警報が鳴り響く。

 

 直哉が跳ねるようにベッドから飛び起きたのは、その刹那の後だった。

 

 飛行服は既に着ている。

 

 当直だったのが幸いした。おかげで、すぐに発進する事ができる。

 

 宿舎の外へと飛び出すと、既にそこは大喧噪に包まれていた。

 

 敵機襲来の報告を受け、ルンガ飛行場は邀撃機発進に受け、大わらわだった。

 

 既に零戦の何機かは待機所に引き出され、パイロットの搭乗を待っていた。

 

 と、そこへ数人の男達が、こちらにニヤニヤとした視線を向けてくるのが見えた。

 

「よう、『死にたがり』。今日は絶好調か? ま、せいぜい派手に暴れて、俺等の分も仕事してくれよな」

 

 見れば先日、直哉に絡んで来た中尉と、その取り巻き達だ。

 

 だが、今はこいつらに構っている暇はない。

 

「邪魔、どいてください」

 

 直哉はそう言うと、強引に中尉の体を押しのけて待機所へと向かう。

 

 中尉が何やら声を上げて抗議してきているが、全て無視してやった。

 

 既にエンジンの掛かっている愛機へと乗り込む。

 

 誘導路を通って、機体を滑走路へ持って行く。

 

「行くよ、飛龍」

 

 胸ポケットに手を当てる直哉。

 

 そこには、飛龍からもらった人形が収められている。直哉にとってのお守り代わりだ。

 

 発進始めのサインを受け取ると同時に、機体を加速させる。

 

 やがて、慣れた浮遊感と共に、零戦は払暁の空へと舞いあがった。

 

 

 

 

 

 直哉が上空に上がると、既に敵はガダルカナル島の南側外縁付近に差し掛かっており、攻撃の為に散開しようとしているのが見えた。

 

 その様子に、舌打ちする直哉。

 

 味方の立ち上がりが遅い。

 

 既に何日も前から、敵が来寇する可能性について警告を受けていた筈。直哉自身、いつ敵が来ても良いようにと準備は怠らなかった。

 

 にも拘らず、敵がここまで接近するまで気付かなかったとは。

 

 これは根本的な解決を図らない事には、いつか重大な損失を招く事になる。

 

 直哉は漠然とだが、そんな事を考えていた。

 

 とは言え、今はそのような些事を気にしている場合では無い。

 

 零戦のスロットルを開き、突撃を開始する直哉。

 

 迎撃に上がった零戦は、せいぜい30機程度。緊急発進としては多い方ではあるが、それでも、目の前の敵は100機以上はいるように見える。まともにやっていたのでは、突破を許してしまうだろう。

 

 既に北方海上には、トラックを出撃した連合航空艦隊が展開を終え、攻撃の機会を待っていると言う。

 

 ふと、直哉の脳裏に、ある少女の姿が思い浮かべられる。

 

 直哉とも縁が浅くない少女。

 

 飛龍を失って、恐らく自分以上に悲しんでいる娘。

 

「あの娘も・・・・・・来てるんだろうか?」

 

 そっと呟く声には、僅かな寂寥と回顧が混じる。

 

 だが、

 

 すぐに意識は切り換えられる。

 

 敵は既に目の前まで迫っている。余計な事を考えている余裕は無かった。

 

 突撃する直哉。

 

 迎え撃つようにワイルドキャットが向かってくる。

 

 その突撃を、直哉の零戦は風に舞うようにひらりと回避すると、そのままスピードを落とさず、背後のアベンジャーやドーントレスに向かっていく。

 

 情報から捻り込むような機動で迫る直哉の零戦。

 

 対して、狙われたアベンジャーは、どうにか逃れようと急降下を始める。

 

 しかし、

 

「もう、遅い!!」

 

 叫びながら20ミリ機関砲を1連射。

 

 火を噴くアベンジャーを尻目に、次の目標へと向かう。

 

 その頃になって、ようやく追い付いてきたワイルドキャットが、直哉機の背後に迫ろうとしているのが見えた。

 

 だが、直哉は冷静に対応する。

 

 零戦を大きく降下させて速度を稼ぐと、同時に操縦桿を引いて反転に移る。

 

 追ってきたワイルドキャットに正対する形となる直哉の零戦。

 

 その鼻先目がけて20ミリ弾を放つ。

 

 殆ど正面衝突するような勢いですれ違う両者。

 

 ややあって、ワイルドキャットは内から炎を迸らせるようにして爆砕した。

 

 連日の連戦で消耗を重ねているガ島航空隊だが、その戦闘力は未だに健在である。

 

 圧倒的な数を誇る米攻撃隊に一歩も引かずに奮闘し、尚も戦線を押しとどめる事に成功してる。

 

 これなら、連航艦の直接介入まで時間を稼げるか?

 

 直哉がそう思った時だった。

 

 ふと、上空に影が躍るのを感じ、視線を上へと向ける。

 

 そこにいた物を見た瞬間、直哉は思わずうなった。

 

「あれは・・・・・・B17!?」

 

 大木のように太いボディに、大振りな翼を持った巨人のような機体。その翼に設けられた4つのエンジンが、その機体がいかに巨大であるかを物語っている。

 

 「空の要塞」などと言う異名も、その姿を見れば決して誇張ではない事が判る。

 

 ボーイングB17フライングフォートレス。

 

 戦前から米陸軍が正式採用している重爆撃機であり、初期のフィリピン攻略戦にも姿を現した巨人機である。

 

 多数の防御砲火と強靭な装甲を誇り、零戦の機動性と攻撃力を持ってしても、極めて撃墜が困難な怪物である。

 

 当然、陸上での運用が前提の機体である。

 

 つまり合衆国軍は今回、空母機動部隊を繰り出すと同時に、これまで限定攻撃以上には使用しなかったエスピリトゥサント航空隊を、初めて本格的な攻勢に投入して来たのだ。

 

 これまで、エスピリトゥサント航空隊は、戦闘機の航続力問題から積極攻勢は控えて来たが、空母を繰り出した事で、戦闘機による護衛の目途が付いたと判断したのだろう。あるいは、艦載機でガ島航空隊を押さえている内に、B17で基地施設を叩こうと考えているのか?

 

 いずれにしても、

 

「・・・・・・敵も、いよいよ本気って訳だ」

 

 直哉は軽く唇を舐めて湿らすと、操縦桿を想いっきり引いて、機体を急上昇させる。

 

 B17は過給機(スーパーチャージャー)を搭載し、高高度でも運用できる能力を持っている。

 

 零戦の馬力では、B17の高度まで上がるのに時間がかかるだろう。

 

 だが、

 

「やるしかない!!」

 

 叫ぶと同時に、直哉は零戦をほぼ垂直に急上昇させた。

 

 

 

 

 

 その頃、ソロモン諸島から東に臨む海域に、もう一群の機動部隊が展開していた。

 

 ヨークタウン級航空母艦の「ホーネット」「エンタープライズ」を主力とする第11任務部隊は、第2次攻撃隊の発艦を控え、風上に向かって直進を掛けていた。

 

「良い感じじゃないの。ワスプもサラトガも、良い仕事してくれたわ」

 

 エンタープライズは腕を組みながら、満足そうに頷く。

 

 戦果報告は、続々と入って来ている。

 

 先制攻撃を仕掛けた「ワスプ」隊と「サラトガ」隊は、敵の迎撃を受けて甚大な被害を蒙ったようだが、その分、敵に与えた損害も大きかった。

 

 既にガダルカナル島の基地は、飛行場施設も含めて大きな損害を出しつつある。

 

 後は、こちらの部隊が攻撃を仕掛ければ、敵基地を完全に破壊する事も不可能ではないだろう。

 

「今回は楽勝よね。何しろ、敵の機動部隊は出て来れないんだし」

「まあ、俺としちゃ、出て来てくれた方が嬉しいんだけどな」

 

 エンタープライズの言葉に肩を竦めて見せたのは、戦闘機隊のギャレット・ハミル中尉である。

 

 彼はミッドウェー海戦後も、変わらず「エンタープライズ」戦闘機隊に所属していた。

 

 ミッドウェーでは、エンタープライズの姉であるヨークタウンの護衛に着きながら、彼女を守りきれなかったと言う負い目を抱えているギャレット。

 

 しかし、そんなギャレットに対し、エンタープライズは恨み言ひとつ言う事無く、今まで通りに接してくれていた。

 

 だが、ギャレットは知っている。

 

 誰もいない所で、エンタープライズが泣いていた事を。

 

 気丈な少女は、自分が泣く姿を他人に見られたくなかったのだ。

 

 そして、彼女に深い悲しみを背負わせてしまったのは自分である。

 

 だからこそ、その汚名を返上する為にも、敵の機動部隊には出てきてほしいと思っていた。

 

 「ヨークタウン」を沈めた「ヒリュウ」は、既にミッドウェーの水底に沈めている。

 

 しかし、あの時、ギャレットが対峙したパイロット。

 

 「ヨークタウン」を護衛していたギャレットの前に現れ、そして圧倒的技量で翻弄してのけた、死神のような存在。

 

 あの男が死んだとは、ギャレットにはどうしても思えなかった。

 

 生きていれば、必ずまた出てくるはず。その時こそ、決着をつける時だった。

 

「じゃあ、俺は行くよ」

「うん、気を付けてねギャレット」

 

 手を振るエンタープライズに笑い掛けながら、ギャレットは愛機へと駆け寄る。

 

 既に機体のプロペラは回り、周囲には轟音が溢れている。

 

 これで終わり。

 

 ガダルカナル島の帝国軍は壊滅し、後に控えている海兵隊の上陸作戦によって、再び島は合衆国軍の物となる。

 

 操縦桿を握り締めるギャレット。

 

 そのまま発艦シークエンスに入ろうとした。

 

 次の瞬間、

 

 旗艦「ホーネット」から、信号弾が上がるのが確認できた。

 

 それと同時に、甲板要員がフラッグを振り、「発艦一時中止」を伝えてくる。

 

「な、何だ?」

 

 驚くギャレット。

 

 彼だけではない。攻撃隊に所属する全てのパイロットが、突然の事態に困惑した表情を見せている。

 

 一体何が起きているのか・・・・・・・・・・・・

 

 考えを巡らせるギャレット。

 

 やがて、一つの可能性に思い至り、顔を上げる。

 

「まさか・・・・・・・・・・・・」

 

 それは期せずして、彼にとって望むべき展開だった。

 

 

 

 

 

 高空から一気に急降下を掛ける。

 

 凄まじい防御砲火が噴き上げて来るが、それらに一切構う事無く、機体を突っ込ませる。

 

「当たれェェェェェェ!!」

 

 叫びながら、20ミリ機関砲のトリガーを引き絞る直哉。

 

 両翼から、大口径の機銃弾が撃ち放たれ、眼下の巨人機へと吸い込まれていく。

 

 しかし、

 

「クッ!?」

 

 舌打ちする直哉。

 

 弾丸が当たっているにも拘らず、B17は小緩ぎすらしていない。相変わらず、直哉の零戦目がけて猛烈な砲火を噴き上げてきている。

 

 零戦の機銃弾は全て、分厚い装甲版に阻まれてしまっているのだ。

 

 帝国海軍が、この巨人機に苦戦する理由である。全く持って、「空の要塞」とは大したネーミングであろう。

 

 だが、

 

「それが、どうしたァ!!」

 

 更に接近する直哉。

 

 機銃の威力が足りないなら、接近して初速を上げてやれば良い。

 

 激しい弾幕の中を、更に接近する直哉。

 

 照準器の中で、B17の巨体が迫ってくる。

 

 次の瞬間、トリガーを引き絞る直哉。

 

 必殺の意志を込めた弾丸は、巨人機の原に突き刺さり内部へと侵入。燃料タンクを直撃する。

 

 B17は燃料タンクにも充分な防御を施しているが、この時の直哉の攻撃はタンクの装甲すら貫通、燃料層の内部で炸裂した。

 

 爆発するB17。

 

 その巨大な炎を背に、直哉は機体を離脱させる。

 

 やがて機体を水平飛行に戻す頃、米軍の攻撃もひと段落を迎えようとしていた。

 

 それにしても、

 

「・・・・・・だいぶ、やられたみたいだな」

 

 地上の様子を確認しながら、直哉は嘆息交じりに呟いた。

 

 無理も無い。空母艦載機とエスピリトゥサントからの陸上機、合わせて200機近い航空機の攻撃を受けたのだ。直掩隊が奮戦してどうにか半分近くは抑える事に成功したものの、基地は半壊に近い損害を受けている。

 

 飛行場の方にも火の手が上がっているのが見える。着陸できるかどうかが心配な所だった。

 

 それにしても、

 

「・・・・・・・・・・・・何で、次が来ないんだろう?」

 

 直哉は警戒するように周囲を見回してみるが、敵の第2波が襲来する気配はない。

 

 もしここで波状攻撃を掛けられたら、ルンガ飛行場の陥落は免れない所である。だと言うのに、敵の追い討ちが来ないと言う事は・・・・・・

 

「そうか」

 

 事態に思い至り、直哉は声を発する。

 

「来たんだ、連航艦が」

 

 

 

 

 

 直哉の予想は正しかった。

 

 この時、ソロモン諸島北方に展開した連合航空艦隊は、ガダルカナル島に敵軍が襲来したと言う報を受け、攻撃隊の発艦準備に入っていた。

 

 この時、出撃した連合航空艦隊の編成は、次のとおりである。

 

 

 

 

 

○第1航空艦隊

第1航空戦隊「翔鶴」(艦隊旗艦)「瑞鶴」「瑞鳳」

第12戦隊「比叡」「霧島」

第8戦隊「利根」「筑摩」

第10戦隊「長良」 駆逐艦11隻

 

○第2航空艦隊

第2航空戦隊「蒼龍」(艦隊旗艦)「龍驤」

第11戦隊「姫神」「黒姫」「島風」

第7戦隊「鈴谷」「熊野」

第3水雷戦隊「川内」 駆逐艦10隻

 

○第2艦隊

第3戦隊「金剛」「榛名」

第4戦隊「愛宕」(艦隊旗艦)「鳥海」「摩耶」

第5戦隊「妙高」「羽黒」

第2水雷戦隊「神通」 駆逐艦10隻

 

 

 

 

 

 第2航空艦隊旗艦「蒼龍」の飛行甲板でも、既に攻撃隊のエンジンが回され、プロペラの回転音が騒々しく鳴り響いている。

 

 その様子を、艦橋に立つ小沢は、魁偉な容貌で眺めていた。

 

「既に先行した潜水艦から、敵艦隊の位置が送られてきています。敵は少なくとも1隻の空母を伴っているそうです」

「潜水艦からの報告だからな、どこまで当てにして良いか判らんが、少なくとも空母を発見できたのは僥倖だった」

 

 少女からの報告に対し、小沢は満足そうに頷く。

 

 潜水艦が偵察を行う場合、海面から潜望鏡を突き出す形になるのだが、潜望鏡は位置が低いうえに、隠密性を第一とする潜水艦の性格上、小型にせざるを得ない為、精度もあまり期待できない。故に、潜水艦からの偵察報告は、どうしても誤認が付き物となってしまうのだ。

 

 だが、少なくとも空母がいるのは間違いない。今はそれだけで十分だった。

 

「よし、やるか、蒼龍」

「はい」

 

 小沢の言葉に、大きく頷く蒼龍。

 

 やがて、彼女の飛行甲板から、第1次攻撃隊が次々と発艦していった。

 

 

 

 

 

第28話「錯誤は巡る」      終わり

 


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