蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第16話「MI作戦発動」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに、その時は来た。

 

 多くの者が高鳴る鼓動を抑えきれず、前途にある戦いにそれぞれの想いを馳せる。

 

 向かう波濤の先にある勝利を夢見る者達。

 

 提督たちは己が闘志を滾らせ、兵士達は自身の職責を果たそうと必死になる。

 

 そして艦娘達は、自身を操る全ての将兵の無事を願い、戦う事を誓う。

 

 それぞれが、それぞれの想いを胸に、征途につく。

 

 そして、

 

「長官、出航準備、完了しました」

「うむ」

 

 黒鳥の言葉に、山本は厳かな頷きを返した。

 

 同時に、視線は真っ直ぐに前へと向けられる。

 

「出航!!」

 

 山本の鋭い言葉と共に、

 

 戦艦「大和」がゆっくりと動き出す。

 

 基準排水量6万4000トン。全長263メートル、全幅38メートル。

 

 45口径46センチ砲9門を備えた帝国海軍最強、否、世界最大最強の戦艦が今、竣工以来初めて、訓練以外の目的で動き出したのだ。

 

 宇垣はチラッと、大和へと目をやる。

 

 緊張の面持ちを見せる少女。

 

 ついに迎えた初陣の日を前に、高ぶる気持ちを押さえられずにいるのだ。

 

 だが、

 

 そんな大和も、宇垣の視線に気付くと、微笑を向けてくる。

 

 対して、宇垣もまた笑みを返す。

 

 それだけで、ほんの少し、緊張がほぐれた気がした。

 

 

 

 

 

 1942年5月27日。

 

 大日本帝国海軍は、開戦以来初となる、大規模な軍事行動を起こした。

 

 目標は、中部太平洋ミッドウェー環礁、及び、迎撃の為に出撃してくると思われる、アメリカ合衆国海軍機動部隊の殲滅。

 

 参加兵力は戦闘艦艇、戦艦7隻、高速戦艦4隻、巡洋戦艦2隻、正規空母4隻、軽空母4隻、重巡洋艦10隻、軽巡洋艦6隻、駆逐艦54隻、合計91隻。その他、潜水艦、護衛艦、輸送船等を含めると150隻以上になる大艦隊である。

 

 正に、帝国海軍の総力を挙げた出撃となる。

 

 その行く手に待ち受けている物が何であるか、

 

 まだ、誰も見極める事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭に付けたリボンの位置を直し、姫神は茫洋とした視線を前方に向け直す。

 

 周囲を見回せば、第2艦隊に所属する艦艇が揃って航行している姿が伺えた。

 

 同じ第11戦隊に所属する「島風」は前方に位置して警戒に当たり、妹の「黒姫」は、後続する形で付いてきている。

 

 陣形の先頭には旗艦「愛宕」が航行し、彼女を挟んで反対側には、金剛型高速戦艦の「金剛」「比叡」の姿もある。

 

 連合艦隊水上部隊の一翼を担う、堂々たる姿である。

 

 第2艦隊は今回、攻略部隊も兼ねて居る為、後方には兵士を満載した輸送船団も付き従っていた。

 

 姫神はチラッと、彰人の方に目をやる。

 

 姫神の頭には今、彰人から買ってもらったリボンが飾られている。

 

 彰人の顔を見るたびに姫神は、自分の心に僅かな揺らぎが感じるのを自覚していた。

 

 この感情の正体はいったい何なのか?

 

 訳が分からないまま、ただ持て余す事しかできないでいる。

 

 と、

 

「ん、姫神、どうかした?」

 

 視線に気付いたのか、彰人が振り返って尋ねてくる。

 

 その目を見た瞬間、姫神はまたも、己の中の「何か」が波打つように揺らぐのを感じた。

 

 しかし、

 

「・・・・・・別に」

 

 素っ気ないくそう言うと、姫神は彰人から視線を外して前方に目を向ける。

 

 対して、彰人はと言えば暫く不思議そうな眼差しを姫神に向けていたが、やがて諦めたのか、自分も前へと向き直った。

 

 そんな彰人を、姫神はもう一度だけチラッと見る。

 

 結局のところ、この感情の正体が何なのか判らない以上、姫神にも説明のしようが無かった。

 

 その時だった。

 

 突如、前方を航行していた「島風」が右に大きく舵を切り、同時に上空に向けて主砲を発射する様子が見えた。

 

「『島風』より信号ッ 敵機接近を確認!!」

「来たか」

 

 彰人は素早く艦橋の窓へと駆け寄ると、双眼鏡を上空に向ける。

 

 そこには、「島風」や他の駆逐艦が放つ、対空砲火の黒煙が次々と炸裂しているのが見える。

 

 その更に上空で、小さな黒い点がゆっくりと動いているのが見える。

 

「少数の偵察機のようです。かなり上空を飛んでいます」

「みたいだね。こっちの対空砲がまるで届いてないよ」

 

 姫神の言葉に、頷きを返して双眼鏡を外す彰人。

 

 彰人の言う通り、砲弾の炸裂は敵機の高度よりもはるか下で起こっている、あれでは、命中は期待できそうになかった。

 

 いずれにせよ、これでこちらの動きが敵に発見された事になる。

 

 第2艦隊の後方には、揚陸用の輸送船団もいる。攻撃されると、彼等を守りながら戦わなければいけない分、こちらが不利になる事は否めなかった。

 

 どうするのかと見守っていると、程なく動きがあった。

 

「『愛宕』より信号ッ 《進路120度に取れ》!!」

 

 進路120度と言うと、南東に向かうコースだ。どうやら近藤司令は、進路を偽装する事で敵の攻撃をやり過ごそうと考えているらしい。

 

「面舵20、進路120度に取れ!!」

 

 彰人も直ちに命令を下す。

 

 程無く、第2艦隊の全艦が、ゆっくりと弧を描くように回頭し、進路を南東へと向けて言った。

 

 

 

 

 

 第2艦隊が米軍の偵察部隊に発見された頃、帝国海軍の先鋒を務める第1航空艦隊にも動きが生じていた。

 

 艦隊の主力である4隻の空母「赤城」「加賀」「飛龍」「蒼龍」が、風上に向かって回頭しつつ、速力を上げていく。

 

 その周囲には戦艦「榛名」「霧島」、重巡洋艦「利根」「筑摩」、そして軽巡洋艦「長良」を旗艦とする第10戦隊が取り巻き、警戒に当たっている。

 

 ミッドウェー近海に進出した1航艦は、いよいよ第1次攻撃隊の発艦体勢に入ったのだ。

 

 その数は、零戦36機、99艦爆36機、97艦攻36機、合計108機。

 

 やはり5航戦の不参加が響いており、真珠湾攻撃時の第1波183機には大きく見劣りする物の、100機以上の大編隊が空母から飛び立つ様は、それだけでも壮観である。

 

 「飛龍」の甲板からも、攻撃隊が滑るように飛び立っていく様を、艦橋から山口多聞以下、2航戦司令部要員が見守っていた。

 

 開戦以来、無敵の快進撃を続ける第1航空艦隊は、徐々にではあるがパイロットの損耗も増しつつある。

 

 失われたパイロットの補充は当然、新兵から成され、その分、全体の技量の低下は否めなくなる。

 

 しかし、次々と華麗に飛び立っていく攻撃隊の様子からは、技量の低下など見受ける事はできない。

 

 世界中のどこを探しても、これ程の技量を持った航空部隊は他に存在しないだろう。

 

 やがて、

 

 山口が見ている前で、隊長機を示す黄色いラインが尾翼に入った97艦攻が、発艦位置に着く。

 

 新任の飛行隊長である友永丈二大尉の機体である。

 

 山口と視線を合わせると、敬礼を送ってくる友永。

 

 対して、山口もまた答礼を返す。

 

 そのやり取りを受け、友永の機体は飛行甲板を滑り始めた。

 

 一切危なげなく、ふわりと浮き上がる機体。

 

 重量800キロの陸上攻撃用大型爆弾を搭載しているとは思えない程、美しい発艦風景である。

 

 その後ろ姿を見送った後、山口は幕僚の方へと向き直った。

 

「よし、直掩隊第2陣の準備。合わせて、第2次攻撃隊は、予定通り、対艦攻撃装備で待機させるんだ」

「了解」

 

 山口の意志を受け、幕僚達が各方面に通達すべく動き出す。

 

 今回、ミッドウェーへの攻撃は第1次攻撃隊の1回で済ませ、第2次攻撃隊以降は敵機動部隊の出現に備え、対艦装備のまま待機する予定になっている。

 

 これは、図上演習の際、敵機動部隊の不意の出現によって大損害を受けた教訓を考慮した結果である。

 

 状況に変化があり次第、1航艦は直ちに対艦攻撃にシフトする事になる。

 

 

 

 

 

 飛行服への着替えを終えた直哉は、そのままパイロットの待機所へと向かう。

 

 今回、直哉は直掩部隊に配属されていた。

 

 個人的には制空隊に組み込まれてミッドウェーまで行きたかったと言う想いが無くは無いのだが、同時に自分の手で飛龍を守れるかと思うと、モチベーションも上がろうと言う物だ。

 

 と、

 

「あ、いたいた、直哉」

 

 名前を呼ばれて顔を上げると、飛龍が手を振りながら駆けてくるのが見えた。

 

「どうかした、飛龍?」

「うん。直哉に渡す物があってさ」

 

 首をかしげる直哉に、飛龍は何やら袖をごそごそと探ると、やがて、何かを引っ張り出した。

 

「じゃーん」

 

 そう言って掲げて見せたのは、掌に乗るサイズの人形だった。受け取ると、布の手触りが優しく伝わってくるようだった。

 

 橙色の着物に丈の短い袴を穿き、少し癖のある短い髪。手には何やら弓を持っている。

 

「うわ、これってもしかして飛龍? よくできてるね」

 

 直哉の言う通り、その人形は飛龍自身の特徴をよく表していた。

 

「でしょでしょ。鳳翔さんに教えてもらって作ってもらったんだ」

 

 飛龍は得意げに言って、満面の笑みを浮かべる。

 

 空母としては帝国海軍の中で最古参となる鳳翔は、こう言った家庭的な趣味も持っている。

 

 今回、その「鳳翔」も第1艦隊に同行して出撃する事になっているのだが、飛龍は打ち合わせの際に鳳翔の所に出向き、この人形の作り方を教えてもらったのだ。

 

「てなわけで、はい」

 

 そう言って、飛龍は人形を直哉の手に渡す。

 

「え、僕に?」

「そうだって言ってるでしょ。お守り代わりだよ」

 

 受け取った直哉は、その飛龍人形をジッと見つめる。

 

 そして、

 

「飛龍、ここ、解れてる」

「え、嘘っ!?」

「それに、何か微妙にバランス悪いんだけど・・・・・・」

 

 直哉が言った通り、微妙に左右がチグハグになっている。何やら、慌てて作ったと言った感じである。

 

「ウワッ はずッ ど、どうしよう!?」

 

 引っ手繰るようにして直哉の手から人形を奪い、オロオロとする飛龍。

 

 そんな飛龍を見てクスッと笑うと、直哉は少女の手から人形を受け取る。

 

「直哉?」

「いいよ、貰っておく。せっかく飛龍が作ってくれたんだし」

 

 そう言うと、直哉は飛龍の手から人形を受け取る。

 

 そんな直哉に、笑顔を見せる飛龍。

 

「頑張ってね、直哉!!」

 

 少女の激励の声に対し、直哉は人形を大きく掲げて見せた。

 

 

 

 

 

 愛機のコックピットに乗り込むと直哉は、風防を閉めて発進準備に取り掛かる。

 

 既に零戦は、整備員の手によってエンジンを掛けられ、プロペラは鋭い音を立てて回転している。

 

 友永隊以下の攻撃隊が飛び立っていった飛行甲板を、今度は直掩任務の零戦が飛び立つ事になる。

 

「おっと、忘れないうちに・・・・・・」

 

 直哉はコックピットの脇に、貰った飛龍人形を括り付ける。

 

 これで、いつでも飛龍と一緒にいられるようで、何となく嬉しかった。

 

 やがて、発艦始めの合図が成される。

 

 眦を上げて前へと向く直哉。

 

 既に「飛龍」は風上に向かって全速航行を開始している。

 

 合成風力が吹き付ける中、直哉の零戦は滑るように動き出す。

 

 やがて、鋭い両翼は風を受け、ふわりと空中に飛び上がって行った。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 第1航空艦隊の一角にて、ちょっとしたトラブルが発生していた。

 

 第8戦隊は、利根型重巡洋艦の「利根」「筑摩」から成っている。

 

 利根型重巡は、連装4基8門の主砲を、全て前部甲板に集中配備している。その点は姫神型巡戦と同じなのだが、利根型の場合、後部甲板は全て水上機発着用のカタパルトデッキになっていた。

 

 その為、利根型重巡は、同クラスの高雄型、妙高型、最上型の重巡に比べて、主砲門数が2割減になった代わりに、重巡としては破格と言える6機の水上機を搭載、運用できる。まさに「航空巡洋艦」とでも言うべき、画期的な性能を誇っていた。

 

 その偵察能力を駆使して、これまで第1航空艦隊の作戦を支えてきた、いわば縁の下の力持ちである。

 

 だが、

 

 その「利根」のカタパルトデッキで、問題が発生していた。

 

 長い髪をツインテール状に纏め、やや活発な印象のある女性である。長いスカートには、腰のあたりまで大胆なスリットが入っている。

 

 艦娘の利根は、難しい表情をして、作業中の整備員に近付く。

 

「どうじゃ、具合は?」

「ああ、問題無いっすよ。故障の原因は判ったんで」

 

 尋ねる利根に、整備員は笑いながら返す。

 

 第1次攻撃隊発艦後、「利根」と「筑摩」は、敵艦隊に対する索敵を行う為、偵察機の発艦作業に入った。

 

 しかし、偵察任務の4号機が発艦体勢に入った時、トラブルは起こった。

 

 2基あるカタパルトの内、左舷側の1基が作動せず、機体の発進ができなくなってしまったのだ。

 

「面妖じゃな。今まで、このような事は無かったと言うに・・・・・・・・・・・・」

 

 首をかしげて思案顔になる利根。

 

 開戦以来、多くの作戦に参加して偵察任務を受けをッてきた利根だったが、今までカタパルトが不具合を起こした事は無かった。

 

 それだけに、今になってなぜ? と言う疑問が湧いてくる。

 

「とにかく、すぐに修理しますんで、もうちょっと待ってください」

「すまぬが頼む。このような事で皆に迷惑を掛ける訳にはいかぬ故な」

 

 利根の言葉を受けて、整備員達は再びカタパルトに取りついて行く。

 

 ふと、利根が艦尾方向に目を向ける。

 

 その視線の先には、後続するように航行する二番艦「筑摩」の姿がある。

 

 その「筑摩」の甲板で、心配そうにこちらを見詰めている、髪の長い女性の姿を見付ける。

 

 筑摩だ。どうやら「利根」に何かトラブルが起きた事を察し、心配している様子である。

 

 そんな妹を心配させまいと、大きく手を振ってみせる利根。

 

 ややあって、利根の様子に気付いたのか、筑摩の方でも控えめに手を振りかえしてきた。

 

 結局、総点検の後、「利根」4号機は、30分の遅れで無事に飛び立っていき、この時は、大きな問題として取り上げられる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その島は狭い故か、3本ある飛行場は全て、交差するような形になっている。

 

 上空から見ると、二つの小島が寄り添うような形で存在し、それをぐるりと囲むように、環礁が見えている。

 

「あれが、ミッドウェーか・・・・・・」

 

 帝国海軍第1次攻撃隊を率いる友永は、愛機のコックピットから島の様子を眺めて呟いた。

 

 二つの島の大きさはさほど変わらないが、それでも一回り大きい方がサンド島、小さい砲がイースタン島である。

 

 事前情報では、イースタン島の方に飛行場が、サンド島の方に燃料施設と、若干の港湾施設があるらしい。

 

 そこで、「赤城」隊と「蒼龍」隊がイースタン島を叩き、「加賀」隊と「飛龍」隊がサンド島を叩く手筈になっている。

 

「全機突撃!!」

 

 友永の命令を受け、攻撃隊は動き出す。

 

 97艦攻は中高度維持し、99艦爆は高度を上げて急降下体勢に入る。

 

 そして、

 

 零戦は速度を上げて、部隊の前へと出た。

 

 同時に、イースタン島の滑走路を蹴って、米軍の迎撃機が次々と舞い上がってくるのが見える。

 

 グラマンF4Fワイルドキャットや、その一世代前に当たるブリュースターF2Aバッファローの姿もある。

 

 どちらも零戦とは似ても似つかない、ずんぐりとした太い胴が特徴の機体である。

 

 米軍も馬鹿ではない。日本軍の接近を事前に察知し、迎撃のための機体を上げて来たのだ。

 

 敵戦闘機を迎え撃つべく展開する零戦隊の様子を見ながら、ふと友永は、出撃前に会った少年の事を思い出す。

 

 相沢直哉少尉。

 

 若輩の身でありながら撃墜王(エース)に名を連ね、山口司令や飛龍からも信頼の厚い少年。

 

 彼を直掩隊に割り振ったのは失敗だったかもしれない。

 

 戦闘機とは、本来の役割はディフェンダー、つまり「守り」が主体となる兵器である。

 

 飛んでくる敵の航空機から、艦船や地上施設、そして攻撃機や爆撃を守るのが、戦闘機の役割だ。

 

 特に、敵地の真っただ中に飛び込んで行き、敵の迎撃を掻い潜って目標に取りつかねばならない攻撃隊にとって、腕の良い戦闘機パイロット程、信頼に値する存在はいない。

 

 勿論、いかに凄腕だからと言って、1人で敵全てを抑えきれるものではないが、ベテランのパイロットが1人増えるのと減るのとでは、攻撃隊が受ける心理状況もがらりと変わってくるのだ。

 

「・・・・・・まあ、言っても始まらないか」

 

 さばさばした口調で、友永は気持ちを切り替える。

 

 これから幾らでも直哉と組んで出撃する機会はあるだろう。彼の腕はその時にでも見させてもらえば良い。

 

 それに、同行してきた制空隊の面々も皆、直哉と同等か、それ以上の実力を持つベテラン揃いである。

 

 事実、友永の視界の中で、零戦がバッファローやワイルドキャットの前に立ちはだかり、砲火を閃かせていく。

 

 圧倒的な光景だ。

 

 ワイルドキャットにしろバッファローにしろ、全速力で突っかかって行くが、零戦はヒラリヒラリと風に舞うような機動を見せて攻撃を回避。

 

 逆に零戦最大の武器である小回りの良さを如何無く発揮して敵機の背後に回り込むと、大口径20ミリ機関砲を発射し、一撃の下に撃墜していく。

 

 正に「零戦無敵神話」を信じるに足る光景である。

 

「隊長、爆撃コースに入ります!!」

 

 後席に座る偵察員の声に、友永は空戦を行う戦闘機から、前方へと視線を向け直す。

 

 既に友永の97艦攻は、目標としている燃料タンクに近付きつつあった。

 

「攻撃用意!!」

 

 友永は機体を真っ直ぐに向ける。

 

 凄まじい対空砲火が、島全体から襲い掛かってくる。

 

 その様に、目を細める友永。

 

 かつて友永が活躍した中国戦線では、経験した事が無い程の対空砲火である。

 

 しかし、恐れる事無く突き進む。

 

 やがて、燃料タンクが照準器一杯に広がった瞬間。

 

「投下ッ!!」

 

 友永の鋭い命令と共に、97艦攻の腹に抱いた800キロ爆弾が投下される。

 

 途端に、機体が軽くなって浮き上がるのを感じた。

 

 後方からは、追随する指揮下の艦攻隊も、次々と爆弾を投下し、地上の燃料タンクには爆撃による炎が立ち上るのが見えた。

 

 その時だった。

 

「隊長ッ 右の燃料タンクに被弾しています!!」

 

 電信員からの報告に、友永はとっさに右翼に視線を走らせる。

 

 見れば確かに、右翼からは霧状のガソリンが噴き出ているのが見えた。

 

「了解!!」

 

 友永はそう答えると、すぐに燃料タンクのコックを捻り、右側に切り替える。

 

 タンク内の燃料が完全に失われる前に、少しでも使ってしまおうと言う判断である。

 

 それにしても、

 

「失敗だったか・・・・・・・・・・・・」

 

 地上の様子を見ながら、友永は舌打ちする。

 

 与えた被害は少ない。

 

 燃料タンクは半分以上が健在だし、滑走路は3本の内2本にある程度の損害を与えたようだが、それでも使用不能と言うには程遠い物がある。あの程度では、すぐに穴を埋めて使用を再開できそうである。

 

 後悔の念が生じる。

 

 初めから目標の分散などせず、飛行場のあるイースタン島に攻撃を集中していればよかった。そうすれば、艦攻、艦爆合わせて72機の大兵力でもって、制空権を奪えていたかもしれない。

 

 しかし、もうどうにもならない。こうなった以上、次の手を打つしかない。

 

 味方が空中集合するまでの間に、友永は1航艦宛に電文を打つ事にした。

 

《我、攻撃終了。これより帰投す。尚、爆撃の効果不十分。第2次攻撃の要有りと認む》

 

 

 

 

 

第16話「MI作戦発動」      終わり

 


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