1
目の前の滑走路を走り、大空へ舞い上がって行く大型の機体。
その様子を、カースト・ルメイは冷ややかな面持ちで眺めていた。
現在、北方からこのマリアナへと迫りつつある帝国海軍。
ニミッツ率いる合衆国艦隊の迎撃を押しのけ、彼等は指呼の間に迫ろうとしていた。
だが、そんな中、
ルメイの脳裏は、疑問符によって埋め尽くされていた。
なぜ、ジャップ共の艦隊は撤退しないのか?
昨日の空襲、そして今日の水上砲戦で、彼等は戦艦や空母を含む多数の艦艇を失い、壊滅状態と化している。
通常、これだけの損害を喰らえば撤退を決断してもおかしくは無い。
だと言うのに、彼等は退かない。
今もルメイ指揮下の航空部隊が波状攻撃を仕掛けているにも拘らず、それを物ともせずに、このマリアナへと迫ろうとしていた。
理解できなかった。
彼等はなぜ、自分から進んで死地へと飛び込んでくるのか? 仮に勝ったとしても、ここで全滅しては意味が無いだろうに。
「彼等には、集団自殺願望があるに違いない」
暫く考えて、ルメイが出した結論はそれだった。
報告によれば彼等は、合衆国軍の敗北に終わったレイテ沖海戦において、航空機を用いた自爆攻撃を行ってきたと言う。
最初に聞いた時は流石に眉唾、あるいは未熟な操縦者が機体操作を誤っただけだと思った物だが、こうしてみると頷けるものがある。
彼等は自らの死によって、国を守ろうとしているのだ。
冷笑するルメイ。
そんな安っぽい感情論で勝てる程、戦争は甘くない。戦争はもっと、合理的にやる物なのだ。
「攻撃の手を緩めるな」
ルメイは低い声で幕僚達に命じる。
「奴等に自殺願望があると言うのなら、我々の手でその願いをかなえてやるのだ」
その声音は冷徹な響きとなって、全部隊に浸透していった。
一方、マリアナ北方では、尚も死闘が続いていた。
上空を乱舞する合衆国軍の大型爆撃機。
それに対抗するように打ち上げられる対空砲火。
互いの攻撃が交錯し、視界の中で爆炎が躍る。
1機のB17が、攻撃を行うべく低空に舞い降りたところで、対空砲のカウンターを喰らって火球へと変じる。
かと思えば、帝国軍の駆逐艦がロケット弾の直撃を受けて、艦上構造物を纏めて吹き飛ばされた。
海上でも空中でも、両軍の兵士達が命の炎を散らしながら決死の攻撃を繰り広げていた。
合衆国軍の狙いはやはりと言うべきか、艦隊の中でもひときわ目立つ2隻の大和型戦艦だった。
既に「武蔵」が脱落したものの、「大和」と「信濃」の2隻は損傷した身を押してマリアナへの進撃を行っている。
しかし、両艦とも無傷ではない。
特にひどいのは「大和」で、モンタナ級戦艦の砲弾を繰り返し浴びた結果、第3砲塔は完全に叩き潰されて使用不能になっている。更にヴァイタルパートの装甲は破られ、損傷は缶室の一部にまで及んでいる。その為、速力は21ノットに低下していた。
「信濃」の方は比較的軽微な損傷で済んでおり、主砲も機関も全力発揮が可能となっている。ただし、こちらも敵戦艦の砲撃を繰り返し浴びた事で高角砲、噴進砲、機銃を多数喪失しており、対空火力の低下は免れなかった。
そんな2隻を守るべく、生き残った艦艇が激しい対空戦闘を繰り広げていた。
「大和」を攻撃しようとしていたB24が、高角砲の砲撃を真っ向から浴びて吹き飛ぶのが見えた。
その爆炎に横顔を照らされながら、宇垣は前方を凝視しつつ。
既に度重なる攻撃によって艦全体は炎に包まれている。
艦内の兵士達は次々と倒れ、艦の機能を維持する最低限の人員すら、確保できなくなりつつあった。
モンタナ級戦艦の砲撃を受けてできた舷側の破孔にロケット弾が飛び込み、艦内に巨大な爆炎が吹き荒れる。
もはや「大和」は「幽霊船」と称しても過言ではない、スクラップの塊と化していた。
だが、
それでも尚、この世界最強の戦艦は動き続け、マリアナを目指して航行を続けていた。
そこへ、更に集中される攻撃。
B24が「大和」のすぐ至近にまで降下。攻撃態勢に入るのが見えた。
対して、帝国艦隊の対応は僅かに遅れる。
放たれたロケット弾。
炎が「大和」の甲板を飲み込み、紅蓮の地獄を演出する。
「グッ!?」
羅針盤に掴まり、痛みに耐える大和。
その健気な姿に、幕僚の1人が悲痛な表情で宇垣を見た。
「提督ッ これ以上は大和が!!」
叫ぶ抗議の声に、しかし宇垣は答える事無く進路前方を見つめ続けている。
口出し無用。
その背中は、冷酷にそう告げているように思える。
「提督!!」
尚も言い募る幕僚。
だが、
「わ、私はまだ、大丈夫ですから・・・・・・・・・・・・」
苦しげな声で、大和は言った。
既に彼女自身もボロボロであり、立っている事も辛い筈。
だが、それでも尚、最強戦艦としての誇りが彼女を奮い立たせていた。
そんな大和に振り返る宇垣。
少女との間に交わされる視線。
互いに頷きを交わす、提督と戦艦少女。
宇垣は戦いに勝利し祖国を守る事を願い、大和はその宇垣の願いを叶える事を望む。
その2人に言葉はいらなかった。
その時、
「提督、あれを!!」
艦橋要員の1人が、歓喜を閃かせて空を差す。
そこには、小規模ながら一群の航空部隊が飛来する様子が見て取れる。
その翼に燦々と輝く、紅い日の丸のマーク。
後方に展開している小沢治俊率いる第3艦隊が、苦戦する第2艦隊を支援する為、残り少なくなったなけなしの戦闘機隊を出撃させたのだ。
「ありがたい」
顔を綻ばせて呟く宇垣。
持つべき物は、頼れる上司だった。
第2艦隊救援に駆け付けた航空隊の中には、直哉の駆る烈風改の姿もあった。
直哉は「大和」の取り付こうとしていたB17の背後に回り込むと、両翼と機首に合計8丁装備した13ミリ機銃を発射する。
命中した攻撃は「空の要塞」の装甲を叩く。
だが、墜ちない。攻撃位置が悪かったのか、直哉が放った機銃弾は、B17の装甲に弾かれてしまったのだ。
対抗するようにB17も防御砲火を放ってくる。
しかし直哉は烈風改の翼を翻して攻撃を回避。再度、B17を射点に収めるべく機体を機動させる。
再び、照準器の中にB17を捉える直哉。
「喰らえ!!」
放たれた攻撃がB17を捉えた。
今度は、装甲を食い破る事に成功する。
炎を上げて落下していくB17。そのまま搭載したロケット弾が誘爆を起こし、海面への落着を待たずに四散した。
その間に次の行動を起こす直哉。
機体を急上昇させて宙返り。同時に、回転する眼下に新たな目標を捉える。
B24が「大和」へ迫ろうとしていた。
そこに目を付けた直哉が、烈風改を一気に急降下させる。
照準に敵機を捉えると同時に、トリガーを引き絞る。
上空から攻撃を受け、コックピットを粉砕されるB24は、そのまま力を失ったように、海面へと落下していくのだった。
第3艦隊の航空支援により、空襲が一時的に下火になった所で、彰人は改めて射撃計画の見直しを行っていた。
眼前には既に、マリアナ諸島の島々が見えている。
ここまで来れば、もうあと一息だった。
主要攻撃目標は、サイパン、テニアン、グァムの3島。そこにある航空基地に艦砲射撃を仕掛け、飛行場と格納庫、燃料タンク等の付帯施設、そして最重要目標であるB29本体を焼き払う事にある。
予想では既に、マリアナには500機以上のB29が展開していると見られている。
敵は今日の戦いで大きな損害を被っている。そこへ更に、最重要戦力であるB29を失えば、如何に強大な物量を誇る合衆国軍と言えども無視できない損害となる筈だ。
あるいは、それでどうにか、両国の休戦交渉に持って行けるかもしれない、と言う希望もあるのだが。
そこで、彰人は思考を切り換える。
それ以上はどう考えても政治の分野だ。軍人である自分が考える事ではなかった。
次いで、思考を戦術面へと切り替える。今は余計な事を考えている余裕は無かった。
「計画では、僕の指揮下には『姫神』の他に、『金剛』と『比叡』も入る。この3隻でテニアン島の敵拠点を攻撃。攻撃後は速やかに離脱する。サイパン島の方には宇垣さんが『大和』と『信濃』を率いて行く事になっている」
速力に勝る第7艦隊が先行する形で、南にあるテニアンに接近して砲撃。その間に「大和」以下第2艦隊がサイパン島を攻撃する手はずだった。
と、
「質問があります」
姫神が挙手をした。
「島はもう一つ。グァムが残っています。そちらは放置するのですか?」
マリアナ諸島最南端の島グァムは、同時に同諸島最大の面積を誇り、合衆国が戦前から領有していた物である。
開戦と同時に帝国軍が占領したのだが、合衆国軍はマリアナ奪回作戦の際、このグァムを最重要目標としたほどである。
仮にサイパン、テニアンを壊滅させたとしても、グァムを放置しては意味が無い。敵はグァムを基点に戦略爆撃を継続し、帝国を壊滅に追いやる事だろう。
しかし、既に第2、第7両艦隊にグァムを攻撃するだけの余力は無かった。
第3艦隊から、航空戦艦の「伊勢」と「日向」を呼び寄せると言う手段もあるが、それには時間がかかりすぎるだろう。
と、
「大丈夫。手は考えてあるよ」
彰人は自信ありげに笑みを浮かべて言った。
「何しろまだ、戦艦がゼロになったわけじゃないからね」
2
第2、第7両艦隊が北から迫りつつある頃、
それとは真逆。南側からマリアナ諸島に迫ろうとしている艦隊があった。
戦艦2隻、巡洋艦1隻、駆逐艦4隻から成る小規模な艦隊。
各艦のマストには、風を受けた日章旗が雄々しくはためいていた。
その旗艦の艦橋では、
「私は、自分の事が不幸だと思っていたんですけど・・・・・・・・・・・・」
旗艦艦娘たる少女が嘆息を交え、何とも複雑な表情を浮かべていた。
ボブカットの髪に、儚げな表情が印象的な少女。着ている着物風衣装が、可憐な雰囲気を醸し出している。
扶桑型戦艦2番艦「山城」。その象徴たる艦娘の少女である。
「こうして、最後の決戦に出撃の機会が与えられた事は、きっと幸せな事なんでしょうね」
そう言うと、口元に微笑を浮かべる。
扶桑型姉妹は、戦争開始から今日に至るまで、殆ど活躍らしい活躍をしてこなかった。
唯一の実戦出撃はミッドウェー海戦時に第1艦隊の主力として出撃したのみだが、その時ですら主砲はおろか、機銃の1発も発射する機会無く空しく引き上げている。
戦場が南方に移ってからは、ただ無為に本土で新兵の訓練等に時間を費やすだけの日々が続いていた。
36センチ砲連装6基12門の火力は、金剛型や航空戦艦に改装された伊勢型よりも強大であり、使いようによっては大きな戦力になる事は間違いない。
しかし時代の趨勢が航空優勢に移った事で、完全に働きの場を失ってしまったのだ。
何しろ、竣工が大正年間と古い上、設計も前時代的である。特に防御力に大きな欠陥を抱えており、上部甲板の一部は事実上、30キロ爆弾の直撃にしか耐えられないとさえ言われていた。速力が24ノットと、帝国海軍の戦艦の中では最低速だった事も拍車を掛けていた。
果ては「日露戦争の頃なら有用だったのでは?」とさえ言われる始末である。
本土にあって他の戦艦や巡戦が華々しく活躍するのを、指を咥えて見ている事しかできなかった日々。山城が自らの不幸を嘆くのも、無理からぬことである。
しかし、その山城達にも、ついに出撃の機会が訪れた。
しかも舞台は最終決戦。その最後の切り札として白羽の矢が立ったのが、扶桑型戦艦の2隻だった。
今回の作戦、帝国海軍が戦力不足になる事は初めから判っていた事である。
強大な合衆国軍主力艦隊を突破し、マリアナ航空隊の抵抗を退け、マリアナ三島に艦砲射撃を仕掛ける。
それは困難を通り越して、実現不可能とさえ言われていた。よしんば、敵艦隊の撃破に成功したとしても、艦砲射撃の段階で弾薬不足に陥るであろう事は明白だった。
そこで、作戦立案に関わった彰人が目を付けたのが、内地で無聊を囲っていた扶桑型戦艦2隻だった。
艦隊を構成するのは、「山城」「扶桑」、重巡洋艦「最上」。そして駆逐艦4隻。
艦隊は作戦前に大陸沿岸航路を利用して敵の目を晦ましつつ、密かに台湾の高雄へ入港。連合艦隊主力の出撃と呼応して、南からマリアナ諸島へ迫ったのである。
いわば、主力艦隊を囮にして、「山城」以下の別働隊をグァム沖に突入させる計画である。
当初はフィリピンのマニラか、ボルネオのブルネイあたりに待機する予定であったが、マニラでは抗日ゲリラの影響が激しく、ブルネイでは決戦場であるマリアナに遠すぎる為、高雄での大気が命じられた。
その艦隊の指揮を任されたのは、かつて第7戦隊司令官として彰人と共闘した事もある
海上勤務一筋で通してきた「海の武将」である西村は、愚直なまでに己の任務を貫き通そうとする性格であり、今回のように失敗の許されない任務を任されるのに最適な人物であった。
「俺は満足しているよ」
西村は、穏やかな口調で山城に言った。
「君の言う通りだ山城。俺達はこうして戦場、それも決戦場におけるもっとも重要な役割を任されて立っている。軍人としても艦娘としても、これ以上の幸運は他に無いんじゃないか?」
「まあ、否定はしませんけど・・・・・・・・・・・・」
西村の言葉に、山城は不承不承と言った感じに返事をする。
幸運と一口に行っても様々あるが、戦場にあって武勲を上げる事も立派な「幸運」であると言える。何しろ、一切活躍の場を得られないまま戦死や沈没の運命にある者も世の中にはいるのだから。
それを考えれば、山城や西村たちに訪れたのは無上の幸運であると言っても過言ではなかった。
そんな中、「山城」は舵を切って大きく回頭。それに合わせるように、後続する「扶桑」「最上」もまた舵を切るのが見えた。
左舷側に臨む、グァムの海岸線。
「山城」の前部2基、中部2基、後部2基、合計連装6基12門の主砲が旋回する。
砲撃準備は、程なく整った。
「さあ、晴れの舞台と行こうじゃないか」
「そうですね」
頷き合う、西村と山城。
西村の腕が、スッと掲げられる。
「撃ち方始め!!」
一斉に放たれる主砲。
やがて、目標となったグァム島に、巨大な爆炎が躍った。
結局、
西村艦隊は翌日、生き残っていた合衆国軍機動部隊の攻撃により、駆逐艦「時雨」を残して全滅する事になる。
西村以下、司令部要員も全滅。1人として生きて帰ることは無かった。
しかし、戦艦2隻の艦砲射撃によってグァム島の飛行場、及び駐留するB29の大半が壊滅。
西村や山城たちは、その生涯の最後において、最高の戦果を上げたのだった。
3
サイパンにある合衆国軍司令部は混乱の坩堝と化していた。
グァムが、敵の艦砲射撃を受けている。
合衆国軍は、北から迫る連合艦隊主力にばかり注目していた為、南から別働隊が来ている事に全く気付いていなかったのだ。
更にそれだけではない。
サイパンの南にあるテニアン島においても、敵艦隊の艦砲射撃が始まっていると言う。
既に両島の拠点は被害が拡大しつつあると言う。
それだけではない。虎の子の戦力であるB29にも被害が出始めているらしい。
当初、合衆国軍は帝国艦隊の接近に合わせて、B29を他の拠点に退避させては、と言う意見も出ていた。
しかし現在、マリアナには帝国海軍の予想を上回る700機ものB29が展開している。それら全てに補給を施し、他の拠点へ移すだけでも1日以上かかる大作業となる。更に移動先を確保するだけでも大変な事である。
まさか味方艦隊が敗れるとは(更に言えば帝国艦隊が進撃を強行するとも)思っていなかった合衆国軍の対応は、完全に後手に回ってしまった。
そして
極め付けとも言うべき事態が、当のサイパンに迫っていた。
沖合に、ゆっくりと動く不吉な影。
合衆国陸軍の殆どの人間が見た事も無いようなスケールを持つ戦艦がサイパン沖に出現し、その巨大な砲門を向けようとしていた。
「司令ッ 如何しましょう!? 司令!!」
必死に呼びかける幕僚。
だが、当のルメイはと言えば黙したまま司令部の窓際に立って、沖合の巨大戦艦を眺めやっていた。
その視線は、いつも通り冷たい輝きを湛えているように見える。
だが、ルメイの瞳には見えていた。やがて自分達に降りかかるであろう地獄が。
上空では、尚も合衆国軍機が乱舞して、帝国艦隊に対して攻撃を繰り返している。
しかし、その攻撃が功を奏することは無い。
ここまで来たら、もはや攻撃するだけ時間の無駄だった。
やがて、
その時は来た。
彼方で煌めく閃光。
沖合から迫る敵戦艦が、主砲を放ったのだ。
やがて、轟音と共に弾着。巨大な爆炎が躍る。
衝撃波が襲い、司令部内にいる人間がなぎ倒される。
砲撃は更に続き、その度に襲い来る爆風が、合衆国軍が築き上げてきた物を、根こそぎ粉砕していく。
滑走路は穴だらけにされ、施設は吹き飛ばされる。
そして、
ルメイにとって何よりも大切だったB29が、砲弾炸裂の衝撃で叩き潰されていく。
炎上する機体。
弾薬や燃料に引火して、一気に燃え広がって行く。
それは、ルメイの理想が砕かれている光景だった。
B29を用いた戦略爆撃によって、帝国の各拠点に徹底した空爆を敢行する。
やがて戦争は、安全な後方から作戦全体の指揮を執り、敵が決して手を出せない場所から一方的に蹂躙していく、と言う形に変化していくだろう。それは未来における戦争の、一つの理想形であるとルメイは確信していた。
その先鞭を付けたのが、このマリアナにおける戦略爆撃機部隊だったのだ。
だがその理想も、ルメイにとってはカビが生えていると思える程に旧態依然と化した大鑑巨砲主義の産物、戦艦によって叩き潰されようとしていた。
更に、本国で開発に成功したと言う新型爆弾。
核分裂によって起こる強大なエネルギーを利用した新兵器の存在は、必ずや戦争を合衆国の勝利によって終わらせると確信していた。
しかしそれも、マリアナを合衆国軍が確保し続けていればの話である。
沖合で砲撃を続行している戦艦は、その全てを炎に飲み込もうとしているのだった。
「クッ・・・・・・・・・・・・」
ルメイの口から、くぐもった笑いが漏れる。
「クックックックックック!!」
やがて、その笑いが大きくなり、幕僚達が唖然とする中で高らかに響き渡る。
やがて、ひとしきり笑ったルメイは、相変わらず冷たい視線を沖合の戦艦に向ける。
「良いだろう、ジャップ共。この戦いはお前達の勝ちだ!! さあッ その地獄の業火で、この俺をも焼き尽くすが良い!!」
響き渡る、悪魔の如き哄笑。
その声は、「大和」の砲弾が合衆国軍司令部を叩き潰すまで、陰々と響き渡っているのだった。
合衆国軍司令部が地獄の業火によって焼き尽くされようとしている頃、
1隻の巨艦もまた、最後の時を迎えようとしていた。
「大和」である。
度重なる集中攻撃を受けた「大和」は、既に限界を超えており、もはや誰の目から見ても助からないであろう事は明らかだった。
艦内には炎が席巻し、速力もせいぜい3ノット程度しか出せていない。
「大和」は今、その艦首をサイパンの海岸線に向け、惰性で動くように航行している。
「大和」はもう助からない。
だが、艦をサイパンの浅瀬に座礁させ、浮き砲台になって最後まで砲撃を継続させるつもりなのだ。
その艦橋にあって、宇垣は尚も指揮を執り続けていた。
「『利根』に信号は送ったか?」
「は、はいッ 先方からも《信号了解》の返信が成されましたッ」
幕僚の言葉に、宇垣は頷きを返す。
これで良い。
第2艦隊の指揮は「利根」の第8戦隊司令部に代行させ、北へと離脱するよう命じていた。
同時に僚艦「信濃」にも避退を命じていた。
遠ざかって行く艦隊。
その様子を、艦橋の縁で大和が見詰めていた。
その少女の傍らに、宇垣は立つ。
「・・・・・・・・・・・・すまんな、大和」
「え?」
突然の謝罪に、大和は驚いて振り返る。
対して、宇垣は視線を向けずに言った。
「俺の指揮がまずかったせいで、お前まで沈める事になってしまった。本当に、すまなかった」
「・・・・・・・・・・・・」
謝る宇垣。
対して、大和は柔らかく微笑みを浮かべ、首を横に振った。
「そんな事、無いです」
「・・・・・・・・・・・・」
「私は宇垣さんのおかげで戦艦として生き、戦艦として戦い、そして戦艦として死ぬ事ができます。だから、後悔はありません」
大和はそう言うと、そっと宇垣の手を取る。
そんな大和を、宇垣は優しく抱き寄せた。
宇垣の胸に頬を付ける大和。
「・・・・・・愛しています。宇垣提督」
「・・・・・・ああ、俺もだ。大和」
やがて、海岸線に乗り上げた「大和」は、残った主砲を、砲弾が尽きるまで放ち続けた。
そこへ、合衆国軍の残存部隊が集中攻撃を仕掛ける。
炎上する巨艦は、やがて炎の中へと飲み込まれ、崩れ落ちていく。
世界最大、最強の戦艦「大和」。
彼女の生涯は、最強の名に恥じない、堂々たる物だった。
そして、
その艦娘たる少女は、愛しき提督の腕に抱かれ、焔の中へと消えて行ったのだった。
第99話「焔に死す」 終わり
レスター・ニミッツは生きていた。
旗艦「モンタナ」が「大和」と「姫神」の砲撃を受けて沈没した後、艦を脱出したニミッツは、その後1時間ほど海面を漂流し、味方の駆逐艦に救助されたのだった。
既に彼の艦隊は壊滅。帝国艦隊は、マリアナ諸島へ向けた進撃を再開した後だった。
更に、それからしばらくして、ニミッツの元へと凶報が齎された。
サイパン、テニアン、グァムが敵艦隊の砲撃を受け、壊滅的な被害を蒙ったと言う。
駐留していたB29も大半が撃破され、以後の作戦継続は困難であるとの事だった。
「・・・・・・・・・・・・負けたな。完全に」
駆逐艦の艦長室でその報告を聞いたニミッツは、ガックリとうなだれた。
艦隊が壊滅し、頼みのB29部隊が壊滅した今、対日戦の戦略は完全に見直しとなる。下手をすると、本国は帝国との手打ちも考える可能性があった。
仮に戦争を継続するにしても、もはや大規模な侵攻作戦を行う事は困難である事は明白だった。
「長官。この後、いかがいたしますか?」
駆逐艦の艦長が、そのように尋ねてくる。
もはや誰の目にも、合衆国軍の敗北は明らかだった。
対して、ニミッツは力無い口調で口を開いた。
「機動部隊には、帝国軍の追撃を命じてくれ。彼等も被害が大きいが、今の帝国艦隊なら、少数戦力でも被害を与えられるだろう。今後の事を考えると、少しでも戦果を拡大しておきたいところだ。そして我々は・・・・・・・・・・・・」
少し間を置いてから言った。
「機動部隊の攻撃が終了次第、サイパン、テニアン、グァムの救援を行い、ハワイへ帰還する。負傷者の速やかな救出に尽力してくれたまえ」
そう告げると、ニミッツは黙り込んだ。
ニミッツ自身、判っていた。恐らく、それが自分が太平洋艦隊司令長官として行う最後の任務になるであろうと言う事が。
艦隊決戦に敗れ、マリアナ駐留の戦力まで壊滅した今、実際に指揮を執った海軍の総責任者を、本国は許しはしないだろう。
恐らく、査問委員会に掛けられた後、予備役編入と言うお決まりの転落コースが自分には待っている筈だ。
合衆国軍は信賞必罰に厳しい組織。失敗した人間を現職に留める程甘くは無い。
だが、それで良いとニミッツは思っている。
今回の戦いで確かに合衆国軍は敗れたが、帝国軍にも無視し得ない損害を与えた筈。恐らく、彼等の主力である連合艦隊は壊滅的な損害を被った事だろう。
合衆国軍はたとえ壊滅したとしても、時間さえかければ再び戦力を整えることができる。
しかし帝国軍はそうはいかない、彼等は再び戦力を整えるまでに、何十年もの時間を掛けなくてはならない。
今回の戦いで、事実上の勝敗は、決したも同然だった。
役目を終えた艦隊は、北へ向かっていた。
帰るのだ。帝国本土へ。
激しい死闘を繰り広げ、生き残った将兵・艦娘は、傷ついた足を引きずるようにして北を目指していた。
しかし、その艦隊の規模は、出撃時の半分近くにまで打ち減らされていた。
あまりにも、多くの犠牲を払い過ぎたのだ。
北に向かう艦隊の中に、「姫神」の姿もあった。
この戦いで第7艦隊は、「黒姫」を含む8隻の艦艇を失った。
これは、第7艦隊結成以来、最大となる損害であり、事実上の壊滅と言って良かった。
姫神は自身の甲板に立ち、ジッと海を眺めている。
傍らには、見守るように立つ彰人の姿。やはり視線は、海の方を眺めている。
この海は多くの仲間を、そして彼女にとって最愛の妹をも飲み込んで行った。
「・・・・・・・・・・・・」
シュルッ
自身の髪を縛っていたリボンを解く姫神。
このリボンは以前、彰人とデートに言った時、彼に買ってもらった物である。
姫神にとっては、大切な宝物だった。
風に靡く、解かれた長い髪。
そんな中、姫神は甲板の縁からリボンを差し出し、そっと手を放した。
リボンは風に舞って宙に舞い、やがて海面へと落下する。
その様子を、じっと眺める姫神。
そんな姫神を、彰人は優しく抱きしめる。
感じる、愛しい人の温もり。
それが、少女の箍を外したのだろう。
やがて、声を上げて泣き始める姫神。
少女の泣き声は、鳴り響く海鳴りと共に、どこまでも木霊していくのだった。