やはり彼の後輩との接し方はまちがっている   作:暁英琉

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職員室にて

 現在俺は放課後の職員室に来ていた。目の前には青筋を立てた平塚先生と一枚のプリント。

「比企谷……これがなんのプリントかわかるよな?」

「俺の視力が落ちていなければ、現国の俺の宿題に見えますね」

「そうだ、よかったな比企谷……お前の視力は落ちていないようだぞ? しかしだな……」

 わなわなと先生の肩が震える。先生、そんなに怒り肩にしているとただでさえ少ない女性らしさが……なんでもありません。

「どうしてこの本の感想で脇役も脇役の先輩力士にスポットを当てて、最終的に性悪説の提唱に至るんだ!」

 これは現国の課題の感想レポートだ。本の内容は幕下力士が上にのし上がろうとする奮闘記で、俺はその中で主人公を蹴落とそうとする先輩力士にスポットを当てたのだ。出てきたの本全体の三パーセントくらいの脇役だけど。

「たしかに脇役ですが、他がきれいすぎる分一番人間臭いじゃないですか、醜くて」

「はあ、奉仕部に入って一年。少しは変わったと思ったんだがな……」

 人間本質はそうそう変わるもんじゃない。その証拠に先生だって結婚でき……なにも言ってないですから睨まないでください超怖いです。

「とにかく、課題は再提出だ。わか……」

「あれ~? せんぱいなにやってるんですか~?」

「お兄ちゃんまた呼び出し?」

 先生の声を遮るように後ろから二つの声が浴びせられる。振り返る前に右腕を小町に、左腕を一色に取られた。まあ、いつものことだから特に気にしないんだが、軽いとはいえ同時に抱きつかれるとさすがに衝撃が大きいのであんまりやらないでいただきたい。

「小町、またってなんだまたって。お兄ちゃん最近はあんま呼び出しくらわないんだぞ?」

「基本呼び出される方が稀なはずなんですけどね……」

「ほんとゴミいちゃん……」

「はいはい分かった分かった。ていうか、お前らはなにしに来たんだ?」

 職員室にこいつらが来ることはだいぶ珍しいはずなのだが。

「私は生徒会の方で受け持ってた先生からの仕事が終わったんでその報告です」

「小町はクラスのプリントを持ってきたんだよ!」

「あー、小町はクラス委員だもんな。えらいぞー」

 小町の頭をわしゃわしゃと撫でる。妹の頑張りをちゃんと評価する兄、八幡的にポイント高い。俺の手の下で小町は気持ちよさそうに目を細めていた。

「ふふふー、素直に褒めてくれるお兄ちゃん、小町的にポイント高いよー」

 お互いのポイントが上がった。さすが兄妹の愛は格が違った。

「せんぱ~い、小町ちゃんだけ褒めてずるいです~。今回先輩に頼らずに頑張ったんですから~」

「いや、それが本来普通なはずなんだが……。まあ、頑張ったのは事実だからな、よくやったぞ」

 もう片方の手で一色の頭もわしゃわしゃと撫でてやると、一色も目を細める。目を細めるのはいいけど、頬を赤くするのやめて、かわいいから。

「せんぱいに褒められるなら頑張ったかいがありましたね~」

「よし、その調子で俺なしでも仕事ができるようになろう」

「それはないですよ~。だって、せんぱいなしだと私なんもできないんですから~」

 俺なしでなんもできないとかダメな子すぎるだろ。なに? 俺ってば人をダメにするの? 人をダメにする八幡なの? うっわ八幡さいてー。

「小町もお兄ちゃんなしだとなにもできないから、もっと頼らせてねー」

「いや、お前俺以上にいろいろできるだろ」

 友達作ったり、料理も俺以上にできるし。勉強は……教えなきゃやばそうだけど。

「料理はお兄ちゃんが食べてくれないなら作る気になれないし、お兄ちゃんなしじゃ小町は夜も寝れないのですよ……ぐすん」

「ぐすんとか声に出して言うもんじゃありません。一色みたいになるから」

「な、酷いですよせんぱい! 私ぐすんとか言いませんよ……ぐすん」

 言ってる。一色ちゃん言ってるから。否定して一秒で言ってるから。本当にあざとい。

「むぅ~、いろはちゃんは傷つきました。私だってせんぱいが食べてくれないなら料理作る気になれないしせんぱいと一緒じゃないと安眠できないのに!」

「いや、お前らの料理おいしいし、作ってくれるのはありがたんだけどな」

 実際二人の料理の腕前は相当なもんで、毎食楽しみなのだ。食事が楽しみだから間食もしないしマジ健康的。まあ、時々お互い競い合っちゃって食堂でも経営するのかってくらい作りすぎちゃうけど。比企谷家の食費が作りすぎでマッハ、親父の目がどんどん死んでいく……親父だからどうでもいいや。

 あと、安眠できるからって夜中に布団に潜り込んでくるのはやめていただきたい。あれやられると目が覚めちゃうんですよ。やるなら寝るときに最初から入ってきて。

「おいしい? へへへ~、今日は豪華にしなきゃいけないですね~」

「おいしいって素直に褒めてくれるお兄ちゃん、小町的にポイントカンストだよー、にしし」

 二人してにやけながら抱きついてくる。手はまだお互いの頭の上に置いたままなので、必然的に両の脇腹に抱きつかれる形だ。両側から四つの柔らかい巨大マシュマロを押し当てられている気がするけど、まったくの気のせいだ。気にしてはいけない。しかし、二人とも最近また大きくなってませんかね? 沈み方というかひしゃげ方というか……全力で気にしちゃってるじゃないですかやだー。

「おにーちゃん!」

「せ~んぱい!」

「……なんだ?」

 上目遣いで見上げるのやめて。超かわい……あざといから俺には通用しないぞ。いや、通用しないからといってやっていいことにはならないわけでしてね?

「「すきー」」

「はいはい俺も好きだよ」

「「うわ、適当だなぁ」」

 なんか君たち最近ハモること多くありません? なに? まなかな? お願いだから怒る時にハモるのやめてね。相乗効果でダメージ五倍くらいになるから。

 そもそも最近一日十回くらい「好き」って言われてるから「好き」がゲシュタルト崩壊起こしてんだよ。適当になるのも当然であるといえる。

「せんぱい朝はあんなに素直なのにな~」

「お兄ちゃん朝弱くて反応かわいいですよね」

「「ねー」」

 いや、朝起こしてくれるのはありがたいんだけどさ、悪戯してくるのはやめていただきたい。八幡自慢のスペック高い脳みそ君も寝ぼけた状態だと全然働いてくれないんだから。

「それにしても、せんぱいに心をこめて告白したのに適当にあしらわれて、私の乙女的ガラスハートはとても傷つきました」

 いや、お前のハートはどう考えてもオリハルコンに毛がはえたくらいの頑丈さだと思うんだが。

「小町も勇気を出して実の兄妹の垣根を越えた告白をしたのに、それをあんなおざなりに返すなんてポイント低いよお兄ちゃん……」

 勇気も何もさっきの告白は今日もう七回目だからね? 勇気出しまくりでしょ。アンパンマンと友達になれるまである。あと、二人して示し合わせたかのようにヨヨヨって泣き崩れるのやめて! シンクロ率高いよ。姉妹かよ!

「「と、いうことでー」」

 いや、これ本当は台本とかあるんじゃないの? ひょっとして先生に呼び出されたのまでグルの可能性まであるわ。

「せんぱいにはこの後私たちにケーキを奢ってもらいま~す!」

「駅前においしいケーキ屋見つけたんだよー」

 あぁ、絶対これ台本あるわ。こいつら最初から俺に奢らせるのが目的だったな。別に三人でケーキ食べに行くのに異論はないけどさ。

「てか、駅前のケーキ屋ってこないだ行ったとこじゃないのか?」

 先週行ったとこのガトーショコラおいしかったな。あの味はリピート性高い。

「今日は別のとこだよ」

「今カップル限定メニューがあるみたいんなんですよ~」

 限定。それは日本人の心を甘くくすぐる甘美な響きだ。“限定”と付くだけでB級グルメと高級レストランくらい違うように感じてしまうから性質が悪い。まあ、俺も好きだよ。会場限定グッズとか。

 つまりその限定メニューのためにカップルの振りをしろということだな。

「けど、三人で行ったらカップル認定されないだろ。二回に分けて行くとかやだよ?」

 一回目はともかく二回目は店員の白い目を浴びせられることは想像に難くない。店員さん、営業スマイル崩さないで!

「そんなの、三人でカップルです! って押し切ればいいじゃないですか!」

「なんという横暴。カップルの定義が崩れるぞそれ」

 カップルって一対とかそういう意味なんですけどね……。

「なるようになるって! ならなかったらお兄ちゃんが店員さんの白い目に耐えて二回行けばいいから!」

「だからその目に耐えたくないんだよ……」

 もうやだ、後輩たちが、後輩と妹が俺を社会的に殺そうとしてくる。俺の社会的地位もうすでに火サスラストでおなじみの断崖絶壁なのに。船越さん! 俺を突き落とそうとしないで! ゴチ復帰まだですか?

「まあ、そうなったら夜に小町のおいしい料理で癒してあげるから! あ、今の小町的にポイント高い!」

「私の料理でも癒してあげますよ~。あ、今のいろは的にポイント高い!」

「大前提として俺を貶めてる時点で八幡的にポイント低い……」

 まあ、いいけどさー。ふと時計を見ると結構時間が経ってしまっている。この時間だともう奉仕部は終わってしまっているだろう。ケーキ屋も何時までかわからないが、行くなら早いに越したことはない。

「はあ、じゃあ行くか。あ、先生課題用プリントを……先生?」

 平塚先生に視線を向けると、この世のものじゃないものを見るような視線を向けてくる。あの、目は腐ってるけど俺ばっちりこの世界の住人なんですけど……。

「け……」

「け?」

「結婚したああああああい!! うわあああああああん!!」

 急にぶわっと泣き出したと思うと新しいプリントを叩きつけて走り去っていってしまった。アラサーって突然泣き出すほど追いつめられているのだろうか……誰かほんともらってあげて!

「なんだったんでしょ?」

「わからん……」

「まあ、平塚先生だしねー。さ、お兄ちゃんもいろはさんも早くいこ!」

「そうだね~」

「おい、あんま引っ張るなって! こけちゃうだろ!」

 

 ちなみにケーキ屋では三人で一緒にカップル限定メニューを食べることができたけど、結局店員さんは白い目をしていた。結局逃げ場なしだった。おいしかったからいいけど、あんまよくない。

 


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