ペルソナカグラ FESTIVAL VERSUS -少年少女達の真実-   作:ゆめうつつ

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 いろいろ詰め込み過ぎかもしれない25話、始まります。
 なお、今回のサブタイは趣向を変えて、ノベライズのサブタイから拝借しました。


25話 シャドウクライ

 2009年6月5日 放課後――――

 

「…………ふぅ」

 

 結城理は、息を吐いて精神を集中させる。今彼が居るのは修練場の真っ只中であり、傍では飛鳥がその様子をじっと見守っていた。

 指は必要な印を組み、周囲に存在する自然の力――自然マグネタイト――を身体に取り込んでいき、その忍法を発動させるために生体マグネタイトへと練り上げる。

 そして、懐から取り出したそれ――古めかしい巻物だ――を眼前に掲げ、より一層集中を高めていく。

 

 そう、結城理が行おうとしているのは、『忍転身』だ。理は今、飛鳥の指導を受け、忍達が使う中でも最も基礎にして要ともなる忍法『忍転身』を習得しようとしていた。

 

 『忍転身』とは読んで字の如く、その“身”を“忍”へと“転”じる忍法だ。忍達が使うこの変身術は、忍としての力を最大限発揮する為に行う忍法である。

 忍ではない理には不相応な忍法だとは改めて思うが、しかし贅沢は言っていられない。この忍法を習得すれば、未だ扱うことが出来ずにいる他の忍法も習得出来る筈なのだから。その為、理も自身の力のみに頼らず、飛鳥達からも最大限のサポートを受けて忍転身を発動させようとしていた。

 例えば、理が今掲げている巻物は、忍転身を行う際に必要な『秘伝忍法書』と呼ばれる忍具だ。尤も今回は忍ではない理に合わせて多少の改良がくわえられている為、正確には『儀典・秘伝忍法書』と呼ぶべきか。飛鳥が傍に居るのも、そんな理のサポートを行う為に補助についているのである。

 

「……忍、転身――――ッ!」

 

 そうして、集中と術式の組み上げを終えた理は、《忍転身》を発動させる。

 『儀典・秘伝忍法書』から放たれる光が帯状となって理の身体を包み込み、練り上げられたMAGが忍装束へと変換され、その身へと纏う――――

 

 なお、この変身シーンで別に理は裸になったりはしない。そんなもん一体何処に需要が有るというのだ。

 逆に、彼女達はいつも通り裸になって変身する。飛鳥達も理の前で何度か実演を行っているが、惜し気も無くその艶やかな肢体を晒していた。

 しかし悲しいかなそこは結城理という男。始めの内は紳士的に目を逸らしていたのだが、飛鳥達に勉強の為にしっかり見てほしいと言われ、それからは仕方なく見ていた。ついでに言えば、彼の視点では謎の顔アイコンや光は存在しない為、色々とモロ見えである。

 だが、それも二、三度見れば慣れてしまい、飛鳥達は色々な意味でへこむ事になる。何だかんだ理は彼女達が意識している男性である為、もう少し何かしらの反応が欲しいのだった。

 当然飛鳥も同じ心境であり、あの手この手のセクシーポーズで彼の気を引こうとしている辺りもはや手遅れである。最近は修行ではない平時の時ですらガードが緩くなって居る始末だ。……アレか、飛鳥は5分と持たない脱ぎ癖を持つ灰被りなパッションガールなのだろうか。

 

 閑話休題――――

 

「……くっ!」

 

 だが、其処で光が途切れる。集中を切らしたことにより、MAGの変換が途切れ霧散してしまったのだ。その反動で彼の体内で練り上げられていた生体マグネタイトが一気に枯渇し、たまらず地面に膝を付く。

 そんな理を見て飛鳥が駆け寄ってくるが、この様な光景は最早幾度となく繰り返されているのだった。

 

「……駄目か」

「ううん、そんなことないよ。結城くんは頑張っているから、次こそは成功するよっ」

「……それ、もう十回連続くらい聞いてるけどね」

「あ、あはは……」

 

 とはいえ、理はそこで飛鳥に怒りの感情を向ける事など無い。《忍転身》が成功しない原因は自分自身に有り、そこには飛鳥の関与など全く存在しない為だ。

 理は足を組み換え胡坐の姿勢を取ると、地面に転がっていた『儀典・秘伝忍法書』を拾い上げ、手の中で弄ぶ。そうして、《忍転身》が成功しない理由を改めて考察する。

 

(……忍転身で変身する姿は、自分が『こうありたい』と想うカタチに具現化する。だけど――――)

 

 忍転身によって身に纏う忍装束の姿は、自身の理想像によって左右されるという。

 例えば斑鳩の軍服然とした忍装束は、上級の忍としての証であるらしい。クラス委員長としての彼女の現れ方で有るのだろう。

 葛城の忍装束である前全開のブラウスは、昔斑鳩とケンカしたときにバッサリと切り裂かれた名残だそうだ。しかしそのケンカを経て今の彼女達の関係が有る以上、葛城にとっては思い出の様なモノであるのだろう。

 飛鳥、柳生、雲雀に関しては詳しく知らないので、後で聞いておこうと理は思う。というか、雲雀のあのブルマ姿は何なのだろう? 兎に角、彼女達はそういった理想像を持っているからこそ、忍転身を行うことが出来るのだった。

 

 ……しかし、結城理には『こうありたい』という理想像が存在しないのだ――――

 

 結城理が自己の薄い人間であることは、今更確認するまでもない。半蔵学院に来るまでの悪辣な人生観が、今の彼の希薄な人格を創り上げてしまっている。飛鳥達との交流によって多少は改善されようが、今だその根幹は変わらずにいるのだ。

 彼が司るペルソナ(もう一人の自分)も、《ワイルド》によって様々な自分が居る以上、其処に明確な自分が存在しない。故に、彼は理想となった自分が想像できずにいる。

 

 ならば今一度、自身に問いかけてみる。己の記憶を漁り、その中に理想とするべき存在が有るかどうかを。

 

 彼の理想となる人物は、仲間達である斑鳩か、葛城か、柳生か、雲雀か。

 しかしそれらは今の結城理を形作るものではあるが、己の理想像とは成り得ない。

 

 或いは“向こう側”の、■織■■か、■■ゆ■■か、真■■■か、■■■鶴か。

 しかしそれらは■■■を形作るものではあるが、己の理想像とは成り得ない。

 

 何故か? 単純な事だ、結城理/■■■にとって彼ら彼女らは愛し、敬い、隣に居るべき仲間ではある/あったが、己が『こうありたい』と思う人物像ではないからだ。

 彼に言わせれば、所詮自分は自分にしか成れず、その人はその人でしか成れないのだから、結城理は他人を理想像とすることが出来ないのだった。

 

 勿論それは、今眼の前にも居る彼女にも当て嵌まる――――

 

「えっと、どうしたの結城くん?」

「……いや、何でもないよ」

 

 どうやら、気付かぬうちに飛鳥を見つめていたようだ。彼女は何やらニコニコとしながら理を見つめ返していたが、彼はそれが気恥ずかしくつい顔を逸らしてしまう。

 そのまま理は無益な考察を繰り返していたのだが、ふと、ふらりとした感覚が彼を襲う。理はそれに抗うことが出来ずに後ろに倒れ込むのだが、何かが彼の身体を受け止める。

 

「おっとと、大丈夫?」

「……んぁ、飛鳥?」

 

 倒れ込んだ理に心配そうに声を掛けるのは、他ならぬ飛鳥の声だ。まぁ、此処には初めから理と飛鳥しか居ないので当然であるのだが。

 理は頭の下に柔らかい感触を感じ、頭上には飛鳥の顔が――否、突出した胸部によって顔は見えなかったが、その光景・体勢によって、今の状況が所謂『膝枕(ひざまくら)』であることを察するのだった。

 しかし、それに気恥ずかしさを覚えたり、彼女の足の柔らかさを確かめるよりも早く、急速に眠気が襲ってくる。過度な忍法の行使により、身体が休息を求めているのだ。飛鳥もそれを理解しているのか、彼を咎める事無く休息を促した。……この、膝枕の体勢のままで。

 

「うーん……、焦るのは分かるけど、休める時は休んだ方が良いよ?」

「……じゃあ少しだけ、……休ませて…………」

 

 飛鳥の言葉に甘えて、理は意識をあっさりと手放すことにする。

 

「おやすみなさい、結城くん――――」

 

 微睡みに落ちる彼の意識が最後に捉えたのは、そんな飛鳥の優しい声であった。

 

 

     ◆

 

 

 自らの膝の上で穏やかな寝息を掻き始めた理を見て、飛鳥は溜息を吐く。

 

「ちょっと無理させちゃったかな……?」

 

 『忍転身』の講座が彼女の担当である以上、その匙加減は自身の裁量によって決まる。此処まで彼に無理をさせたのには、その見極めを誤った自分の責任もあるだろう。

 尤も、それは仕方の無い事だ。最近の理は焦りの気配を色濃くしており、それは一月前の『女教皇(プリーステス)』の出現前とほぼ同じ状況であった。

 『影人間』こと無気力症患者も徐々に数を増やしており、深夜のシャドウ討伐でもその勢力を増している。そう近くない内に新たな大型シャドウが出現するのは、彼女達にも感じられていた。その為、張り詰めた雰囲気は忍学科でも伝染しているのだ。誰しも、己や仲間の強化に手を抜く訳にはいかないのである。

 そんな憂鬱な気持ちになりながら、手持無沙汰な彼女は何の気無しに、膝上の理の頭をそっと撫でてみる。

 

「……ん」

 

 頬を擦ってみる。

 

「……ぁふ」

 

 耳を擽ってみる。

 

「……くぅ」

「…………」

 

 ――――ヤ バ い 可 愛 い !

 

 膝に乗せている理を起こさない程度に飛鳥は身悶えする。傍から見ればイチャつくバカップルか、もしくは幼気(いたいけ)な少年に手を出す変態淑女のそれだ。そして、この場合は後者が正しい。だが、生憎この場には彼ら二人しか存在しない。その為、彼女の行為を止める者は何処にも存在しないのである。

 因みに余談だが、起きているときであっても理自身はこういった肉体的なスキンシップをあまり嫌がらない傾向にある。距離の近い友人知人を得て久しい彼は、物理的な距離の取り方を未だ測りかねているというのが真相だろう。

 尤も、それに気を良くした葛城が明らかに度を越えた接触をして、斑鳩に諌められる場面も多々あるのだが。スキンシップと称して理の胸を揉むなど、正直どうかと思います。

 

 その後しばらく飛鳥のちょっかいは続き、理の前髪を捲って右眼の下にセクシーな泣き黒子が有るのを発見して漸く満足するのだった。少し前までの彼女が発していた陰鬱な雰囲気は消え去り、心なしか肌も艶々としている。

 しかしそれでも、膝上の理に視線を落とすと、やはり飛鳥の纏う雰囲気が影っていく。

 

「……最近の結城くんは――ううん、皆は、私を避けているよね。どうしてかは分からないけど……」

 

 飛鳥の言う通り、ここ数日の忍学科の面々は彼女を遠からず避けていた。それは無論、『柳生と雲雀の影』の出現で明かされた、何者かによる彼女への影響・洗脳が原因である。

 理達はそれを、飛鳥にだけ話していない。斑鳩達は信じたくなかったのだ。例え洗脳されようとも、自分達を襲ったのが仲間である飛鳥などと。理自身もこの件に関しては口を噤んでいる。

 下手に彼女達の関係を悪化させて、戦闘時に連携が取れないような事でもあれば本末転倒だ。その為少なくとも、次の大型シャドウを討伐するまでは飛鳥にこの件を伝えないという事になっていた。それ故に、彼女達の関係はギクシャクしてしまっている。

 

「……大丈夫、分かっているよ。結城くんも皆も、私に気を使っているんでしょ?」

 

 ……人の心情に聡い飛鳥が、それに気付くと分かっていてもだ――――

 

「そんな私を補う為に、皆が皆、凄く頑張っている……。だから結城くんも、こんなになるまで頑張っちゃうんだから」

 

 そう言って飛鳥は、苦笑交じりに再び理の頭を撫でる。男とは思えない程のさらさらとした髪の質感に僅かに嫉妬しながら、ここ数日の彼の様子を思い返す。

 

 自身も含めた忍学科の面々との試合。ペルソナ能力者同士での戦い故か、以前までの様に負け越すことも少なくなって来ている。

 新しい忍法の習得。幾つかの実践的な忍法を習得し、戦闘時の手札がさらに増えたらしい。

 ペルソナ能力の新たな使い方。以前から考えていたというペルソナの武器化は参考になりそうな能力を発見し、習得の目処が立ったそうだ。

 予てから目標としている忍転身。その有様はご覧の通りだが、理は必ずやこの忍法をモノにするだろうと飛鳥は確信している。

 

 それら結城理の努力の賜物は今、飛鳥の目の前でカタチになろうとしていた。だからこそ――――

 

「だから(わたし)/(わたくし)は、キミに/あなたを、■■していんるだよ/■しております――――」

 

 そう呟く飛鳥は――否、()()()()()()()()は、蠱惑的な表情を浮かべ理を見下ろしている。

 何時の間にかその瞳は人外のソレである金色へと変わり、しかしシャドウのくすんだ金色とも違う輝きを秘めた、満月の様な黄金の瞳だ。

 白銀の月を思わせる理の銀灰色の瞳と対となる様なその瞳は彼へと注がれ、並ならぬ執着を見せている。

 

 それは決して、彼らの知る飛鳥という少女ではなかった。この存在こそが、斑鳩達を襲い、シャドウを暴走させる『影抜き』を行った襲撃犯なのだ。

 

(わたし)/(わたくし)は、ずっと傍で見ていたよ/見ていました。キミ/あなたの努力の姿を」

 

 二人の、或いは一人と何者かの声が混じり、重なり、穏やかに眠る理へと降り注ぐ。その声に含まれる感情こそ悪意ではないものの、度し難いまでの激情が籠められているのは確かだった。

 しかし、そういった感情を敏感に感じ取る《心眼》を持つ筈の理は、眼を開ける事は無い。だが、それは当然だ。その声は結城理/■■■にとって、異物などではないのだから。

 飛鳥は――いや、得体の知れぬ誰かは、更に言葉を紡ぐ。其処にはもう、飛鳥の意思は残っていなかった。

 

「■しています、■■■様。『永劫(えいごう)』に――――」

 

 

     ◆

 

 

 時は、待たない。すべてを等しく、終わりへと運んでゆく――――

 

 結城理/■■■が何時か聴いたその言葉通りに、時間は止まることなく進んでいく。時は有限であり、その事実は残酷なまでに重圧となって彼らへと圧し掛かるのだ。

 準備は万端だろうか。不足は存在しないだろうか。そんな誰もが当たり前のように抱く悩みも、彼らにとっては『死』という終わりへと直結する蝕みと成り得る。

 

 だからこそ、この《デジャヴュの少年》は有用であり、同時に絶望への指針ともなる。この光景(デジャヴュ)を見るという事は、否応が無しに大型シャドウの到来を知らせるのだから。

 

『やぁ、君■■屋の■で出会■のは初め■だね。で■今■■っくり■して■■■ない』

 

 ■■■は、タ■■ロ■の中で囚人服の少年と相対する。しかしらしくも無く、その声色は何処か焦りを含ませていた。

 

『■夜■にやっ■■る試練は、■うも“一つ”じ■■いみ■■だ。とに■く急い■ほう■■いよ……』

 

 なるほど、少年の警告は最もだ。何故ならば――――

 

「……一度に“2体”もお出ましか、少しばかし反則じゃあないかな?」

 

 時刻は、6月8日、影時間。『満月』――――

 

 理達が強大な反応を感知した地点、半蔵学院校門前で相対するのは、“2体”の大型シャドウだ。

 母性を示す丸い体躯に煌びやかな羽根飾りを付け、その手に魔杖を構えた、薄紅色の仮面を付けたシャドウ、『女帝(エンプレス)』。

 ひょろりと長い鋼鉄の身体に騎士然とした装飾を付け、その手に大剣を携えた、王冠を模した仮面を付けたシャドウ、『皇帝(エンペラー)』。

 この2体のシャドウこそが、今夜彼らが打ち倒すべき敵、『試練』なのであった。

 

 しかし彼らは、臆することなく2体のシャドウを睨みつける。

 

「2体同時とは少々予想外でしたが、わたくし達が行う事は変わりありません」

「そーだな、兎に角こいつ等をブッ飛ばせばいいだけだぜ!」

「相手が何者であろうと、雲雀には指一本触れさせん!」

「ひばりだって役に立てるんだからっ! 後方支援は任せてねっ♪」

「じゃあ……行くよっ、みんなっ!」

「……ああ」

 

 飛鳥達は各々の武器を構え、2体のシャドウに向けて宣言する。己の覚悟を示す、その誓いを――――!

 

「「「「「正義の為に、舞い忍ぶ!」」」」」

「…………」

 

 ……理を除いてだが。

 

「……気になってたんだけど、その口上? って、俺も言ったほうが良いの?」

「あ~……これは私達半蔵学院特有の前口上みたいなものだから、別に結城くんが言っても構わないと思うけど……」

「俺は忍じゃないから、『舞い忍ぶ』ってのはどうもね……」

 

 後、正義云々も自分には似合わないと理は思う。ハッキリ言って、彼女達の様に『正義』を掲げてシャドウ討伐を行うなど、思った試しも無いのだから。

 

「……まぁ、そっちはどうでもいいか。取り敢えずは、コイツ等を倒してからにするさ」

 

 そして何時もの様に、どうでもいいと思考放棄し、意識を戦局面へと切り替えるのだった。

 

 

     ◆

 

 

「雲雀、解析!」

「りょーかいっ! イナバっ、《解析魔法(アナライズ)》!」

 

 戦闘開始と共に、理は雲雀へと《アナライズ》のスキルを使用するよう指示を出す。雲雀の『イナバシロウサギ』は、彼らの中で唯一解析系のスキルを習得しているのだ。しかし、敵能力の解析にはある程度の時間が掛かる。ならば――――

 

「柳生、攪乱!」

「ああ! オトヒメ、《フォッグブレス》!」

 

 敵のステータスを下げる、バッドステータスを付与する、といったスキルを有している柳生の『オトヒメ』により、『女帝』と『皇帝』を一時的に攪乱する。《フォッグブレス》は、相手の命中率・回避率を大幅に下げるスキルだ。

 朦々と立ち込める黄土色の霧により、二体の大型シャドウはその体躯を覆われる。普通ならば理達にさえその姿を視認する事は困難になってしまう筈だが、それすらも雲雀の『イナバシロウサギ』は解消していた。

 精神感応にも優れた力を持つ『イナバシロウサギ』により、相手の位置や弱点部位などを把握するだけでなく、それを他者に伝える事を可能としたのだ。所謂、テレパシーというモノである。彼ら全員が己の視界だけでなく、『イナバシロウサギ』を通して伝えられるシャドウの反応を知覚していた。

 尤も、そう言った能力の代償か、『イナバシロウサギ』は直接的な戦闘能力に乏しい。解析能力以外では、『回復魔法』『電撃魔法』『打撃物理』といったスキルを習得しているが、如何せん『運』以外のステータスが低いのだ。

 また、弱点属性も『氷結魔法』と『バッドステータス攻撃』の二種を持つ。前者は兎に角、後者は『イナバシロウサギ』が、神話において八十神(やそがみ)に騙され傷を悪化させた稻羽之素菟(いなばのしろうさぎ)を反映しているが故なのかもしれない。

 無論、シャドウ達も黙ってやられている訳ではない。

 

『■■■ーーーッ!』

「っ、《広域疾風魔法(マハガル)》が来る、全員退避!」

 

 理は『女帝』による魔法スキルの発動を察知し、全員を下がらせる。次の瞬間、その丸い体躯から暴風が放たれ、辺りに立ち込めていた《フォッグブレス》を吹き飛ばしたのだった。そしてそれは、『女帝』の隙となる。

 

「よっしゃ、頂き!」

「ちょ、葛城さん!?」

 

 それを好機と見た葛城が先走り、斑鳩による静止の声が掛かるが彼女はそれを無視する。『疾風耐性』を持つペルソナ『ティアマト』だけに、《マハガル》による暴威を無視しながら突っ込む心算のようだ。ここら辺は、戦闘狂である彼女の悪癖と言えよう。

 

「だらっしゃあッ――――あれ?」

 

 当然、そんな単調な攻撃が通用する筈も無く、葛城の蹴撃は『皇帝』の剣によって受け止められていたのだった。『皇帝』はそのまま大きく剣を振り掃い、葛城を吹き飛ばす。

 とはいえ、流石に身体能力に優れた忍だ。難無く着地し、大したダメージこそ無い。だが、勝手な単独行動を斑鳩に咎められるのだった。当然である。

 

「全く……次は有りませんよ、葛城さん」

「いや、ワルいワルい。ただ、あのヒョロい奴に攻撃した時によ、手応えを感じなかったんだ。多分、物理攻撃は通りにくい――いや、全く効かねえな」

 

 しかし、葛城は葛城でタダでは転ばないらしい。こういった弱点を見抜くことは、対シャドウ戦において重要なのだから。

 

「……『皇帝(あっち)』は物理無効か。なら、『女帝(こっち)』はどうだ?」

 

 葛城の言葉を聞いた理は、その手に《氷結魔法(ブフ)》を創り出し、『女帝』――ではなく『皇帝』に向けて射出する。そして彼の予想通り、その《ブフ》を『女帝』は庇うのであった。当然、ダメージは無い。

 これまでの事で解るのは、『皇帝』は物理攻撃を無効化し、『女帝』は魔法攻撃を無効化する。そしてこの二体は、互いを補い合う様にコンビネーションを取るのだ。今まで一体ずつしか襲撃してこなかった大型シャドウとは違い、非常に組し難い相手といえるだろう。

 

「解析できたよっ! 『女帝』の弱点は物理攻撃で、魔法は無効化されちゃう。『皇帝』はその逆で、物理無効で魔法弱点っ!」

「……予想通りだね」

 

 その考察を後押しするように、雲雀の『イナバシロウサギ』の《アナライズ》による解析が終了し、その結果を理達に伝えるのだった。

 しかし、シャドウとしてはそのステータスはやや歪だと言わざるを得ない。物理攻撃が弱点とは、『打撃』『斬撃』『貫通』と三つの属性が弱点となり、魔法ならば『火炎』『疾風』『氷結』『電撃』の四つもが弱点となる。

 この弱点の多さは明らかに可笑しく、其処にこのシャドウの特性・特殊能力が関係するのだろう。手を出さずに様子を見るべきか、一気に決めるべきか、理は悩む。しかし状況は待ってくれない様だ。

 

『――――■■■ッ!』

 

 二体のシャドウは、それぞれ謎のスキルを行使する。身体から飛び出た虹色に輝くエレメントが宙に舞い、混じり合い、再構成され、再びその身体にへと取り込まれる。新たなエレメントを取り込んだ『女帝』と『皇帝』は、その雰囲気を一変させるのだった。

 

「……これはッ!?」

『気を■けろ……、こ■■ら攻撃■通ら■い』 

 

 《デジャヴュの少年》は警告する。このスキルこそが、『女帝』と『皇帝』の持つ特殊能力であることを!

 

「チッ、何か解らないが喰らえッ!」

 

 その雰囲気に圧され、仕込み傘から墨クナイこと《氷結弾》を発射した柳生だが、次の瞬間には彼ら全員に驚愕の表情が彩られる。

 

「んな?! 効かねえぞ! あのデカブツは魔法が弱点の筈だよな!?」

 

 葛城の言葉は全員の心情を代弁していた。彼女の言う通り、『女帝』と『皇帝』は《氷結弾》が命中したにも拘らず何のダメージも負った様子が無いのだ。魔法を無効化する『女帝』は兎も角、『皇帝』までもだ。

 それこそが、『女帝』と『皇帝』が持つ固有スキル《パラダイムシフト》だった。変革、革命を表す意味の名を持つこのスキルは、自身の耐性、スキルを変化させるスキルであり、用は理の『ペルソナチェンジ』の互換と言える。

 

「耐性を変化させるスキルか……雲雀、もう一度《アナライズ》を」

「う、うん。時間はかかるけど、イナバっ、もういっかいお願いっ――――えっ!?」

 

 改めて弱点を解析する為に、『イナバシロウサギ』を召喚しようと動きを止めた雲雀を狙う様にして、二体の大型シャドウが同時に襲い掛かってくる。雲雀が自身らの弱点を把握できるスキルを持っていることを理解し、まずは彼女を潰すことにしたようだ。

 突然の事に雲雀は対処が遅れ、その場に硬直してしまった。この臆病さもまた、彼女の弱点だろう。だが、それらの弱点を晒していたとしても、彼女の隣には全幅の信頼を寄せる最高の仲間達が居る。特に柳生などは言うまでも無く、彼女を守り通すのだから。

 

「雲雀ッ!」

「きゃあっ! あっ、助かったよ柳生ちゃんっ♪ ありがとうっ!」

「当然だ、雲雀を傷つけるものは、このオレが許さない!」

 

 『女帝』と『皇帝』の攻撃から身を躱すために、柳生は雲雀を抱えて跳躍したのだ。溺愛する雲雀を脇に抱えていながらも声を荒げている辺り、かなりご立腹らしい。

 

「許さんぞ貴様ら! このオレの力で成敗して――――」

「いや、柳生はそのまま雲雀の護衛だ。雲雀は常にあいつ等を《アナライズ》して、逐一その結果を報告してくれ」

「……分かった」

 

 理の指示に、柳生は不承不承といった感じで渋々と了承する。雲雀を傷付けかけたシャドウ達に怒り心頭なのは理解するが、元より現場の指示は彼に任されており、その指示の意味を理解出来ない程柳生は愚かではない。

 この二体のシャドウ相手では後方支援に徹する事が最善なのだと、柳生も雲雀も理解できたのだった。

 

「雲雀と柳生は、支援魔法と解析に徹しつつ後方支援。斑鳩先輩と葛城は『皇帝』の相手。俺と飛鳥は『女帝』だ。兎に角この二体を引き離すぞ」

 

 理は簡素で短く、しかし的確な命令を通達する。なお、軽口を言っているようにも聞こえるが、今の彼は『皇帝』の大剣を自身の装備である両手剣で受け止めながら指示を出しているという、結構切羽詰った状況でもある。

 指示を出された斑鳩は理を救出しようとするが、今の彼女は飛鳥と共に『女帝』を相手取っている為身動きが取れずにいた。それでも慌てず騒がず、それでいて速やかに理の作戦に意見する。

 

「一応、わたくしと葛城さんが『皇帝』の相手をする理由を聞いても?」

「『皇帝』は見るからに物理特化のスキルを持っているので、打たれ強い葛城を前衛にして斑鳩先輩が後衛で戦って下さい」

「アタイに肉壁になれと?!」

 

 葛城は理の指示に憤慨しつつ、斑鳩に変わって『皇帝』の身体を蹴っとばして彼を救出する。当然ダメージは無いが、取り敢えず『皇帝』と『女帝』を引き離すことには成功した。コンビネーションを取る相手ならば、それを崩すというのが定石である。そして、理の指示はまだ続く。

 

「……あと、葛城の暴走を抑える役目も有りますので。……さっきの醜態を忘れたとは言わせないよ、葛城」

「お、おう……?」

 

 そこで理は葛城をじろりと睨みつける。元々が容姿端麗な少年に睨みつけれるのはかなり迫力が有った。葛城はその銀灰色の瞳に睨まれた事により、背筋に冷たいモノが流れる。そしてそのゾクゾクがちょっと気持ちよかった。

 まぁ兎に角、彼の言い分は当然であった。彼女の先行行動は褒められたモノではなく、失敗すれば即座に死に直結する危険な行為なのだ。

 理は葛城への戒めの意味も込めて、怒気を交えつつ忠告する。

 

「もしもまたキミが暴走して、万一シャドウにやられるっていうのなら――――その前に俺がキミを倒すからね」

「い、イエッサァーッ!」

 

 その凄まじい雰囲気に圧倒され、思わず葛城は軍隊式の敬礼で呼応した。キツイ物言いのその言葉は以前柳生にも語ったモノであるが、見方を変えれば心配の言葉でも有る為、葛城にも憤りは無い。というよりむしろ――――

 

(((愛が重いなァ……)))

 

 相手に倒されるくらいなら自分がやる、と言っている訳で、言葉こそ過激だがそれは彼が持つ忍学科への好意の裏返しに過ぎない。それもまた彼なりの仲間意識の表れなのだろう。良く言えば過保護、悪く言えばヤンデレという奴だ。実際、彼女達はそんなに悪い気がしないでいた。

 そんな馬鹿げた話をしているうちに、雲雀による《アナライズ》の解析が終了したようだ。

 

「解析完了っ! 今の『女帝』と『皇帝』の弱点は――――」

「……話は此処までか。――――じゃあ、行くぞッ!」

「「「うんっ!(ああっ!)(ええっ!)」」」

 

 彼らは戦う。その胸に抱くのは死と敗北の絶望ではなく、生きて勝利へと繋げる希望であるのだから――――!

 

 

     ◆

 

 

「行くよっ! 斑鳩さん、かつ姉っ!」

 

 『皇帝』との戦闘、それに決着が付こうとしていた。飛鳥の叫びと共に、その前方の地面が隆起する。彼女が『柳生と雲雀の影』との戦闘で獲得したスキル《地変魔法(マグナ)》による効果だ。

 隆起した地面、ここ半蔵学院の校門に敷き詰められているタイルが捲り上げられ、其処から鋭い岩が飛び出してくる。その鋭岩が『皇帝』の身体を刺し貫き、その場に縫い付けるのだった。

 驚くべきことに、飛鳥が操る『地変魔法』は《パラダイムシフト》によって変化した筈の『女帝』と『皇帝』の耐性を一切受け付けなかった。その為、相性関係無く攻撃できる飛鳥が斑鳩・葛城の後衛に付き、その支援を行っていた。

 今、『皇帝』の動きを止めた《マグナ》がそうだ。

 

「ナイスだ飛鳥! 止めは斑鳩に譲るぜ! ティアマト、《攻撃強化(タルカジャ)》ァッ!」

「任せて下さい! この一撃で切り裂きます、ヴィゾヴニル!」

 

 召喚された斑鳩のペルソナ『ヴィゾヴニル』は、影時間の空に浮かぶ妖しい満月を背に、その刀を構える。

 

「《月影(げつえい)》ッ!!!」

 

 月の光と陰りを帯びた刀身は、『皇帝』の身体を左腹部から真っ二つに切り裂く! 一瞬のち、その身体は闇に溶ける様にして消え去るのであった。

 

「――――これで、ラストォッ!!!」

 

 そしてほぼ同時に、『女帝』へと突貫する理の叫び声が轟く。召喚された『オルフェウス』の《突撃》によって凄まじい勢いで吹き飛ばされている為、傍目にはその姿を捉える事など出来はしないだろう。

 両手剣を脇構えに携え、狙うは弱点たる首の付け根部分。そして、すれ違いざまに一閃――――! 『女帝』の首が呆気なく吹き飛び、その巨体は力を失って膝を付く。やがてその身体も、闇となって霧散するのだった。

 

 そして辺りは静寂に包まれる。誰もが二体の大型シャドウを討伐したという達成感に身を任せ、その余韻に浸っている。理も地面に腰を降ろし、息を整えながら()()()を待っていたのだった。

 やがて、彼の傍で舞い踊る様に、二匹の『蝶』が現れる。理の下へと目指すようにして飛んできたそれらは、彼の差し出した掌に降り立つと、その手に浸み込むようにして消え去ってしまった。

 それに驚いた様子も無い理は二匹の『蝶』が消えてしまった己の掌を見つめ、その存在を確かめる様に指を開閉する。そして自身の中に、新たに二つのアルカナを誕生を感じる。

 ふと、ぽつりと呟く。

 

「……やっぱり、()()は――――」

 

 ……しかし、誰にも聞かれない筈であったその呟きを、聞く者が居る――――  

 

「…………」

「……飛鳥?」

 

 理の傍に立っていたのは、飛鳥。それに理は違和感を覚える。彼女は未だ慣れないペルソナ――と思しき――のスキルを使って疲弊していた筈であり、動けないとまでは行かずとも、ある程度の休息が必要な筈なのだ。

 なのに今の飛鳥は、虚ろな目をした無表情で理を見下ろしており、その視線は『蝶』が消えてしまった彼の掌に向けられていた。理の想像が正しければ、彼以外には見えない筈のその『蝶』を追う様にして。その視線の意味に、結城理/■■■は危機感を覚えるのだった。

 

「……飛鳥、キミは――――」

「…………()()()()()

「ッ?!」

 

 突如として飛鳥――否、何者かの口から呟かれた言葉に理は戦慄し、その場から飛び退いて距離を取る。その様子に只ならぬモノを察した斑鳩達も、漸く飛鳥が纏う雰囲気の違和感に気付くのだった。

 

「飛鳥さんっ!? まさか―――」

「ちょっ、例の操られてるってヤツか?!」

「く、こんな時に……!」

「待ってっ! まずはひばりが解析するよっ!」

 

 斑鳩達は飛鳥の変貌が例の謎の存在による干渉だと判断し、まずは雲雀による《アナライズ》を試みるのだった。

 しかし飛鳥――弁座上そう呼ぶことにする――は、そんな彼女達を嘲笑うかのように、攻撃を仕掛ける。斑鳩の剣閃よりも、葛城の蹴撃よりも、柳生の氷結弾よりも、雲雀の解析よりも、なお早くだ。

 一瞬にして斑鳩達四人に肉薄した飛鳥は、彼女達を攻撃する。今や得体の知れぬ邪気を纏い変貌してしまった飛鳥の二刀、その妖しき刃の名は――――

 

「……《ムラマサコピー》」

 

 それはかつて、徳川幕府に数多の死と(あだ)を呼び込んだ妖刀村正(むらまさ)を――――否、その刀を討つべく為に打たれた、不吉と呪詛を絶つ刀、霧螺魔叉(ムラマサ)を原典とするスキル。

 飛鳥がこのスキルを使えるのは、その血筋ゆえだ。元々村正を担ったのは、かの偉大なる忍『服部半蔵』であり、おそらく祖父・半蔵にも飛鳥にもその血脈が受け継がれているのだから。

 やがて霧螺魔叉は大正時代にとある一人の青年の手に渡り、彼の愛刀として振るわれる事となる。もしかしたらその彼と活躍した時代の近い半蔵は交流などが有ったのかもしれない。

 そして、その忌まわしき妖刀が持つ能力は――――

 

「ガハッ!? これ、は……、身体が……っ!」

「何だよコレ……! 忍法が、使えねぇ……!」

「ぐっ、忍法だけじゃない……ペルソナもだ!」

「そんな……これじゃあ、戦えないよぉ……!」

 

 『忍法の封印』及び『ペルソナ能力の封印』、それが《ムラマサコピー》の持つ能力だ。忍達は本来、例え刀で一太刀浴びたところで戦闘不能などになりはしない。

 だがこの攻撃で忍法とペルソナが【封印(ふういん)】状態になったことにより、身体能力の低下、影時間の負担が襲い掛かり、彼女達は本来の年相応程度、或いはそれ以下の力しか発揮できなくなった。無論、戦闘などもってのほかである。

 

(……コイツの目的は俺だけか。その為に彼女達の能力を【封印】した)

 

 しかし、飛鳥はそれ以降斑鳩達を追撃する様子が無く、冷たい眼で彼女体を一瞥した後、理の方へと身体を向けるのだった。

 理は眉根を寄せる。今の飛鳥はその二刀を構えてすらいない。ただでさえ彼女に剣を向けるという事に気が進まないというのに、戦闘態勢を取らない相手ならばなおさらだ。

 そのようにして攻めあぐねている理に対し、飛鳥は口を開くのだった。

 

「……結城、くん」

「っ、飛鳥!? 意識が――――」

 

 口から漏れたその言葉は、洗脳などではない飛鳥自身の言葉だった。よもやあの存在を抑え込むことに成功したのかと思い、彼女に問い掛けるのだが――――

 

「……わた、しを――――止めてえッ!」

「なッ!?」

 

 次の瞬間、飛鳥の身体から悍ましい量の黒い泥、シャドウが溢れ出し、彼女を飲み込んでいく。この現象は、言うまでも無くシャドウの暴走だ。しかし飛鳥のソレは、今まで斑鳩達が引き起こしてきた暴走とは毛色の違うモノであった。

 何より、斑鳩達は暴走によって己の(シャドウ)を顕現させたが、飛鳥の暴走はシャドウが現れていない。寧ろ、彼女の肉体そのものがシャドウと化してしまっている。今の彼女は、心の内より湧き上がるシャドウに飲み込まれてしまったのだ。

 己のシャドウに喰らわれるというその現象の名は、『シャドウクライ』。

 

『我は影……、影――――』

 

 そして生まれたシャドウは、それは醜悪な姿だった。

 圧倒的な巨体を誇る、腹這いになった真っ黒な身体をした醜い蟾蜍(ヒキガエル)。真っ赤に光る双眸はギョロギョロと忙しなく蠢き、此方を見据えてさえいるのかも不明だ。

 大きく避けた口からは悪臭を放つ涎が滴り、床面を融かしていた。だらしなくはみ出した舌も粘液に濡れており、鞭のように振るわれるそれには注意が必要だろう。

 そしてその背部からは、本体と思しき人間型の上半身が生えている。漆黒の身体をしていても、その豊満なラインは見覚えが有り、飛鳥の肉体を模している様だ。

 しかしその両腕は、彼女の愛刀・柳緑花紅が取り込まれて同化してしまっている。それでもなお禍々しい邪気を放っている辺り、《ムラマサコピー》の能力は失われていないのだろう。

 何よりも特徴的なのが、首から上が切断され断面からは紅い血が霞の様に漂い、彼女のトレードマークであったスカーフを模している、その()()であった――――

 

 今まで見てきたどのシャドウよりも醜悪な姿をした『飛鳥の影』――――いや、彼女自身がシャドウとなってしまったが故に、その呼び方は正しくない。

 一人の人間から乖離し、その影になるという、あやふやな存在ではない一つの在り方。それをあえて名付けるとすれば、『シャドウ飛鳥』と呼ぶのが適切であろうか。

 そして理は『シャドウ飛鳥』の姿を見て、とある出来事を思い返していた。

 

 かつて飛鳥と行った『秘伝動物召喚』の修行の際、彼女は自分がどのようなペルソナを召喚するのだろうと疑問を持ったのだ。

 彼女達忍がペルソナ能力に目覚めた際、秘伝動物に近い姿を取るのはこれまでの経験で把握済みである。その為飛鳥がペルソナ能力に目覚めたときは、そのペルソナは蛙の姿を取るのだろうと話し合っていた。

 古今東西において蛙は、幸運や金運をもたらす縁起物とされ、多産や不老不死を象徴する、生と死の領域に近いところに生きる動物だとされてきた。神話でも、エジプト神話の『ヘケト』や、日本神話の『多邇具久(たにぐく)』として信仰され名を残す様に、人と蛙は密接な関係にあったのである。

 だが、今目の前に居る『シャドウ飛鳥』は、それらとは全く違う禍々しさを感じさせる。それはさながら――――

 

「……ツァトゥグア、か?」

 

 とある神話に名を残す、邪神の姿そのものであると、理は評したのだった。

 

『ァ、アァ――――ゆう、き……く……』

「く……、飛鳥、今助け――――」

 

 そして、遂に戦闘は開始される。『シャドウ飛鳥』は《真影結界》を展開し、飛鳥という少女の心象世界(パレス)を開示する。

 しかしその風景は、普段と変わらぬ――赤黒い縞模様の空はそのままだが――半蔵学院という光景であり、それだけ彼女がこの場所を大切に思っているという証でもあった。

 だが、だからこそ彼らは思う。この様に優しく、強い心を持つ飛鳥が、そう易々と己のシャドウに飲み込まれるのだろうと。この暴走は果たして、本当に飛鳥の心の弱さが招いたモノなのかと。

 彼らの想像は、決して間違っていなかった――――

 

『わ……私は、結城くんの事が、ずっと妬ましかった/憧れていた――――』

「……え?」

 

 『シャドウ飛鳥』の口から漏れる二つに重なる声。それはどちらも飛鳥のモノであるが、語られる内容は真逆だ。唐突な独白に理も意表を突かれてしまった。

 しかしこの言動によって、理はこのシャドウがどういった存在であるのかを察するのであった。

 

『妬んで/憧れて、畏れて/羨ましくて――――だから私は、アナタを殺し、違うッ! 私はああああああぁぁぁァァァッッッ!!!???』

「ッ、そういうことか!」

 

 つまりこの現象は、他者からの干渉による強制的な暴走。かつて飛鳥が『地変魔法』を覚醒させた時と同じなのだった。

 そして、彼女が暴走させられた感情とは――――

 

『大好き/大嫌いだよ、結城くん――――』

 

 これまでずっと、飛鳥が理に抱いていた『愛憎』。

 心の内に潜めてきた、陰なる痛み(shadow cry)なのだった――――

 




 『女帝』と『皇帝』のバトルは省略されました。プレイした人なら解るだろうけど、あんまり強くないので……。漫画でも映画でも弱点さえ分かったらフルボッコ。理の《デジャヴュの少年》と雲雀の《アナライズ》が有り、最初から弱点が解る以上、相対的に弱体化されるのは当然でした。合掌。

 その代わりに、飛鳥のシャドウが暴走しました。暴走の原因は、P4のクマと同じで、外部からの干渉による強制的なモノ。その暴走させられた感情は、理への『愛憎』でした。今まで飛鳥の理に対する感情をボカしていたのは、今回へ繋げる為の伏線・記述トリックです。……なってましたよね? まぁこの二人及びメンバー全員が、中盤までの展開の様に、普段はこうしてイチャついている訳なのですが。

~登場シャドウ解説~

・『シャドウ飛鳥』
備考:外部からの干渉により強制的に暴走させられたことによって、本体である飛鳥を取り込んで肥大化したシャドウ。誕生経緯が『○○の影』とは異なる為、名前が『シャドウ○○』となっている。
 また、飛鳥を取り込んだ為に、その血筋からなる固有スキル《ムラマサコピー》を発現させた。これについては後述。
 強制的な干渉ゆえか、あるいはその干渉した者の特性なのか、非常に醜悪な外見をしており、理はその外見からこのシャドウを、クトゥルフ神話に登場する邪神『ツァトゥグア』と評している。
 ……クトゥルフ邪神の外見と貌の無い姿、一体何者による干渉なんだ……?

~スキル解説~
・《ムラマサコピー》
効果:敵単体に万能中ダメージ+スキル・ペルソナ封印(100%)
備考:飛鳥を取り込んだ『シャドウ飛鳥』が発現させた最悪のスキル。邪気を纏う事によって変貌した、妖刀・霧螺魔叉で相手を斬り付け、そのペルソナを封印する能力を持つ。また同時に、忍法すらも封印されることになった。
 理の場合はペルソナを付け替える事によって対処可能だが、ペルソナを一体しか持たない斑鳩達ではその時点で詰みである。この為、必然的に一対一の状態を取らされる事となった。
 なお、飛鳥がこのスキルを発現した経緯は本文中の通りであり、今後の展開で更に掘り進める予定である。

 次回は、理VSシャドウ飛鳥。もしかしたら二話分ぐらいになるかもしれない。期待しないでお待ちくださいませ。

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