ペルソナカグラ FESTIVAL VERSUS -少年少女達の真実-   作:ゆめうつつ

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 今話は前回のあとがき通り、秘伝動物召喚の授業回。雲雀と柳生がメインです。そして――――

 ※5/17追記 展開の修正により、日時変更


22話 忍修行 後編

 2009年 5月26日 放課後――――

 

 斑鳩・葛城による『忍法』講習が明けてから一日、今日は柳生・雲雀の二人による『秘伝動物』の講習である。

 忍法の才能が無い理が『秘伝動物』を扱えるのか? などと言うなかれ、この講習は『ペルソナ』と『秘伝動物』の差異を調べるために催された物であり、理の『秘伝動物』召喚は二の次だ。

 『秘伝動物』とは果たして何であるのか? その形を成す『自然の力』とはどの様なエネルギーであるのか? そもそも『ペルソナ』自体が何物であるのか?

 理達はこの講習によって、それらの答えを得ることが出来るのかもしれないのだった。

 

「……で、飛鳥も参加するんだね」

「あはは……、私はまだちょっと『秘伝動物』の召喚に慣れてないから……」

 

 ……この少女、イマイチ締まらない。

 

 気を取り直して話を聞けば、飛鳥が扱う『秘伝動物』召喚は、動物そのものを召喚するのではなく、己の肉体に宿らせる形であるという。“(かえる)”の秘伝動物を召喚する彼女は、その筋力を脚に宿らせて超常的な瞬発力を発揮する。彼女の『秘伝忍法』も、その瞬発を生かしたスピード重視のモノだ。

 対して、飛鳥以外の4人の忍学科メンバーはハッキリとした形で秘伝動物を召喚する。

 斑鳩は“鳳凰(ほうおう)”、葛城は“(りゅう)”、柳生は“烏賊(いか)”、雲雀は“(うさぎ)”。因みに秘伝動物がどのような姿を成すのかは、才能と同じく家系によって決まるのだとか。

 理は早速、柳生と雲雀から秘伝動物召喚の術式――忍法は両手で組む印が術式になる――を教え込まれ、秘伝動物召喚の忍法を行使するのだった。

 

「出ないね」

「出ないな」

「出ないみたいだね」

「……まぁ、分かってたことだけど」

 

 当然、駄目だったのだが。理の才能がからっきしであることは瞭然であるというのに、彼女達は一体何を期待していたというのだろう?

 

「「「たぬk――――」」」

「やめろォ!?」

 

 あんまりにもあんまりすぎる期待に、思わず大声でツッコむ理。だから、理は風やら砂の忍ではないのだ。

 そんなこんなで、印を変えるなり自然の力を操作するなどして試行錯誤するものの、やはり秘伝動物は召喚出来ない。理に言わせれば「手応えが無い」という事だった。勿論それを理解はしているが、目の前で柳生が烏賊の秘伝動物をあっさりと召喚する光景を見せられれば、多少なりとも感じる事も有るというモノだ。

 ……尤も、その想いは続く雲雀が秘伝動物を召喚したことによって、綺麗さっぱり消え去る羽目となった。

 

「雲雀……何その、………何?」

「“忍兎(にんと)”だよっ、可愛いでしょっ♪」

 

 雲雀が抱えている()()は、何とも言い難い生物(ナマモノ)だった。立派に伸びる二つの長い耳は兎のそれであり、それだけならば理もそのナマモノを兎として認識できたかもしれない。しかし、それだけだ。()()が持つ兎としての特徴は、そのウサミミだけなのだ。

 彼女の腰にも迫ろうという体長には、まぁ目を瞑ろう。首に巻かれた紅いスカーフは、若干飛鳥と被っているが十分オシャレだ。額に書かれた“忍”の文字はよもや虐待だろうか、実は雲雀は意外と黒いのだろうか。

 しかし少なくとも普通の兎はピンク色の体毛をしていないし、二足歩行だってしない。何より、そのドギツい三白眼は絶対に兎のモノではあってはならない。コレを兎と称そうものなら、漏れなく地球上全ての兎から抗議が来るだろうという、そんな風貌であった。

 ハッキリ言おう、キモい。

 

「……それが、雲雀の秘伝動物なの?」

「うんっ♪ 初めはちょっと大きな兎さんだったんだけど、気付いたらこんな姿になってたんだ~っ♪」

 

 そう雲雀は楽しそうに笑い、忍兎の頭をぐりぐりと撫でる。彼? 彼女? は、その感触に心地よさを感じているようであり、うっとりと眼を細めていた。

 しかしふと、忍兎は理の方へと視線を向ける。その視線には剣呑な感情が多分に含まれており、間違いなく友好的なものではない。言葉に表せば、「あ? 文句あるのかコラ?」といった所か。

 何と言うか、その態度にもう理も呆れ果てる。『秘伝動物』が感情を持つなど、理が読んだどの書物にも記されていなかった。この兎モドキ、色々と規格外すぎる。いや、真に規格外なのは雲雀の方か。

 確かに雲雀は、他の忍メンバーとは隔絶した感知能力を持つなど感覚的な才能に溢れている。その才覚が、こうして『秘伝動物』召喚にも表れているのだろう。

 

(『秘伝動物』の忍法は雲雀に学ぶか……?)

 

 この実技が終了した後は、座学による『秘伝動物』召喚忍法の教授を行う事になっている。理論と感覚、どちらも重要視する理にとっては、更に詳しい理論を覚えるのは当然の事であった。

 まぁ、万一自身が『秘伝動物』召喚忍法を獲得したとして、あのようなナマモノが現れるのは勘弁だが、そちらは置いておくとしよう。それより問題であるのが――――

 

「……く、また雲雀と……ッ!」

 

 相も変わらず雲雀大好きっ娘、柳生が此方を睨んでくる事だろうか。

 理は取り敢えず、何時もの様に「どうでもいい」と溜息を一つ吐くのだった。

 

 

     ◆

 

 

 2009年 6月1日 夜――――

 

 理は『秘伝動物』召喚の実技を終え、座学を通じ、数日の時間を経て幾つか気付いた事が有る。

 自然の力という超然的なエネルギーによって形作られる『秘伝動物』は、いわば“精霊”というモノではないか、という事にだ。

 火の属性を持つ斑鳩の鳳凰は『火霊(フレイミーズ)』。風属性の葛城の龍は『風霊(エアロス)』という風に。

 そんな彼女達の秘伝動物召喚という能力をペルソナのスキルで表すのならば、《精霊召喚》とも言えるだろう。おそらく、そのスキルを上手く扱えば、ペルソナの更なる能力向上に繋げることが出来る筈だ。

 そう思い、斑鳩と葛城に打診してみる。

 

「ペルソナと秘伝動物の同時召喚って出来ない?」

「無理です?!」

「何言ってんのオマエ!?」

 

 バッサリである。単純に、彼女達ではその二つを扱うのにスペックが足りないという事なのだろうか。

 そう言う理ですら、二体のペルソナの同時召喚には未だに至っていない。しかし、《デジャヴュの少年》の中で見る■■■は、ペルソナの同時召喚による合体スキル《■■■■■■■》を行使していたのだ。

 理もまた、そう遠くない内にペルソナの同時召喚を習得するものと思われる。その事を彼女達に伝えると、何処か呆れたような目付きで睨まれたのを理は理不尽に感じた。

 

 しかしそれは、寧ろ当たり前なのかもしれない。結城理のペルソナ能力は、後から覚醒した斑鳩や葛城のそれとは天と地ほどに隔絶している。

 彼女達は理の様に複数のペルソナを使い分ける事など出来ず、スキルの行使にも制限が有る。《影結界》や《忍結界》ではない通常空間ではペルソナを召喚出来ない、といった風にだ。無論彼には、そういった制限など無い。

 これでは、理がペルソナの二体同時召喚の可能性を示した事に、彼女達が呆れながらも納得したのもむべなるかな。

 尤も、その代わりにという訳ではないだろうが、忍法の才能が皆無である為、ある意味バランスが取れているのかもしれない。

 

(だけど、それならそれでやりようはある)

 

 座学を終え、休憩時間となった忍部屋・資料室内では、理がまたしてもノートにペンを走らせている。ただし書かれている内容は、対シャドウ戦における戦術論だ。

 昨日今日の実習を通じ、ある程度までは忍法を使える形にした為、彼の取れる手札は幾つかが増えた。その新たに増えた手札を盛り込んだ戦略を、今こうしてノートに書き込んでいる。

 彼の記憶力ならば態々ノートに書き込むなどする必要は無いが、後でメンバーに作戦指針として公開する為、こうして紙面に書き起こしているのだった。

 しかし、そんな風に黙々と戦術論を書き起こしている理に、ぽつりと問い掛ける声が有った。

 

「……結城さんは、凄いよね」

「……何が?」

 

 話しかけてきたのは、座学を終えた後、理の補助に付いていた雲雀であった。

 それは天真爛漫な彼女とは程遠い、思い詰めた様な声色だ。その雰囲気に理も手を止め、隣に座っていた雲雀にへと顔を向ける。

 今の雲雀は珍しい事に、何時も一緒に居る柳生の姿が無く、それだけでもこの話が彼女にも聞かせたくないモノだという事を察することが出来た。

 

「ひばりはさ、思うんだ。……ひばりは、忍には向いてないんだって」

「……何でそう思うの?」

「だって、修行をしてもひばりはぜんぜん強くなってる気がしないの。おまけにドジだし、皆に迷惑を掛けるし……」

「……」

 

 それは、雲雀が今までずっと抱えてきた負の感情だ。それをこうして目の当たりにし、実はネガティブであるという彼女の本質を垣間見て、理は僅かにたじろいだ。

 

「でも、結城さんは違う。忍の才能が無くっても、ペルソナや頭の良さが有るから、今はこうして作戦立てをする事だって出来る。……ひばりとは、全然違う凄い人だよ。そう……全然……」

「……買い被りすぎだね。俺はそんなに大した人間じゃ――――」

「っ、それでもっ! ……ひばりじゃ結城さんには勝てないんだよ……」

 

 理は何と声を掛ければいいのか分からなかった。雲雀は一生懸命やっている、等と無責任な言葉を掛ける心算も無い。その結果が出ないからこそ、今雲雀はこうして悩んでいるのだから。

 雲雀のコンプレックスは、所謂“持たざる者”としての悩みであり、その対極に位置する理が何を言った所で、彼女に届く筈が無かった。

 ……だからこそ理は、まずはその勘違いを矯正するのだった――――

 

「はぁ……雲雀、キミはそんなに自分を卑下する事なんか無いよ」

「でもっ!」

「俺は、見ての通り忍の才能は無いから、そっち方面でキミに言える事は無い。

 ……けど、雲雀はこれまでずっと俺達と一緒にシャドウと戦ってきた。その功績を、その強さを、俺達はちゃんと知っている。それだけは否定させないよ」

「そ……そうかもしれないけど」

「というか、雲雀は俺に勝てないなんて言うけど、つい先日組手で俺をボコボコにしたのは誰なの?」

「それは御免なさい」

 

 理は雲雀の言葉を否定し、自身が持つ価値を告げる。ついでに、ちょっと不満を漏らしたりしたが、そっちは謝られた。これは単純に、『電撃属性』を操る彼女とでは《オルフェウス》との相性が最悪だったという事なのだが。

 

「……それでもキミが、まだ卑屈になるのなら、その理由を教えてほしい。どうしてそこまで、自分自身の事が信じられないという事にね」

「っ!」

 

 雲雀は理のその言葉に、明らかに動揺して見せる。彼は気が付いていたのだ。雲雀のコンプレックスとネガティブさが、過去のトラウマから来るという事に。

 流石にそれを言葉にするのは憚られるのか、彼女の口は堅い。それでも理は、雲雀に問うのだった。

 

「俺はもっと、雲雀や皆の事を、知りたいから」

「うぅ……」

 

 しばらく雲雀はもじもじと身を揺すったり、ちらちらと理と視線を合わせたり外したり、いじいじと指を絡ませていたが、やがて決心がついたようであり、ゆっくりと口を開いた。

 

「……結城さんはさ、ひばりの“眼”をどう思う?」

「綺麗な眼だと思うけど?」

「「ぶふっ!?」」

 

 突如投げ掛けられた問いに、理はあっさりと応えてみせる。しかし、それがド直球の即答で褒められるのは想定外であったらしく、思い切り咽込んでいた。

 後、その咽込む声が何故だか二つ聞こえた。一つは勿論雲雀の物だが、もう一つの声は資料室の天井隅あたりから聞こえた気がする。まぁ、そちらは今は置いておこう。

 

「そ、そうじゃなくて……、その……」

「まぁ、不思議な瞳をしているよね。華の意匠が有るなんてさ」

「うん、ひばりのお家は、この眼を《華眼(かがん)》って呼んでる。……ひばりなんかには、分不相応な力だよ」

 

 そして、雲雀はぽつりぽつりと語りだした。

 雲雀の家系には時折、『瞳術』と呼ばれる瞳に宿る異能を覚醒させる者が現れるのだという。その能力は、“人の心を操る”という強大なモノだ。彼女は思春期の頃、その《華眼》を開眼し、一族が期待する才能を持つ事となった。

 

 ……そう、その“眼”こそが、雲雀の重荷となったのだ――――

 

「ひばりは昔からずっとダメダメだったけど……、この眼を得てから家族は皆その事を気にしなくなっちゃった。

 訓練に失敗しても、「次はきっと上手くいくから」って何回も言われて叱られなかった。兄妹の皆より何倍も時間をかけてやっと出来るようになったら、今度は「流石は雲雀だ!」って褒めてくれた」

「……」

 

 家族という最も身近な存在から寄せられる過度な期待に、雲雀は耐える事が出来なかった。理は口を閉ざす。事が忍に関するモノである以上、彼が伝えられる事は多くない。今は黙って、彼女の話に聞き入っていた。

 

「……ひばりだって分かってるよ。皆が本当に大切なのは《華眼》であって、“雲雀”自身じゃないって」

 

 無論理にだって、それを否定することは出来ない。忍の世界のみならず、何処でだって稀有な才能は重宝されるものだ。其処に当人の意思が必要とされるのかはケースバイケースであるが、少なくとも雲雀自身は《華眼》という才能だけに価値を見出してしまった。……自分自身を無価値であると、断じたのだ――――

 

「ねぇ、結城さんはどう思う? ひばりみたいな落ちこぼれが、こんな“眼”を持ったって、本当に忍になれるのかな?」

 

 雲雀は改めて理に問い掛ける。その姿は、断罪を待つ咎人の様だ。ここで彼が下手な事を言おうものなら、彼女は間違いなく忍の道を歩む事は無くなるだろう。部屋隅からの殺気が容赦なく襲い掛かってくるが、その威圧に臆することなく理は雲雀に向き直り、真摯に応えた。

 

「……辛いよね」

「え?」

「雲雀や俺は、そんな風に期待を寄せられ――いや、押し付けられてきた。大人達は、見栄や面子や体裁を気にするから。あいつ等はただ、『この子は私が育てた』って自慢したいだけなんだ」

「……ぅ」

 

 理の言葉は辛辣であり、雲雀にも理解できるものだった。彼女の脳裏には、かつて《華眼》を開眼した際、一族徒党の前でその眼を見世物の様に晒された記憶が蘇る。

 一族の忍達は揃って雲雀を絶賛し、褒め称えてはいた。しかし、彼女の《華眼》は心を操り、見抜く。雲雀の眼は、彼らが心の内では下卑た嗤いを浮かべていた事を見透かしていた。

 その経緯もまた、雲雀が自分は忍の落ちこぼれという卑下と、《華眼》の忌避に繋がるのだ。

 

「結城さんも、そうだったの……?」

「……俺の場合は只の、学校での成績の出来具合だけだよ。いい成績を出さないと、罰くらいは有ったけどね」

「それって……!」

 

 普通の家庭であるならば、子供の成績に一喜一憂するのは当然である。だが知っての通り、結城理という少年は孤児であり、引き取られた先は血や絆の繋がり等薄い、殆ど“他人”であった筈だ。

 そんな彼らが、幼い理に課す罰など容易に想像がつく。彼の半蔵学院での優れた成績に、こういう背景があったことを知り、雲雀は驚愕するのだった。

 

「だけど雲雀、本当に全ての人達がそうだったの?」

「え……?」

「《華眼》だけじゃない、本当の“雲雀”を見てくれる人が、きっと居た筈だ。……少なくとも俺やこの忍学科の皆は、そう思っているよ」

「…………ぁ」

「大事にするんだ。その“眼”は絶対に、キミの力になる筈だから」

 

 不意に、理の手が雲雀の顔に触れる。右手を伸ばし、彼女の頬を撫でる様にして添わせたのだ。

 彼のやや低い体温が掌越しに感じられ、撫でられるという心地良い感覚に雲雀の心は微睡む様に安らぐ。……何だか殺気が倍増したような気がするが、無視だ無視。

 

「……それに、さっきも言ったけど俺は雲雀の眼は綺麗だと思うよ。《華眼》なんて関係無く、ね」

「結城さん……」

 

 雲雀はふと、真正面にある理の“眼”に目線が移る。其処に有るのは、満月のように美しい銀灰色の瞳であり――――、同時に(おぞ)ましく濁った、“死”を宿す瞳であった。

 綺麗なモノには魔が宿るから、それはまるで、雲がかった朧月。雲雀は、初めて会った時から理のこの眼が好きになれなかった。斑鳩や葛城などは彼のこの眼を気に入っている様だが、彼女にはそれが理解出来ないでいた。

 

 しかし、今ならば解る。美しいモノを汚すその濁りは、彼の観てきた絶望という(よど)。清濁を織り交ぜる理の眼は、一度絶望に沈んだ彼女達の心を揺らすのだという事を。

 ……飛鳥は多分、それらをひっくるめて彼を気に入っているという辺りだろうか?

 

「――――うんっ♪ 結城さんにそう言ってもらえたら、元気が出てきたよ! ありがとう♪」

「ん、どういたしまして」

「じゃあ、ひばりはちょっと身体を動かしてくるねっ♪」

「そう? なら、俺も付き合おうかな」

 

 手元のノートには、既にある程度の戦術論が書き連らねている。雲雀との組手で、これらの戦術と忍法を覚えて強化された自身のスペックを把握しておくのは悪い事ではないだろう。

 理はこれらの資料を片付けた後で修練場に向かうと雲雀に伝え、彼女は資料室を後にするのだった。

 ――――そして、理一人となった資料室の暗がりから、一つの姿が現れる。

 

「お前、雲雀に手を出し過ぎだ。殺すぞ」

「第一声がそれか……。何と言うか、雲雀は小動物的な可愛さが有るから、つい手がね……」

「それは分かる」

 

 現れたのは言わずもがな、柳生である。どうやら彼女は何時の間にか資料室に侵入し、雲雀を監視していたようだ。……ストーカーというヤツだろうか?

 それは兎も角、殺す等という物騒な言動が飛び出してくるが、柳生は醸し出していた殺気を抑えて、理に相対する。その姿は何処か、悲壮感を漂わせる雰囲気だ。

 

「さっきの話、オレも聞いていた。……雲雀にあんな過去が有ったなんて、初めて聞いた」

 

 そんな柳生の言葉に、理は意表を突かれる。

 

「……柳生は雲雀と仲が良いから、《華眼》の事も知っていると思ったけど?」

「馬鹿言え、《華眼》は兎も角、それに伴う過去の話を知る訳が無いだろう。オレ達は出会ってまだ2ヶ月も経っていないのだからな」

「え、まだそんな時間しか経っていないのに、あんなに仲が良いんだ」

「お前がそれを言うのか……?」

 

 コミュ力が皆無な癖に、様々な人間を惹き付けるという不思議な魅力を持つ理に言われれば、何だか皮肉の様にも感じてしまう。

 

「雲雀が何かしらの不安面を抱えているのは分かってはいたが、オレはそれを問い質す事が出来なかった。

 本来ならば、オレが雲雀の支えとなるべきなのにな。……それを引き出した、お前が少しだけ妬ましい」

「……アレは元々雲雀の中で燻っていただけで、親しい人ならちゃんと引き出すことが出来た筈だ。それこそ、柳生にだってね」

「ならば、お前もまた雲雀に親しく思われているのだろう?」

 

 責めているのか、褒めているのか。柳生の言葉は、どうにも真意を掴み辛い。そもそも、何故彼女は――――

 

「……柳生はなんでそんなに雲雀を気に掛けるの?」

「…………お前には関係の無い事だ」

「……そう」

 

 ひやり、と理は僅かに冷や汗を掻く。柳生が発したのは、殺気ではない。純然たる“殺意”であった。恐らく――否、間違いなく理は今、彼女の触れてはいけない部分に触れた。

 柳生は言った。雲雀と出会って、まだ2ヶ月も経たないと。そうだというのに、彼女の雲雀への入れ込みようは尋常ではない。それを成すだけの執着が、柳生には有るのだろう。

 彼女達の只ならぬ関係に迂闊にも踏み込みかけた理は、しかしその動揺を億尾にも出す事は無く、雲雀との組手の為に退出しようとする。

 

「待て、お前と雲雀との組手、オレにも参加させろ」

「……まぁ、構わないけど……、お手柔らかに頼むよ」

「善処する」

 

 それは決して了承の意で使う言葉ではない。ふんす、と鼻息荒く、此方をねめつけてくる。

 しかしそれは、理の安易な行動が原因でも有る為、彼自身に憤りは無い。彼女の怒気を受け止めるのもまた、自身の責任であるとし、柳生との組手を受け入れるのだった。

 柳生は先に退室し、理は組手で使う為の装備を整える為、更衣室――なおこの時、運が悪いと着替え中の少女と鉢合わせする羽目になるので、注意しなければならない――へと向かう。

 

(雲雀と柳生を相手にするなら、“この武器”を使うか)

 

 そう装備を吟味しつつ、手に取った武器を装備して、二人が待つ修練場へと赴くのだった。

 

 ……そこで待つモノを、結城理はまだ知らない――――

 

 

     ◆

 

 

 華の眼を持つ/雨に佇む少女は思う。あの少年の過去の一端に触れ、己の過去は彼の様に過酷であったのかと。

 少女は彼の様に、家族を亡くした過去など無い/家族を亡くした過去が有る。その心の痛みが、彼女には理解出来ない/出来る。

 

 だからこそ思うのだ、結城理は自身と違う/同じなのだと。

 

 雲雀が抱く彼への感情は、羨望。自身と同じく過度な期待を受け、それでもなお前へと進む彼の強さに少女は憧れる。

 

 柳生が抱く彼への感情は、同族嫌悪。自身と同じく大事なモノを失くし、絶望を宿すその瞳を嫌悪する。

 

 少女達二人は忍学科内でも特に、結城理という人間に近しい事を、彼の過去より理解するのだった。

 

「あっ、柳生ちゃ~ん♪」

「済まないな雲雀。結城との組手、オレも参加させて――――」

 

 ……しかし、決して忘れるなかれ。

 

「え……?」

「どうした、ひば――――がッ?!」

「柳生ちゃん!? まさか、『敵』ッ!」

 

 彼女達は、理の過去、その奈落の如き昏い深淵を覗き込んだのだ。

 

「そんな……、どうして……?」

 

 そして、深淵を覗くとき、深淵もまた此方を覗いているという事を――――

 




 飛鳥との忍転身の授業? スマン、ありゃウソだった。彼女二人との話が長くなった為に、飛鳥との修行は延期になりました。まぁ、理にも『忍転身』を習得させたいので、次回にガッツリやるという事なのですが。そちらも期待しないでお待ちください。

 理の秘伝動物召喚、やっぱり上手く行きません。今後も、彼が秘伝動物を召喚するという展開は多分無いでしょう。

 代わりに、秘伝動物が今作ではどういう存在であるのかを徐々に明かしています。此処まで言えばほぼネタバレしているでしょうが、本格的に言及するのは現プロットだと第二章からになりますね。

 今回、理の過去の一端が開示されました。公式設定で親戚中を盥回しにされたという彼ですが、今作の理も同じ扱いを受けています。原作ではその盥回しにされた理由は明かされませんでしたが、その一つがこの話です。まぁ、この手の界隈ではありがちな話ですね。そんな暗い過去の話が、忍学科一年組のネガティブな部分に触れました。

 よって、次回に登場するのは、『雲雀と柳生の影』という合体シャドウ。この強大なシャドウに理達はどう立ち向かうのか? どうぞ、お待ちくださいませ。

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