ペルソナカグラ FESTIVAL VERSUS -少年少女達の真実-   作:ゆめうつつ

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読者への『つかみ』として序盤の2、3話をまとめて投稿します。
寧ろ最初からするべきでしたね(汗
以後、書き溜めながらの投稿なので更新は不定期になります。ご了承ください。


2話 善の務め

一筋の閃光が駆ける。銀色に煌めくそれは、彼の手に握られた、月明かりに照らされる一振りのナイフだ。

忍などと比べればその技量はあまりに拙く、未熟だった。それだけで飛鳥は、彼が忍などでないただの一般人であることを理解する。

あまつさえ、一瞬垣間見た彼の武器も忍が握るような業物ではなく、有り触れた既製品であったのだ。

 

(あんな武器で、対抗できるはずが――――)

 

だが、飛鳥のその思考は容易く打ち破られることとなる。

ティアラの髪がうねり、数多の槍となって飛来する。その速度は凄まじく、人間を容易く串刺しにするだろう。その力を、飛鳥は身をもって知っている。

彼女の驚愕は此処からだ。彼はその攻撃に真正面から突っ込んでいき、難なく回避したのだ。髪の触手を逸らし、往なし、時にはそのナイフで触手を切り裂いて、ティアラへと肉薄する!

 

「ふっ」

 

そして、軽く息を吐いてナイフを一閃――――。真一文字に仮面を切り裂くと、ティアラは闇に溶ける様にして、雲散霧消する。今度こそその異形は、完全に消滅するに至ったのだった。

その様子を、飛鳥は信じられないようにして見つめていた。

 

(もしかしてこの人は、この『妖魔』たちと戦い慣れているの? ううん、それだけじゃない)

 

あの攻撃を回避し、接近し、一撃で屠ったその技量は見事の一言に尽きるが、彼女の興味を引いたのはそこではなかった。

飛鳥が思い至ったのは、一切の物理攻撃手段が通じず、秘伝忍法でさえ倒すに至らなかった異形を倒した武器、或るいは能力である。

 

「…………む」

 

ティアラが消え去っていく様を無感動に見ていた彼だが、ふとあることに気付いたように、ちろりと視線だけを横に動かす。

その先には、這いずるようにして暗がりへと消えていくスライム擬きの姿があった。どうやら力量の差を悟ったらしく、恐慌状態のまま逃走したようだ。

追いかける素振りを見せない彼に対し、逃がす訳には行かないと飛鳥は伝えようとするが、その心配も杞憂に終わる。

 

「ん」

 

やる気が微塵も感じられない声を出して、彼は空を撫でる様にして軽く腕を振るう。

しかし、ただそれだけの動作で真紅の火炎がスライム擬きを包み込み、塵一つ残す事無く焼き尽くす。

その異能はまさしく、先の異形らが使った魔術と同一に他ならないではないか。それを見て、飛鳥は確信する。

 

(間違いない! この『妖魔』たちを倒すことの出来る能力を、この人は持っているんだ!)

 

毒を以て毒を制す様に、忍には忍で以て対抗する様に、同じ能力であるからこそ倒すことが出来るのが道理である。

しかしその場合、何故彼がその能力を持っているかという疑問に帰結する。尤も、今の彼女にはその考えまで至らなかったのだが。

飛鳥の心の内にあるのは、命が助かったことの安堵と、彼をどうやって引き込むかという打算と、何故かもやもやとした正体不明の感情であった。

 

 

 

再び何処かで、歯車が鳴る。

ぴしり、ぱきぱき、がらがら――――続いて聞こえたのは、影の天蓋が砕ける音。

そうして世界には色が戻り、月は暖かい明かりを取り戻す。

飛鳥たちは、元の世界へと帰還したのだ。どうやら、彼があの化け物を殲滅したことで、この影の世界もその役目を終えたらしい。

おそらくこの世界は、先の化け物が獲物を襲うための『結界』であるのだろう。飛鳥はその恐ろしさに身震いする。

そしてそれは、その化け物を屠った彼にもであった。

 

「…………」

「…………」

 

痛いほどの静寂が場を支配する。つい先刻まで、忍と化け物と異能者による闘争があったとは思えないほどだ。

その異能者は飛鳥の方に身体を向けると、彼女に向けて手を翳す。瞬間、飛鳥はびくりと身を竦ませた。

尤もそれは、かの炎や冷気の魔術を向けられると思った故の恐怖ではない。彼女が反応したのは、もっと別の要因である。

彼が手を翳すと、淡い光が彼女を包み込みその傷を癒す。どうやら、あのティアラも使った治癒の魔術を、彼女に対して行使したらしい。

謎の異能という不可思議な能力を使われることに一抹の不安を感じなかった訳ではないが、その効果は絶大であった。

 

「……凄い――――」

 

先の戦闘で付けられた全ての傷が、瞬く間に塞がっていく。

その凄まじさに呆けてしまうが、ふと自分の身体に影が差したことに気付く。少年が飛鳥の傍に歩み寄り、手を差し伸べていたのだ。

飛鳥はその意味を理解するのに一瞬の時間を要したが、気恥ずかしくも手を差し伸べ、助け起こしてもらった。

そして、彼は用は済んだとばかりに踵を返すと、路地裏の出口を目指して歩き始める。

 

「あ、……ありが――――えっ?! ちょ、ちょっとまって下さーい!」

 

――――その場に、飛鳥を残したままで。

まさか声すら掛けて貰えないとは思いもよらず、飛鳥は声を張り上げて彼を呼び止める羽目となった。

 

「……何?」

 

相も変わらずやる気のない声で彼が返事を返す。その声に含まれている感情も、拒絶や困惑ではなく、心底どうでもいいという無感動であった。

その違和感に飛鳥は気付くことなく、何とかして彼の気を引こうと必死である。彼女は何としてでも、彼から化け物とその能力に関する情報を引き出さなければならないのだから。

 

「あの! もしよかったら、お話を聞かせてもらいたいんだけど……」

「……何を?」

 

言葉だけ見れば逆ナン紛いと誤解されかねない台詞で彼に問いかける飛鳥だが、それに対する彼の返答は素っ気無いものであった。と言うよりも、先の台詞から一字増えたのみである。

そこで漸く飛鳥は彼の異常性――――歯に衣着せずに言えば、絶望的なまでの意志薄弱、そしてコミュニケーション能力の欠落に気が付く。

 

「えっと、その、あの……」

「何も無いなら、帰っていい?」

 

その雰囲気に圧され、二の句が告げないでいる飛鳥を見やると、興味が失せた様に――元より無かったのだろうが――その場を後にする。

遠ざかっていくその背に慌てて言葉を投げかけるが、その返答も当然の如く、無味乾燥な言葉であった。

 

「あ! その、あの化け物のこととか、貴方の能力は何なのかとかを教えて――――」

「悪いけど、話せることなんて何も無いよ」

 

そして今度こそ彼は、振り返ることなく歩み始める。

その耳にイヤフォンを掛けて、外界からの干渉を遮断し、一人きりの世界へと埋没するのだ。

飛鳥には去っていくその背中が、酷く寂しそうに見えるのだった。

 

先程、治癒を掛けられたときに一瞬垣間見た彼の顔を飛鳥は忘れられない。

暁の夜空の様な、濃紺色の長い前髪によって半分ほど覆われた中性的な顔立ち。年頃は飛鳥とさほど変わりないだろう。

その中に満月の如く浮かぶ、銀灰色の瞳。それはさながら、一種の芸術品の様な美しさがある。

だが、飛鳥はその瞳に、生気を感じることが出来なかった。彼が生きた人間であることを、断言できなかった。

 

彼という存在は、『死』に満ちている――――

 

(どうして、貴方はそんなにも――――)

 

飛鳥は最後まで遠ざかる彼の背中を見続けていたのだった。

 

 

     ◆

 

 

その後、漸く到着した試験官に事の顛末を話し、倒れていた男性も保護して貰う。当然試験は中断となり、飛鳥の昇段はお蔵入りとなった。

その上、件の異形について忍学科本部に報告する為、今後の修行も早めに切り上げて、半蔵学院に帰還することを命じられる。

半蔵――――、伝説の忍とまで謳われた祖父の稽古が無くなってしまったのが、飛鳥には何よりも痛手だった。

彼女にとっては踏んだり蹴ったりな話であるが、忍は基本的に縦社会である。部下が上司に逆らえないのは、何処の組織も同じなのだ。

 

よって飛鳥は、学院に帰還するための準備に急遽追われることになり、こうして慌てて荷物を纏める羽目になっているのだった。

忍装束、刀、手裏剣、苦無、忍法書――――、そういった“裏向き”の荷物を厳重に保管し、その筋のルートから運んでもらう。

最低限度の装備だけは自分で持つため、帰還の道中は無くても困らない物ばかりを詰め込んでいるが、そんな事態が起こるなどそうそう有りはしないだろう。

よって飛鳥は、太巻き――寿司職人でもある半蔵作だ――という弁当兼土産を手荷物として、学院へと帰って行くこととなった。

 

その太巻きを手渡された際、半蔵に言われたとある言葉が彼女の中で燻っていた。

 

『“力”とは、剣と盾が一体となって初めて意味を持つモノ――――

 飛鳥はまだ未熟じゃが、その意味は理解できているじゃろう。

 ……だがのう、お前の話を聞く限りその少年は、危ういモノを感じさせる。

 もしその少年に会うことが有るのならば、ワシからこう伝えておいてほしい。

 決して力の“意味”を履き違えるのではないぞ――――、とな』

 

そう語った祖父の姿は、飛鳥にはどこか弱々しく見えた。

普段から「女の子は太巻きを食べている姿が良い」等とのたまい、セクハラを繰り返す不遜な態度は何処へやら。

其処にあったのは、孫の命を救ってくれた少年に対して不安な気持ちを寄せる、一人の老兵の姿であった。

 

飛鳥自身も、半蔵の言葉が分からないでも無い。

確かにあの少年が振るう『能力』は、強力無比な力である。だがしかし、飛鳥はそれ以上にあの少年の存在が気に掛かっていた。

碌に実戦経験も無い、自分自身ですら感じ取れるほどの濃厚な『死』の匂い。おそらくは、一般人ですら彼のその雰囲気を感じ取ることが出来るだろう。

故に飛鳥は、彼が力に溺れてしまうよりも、その『死』に呑まれてしまうのではないかという恐れがあった。彼を唯一、間近で見た飛鳥だからこそ、そんな懸念を抱いてしまった。

 

その雰囲気を纏う彼は、果たして何者であるのか。そんな思いが彼女の頭にこびり付いて、離れることが無い。

 

今、飛鳥は水上バスに乗り、東京・浅草を目指していた。

幾ら忍とは言えど、交通機関を頼りにするのは現代人の性なのである。

 

甲板に出て東京の街並みを眺めていると、浅草名所の一つである『炎のオブジェ』が見えてくる。

それを見て漸く、飛鳥は帰ってきたという気持ちになるのだった。

 

「予定より随分と早く帰ってきちゃったけど、始業式に参加できるのは良かったかな?」

 

半蔵学院の始業式は明日、4月7日である。尤もこれは忍学科の始業式ではなく、進学校としての半蔵学院の始業式だ。

それでも年頃の少女としては、忍の世界だけでなく学生気分も味わいたい為、こうしたイベントは積極的に参加したかったのだ。

しかし、表側の生徒ではない彼女が実際に参加できる訳ではない為、気分だけになるのだが。

 

「じっちゃんの修行は受けられなかったけど……。飛鳥、立派な忍を目指して頑張りますっ!」

 

そう意気込み、半蔵手製の太巻きに齧り付く飛鳥。

……傍目からには、かなりアレな光景となってしまっているのだが、誰にも目撃されなかったのは幸いといえよう。

こうして、学院までの道中は、何事も起こらずに帰還することが出来たのであった。

 

時は2009年4月6日、半蔵学院の始業式は直ぐそこまで迫っている――――

 




主人公の戦い方を見て「あれ?」と思ったペルソナ3経験者は今しばらくお待ちください。
この小説を書くにあたって、色々と設定を変えた弊害です。ついでに影時間の設定も変わっています。

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