ペルソナカグラ FESTIVAL VERSUS -少年少女達の真実-   作:ゆめうつつ

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 お久しぶりです。スランプ、体調不良、年末年始の激務という三重苦を乗り越え、やっと投稿することが出来ました。作者の気力が続く限り、この作品は続かせるつもりなので、今年もどうかよろしくお願いいたします。

 少し前に、15話と活動報告に『斑鳩の影』のイラスト画像をアップしました。下手糞な絵ですが、雰囲気が伝われば幸いです。こんなのを書いているから投稿がさらに遅れるのですけどね……(猛省

※5/17『葛城の影』イラスト掲載


18話 任務と葛藤の狭間

 2009年 4月17日 『影結界』――――

 

「――――《オルフェウス》!」

「――――《ヴィゾヴニル》!」

 

 理と斑鳩、二人の声が重なる。詩人と翼人、召喚されし二体の亜人は彼らの意思に従い、魔力を集中し、秘められた能力(スキル)を解放する。

 

「「《アギ》!」」

 

 瞬間、闇夜を照らすほどに紅い二つの火炎魔法が放たれ、周囲に群がるシャドウを駆逐していく。しかし、同じ魔法を同時に放っただけである為、《範囲(マハ)系》や《拡散(ラティ)系》の様にはいかず、どうしても撃ち漏らしが発生する。

 だが、彼らは取り乱すことなど無い。

 

「雲雀っ!」

「……うんっ! 右から二つ、来るよっ!」

「まかせて! やあっ!」

 

 《アギ》を逃れ、此方へと突撃してきた二体のシャドウを雲雀が感知し、飛鳥が迎撃する。なお、柳生は雲雀の護衛であった。

 未だペルソナ能力を獲得してない飛鳥であるが、シャドウへの攻撃能力を何故か有しており、尚且つ彼女の『半蔵流剣術』は手数と防御、高速機動に優れている為、理は彼女を遊撃役として任命していた。そして、素早い二刀の斬撃はあっさりとシャドウを切り裂き、殲滅する。それを見届けた理は息を吐き、片手剣を振るってシャドウの体液を拭うと、雲雀の方を見るのだった。

 

「……どう?」

「大丈夫っ! これでシャドウは全滅したよっ、お疲れ様っ♪」

 

 理よりも優れる雲雀の感知能力は、周囲に存在していた全てのシャドウが消えて無くなったことを示し、其処で漸く彼らは気を休めることが出来た。

 この様にして、彼ら『半蔵学院忍学科』改め『シャドウ討伐隊』の戦闘は終了する。理はいつも通り無表情のままであるが、その他のメンバーは喜色の笑みを浮かべている。

 特に斑鳩は、会得したペルソナ能力の力強さを改めて実感し、自らもこのシャドウ討伐に力になれることを、引いてはそれが理の助けになることに、喜びを露わにするのだった。

 

 しかしこの場において、一人だけその輪に加われない者が居る――――

 

「……ちくしょう」

 

 誰であろう、先程の戦闘において、唯一役割を与えられなかった葛城であった――――

 

 

     ◆

 

 

 斑鳩がペルソナ能力を会得したことは、善忍の組織においては少なくない衝撃を齎していた。

 当然と言えば当然である。結城理だけが有すると思われていたペルソナ能力が、別の人間にも発現したからだ。彼らはこぞって斑鳩の身体を調べようとした。

 しかし、彼女はかの鳳凰財閥の――養子とはいえ――次期党首である。手荒な真似をするなど出来る筈もなく、担当教師である霧夜からの口添えも有り、現状では経過報告を義務付けられただけに留まっていた。

 そもそもペルソナ能力を発現した以上、彼女らは理を含めて2名しかいない対シャドウ戦力である。シャドウの脅威が未だ取り除かれていない現状で、彼らに負担を掛ける訳には行かないのだ。

 兎にも角にも、斑鳩に与えられた最初の使命は、そのペルソナ能力《ヴィゾヴニル》の性能を把握することであった。

 

「まさか昨日の今日で、実戦投入されるとは思っていませんでしたが……」

「いい加減シャドウ討伐をサボり過ぎてたから、いい機会でした」

 

 理の言う通り、彼らは本来行う筈であったシャドウ討伐を怠っていたのだ。尤も、大型シャドウや『斑鳩の影』の出現といった大事が起こった以上、仕方の無い事だとは誰もが理解しているが。それでも、人類の害となるシャドウを放置するのは、流石に憚られたのだった。

 

「それで、ペルソナを使ってみた感想はどうでしょう? 斑鳩先輩」

「どうもこうも……、凄まじい力としか言いようが有りません。この力さえあれば、わたくしもシャドウ討伐に十分力を貸すことが出来るでしょう。……ただ」

「《オルフェウス》とのスキル被り、力不足、そして俺のペルソナ能力との差異、といった所ですか?」

「……御名答、です」

 

 理は斑鳩が感じていた不安や疑問をつらつらと列挙し、彼女を僅かに苦笑させる。現場指揮官として任命された彼の観察眼は伊達ではないのだ。それらの不安点は、彼女の《ヴィゾヴニル》の戦い方を見た当初から気付いていた。

 

 第一に、《オルフェウス》と《ヴィゾヴニル》のスキルが類似する点である。この二体は互いに、《火炎魔法(アギ)》及び《回復魔法(ディア)》の魔法スキル有しているのだ。これでは、火炎耐性を持つシャドウと出会った場合に問題となるだろう。

 なお、《ヴィゾヴニル》は《攻撃弱化(タルンダ)》の様な補助スキルは有していない。物理スキルこそ《突撃(打撃属性)》と《スラッシュ(斬撃属性)》に分かれているが、そこで二番目の問題が浮上する。ペルソナ能力に目覚めたばかりの斑鳩では、如何せんステータスが理と比べ貧弱なのだった。

 

 尤も、これらの問題を理自身はあまり気にしていない。これから彼女と共にシャドウ討伐を行うことで、順調にレベルアップが出来ると確信しているからだ。《アギ》は兎も角、回復スキルは幾らあっても問題は無いだろうし、そもそもスキル構成が似ているという事は、ポジションに変わりが効くという事である。理と斑鳩は、先の戦闘では互いに前衛・後衛を入れ替えながら戦っていた。

 

「俺はやっぱり後衛向きですね、《魔》のステータスも高いようですし」

「それならわたくしは、《速》に秀でているようです。基本はわたくしを前衛としましょう」

 

 この様に会話を交わし、対シャドウ戦における戦術は次第に定まっていくのだった。

 

 ……しかし、その彼らであっても、互いのペルソナ能力に差異が存在するのは説明が付かなかった。理が『召喚器』を用いてペルソナ召喚を行うのに対し、斑鳩はその道具に頼ることなく、己の身一つでペルソナを召喚したのだ。

 斑鳩の場合、意識を集中させると眼前に現れるペルソナカードを飛燕で切り払い、打ち砕くことで、《ヴィゾヴニル》は召喚される。対して理は、彼女の様な『召喚器』を使わないペルソナ召喚を行うことが出来ないのだった。

 しかし、斑鳩もまた召喚器によるペルソナ召喚を行うことは出来なかった。……正確には、召喚器の引き金を引く事自体が出来なかったのだが。斑鳩は召喚器を手に持ち、銃口を額に突き付けると即座に恐慌状態に陥り、召喚器を取り落してしまった。

 彼女は言う、「結城さんはあの『死』の恐怖に抗って、引き金を引いているか」と。どうやら、召喚器を突き付けられた人間は、酷い『死』のイメージに充てられるらしい。実際に、忍学科メンバー全員が試したところ、誰一人として引き金を引くことが出来なかったのだから。

 

 いずれにせよ確かなことは、能力の向上や差異の調査を含め、ペルソナ能力はまだまだ考察の余地があるという事なのだった。

 

 

     ◆

 

 

 2009年 4月18日 昼――――

 

「葛城先輩の様子がおかしい?」

「うん……」

 

 翌日の昼、理は飛鳥に相談を受けていた。例によって昼休みに弁当を持参され、それを名目として二人きりで退室。屋上での食事会だ。勿論飛鳥がこの場に居るのは監視の一環なのだが、昨日の斑鳩の弁当作りを見て、何やら対抗心を燃やしたらしい。弁当の内容は手作りの太巻きである。

 当然の如くクラスメイトからは懐疑の視線を――まるで仇を見るような眼で見られた――向けられたが、そこは持ち前の精神でスルーしていた。

 

「そう言われてもな……、普段一緒に居る飛鳥達に分らなければ、俺に分かる筈無いし……」

「ううん、かつ姉は普段から悩むなんていう人じゃないの。あんなかつ姉を見るのは私も初めてだから、どうしていいのか……」

 

 互いに弁当を交換しつつ、その味に舌鼓を打ちながらも、二人の間に流れる空気は暗い物だ。理作の卵焼きは絶品であるのだろうが、こんな空気では美味しさは半減である。その事実にまた、飛鳥は重い溜息を吐く。

 太巻きを齧りつつ、理はふと思い立ったように飛鳥に視線を向け、この重い空気を少しでも払拭出来るよう問いかけた。

 

「改めて聞くけど、葛城先輩ってどういう人?」

「え? うーん……、そうだね、凄くいい人だよ。姉貴肌っていうのかな、とっても強くて私達を引っ張ってくれるの。……あ、でもあのセクハラ趣味はちょっと遠慮したいけど」

「セクハラ……?」

 

 葛城の人となりを図る筈であった問い掛けは、聞き逃すことの出来ない不穏な単語によって怪しい方向へ誘導されかける理である。

 飛鳥の話を聞く限り、自己紹介の時にも言っていたセクハラ趣味は、どうやら冗談ではなかったらしい。胡乱な眼を向ける理をどう受け取ったのか、飛鳥は自分が知る限りの葛城の趣味趣向を列挙していくのだった。

 

「好きな食べ物はラーメンで……あ、これは知ってたかな? 戦闘では両足の具足を使って戦う……これも知ってるよね。

 なら……誕生日は11月5日の18歳、血液型はB、身長165センチ……結城くんと同じくらいだね。スリーサイズは上から――――」

「待て待てストップストップそこまで」

 

 しかし、余りにもあんまりな情報を提出し始めた飛鳥を諌めるために、理ですらツッコミに回らざるを得なかった。そんなもん聞いても、何の役にも立ちそうにないのだが。

 話を遮られ、不満そうな視線を向けてくる飛鳥を尻目に、理は水筒のお茶で唇を湿らせてから再び口を開く。

 

「……まあ、葛城先輩が後輩に慕われる人だっていうのは分かったよ。兎に角、暫くは様子を見よう」

「でも、大丈夫かな……? 斑鳩さんの時だって、今のかつ姉みたいに不安定な所を狙って、シャドウを暴走させたんでしょ?」

「その時はその時だね。現状、『影抜(かげぬ)き』を行ってくる()を捕縛するのも俺達の任務だ」

 

 かつて斑鳩がその身のシャドウを暴走させた際、第三者による干渉が有ったのだという。

 信じられないことに彼は――正体不明の為、弁座上『彼』と明記する――忍学科の校舎内に潜入し、斑鳩を背後から奇襲、そして彼女のシャドウを暴走させるという離れ業をやってのけているのだ。

 特に理は、他の人間のシャドウを暴走させたその御業を特別視し、『影抜(かげぬ)き』という名で呼んでいる。飛鳥達もそれに倣って呼び、その技を(おそ)れていた。……あと、どうでもいいが理のネーミングセンスにも感銘を受けていた。

 

「……かつ姉は、(おとり)ってこと?」

「……悪い、あんまりいい気分じゃないだろうな」

「いや、別に大丈夫だけど……」

 

 結城理は、とても理知的な人間だ。現時点で有している情報や戦力を吟味し、最適な行動を取ることが出来るのが彼の絶対的な強みである。

 だからこそ、飛鳥は理を信用している。彼とて、仲間を囮に使うような作戦など気が進まないのは見て取れるし、叶うならばその立場を変わってやりたくも有るのだろう。飛鳥も同じ気持ちだった。

 尤も、この二人では敵をおびき寄せる囮としては不適格なので、その願いは叶わないのだが。

 

「俺に出来るのは、シャドウ討伐の様な戦闘面だけだ。……人間関係は、まだ苦手だな」

「そうかな? 初めて会った頃に比べると、結城くんはちゃんと私達とコミュニケーションを取れてると思うよ?」

「……そうだとしても、俺じゃあ葛城先輩に対して何か出来そうにないよ。……悪い」

「あ、謝らなくていいってばぁっ?!」

 

 結局、二人して葛城の不信感を如何にかする方法は、ついぞ思いつかなかった。

 そして、精々が食事会を通して理と飛鳥、二人の距離が縮まったという、ある意味では有意義とも言えなくもない会合となったのだった。

 

「ところで……、何でまた弁当なんか作ってきたの?」

「だって斑鳩さんが結城くんにお弁当を作ったって言うから、私だって……」

「ふぅん……」

「あと、斑鳩さんがまたあのイカモノ弁当を作っていたから、慌てて押し止めて、私がお弁当を持っていくって説得したの」

「それはグッジョブ。いやホントに……」

 

 丁度その頃、何処かの大学の食堂内で余ったからと押し付けられた弁当を開封した某義兄が絶叫を上げていたが、彼らの知る所ではない。

 

「そういえば、私達がご飯食べてるのを覗き見してる結城くんのクラスメイトが居るけど、どうしよう?」

「……放っておきなよ。特に、太巻きを食べてる飛鳥を見ている様な男性陣(バカども)はさ」

「え? じゃあ、結城くんが太巻きを食べているのを見ている女の子達は――」

「そっちはもっと気にしなくていいから?!」

 

 結城理、天然ボケ気味な彼の性格では、それを上回る天然ボケ――言わずもがな、飛鳥である――と邂逅した場合、ツッコミに回ることになるという現象が立証された瞬間である。

 

 

     ◆

 

 

 2009年 4月18日 深夜――――

 

 今日も今日とて、シャドウ討伐である。昨日の様に、前衛を斑鳩、後衛を理とし、索敵を雲雀、護衛を柳生、遊撃に飛鳥を置いての布陣だ。……葛城は、補欠扱いである。

 無論、この場に居る誰もが彼女がその立場に甘んじていない事は気付いている。だが、どうしようもないことだ。この布陣を崩せば、即座に誰かが命の危険に晒される事は間違いないのだから。

 

「……えっと、かつ姉、大丈夫?」

「……ああ」

 

 そんな葛城に飛鳥が心配そうに声を掛けるが、返答は素っ気無い物だった。

 集団行動中において、彼女の様な態度は良く無い物だ。全体の士気に係わり、シャドウ討伐に対するモチベーションが削がれていく。そして最終的に、命に係わるミスへと直結しかねないのだ。

 さしもの現場リーダーである理も、この様な人間の感情に対してどのようなアプローチを掛ければいいのか皆目見当が付かない。そもそも、アプローチできる人間が存在するのか。コレはそういう類の話なのだ。

 

「……今日は此処までだ」

「ハァッ?!」

 

 討伐を初めて大した時間は経っていなかったが、理は此処で切り上げることを宣言する。それに抗議の声を発したのは、当然葛城だった。

 葛城は理の眼前にまで歩み寄って、胸ぐらをつかみ上げる。普段の彼女ならば、この様な暴挙に出るなど有り得ないだろう。相当にストレスが溜まっている証拠だ。

 

「どういうつもりだ結城ィ! まだ少ししか経っていないぞ! それなのに、もう終わりだってのか!?」

「……その通りですよ、葛城先輩。今日、これ以上の討伐は無意味だと判断しました」

 

 理は淡々とした口調で、事実だけを述べる。これ以上の探索・討伐は、このチームの士気の低下を招く。そして、それ以上に――――

 

「……………………アタイの所為だっていうのか」

「それは……」

 

 葛城は歯を砕かんばかりに噛み締める。唇の端から一筋の血が流れ、地面へと落ちた。彼女の悔恨の念は、察して余りある――否、理にはそれを察することなど出来ない。

 持つ者と持たざる者、二つが相成ることは無いのだから。理以外の彼女達ですら、葛城に掛ける言葉を見付けることが出来ずに、彼らのやり取りを遠巻きに見ることしか出来なかった。

 

「……ハ、結城は分かりやすいな。こんな間近で視線を逸らしたら、やましいことが有るって白状してる様なモンだぜ?」

「……っ」

 

 彼女の言う通りだった。鼻がくっ付くほどまでに接近しているというのに、凄まじいまでの激情を宿す青い双眸に射抜かれ、理は堪らず顔を背けたのだ。

 

「分かってるさ、アタイには力がねえ。ポジション的に、この布陣の先頭に立つことだって出来ない。ははは……、情けないったらありゃしねぇ」

「っ、そんなこと――――」

「慰めなんていらねぇよ、これはアタイの我儘だってのは分かってる。……けどな、それでも我慢ならねぇってのはあるんだ」

 

 ままならないモノだ、とその場に居る誰もが思う。葛城が何の力持たない少女ならば、彼女の慰めもやりようが有っただろう。尤も、力が無ければ初めから忍及びシャドウ云々に関われてすらいないのだが。

 力が有るからこそ、力が無いことに苦しむ。その擦れ違いが確執を生み、確執は死を招く。そして、その死を免れるために擦れ違いが生まれる。それは、何とも皮肉な悪循環だった。

 

「力が欲しい……」

 

 ぽつりと、葛城は呟く。小さな声ながら、彼女の心の底からの絶叫だった。

 

「シャドウにも悪忍にも負けない、確かな力がアタイは欲しい! ……アタイは、お前が羨ましいよ、結城」

 

 絞り出すような声で葛城は己の心情を吐露した。力無き少女は、力を有する少年を羨望の眼差しで見つめたのだ。

 

「…………っ」

「……結城?」

 

 だが不意に、理は表情を歪める。それは、彼女たちと過ごす様になって、僅かずつでも感情を表す様になってきた彼が時折見せる、強い激情の色。

 シャドウを打ち倒す時に見せる狂気ではない。斑鳩を救った時の様な慈愛でもない。彼が浮かべる表情は、苦悶のそれだ。今の彼が抱える感情は、絶望なのだった。

 胸ぐらを掴み上げて顔を寄せていた葛城だけが、それを目の当たりにする。理のそんな姿を見ただけで、血の上っていた頭が冷えて、冷静さを取り戻した。

 だが、既に遅かった。葛城は、結城理が抱える()()に触れてしまったのだ。彼の、奈落よりもなお深い、深淵の如き心の闇を――――

 

「…………くそっ!」

「ちょっ?! かつ姉っ!」

 

 葛城は理を放り出して解放すると、仲間たちに背を向けて、闇夜の街へと走り去ってしまった。だがそれは、言うまでも無く自殺行為である。

 現時刻である午前零時の時間帯、この街はいつどこに居てもシャドウに襲われても可笑しくない魔境と化しているからだ。飛鳥もそれを理解しているのか、葛城を追って駆け出して行った。

 

「葛城さん! 飛鳥さんも! 追いますよ、皆さん!」

「……ああ」

 

 斑鳩は解放された勢いで尻餅を付いていた理を助け起こし、彼女達の後を追う様に言う。彼もそれに逆らう事無く、素直に従うのだった。

 しかし今の理の心中では、複雑な感情が渦巻いていた。己のトラウマに触れた葛城に対する嫌悪感も確かに存在するのだが、それは微々たるものだ。

 今の理が抱くのは不得手な筈の、葛城の心中を察しようとする想いだった。

 

「葛城先輩、この能力(ペルソナ)は、決していいモノじゃないんだ」

 

 理が戦うのは、絆を紡いだ彼女達を護るためだ。しかしそれはあくまでも()()()()であり、能力を振るう理由にはならない。

 だからこそ理は、葛城が力を欲する理由を知りたかった。()()()()()()()()()()()()()()()を、そこまで求める理由を――――

 

「……貴女はどうして、そこまで力を求めようとするんだ」

 

 かつて葛城は模擬戦を通じて、理にその在り方を問うた事が有る。感情が薄く、淡々と、死ぬように生きていた彼を彼女は不気味がった。

 今でもその価値観は、消え去った訳でも、鳴りを潜めている訳でもない。しかしそれでも、変わることが出来たのだと理は感じている。他ならぬ、彼女達のお蔭で――――

 尤も、理には理の戦う理由が有る様に、葛城には葛城の戦う理由が有り、それを理解しようとするなど烏滸がましい事なのかもしれない。

 

 だが、ただ一つ分かることが有るとすれば――――

 

「っ! 結城さんっ!」

「分かってる。葛城先輩達の方から『真影結界』が展開されたね」

 

 そう、シチュエーションは整っている。葛城の揺れ動く心、衝動的な単独行動、そして午前零時という時間帯。

 理達が標的とする、斑鳩を襲った『彼』の襲撃が十分に予見出来た。今の葛城は、間違いなく格好の獲物なのだろう。力を得られるチャンスとなる『影抜き』を行われるのが葛城というのは、果たして幸か不幸なのか。

 少なくとも、今の不安定な葛城では不幸な顛末となるのは想像に難くない。そして、そうさせない為にこの能力は有るのだと、理は確信を持って言える。

 

「貴女を、俺の仲間を此処で死なせる訳には行かない――――!」

 

 展開された『真影結界』が迫り、理達を飲み込み、引きずり込む。彼ら全員がその力の奔流に眼を開けていられなくなり、瞼を閉じて耐える。そして眼を開ければ、既に周囲は異界と化していた。

 其処は、以前の『斑鳩の影』の結界と同じく、赤黒い縞模様の空だ。しかし、周囲の風景は全く違っている。何処か深い森の奥の様であり、理達はその内部の開けた空き地に集められていた。

 辺りには木製の案山子や的、武器と云ったものが散乱しており、この場が本来どういったものかを堅実に表している。

 

「此処は……、葛城さんがよく使用する修行場ですね。見覚えが有ります」

 

 己の心象風景を開示する『真影結界』を唯一展開している斑鳩はその光景を観て、納得した様に呟いた。つまりは、この光景こそが葛城の本質であり、心の闇であるのだ。

 当然その中心地には葛城と、『葛城の影』の姿があり、ついでに傍らには飛鳥の姿もある。

 

「飛鳥」

「あっ、結城くん。……御免なさい、例の人は発見できなかったよ……」

「それは別にいいよ。俺だって一回二回で発見できるほど楽観してない。それより――――」

「うん、かつ姉の事だよね。私が来た時には、もうシャドウが現れてた。後はかつ姉次第だけど……」

 

 どうやら飛鳥は、葛城に干渉するつもりは無いらしい。葛城に気付かれる事無く、その様子を固唾を飲んで見守っていたようだ。しかし――――

 

『ッハ! 無様だなぁ、アタイ? アタイを受け入れるって言っておきながら、全然出来てねェぜ?』

「うるさい! お前は黙ってアタイに従って、力を寄越せばいいんだ! そうすれば、アタイにだって――――」

『口だけなら何とでも言えるぜ? それなのにアタイ(シャドウ)を制御できないのは、心が否定しているからだ。ハハハッ、分かってるのに出来ないってのは辛いねェ。そう思わないか、お前さん達?』

「!?」

 

 危惧した通り、或いは予想通り、葛城は己のシャドウを制御できていない様であった。『葛城の影』に忠告されて、漸く飛鳥や理達の姿に気付く辺り、視野も狭まっている有様だ。

 

『カカカ、今のみっともないアタイを見て、お仲間さん達はどう思うのかねェ? 失望? 侮蔑? 単純に呆れているかもなァ?』

「ッ、み、見るなぁ!?」

 

 葛城は仲間達の姿を見て驚愕を露わにし、顔を青ざめる。『葛城の影』の言う通り、みっともない自分の姿を晒したことを恥じているようだった。

 

「葛城さん、落ち着いてください! そうやって煽り、自身に否定させるのがそいつらの目的です! そのままじゃ――――!」

「かつ姉、しっかりして! 何時ものかつ姉だったら、そんな奴に言い負かされる筈が無いよ!」

 

 斑鳩や飛鳥は、葛城を励ますように声援を掛ける。だが、錯乱しかけている今の葛城には届かない。

 

『さあさあ、見せつけてやろうぜ? 餓鬼みてェに駄々捏ねて、力を欲しがるアタイの姿をよ? 傑作だぜ!』

「黙れえええッ!」

 

 そして、激昂した葛城は遂に『葛城の影』を攻撃してしまった。それも、得意とする足技などでなく、拳で殴りつけるという混乱の極みに有るモノだ。

 当然、『葛城の影』にダメージを与えられるようなものではなく、それどころか当の『葛城の影』はへらへらと笑っている始末だった。

 

『ハッハァッ♪ そう、それだよ! お前が、アタイが求めているのは、そんな暴力――――絶対的な力なんだ!』

「っ、違――」

『違わないさ! 何もかもぶっ壊す様な力を求めているのが、アタイ――――『葛城』なんだよォ!!!』

「違う! 違う違う違う! アタイが欲しかったのはそんな力じゃない! アタイは、アタイは―――――」

 

 葛城は、己の影の言葉を否定することが出来ずにいた。当たり前だ。どんなに取り繕おうとも、たとえ暴走していようとも、『葛城の影』は葛城の内面の一つなのだ。

 その言葉、その思想、その願望。それら全てが葛城の中に燻っていたものであるのだから。だからこそ、葛城は『葛城の影』の言葉を否定出来ない。出来る筈が無い。故に――――

 

「お前は、アタイなんかじゃない!!!」

 

 葛城は激情のままに叫び、己の影を否定するのだった。そして、『葛城の影(シャドウ)』は否定され、本体から切り離されることによって己の存在を確立する――――!

 

『ック、ハハハハハハ! そうだ! アタイはお前じゃない、アタイはアタイ、唯一の存在だ!』

「っ、葛城さん! 逃げ――――!」

 

 斑鳩が叫ぶが、既に遅い。確固たる存在となった『葛城の影』が膨大な闇に包まれ、新たなる己の形を創り上げていく。その力の奔流に目の前で晒される形となった葛城は勢い良く吹き飛ばされ、気を失ったようだった。

 

「そんな!? どうしてこうなっちゃうの!」

 

 飛鳥はそんな光景に驚愕している。葛城を信じ、手を出さずにいたというのに、その結果がこれだ。到底納得できるものではないだろう。

 もしも自分が葛城を手助けしていたら、或いは様子が可笑しくなっていた先日の時点で葛城を気にかけていたら、如何にかなったのではないか。彼女は、そのようなIFを想像してしまう。

 

「私の所為なの……?」

 

 不甲斐なさからそんな言葉が口から漏れるが、しかしそれを否定するものが居る。他ならぬ、結城理その人だ。

 

「……違うさ、飛鳥」

「結城くん、でも、私がしっかりしていればかつ姉は――――」

「だったら俺も同罪だよ。俺だって何も出来なかったんだから。それならまずは、俺を責める方が先だと思うけどね?」

「……その言い方はズルいと思うな。結城くんを責めるなんて、出来る筈無いじゃない」

「なら、飛鳥だって気に病む必要は無いよ。責める必要があるとしたら、この事態を引き起こした()さ。……葛城先輩だって、その被害者に過ぎないんだ」

 

 理は淡々とした口調で、事実のみを口にする。とても人を励ますような雰囲気や声色でもないが、その透き通るような声は人を安心させる響きが有った。

 

「うんっ、そうかもね」

 

 そんな僅かな会話だけで落ち着いてしまう辺り、飛鳥の理に対する信頼が見て取れるのだった。……もしくは、単に飛鳥がドが付くほど単純なだけなのかもしれないが。

 

「それで、私はどうすればいいの?」

「気絶した葛城先輩を保護して、安全確保。アイツの相手は、俺と斑鳩先輩でやる」

「なら、オレと雲雀はどうすればいい?」

「同じく、葛城先輩の護衛だ。出来れば援護をして欲しいけど――――」

 

 理はそこで一度言葉を切り、闇の中から姿を現した『葛城の影』の姿を見据えながら言葉を紡ぐのだった。

 

「……贅沢は言ってられそうにないな」

 

 現れたその姿は、正に『竜』そのものだ。ただしそれは、一般的な四足のドラゴン型ではなく、有翼の蛇という、俗にリントヴルム、或いはワーム・ウィルムと呼ばれる姿である。『葛城の影』は、そこに更に屈強な両腕を追加した形態を取っていたのだ。

 そしてその(アギト)からは、丸呑みにされる様な最中の長髪の少女の体躯が逆さ吊りとなってはみ出しており、その部分が何を表すのか言うまでもない。『本能に飲み込まれる理性』、そんな葛城の心の闇だ。

 

『我は影、真なる我――――。さァ! 何もかもぶっ壊してやるよォッ!!!』

 

 『破壊衝動』、単純明快なその心象は、このシャドウの圧倒的なまでの戦闘能力を表していた。このシャドウは、『斑鳩の影』よりも更に強大なのだ。

 だが、背を向ける訳など行かない。今の理と斑鳩の後ろには、守るべき仲間たちが居るのだから。二人は同時に駆け出し、シャドウに対抗すべきその能力を発現させる。

 

「行きますよ、斑鳩先輩! 《オルフェウス》!」

「ええ、結城さん! 《ヴィゾヴニル》!」

 

 彼らは違う事無く己のペルソナを顕現し、『葛城の影』を攻撃する。油断や慢心など無く、ただひたすらにこのシャドウの討伐を目的とするのだった。

 ――――だが惜しむらくは、その一切合財が、このシャドウには通用しないという事だろう。

 

『ハハハ! いいぜ、来いよおォッ!!! アタイはその全てをぶっ潰してぶっ壊してぶっ殺して、アタイこそが最強だって知らしめてやらあァッ!!!!!』

 

 『葛城の影』はその竜の眼を持って、二人を睨みつける。瞬間、彼らの背に凄まじいまでの怖気が奔る。それは例えるなら、蛇に睨まれた蛙――否、そんな陳腐な表現などでは、絶対に有り得ない。あえて名付けるとしたら、それは、そう――――

 

 

 

 ――――《(りゅう)眼光(がんこう)

 

 

 





※『葛城の影』


【挿絵表示】


 四苦八苦しながら書いたので、文章力が落ちているかもしれません。誤字脱字や、展開の無理やりさが目に付きましたら、感想にて報告をお願いします。
 尤も、前回の『斑鳩の影』暴走から三日しか経っていないのにすぐさま『葛城の影』暴走というハードスケジュールに作者自身ですら首を捻りたくも有ります。ペルソナ4と同じスケジュールなのに……(4月18日は『千枝の影』暴走の日)

 今回、『影抜き』という単語が登場しましたが、言うまでも無く『トリニティソウル』からの出典・流用です。アニメでは快楽と依存性をもたらす行為の様ですが、今作ではシャドウを暴走させる一種のスキルと化しています。その行為を行う『彼』とは、いったい何者なのでしょうね?

 葛城の暴走は、『力』をどのように扱うのかを履き違えてしまった事による『破壊衝動』が原因です。よってシャドウの姿も、邪悪や破壊をイメージするドラゴン型になりました。イラスト及び本格的な解説はもう少しお待ちください。

 初っ端からチートスキルを発動する大人気無い『葛城の影』。一応、本家メガテン3程のチートにはならない筈です。たぶん、きっと、めいびー?

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