ペルソナカグラ FESTIVAL VERSUS -少年少女達の真実-   作:ゆめうつつ

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や、やっと投稿できました……。モチベの低下と仕事の忙しい時期が重なって酷いことに。たぶんこれからも投稿が滞ると思いますので、どうかご容赦を……。

あ、今回からオリジナル展開に入っていきます。


14話 飛燕使いの器

 2009年 4月15日 放課後――――

 

「「「ようこそ、忍学科へ!!!」」」

 

 忍部屋に、クラッカーの音が響き渡る。部屋内には簡素な飾り付けがしてあり、小規模ながらもパーティーの体を成している事が窺える。

 忍の少女達に囲まれ、このパーティーの主賓となるのは、結城理であった――――

 

 彼女達はここ数日の彼との交流を通して、気付いたことが有る。それは、理は確かに忍学科に所属することとなったが、その歓迎会を行っていないという事にだ。

 折角彼が忍学科と協力体制を取ることになったのだから、こうした歓迎会を行いたいと思うのは、彼女達の総意なのであった。 

 

「放課後にいきなり呼び出されたから、何事かと思ったけど……」

「あはは、びっくりした?」

 

 理は髪に付いたクラッカーのリボンを掃いながら、飛鳥の言葉を反芻する。

 考え込むこと数秒にして、理は口を開いた。

 

「……こういうのは殆ど経験が無いから、よく分からないな」

 

 僅かに愁いを帯びた彼のその言葉は、それでも歓喜の感情が多分に含まれている。

 そんな理の様子に、このパーティーを催した飛鳥達は複雑な感慨を抱き、そして絶対に彼を持て成すようにと心に決めた。

 

 理は様々な料理が盛り付けられたテーブルの前に座り、改めて会場を見回す。

 一番目立つであろう横断幕は、『結城理歓迎パーティー』を銘打ってある。……『結城理』の文字が上から貼り付けられているのは、この横断幕が使い回しである為だろう。最近他のパーティーでもあったのだろうか?

 食卓に並ぶ料理は太巻きや懐石料理、ラーメンやスルメに、ケーキをデザートにするという雑多な寄せ集めだ。和洋折衷と言えば聞こえは良いかもしれないが、恐らくは個々人が好きなものを寄せあった結果なのだろう。

 それでも、これだけの料理や飾り付けを自分の為に用意してくれたという事が理には嬉しかった。これまでの彼の人生で、この様な歓迎を受けることが果たしてどれほどあったというのだろう――――

 

(……考えなくていい、今は今、昔は昔……だ)

 

 頭を振ってそんな後ろ向きの考えを掃い、目の前の事に意識を移す。彼女達の歓迎を受ける事こそ、今の理に出来る最大の返事であるのだから。

 

「音頭は任せたぞ、結城!」

「……分かりました。じゃあ、皆さん飲み物を取って」

 

 既に待ちきれなさそうな葛城に急かされ、理は自分のグラスに飲み物を注ぎ、全員が同じように用意したのを確認する。

 それを皆が手に持ったのを見て、静かに宣言した。

 

「……乾杯」

「「「かんぱーい♪」」」

 

 互い互いのグラスを打ち合わせる音が響き渡り、息つく間もなく料理に取り掛かり始める。主に、どこぞのセクハラ魔人であるのだが。

 そして、相も変わらず彼の顔は無表情のままであるが、その心の内はこの場に居る誰もが理解していたのだった。

 

 

     ◆

 

 

 2009年 4月15日 夜――――

 

 ふう、と理はため息を一つ吐く。

 歓迎会も終わり、全員が後片付けする中――主賓である彼は掃除を免除された――で理は夜風に当たりたいと彼女達に伝え、忍部屋の隅の方にある窓際に立ち、一人夜空を見上げていた。

 其処に描かれる星は(まば)らだ。曇天によって星々は隠されてしまっている。それはまるで、今の彼の心情を表しているかのようだった。

 幸せすぎると怖くなるとはよくいったモノだと、理は思う。この数日間での彼女達との交流を通じて、彼はその心地よさを感じていた。

 今更、孤独に戻ることなど出来ないだろう。得たからこそ、失うことを恐れる。結城理はそれを、あの十年前の日に嫌と言う程思い知らされているのだから。

 

(もう、失うのは御免だ――――)

 

 決意を新たに、理は自身に誓う。彼女達を、絶対に守り通すのだと。きっとこのペルソナ能力は、その為に――――

 

「……ん?」

 

 ふと、視界の端、窓の外にに何かが映り込んだ気がする。此処が『表側』の校舎ならば、下校中の生徒などと思っただろう。

 しかし、それは考えられないことだ。この忍学科が有る校舎は『表側』の校舎と場所を同じくすると言っても、その存在が露見することが無いよう人払いの結界が張られているという。

 それを通り過ぎることが出来るのは、理の様な例外を除けば忍だけなのだ。だが、この半蔵学院に居る忍は飛鳥達5人に霧夜を含めたの6人のみだ。

 そして、外部からの客人だとしても、己の感覚に頼ればあの雰囲気は――――、『敵意』と呼ばれるそれであったと、理は捉えていた。

 

(……侵入者、か?)

 

 理は意識を集中させ、垣間見たその気配を探ろうとする。普段はシャドウを探るために使う気配察知のスキル『心眼』だが、相手が人間だとしても敵意や殺気を発しているならば感じ取るのは容易い。

 尤も、そもそも相手は理を対象として敵意を放っている訳ではない様子なので精度は落ちるのだが。それでも、何となくといった程度で居場所を把握することは出来た。そしてその場所は――――

 

「……斑鳩先輩、ちょっと」

「結城さん? どうかしましたか?」

「侵入者です。今、この校舎の貴女の部屋に向かっているようですね」

「なッ――――んっ、そうですか、すぐに行きましょう」

 

 理はこっそりと斑鳩に侵入者の存在を伝える。その侵入者の目的地が、彼女の部屋の様であったからだ。

 斑鳩は僅かに驚愕の表情を見せたが、すぐさま気を引き締めて何時もの凛々しい表情に変わる。その切り替えの早さに、理は舌を巻くほどだ。

 

「……わたくし達だけで向かいましょう。皆さんに余計な心配をかける必要はありません」

「いいんですか? 飛鳥達を連れて行かなくても」

「構いません。……それに、私の考えが正しければ、その侵入者は――――」

「……分かりました」

 

 理はそれ以上の追及をしなかった。一瞬だけ見せた彼女の苦しそうな表情が、聞くことを躊躇わせたのだ。

 斑鳩は飛鳥達に向けて「掃除用具が足りないので席を外します」とだけ言い、理を連れて忍部屋から退室する。

 勿論彼女の言葉は建前であり、部屋から一歩出てすぐさま跳ぶようにして己の部屋に向かう。理も、遅れながらも彼女に追随するのだった。

 そして――――

 

「久しぶりだなぁ……、妹よ!」

「お兄様……っ」

 

 斑鳩の部屋に居たのは、一人の男性であった。年齢は二十代前半で、身長は理よりもさらに高い。上下とも純白の服装であり、上着は大胆にも前を全開にしてその鍛え抜かれた肉体美を曝け出している。

 だが、その眼は酷く険しく、斑鳩を射殺さんばかりに睨みつけており、そして彼の手には、斑鳩の愛刀『飛燕(ひえん)』が握られていた。それだけで理は、この男、つまり件の侵入者の目的を知った。

 

「……斑鳩先輩、この人は……」

「…………私のお兄様、です」

()()の、だがなぁ……!」

 

 律儀にも男、村雨(むらさめ)は、斑鳩との関係を白状する。怨嗟の感情が含まれたその言葉は、それだけでも理達に圧力を掛ける――――事など無い。

 この村雨という男は、斑鳩と比べて圧倒的に実力が足りていない様であった。

 

「……飛燕を、どうなさるのです?」

「これは俺のものだ、どうしようと勝手だろう……!」

「違いますっ! それはわたくしが、お父様とお母様から…………っ!」

「お父様とお母様からの? よくもまぁぬけぬけと……ッ!」

 

 斑鳩は飛燕を取り返そうとして一歩踏み出し、しかしその足が止まる。

 村雨は憤怒の形相で血が滲まんばかりに歯軋りをしていた。斑鳩のその言葉と同時に、彼女に向ける殺気が増したのだ。流石に、最早無視できないレベルとなっている。

 

「あぁ、俺には飛燕は使いこなせないさ。

 だがなぁ……、これは()()()に伝わる宝刀なんだ」

「……っ」

「養女であるお前が……っ! 血の繋がらない“他人”が持ってちゃいけないもんなんだよぉ!!!」

 

 斑鳩は目に見えて狼狽していた。顔を伏せ、スカートの裾を握りしめ、村雨の言葉に耐えている。

 そこで理も見かねて、斑鳩を庇うように前に立つ。村雨は、この件には全く関係が無い筈の理が間に入ったのが気に入らない様だった。

 

「なんだ貴様? これは俺達兄妹の問題だ。邪魔者はすっこんでろ!」

「……俺は斑鳩先輩の後輩だからね。貴方が怒る理由に理解はするけど、彼女に加勢するよ」

「っ、貴様に何が解る!?」

 

 そんな理の態度に激昂した村雨は言う。彼は鳳凰財閥という忍の名門に生まれながらも、忍の才を持たなかった為、両親は斑鳩を養女として迎えたのだと。

 そしてその鳳凰財閥を継ぐ証こそが、彼女の愛刀・飛燕であり、今村雨の手に握られているそれだ。

 

「飛燕は本当なら俺が継承する筈だった! それを……、我が家に入ってきた義妹(たにん)に奪われる気持ちが、貴様に理解できるというのかぁ!!!」

「……俺は孤児で、他人の家に入る方だったから、彼女と同じ嫌われる側の人間だ。……だから解る、貴方の怒りが正当だって」

「ならば何故、俺の邪魔をする?!」

 

 理はそこで、ちらりと斑鳩の方を一瞥する。斑鳩はその眼に彼の思惑と、これまで見たことの無い感情を捉えた。

 斑鳩はここ数日での彼との交流を通じ、その在り方をぼんやりとは理解し始めている。彼は常に無表情であり、決して無感情なわけではないがそれを捉え難い。

 だが、今理の眼には、これまで斑鳩が見たこともない程に激情の色が浮かんでいたのだ。そして、彼女はその感情の名称を知っている――――

 

 人はそれを、『怒り』と呼ぶ――――!

 

「仮とはいえ、義理とはいえ――――兄貴なら妹を……、『家族』を、傷つけるな――――ッ!」

 

 それこそが、理が村雨に対し怒る理由。彼が既に失ってしまったそれを、掛け替えの無い物である筈のそれを傷付けることを、理が許せる筈が無い。

 爆発的な瞬発によって、村雨に肉薄した理は、上段蹴りによって彼を攻撃する。狙うは顎先を蹴飛ばすことによる脳震盪だ。

 だが、村雨はそれを読んでいたかのように僅かに身を逸らすだけで回避する。彼は忍の才能こそなかったが、忍となるための鍛錬こそ行っており、身体能力のレベルは理を上回るのだ。

 

「フン! 粋がるだけあってそこそこやるようだが……、その程度の力で俺に楯突く気かぁ!」

「ぐッ!」

 

 村雨が理を思い切り蹴飛ばす。咄嗟にガードしたためダメージこそ無いが、それは相手も同じだ。

 理自身、怒りのあまり村雨の実力を見誤っていた様である。しかし、今の一撃で大分頭が冷えた。それでも、彼に対して怒りが収まった訳ではないのだが。

 

「腹立たしい……! 妹の前に、まずは貴様から始末してやる!」

 

 そう言って村雨は、手に持った飛燕の刀身を抜き放とうとして――――その手に、飛燕が無いことに気が付いた。

 

「なッ?! 何時の間に――――」

「結城さんを蹴飛ばした時ですよ、お兄様」

 

 驚愕する村雨の背後には、飛燕を持つ斑鳩の姿があった。村雨が理を攻撃するとき、僅かに逸れた意識の合間を突き、飛燕を掠め取ったのだ。

 これこそが、理が建てた飛燕奪還作戦であった。そして斑鳩は、理とアイコンタクトを交わしただけでその作戦内容を看破していたのだ。

 だが、『眼を口ほどに物を言う』とは有るが、彼女はこの時ばかりはその諺を呪いたい。理を囮にする作戦など、有効だと分かってはいても忌避感が出る。

 いい加減彼は、自分自身を大切にしないその価値観を如何にかして欲しかった。斑鳩がそんな理に対する辟易の表情を浮かべるのも、仕方の無いことであった。

 

「く……、くそぉっ!」

 

 飛燕を失った村雨は、懐から新たな獲物を取り出す。彼が担うそれは、農具の鎌に鎖分銅を取り付けた『鎖鎌』という、その柄から伸びた鎖分銅で相手を捕縛したり、武器を絡め取るなどという使い方をする武器だ。

 

「俺は小学生の時、鎖鎌大会で町内6位になったんだよぉ!」

 

 村雨は威嚇のつもりなのか、鎖分銅を振り回しながらそう宣言する。しかし、その何とも言い難い成績につい、理は怒りも忘れてツッコんでしまう。

 

「……微妙だな」

「んだとゴラァ!」

 

 キレた。彼にとっては誇らしい成績であったのだろう。すぐ後ろに居る斑鳩すらも無視し、理に向けて攻撃を仕掛けてくる。

 彼の標的であった斑鳩から意識を逸らさせた形となったが、当の彼女自身は思い切り引き攣った表情を浮かべていた。主に、理に向けてなのだが。

 

「らぁっ!」

「っと」

 

 手に持った鎌で村雨は斬りかかってくる。その速度は十分に早く、鎖鎌という本来隠し武器であるそれを主武装とするあたり、少なくない修練を積んではいる様だ。

 だが、鎖鎌は彼を掠めこそすれど、捉えることは無い。村雨は苛立ってさらに攻勢の手を強め、鞭の様にして操られる鎌と分銅の変幻自在の斬撃・打撃によって理を襲った。

 対して理は『心眼』によって回避こそ出来はしているのだが、剣や拳ならばいざ知らず、彼は鎖鎌という特異な形状の武器に初めて遭遇し、その動きに翻弄されかけていた。

 そして例によって武器の持ち合わせが無い為、その鎖鎌を素手で捌かなければならず、打って出ることが出来ない状況だ。

 

((……もどかしいっ!))

 

 つまりは両者共に、決定打に欠けているのだった。図らずも、理と村雨の心中が一致した瞬間である。

 だが同時に二人は、知らず知らずのうちにこの状況に高揚感の様なものを覚え始めていた。お互いに、実力が拮抗した者との戦いが初めての経験であったからだ。

 忍の世界に入って日が浅い理と、才能の無い村雨。共に強者に蹂躙される側であった二人は今、自分達の全力を以て、目の前の敵と相対出来ていた。

 

 無論、理はペルソナ能力を使えば苦もせず村雨を倒せただろう。だが理は、以前の葛城との模擬線と同様、その能力を封印している。

 そもそもペルソナ能力は、人間相手に使うには強力過ぎる異能だ。彼が使う中で最も弱い部類の《火炎魔法(アギ)》ですら、人間一人殺すには十分なのだから。

 そして、理は村雨に怒りを覚えていると言っても、流石にそれは殺意に発展するほどではない。何より、斑鳩の目の前で義兄(かぞく)を殺す等、あってはならないのだ。

 

「「だぁッ!」」

 

 二人の蹴りが交錯する。打ち合わされた脚部が轟音を鳴らし、両者の力が一瞬だけ拮抗する。

 理はすぐさま不利を感じ、跳び後退ろうとするが――――、それは叶わなかった。

 

「っ?!」

「ははっ、捕まえたぞぉ!」

 

 理の足に絡みついていたのは、鎖分銅だった。どうやら、理の足が打ち合わされた瞬間、鎖分銅を巻き付けていたらしい。

 村雨は嬉々とした表情でその鎖分銅を引き寄せ、理を振り回す。忍の筋力では、理の体重などあってない様なものだ。その勢いのままに、理は壁に叩き付けられようとして――――

 

「大丈夫ですか!? 結城さん!」

「斑鳩先輩……。ええ、助かりました」

 

 ぽよん、とした感触に受け止められた。壁に叩き付けられる直前、斑鳩が身を挺して理の身を庇ったのだ。

 斑鳩は鬼気迫る二人の気迫に押され、彼らの戦闘に介入出来ないでいたが、流石に今の攻撃は危険すぎた為に、こうして理の身体を受け止めるに至った。

 

「チッ、邪魔を!」

 

 その様子を見た村雨はさらに激昂し、理の足に絡みついた鎖を取り外すと、その後ろで彼を抱える斑鳩に向けて鎖分銅を投げつける。

 正確無比に斑鳩の額を目指して投げつけられたそれを、彼女は理を抱えている為に防ぐことが出来ない――――彼女は、だが。

 

「――――だから、彼女を傷つけるな!」

 

 理は再び怒りに任せ、飛んできたその鎖分銅を左手で咄嗟に掴み取った。だが、村雨はそれを待っていたとばかりに、鎖を理の手に巻き付ける。どうやら、斑鳩を狙うと見せかけて、理を狙っていたらしい。

 村雨は今度こそ逃がさないとばかりに鎖を引き寄せつつ、鎌を構えていた。斑鳩の腕の中から引き離された理は、一直線に村雨に引き寄せられていく。彼女も理を追って駆けるが、間に合わない。

 村雨は理を眼前にまで引き寄せると、彼に向けてその命を刈り取る刃を振り下ろす――――!

 

「死ねぇっ!!!」

 

 そして――――

 

「な――――、にぃっ?!」

 

 その鎌が理の命を刈り取ることは無かった。眼前にまで接近した理の顔面を貫くようにして振り下ろされた筈の鎌は、彼の()()によって受け止められている。そう、鎖分銅が巻きつけられた左手によって、だ。

 それは、素手に鎖を巻き付けただけの即席のガントレットだ。忍は岩を切ったり砕いたりするほどの技量を持つらしく、村雨もその程度の腕前はあるのだろう。だが、流石に斬鉄までは習得していない様であり、理は村雨の斬撃を受け止めることが出来た。

 理はそのまま鎌を刃ごと掴むと、反対側の右手を握りしめ、引き絞る。狙うは、未だ硬直したままの、村雨の顔――――!

 

「っ、しま――?!」

「……一度、頭を冷やして来い」

 

 理の拳が振り抜かれる。狙い違わず村雨の頬を打ち抜き、彼の身体を弾き飛ばす。自慢の鎖鎌も理に掴み取られたまま、彼の身体は宙を舞う。、

 

「がっ! ぐ……まだ、だっ!」

「いいえ、お兄様」

「!?」

 

 理の傍らには、何時の間にか斑鳩が佇んでいる。そしてその手には、天井から伸びた紐が握られていた。

 

「――――お気をつけて」

 

 村雨に向けて酷く平坦な声で呟くと、その紐を引っ張った。彼はそれが何なのかすぐさま知ることとなる。斑鳩が引っ張った紐は、侵入者撃退用トラップの作動キーであることを。

 そして、丁度村雨が弾き飛ばされたその先の床が、ぱっくりと口を開けたではないか。未だ重力に囚われたままの村雨は、その奈落へと身を任せる他ない。

 行き着く先は地下水路である為墜落死する事こそないだろうが、その結末に変わりは無いのだ。――――村雨の敗北という結末に。

 

「……くそっ――――」

 

 奈落の底へと落ちていく中で、村雨はせめてと最後までの間、理と斑鳩を睨みつけていた。 

 斑鳩に対する怒りが消えた訳ではない。だが今の彼には、何処か清々しさの様な気分が有る。原因は言わずもがな、その隣に居る少年にあるのだろう。

 己の武技の全てを以てして相対し、それでも彼に届くことは無かった。斑鳩の補助が有った為でもあるが、もし一対一の勝負ならば自分は勝てただろうか?

 ……分からない。技術や身体能力ならば自身の方が上なのは把握できる。だが、それでも彼には底知れぬ()()が有るのを、村雨はハッキリ捉えていた。

 

(屈辱だ……!)

 

 それは、斑鳩などに抱くものとは全く違う激情だった。

 底知れぬ力が気に入らない。此方を見下ろすその双眸が気に入らない。斑鳩の、義妹の親愛を受けるその身が気に入らない!

 

「くっそおおおおおおぉぉぉぉぉぉ――――!!!」

 

 村雨は吼える。謳う様に高らかと。奈落の底へと墜ちようとも、その叫びは己の魂を鼓舞させる。

 

 そうだ、今はこの敗北は認めよう。だが次こそは、貴様を打ち負かしてやる――――!

 

 身体が自由落下を始める。暗い闇の中へと吸い込まれていく。

 その最後まで村雨は、理と斑鳩を睨みつけていたのだった。

 

     ◆

 

 

 斑鳩が紐を戻すと、仕掛けが解除されて床の穴も塞がっていく。理は落とし穴に落ちていく村雨の様を、視線を逸らすことなく最後まで睨みつけていた。

 今回、村雨を落とし穴トラップに叩き落すことが出来たのは、斑鳩の協力があってこそだった。理が斑鳩に受け止められた際、そのトラップの存在を耳打ちされていた。

 後は如何にかして村雨をトラップに誘い込むかという話だったのだが、運の良い事にその機会が瞬時に廻り来ることとなった。それが、あの村雨の攻撃だったのである。

 何れにせよ、理と村雨、二人の勝敗を分けたのは斑鳩の存在があったからこそだ。彼女が居ない一対一の戦闘では、理が敗北していただろう。理は感謝の念を込めて、彼女に向けて会釈をするのだった。

 それでも斑鳩は、その場から一歩も動こうとしなかった。その手の中に、飛燕を握りしめたままで。

 

「……すいません。出しゃばった真似をしました」

「いいえ、こちらこそ、お見苦しいところを……」

「……」

「……」

 

 会話が続かない。以前と同じように、どうにも彼女との会話は続き辛かった。そもそも、斑鳩は未だ理に対して若干の遠慮や忌避というモノが残っているように感じられる。

 理由は単純だ。クラス委員である彼女は、もしも理が危険分子であった場合、その責を負う事になるのだから。そう易々と彼を信用できる立場ではないのだ。

 それでもこの数日の交流を通じ、彼が信頼の出来る人物だと彼女は確信している。……だが、信頼と信用は別物なのだ。

 結城理を信頼したい心と、信用できない心。そのギャップが彼女を苛み、その不安定な心は村雨の襲撃によって悪化していたのだった。

 

「申し訳ありません、一人にしていただけますか?」

「……ええ。失礼します」

 

 理は軽く頭を下げ、部屋から退室する。今の彼女に必要なのは時間だ。自分がここに居ても、出来ることなど一つもないのだから。

 ……或いは、飛鳥ならば何とか出来ただろうか? 理はあのコミュ力に溢れる少女の姿を思い浮かべ、無意識的に彼女の姿を探し始めていた。

 そのうち忍部屋に戻ってきた――鎖鎌は適当な所で放っておいた――のだが、其処に居たのは飛鳥を除く、葛城、柳生、雲雀の三人だ。

 

「随分遅かったな、どうしたんだ結城?」

「……色々あって。それと飛鳥は?」

「飛鳥なら、今斑鳩の部屋に行ったぞ」

「えっとねっ、斑鳩さんに見せたい物が有るんだって言ってたよ~っ♪」

 

 どうやら、理と飛鳥は入れ違いになってしまったらしい。だが、飛鳥が斑鳩の下に向かったのなら、それはそれで構わないだろう。

 恐らく彼女ならば、斑鳩の固まった心を解きほぐすことが出来る筈だから――――

 

(……だけど、なんだこの違和感は?)

 

 村雨を退け、陰鬱な雰囲気を発していた斑鳩を見てから発した、拭いきれない違和感が胸の中に燻っている。

 理は想起しようとする、つい最近、その違和感と同じようなものを感じたことが有った筈だ。一体何処で感じたのだろう。

 違和感はどんどんと大きくなる。心臓すらも押し潰しかねない違和感が胸を圧迫している。

 だが、その違和感(デジャヴ)に答えを出せないままに、時は迎えることになる。

 

 シャドウの時間『午前零時』を――――

 

 

     ◆

 

 

 斑鳩は部屋に佇んだまま、自問自答を繰り返していた。

 果たして、このままでいいものか、と――――

 

 彼にはみっともない姿を見られてしまった。葛城や飛鳥にも秘密にしていた、義兄との不和を。鳳凰財閥に縛られた自分を。

 いや、正確にはそれらを理に視られたからこそ、今まで目を背けていたそれらを意識せざるを得なくなってしまったのだ。

 例え目と耳を塞いでいても、それらの現実が変わる訳ではない。それでも、この忍学科では斑鳩はただの『斑鳩』であることが出来た。彼女にはそれが心地よかった。

 しかし、それももう叶わない。これからはその現実を直視しなければならないのだ。

 

 鳳凰財閥の証、飛燕。彼女の腕の中にあるその長刀が、酷く重く感じられる。

 村雨の言った言葉が頭の中で繰り返される。「他人が持っていてはいけないものだ」と。

 両親からは『何人たりとも渡すな』と言いつけられてこそいるが、その言葉に果たしてどれほどの意味が有るのか。

 村雨の言う通り、どれだけ取り繕うとも斑鳩が鳳凰財閥の血統では無いのは紛れもない事実だ。その証を受け継ぐなど、分不相応もいいところであると、彼女は思う。

 

(そう、この刀は確かに、お兄様/わたくしのものである筈――――、……え? 今わたくしは何を――――)

 

 斑鳩は突如として頭に浮かんだその考えに狼狽する。それはまるで、自分ではない『もう一人の自分』が語り掛けたような、そんな思考誘導だった。

 その瞬間、背後から凄まじい圧力を感じる。その存在こそが、この思考誘導を行ったのだろうか。

 敵だ。危険な存在だ。迎撃しなければ! 斑鳩は飛燕の柄に手を掛け、振り向きざまに切り払おうとして――――、それが叶うことは無く、全身の力が抜けて地面へと倒れ込む。そうして倒れ伏した斑鳩を見下ろす()が有った。

 そして、彼女は見たのだ。黄金の双眸を持つ、()()()()()()()姿()をしたヒトガタを――――!

 

「アナタは……、何者なのですか――――」

 

 影は(わら)う。斑鳩と同じ(かお)で、彼女では有り得ない嘲笑を浮かべる。

 影は(うた)う。斑鳩と同じ声で、己の存在を示すのだった。

 

『……我は影、真なる我――――』

 




Q:普通、シャドウ出現は主人公の飛鳥からじゃないの?
A:主人公&ヒロインは、遅れてやってくるものです。

村雨はライバルポジに。尤も、斑鳩関連でしか登場しませんから、本編に絡むことはまずないでしょうけど。

そして、斑鳩のシャドウ出現と、ペルソナ4的な展開に入りました。作中時間の4月15日も、ペルソナ4で番長と陽介がペルソナ覚醒した日と合わせていたり。(実際には2年ずれてますけど)
次回は、斑鳩シャドウ戦ですね。

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