ペルソナカグラ FESTIVAL VERSUS -少年少女達の真実- 作:ゆめうつつ
「終わっ……、たの……?」
「……ん」
呆然と呟かれた飛鳥の言葉に、理は短く答える。
そんなかすかな呟きであっても、飛鳥の、そして忍メンバー全員の耳にはしっかりと届き、漸く彼女たちに喜色の笑みが浮かぶ。
「……や、ったあああぁぁぁーーーーーーっっっ!!!」
そんな中、第一声を上げたのは飛鳥だった。諸手を目一杯に挙げ、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、全身で喜びを表している。
この戦闘で、彼女は確かに理と協力してシャドウを倒したのだから、その喜びは如何程であるのか。更には駆け寄ってきた斑鳩たちに順番に抱き付き、その興奮を分け与えているようでもあった。……約一名が、だらしない顔をしていたが野暮は言うまい。
「結城くんも、ありがとうっ!!! ……あれ?」
そして、当の本人にも感謝を述べるのだが、肝心の理の姿が見えない。――――いや、すぐそこに居た。ただしそれは、屋上に開けられた穴から自分の部屋に入り、そのままベッドに倒れ込んでいるという、色々な意味でツッコミどころ満載な光景であったのだが。
「あのー、結城くーん? 何やって……?」
「……疲れたから寝る」
「それは分かるけど……。いや、それなら病院行こうよ!」
うつ伏せに寝そべったまま、今にも寝落ちしそうな声で理は応える。
というか、文字通りの死闘を繰り広げた彼は、凄まじい負担が掛かっているはずだ。すぐさま飛鳥達は病院へと連れて行こうとするが、理はそれを制する。
「……俺がこの部屋を離れるのは都合が悪いし、それにもう時間が無いと思うよ」
掠れるような声で呟かれた理の言葉に、彼女達は首を傾げる。一体どういう事なのだろう。
「気付かないの? シャドウを倒したのに、『影結界』が解けていないのを」
「え――――、っ、そういえば!?」
彼女達は其処で周りの異変、影結界が今だ展開されたままであることに気付き、再び身構える。あの大型シャドウを倒したというのに、何故――――!? 混乱する彼女たちに向けて、理はゆっくりと告げる。
「この影結界――――いや『影時間』は、普通のシャドウが展開する物とは違って、時間経過で解除される、……と思う」
「いや、思うと言われましても……」
「……自分でもどうしてかは解らないけど、何故かこの影時間のことが理解できるから」
再び、理の脳裏に自分のものではない記憶が流れる。
『実は一日■24時間■■ない、……なんて■ったら君たちは■■るかい?』
『あ■は“影時間”一日■一■の狭間に■る“隠された時間”だ――――』
『お前■も見た■、“怪物”を! ■たちは“シャドウ”と呼ん■■る――――』
まるで要領を得ない、チグハグでツギハギな記憶。いや、果たしてそれを記憶と呼んでいいものだろうか。
理は現状、この記憶のことを飛鳥達に説明する気は無い。それが例え、影時間やペルソナに関連する重要な記憶であっても、だ。そもそも“自分ではない自分”の記憶が有るなどと、果たして彼女達が信じるのか? 取り敢えず斑鳩は、一応の納得の形を見せることにする。
「まあ、シャドウ関連の情報については、結城さんを信用しますけど……」
「……すいません」
「いいえ、お気になさらず。では、時間が無いというのは、どういう事なのでしょう?」
「……影時間が空けたら、『象徴化』していた人達も動き出すようになります。だけど、さっきの戦闘で破壊された寮は元に戻らない。
きっと、寮内の人たちがこの部屋にすっ飛んできますよ」
『象徴化』とは、影結界・影時間の内部で棺桶のオブジェと化した、ペルソナ使いや忍ではない人間達のことだ。普通の人間は影結界・影時間を認識できず、しかしシャドウに襲われることもない。だがそれは、防衛とは違うのだと理は予測を立てていた。
単純に、その時空間に適性を持っていないということなのだろう。この世界に存在できるのは、シャドウとペルソナ使い、そして忍だけなのだった。そして影結界・影時間で破壊されたものは、現実世界に回帰してもそのままだ。それは、空間の位相をずらして現実世界に影響を及ぼさないことが出来る『忍結界』と大きく違う点である。
「……そういうことですか。それなら私達は、お暇した方が良いでしょうね」
「事後処理に関しては、そっちに任せても?」
「勿論です。寧ろ、そういった作業に関しては、私達が適任ですしね」
「なら……、後は…………、たの――――」
理の言葉がだんだんと尻すぼみになっていく。眠気の限界が来たのだろう。大型シャドウとの戦闘による疲労だけでなく、ペルソナ覚醒のショックもあるのだ。今彼に必要なのは、休息だ。ゆっくりと目蓋をおろし、夢の世界へと旅立っていく理を、彼女達は苦笑しながら見守っていた。
「けどなー、この部屋でゆっくり休めれるのかね?」
葛城が部屋の中を見回す。辺りには、天井に開けられた大穴の破片がそこかしこに散らばり、落下したシャドウの巨体で押し潰された家具が散乱している。理の指示とはいえ、この惨状を作り上げたのは間違いなく彼女の一撃である。その何処か引き攣った表情を、飛鳥達は極力見ない様にしていた。この状況でベッドが形を残していたのは、まさに奇跡としか言いようがない。ある意味、其処で眠りこける理も含めて。
「――っと、影時間が開けましたね」
影時間が開けたことにより、天井の穴から差し込む月明かりが正常な色に戻り、街中は元の明かりを取り戻していた。
そして、寮内がにわかに騒がしくなる。時間が動き出したことにより、シャドウとの戦闘で男子寮が地震の如く揺れたのを寮内の人間達は感知できたのだ。
「おい、なんだか今地震が起きなかったか?」
「ああ、ホンの一瞬だったけどな。それより、どっかで爆発するような音も聞こえたぞ」
「この部屋か? 確かオレッチのクラスの結城ってヤツの部屋だけど。……おーい、結城さんよー、起きてたら返事してくれー」
その音源とでもいうべき、理の部屋の前に学生達が集まり始める。飛鳥達もそこで、天井の穴から脱出した。この部屋に理を残していくことに不安を感じない訳ではないが、どうやらそれも杞憂に終わりそうだ。
「お、開いてる。不用心な――――って、何じゃこりゃあ!?」
「うおっ、隕石でも落ちたのか? 結城、大丈夫か?」
「ちょっ、こいつボロボロだぞ! 救急車呼べ、救急車! しっかりしろよオイ、死ぬんじゃねえぞっ!」
そんな必死の様子の彼らを見て、飛鳥達の口には自然と笑みが浮かぶ。どうやら、理の部屋を覗きに来た男子達は、かなりのお節介らしい。瓦礫が散乱した部屋をかき分け、ぐったりとした――単なる熟睡状態である――理をベッドから背負い上げると、慌ただしく飛び出していく。
しばらくして、男子寮の前に救急車が到着し、理を搬送していくのだった。なお、この救急車は忍学科御用達の病院行きの、斑鳩が手配した物である。
◆
――――夢の中で、『僕』は思う。
果たして、日常と非日常の境界を超えたのは、何時のことなのだろう――――
ペルソナを召喚した時? 飛鳥と出会った時? 十年前に能力を認識した時?
いいや、屹度それは―――― もっともっと、前――――
――――振り返るまでも無く、解る。
夢と現実の境界は、自分の中にあることを――――
◆
2009年 4月10日 昼――――
ぱちり、と目蓋を開ける。
眠気を残さない、電気のスイッチを入れるかのような唐突な目覚め方が、結城理にとっての当り前だ。彼はペルソナを使った後には強い睡眠欲に襲われる常であるが、起床さえすればその眠気を残すこともない。生まれ変わったような新鮮な気持ちで、理の一日は始まる。
(……待て、何処だココ?)
正確には、柔らかいベッドで、の時点で気付きはしていたのだが、首を動かし辺りを見まわし改めて確認する。こんな場合は洒落て「知らない天井だ」等と呟けばいいのかもしれないが、生憎と彼には似合わないセリフだろう。
部屋の内装はどう見ても病室のそれであり、理が寝るベッドもシーツも白一色で清潔感が漂っている。その広さもかなりあり、大層な個室が与えられたモノだと彼は思う。壁一面に広がる大窓の隙間から心地よい風が差し、カーテンと彼の前髪を揺らす。窓から差し込む日の当たり方からして、時刻は昼の頃だろうか。
そして、ベッドの傍でこっくりこっくりと船を漕いでいる飛鳥を発見した。シャドウとの戦闘で見せたあの勇ましい雰囲気は何処へやら、そうしていれば只の女の子にしか見えず、理は拍子抜けして彼女を見やる。その視線に気付いたのか、飛鳥はハッとして目を覚ますと、酷く慌てた様子で理に詰め寄るのだった。
「ふあっ!? ……お、おはよう結城くん! 調子はどう!?」
「飛鳥、涎垂れてる」
「んひぃっ?!」
だらしなく垂れている涎に理がツッコミを入れると、飛鳥は顔を赤くして顔を拭う。もう馬鹿じゃないだろうか、と理は思った。そうして涎を拭い終えた飛鳥は、改めて理に向き直り、彼の安否を確認した。
「ええっと……、気が付いたみたいだね、良かった♪」
話の戻し方がやや強引な気がしないでもないが、文句は言うまい。話を進めたいのは、理とて同じである。
「ここは……、病院?」
「うん、私達忍がお世話になってる総合病院だよ。結城くん、あの後倒れちゃったから、この病院に運んだんだ。……あ、でも、救急車を呼んだのは寮の人だから、ちゃんとお礼を言っておいてね♪」
「……そうか。俺はどのくらい眠っていたの? 一週間ぐらい?」
「あはは、いくらなんでもそこまでじゃないよ。ほんの半日ぐらいだから」
「そう……なのか?」
飛鳥が応えた時間の経過に、理は首を傾げる。そこで彼は何故か、余りにも時間が経っていないと判断したのだ。
『まっ■く……、何■まで寝■る気■。今■■一週間だよ?』
(また……、この記憶……)
そしてまたしても流れる、自分ものではない――『向こう側』とでも呼べばいいのだろうか――記憶に、理は翻弄される。
理にとって、確かにこの記憶は有用だ。得体の知れない化け物シャドウ。その存在の情報を知ることが出来るのだから。しかしそれでも、ペルソナとも違う“もう一人の自分”ともいうべき記憶。有体に言えば、いい加減鬱陶しくなってきたのだ。
そんな風に気分を悪くする理をどう解釈したのか、飛鳥はちゃんとした休息をとるように宣言してくる一幕も有るのだった。
「……飛鳥は」
「え?」
「何で……、俺を助けに?」
和気藹々とは言えずとも、それなりに会話が弾む中で、理は唐突に、飛鳥に語り掛ける。
彼はあの時、自身の身を挺して彼女たちを逃がしたことに、後悔も反省も無い。故に、理は確認しなければならない。何故飛鳥は、自分を助けに来たのかを。次また同じことがあり、理が命を捧げたとしても、今度こそ彼女は死ぬのかもしれないのだから。
飛鳥の答えは、彼女自身どうしてか分からないような困惑を交えたままに紡がれるのだった。
「私のじっちゃんが、結城くんに伝えてほしいって言ってたの。『力の“意味”を履き違えるな』って」
「……わざわざ、そんなどうでもいいことを伝える為に?」
拍子抜けしたと言わんばかりに理は嘆息する。しかし飛鳥は、そんな彼の言葉を否定するように大声で叫ぶ。
「どうでもよくなんかないっ! じっちゃんは言ってた、『力』って言うのは『剣と盾』だって!
今の結城くんの能力は『剣』だけで『盾』が無い。だからみんなに怯えられているっ!」
祖父の言葉に、飛鳥は自身の想いを乗せる。そんな彼女の脳裏に浮かぶのは、あの運命の日、自身へと差しのべられた理の手であった。彼の『シャドウの掃除』という行動理念からは外れた筈のその行為は、確かに飛鳥の心に刻まれていたのだ。
彼は、結城理は――――、『優しい心の持ち主』であるのだと。……まあ、流石にその後の無視は頂けないのだが、其処は言わぬが華である。
「私を助けてくれた優しい貴方が、私達を助けるために死ぬなんて耐えられないよっ!」
「……俺は、死ぬのなんて怖くな――――」
釣られるようにして言葉を紡ぐ理を遮るように、飛鳥は自身の想いを吐露する。
「私は怖いよ。でも、私が何もしないで、仲間の皆が死ぬ方がもっと怖い! 結城くんだって、仲間なんだから……」
絞り出すような声には、飛鳥の本気の想いが込められているのを、理は確かに感じた。
『仲間』――――、昨夜も思ったことだが、理にとってそんな繋がりを持つことなど、果たして何時以来だっただろう。
そして、理が応える前に――――
「失礼します。ああ、結城さんも起きられたのですね、おはようございます」
斑鳩、そして残りの忍メンバーが入室し、有耶無耶のうちに話は終わるのであった。
◆
斑鳩達は見舞いに来たと思ったら、実はあのシャドウとの戦いの後街中で起こったシャドウの被害に関する資料を持ってきたのだった。昨晩あんな大立ち回りをしたばかりだというのに、随分とタフであると理は感心する。
「無気力症――――、実際にはシャドウの被害者ですが、あの大型シャドウを倒した所為か、大多数の患者が改善方向に診られます」
淡々と報告を述べているように見える斑鳩だが、その口元に隠し切れない微笑を浮かべているのを理は見逃していない。分かりきったことだが、彼女は責務が強い人間なのだろう。理の力添えが有るとはいえ、人々を守れたことに喜んでいるのだから。
「ええ、『影人間』は精神をシャドウに食われた人間です。俺達がシャドウを倒せば、食われた精神が元の人間へと戻る、ということなのでしょう」
「影人間? ……ああ、無気力症患者のことですね。言い得て妙です」
「……そうですね」
またしても『向こう側』の記憶に引っ張られる理だ。訝しげな顔を斑鳩にされたが、シャドウ絡みの情報において全幅の信頼を寄せられている為か、特に何も言われることも無かった。
理としては、昨晩の影結界・影時間の相違の様に、必ずしも自身の知る情報が一致する訳ではないので警戒して欲しいのだが。
「それと、昨晩の影時間で――――」
「なるほど、それはおそらく――――」
その他の報告を受けつつ、理と斑鳩のやり取りは進んでいく。
尚その合間、飛鳥は葛城達に先の理との会話について弄られっぱなしであった。会話の内容こそ聞かれなかったようだが、年頃の少女達には絶好の話のタネになるのだろう。
飛鳥は顔を真っ赤にして、根掘り葉掘りと会話の内容を聞き出そうとする葛城と小競り合い、柳生と雲雀は何処か興味津々にし、斑鳩がこめかみに青筋を立て、理はどうでもいいとスルーする。
遂には、斑鳩が報告書を放り出してまで葛城を諌めようとしたため、全員で宥める羽目となった。病院でこんなに騒いでいいのかと思ったが、忍の病院なのでよくあることらしい。それでいいのかと悩む理である。
「――――以上で、ご報告を終了します。何か質問は?」
「ええ、大丈夫です」
「……では、もう一つ」
報告を終えた斑鳩であったが、深刻そうな表情を浮かべ、懐から
「これは……、『召喚器』ですね。これが何か?」
「申し訳ありませんが、結城さんが眠っている間にこれを調べさせてもらいました」
斑鳩は召喚器に関する資料を取り出し、憮然としながらその紙片を睨みつける。僅か数枚にしか満たない資料に、どんな情報が記されているというのか。
「率直に聞きます。……
「……俺が安定してペルソナを召喚させるのに使う道具……ですが、聞きたいのはそういうことではありませんよね」
「この銃は材質こそ普通の銃と変わりありませんが、グリップに埋め込まれた青い部分が解析不可能な物質です。少なくとも、地球上のものではありません」
「へぇ……」
ほんの僅かな時間でそこまで解析して見せた忍学科の科学力に、理は改めて感心する。その後も斑鳩は資料を読み上げて、調べあげた情報を網羅していった。
「拳銃のベースはスタームルガーMk3」、「銃口には樹脂が詰められ、通常の弾丸の発射は不可能」、「銃身に彫られた『SEES』という名の単語は現在調査中」等々。
だが生憎と、彼女達が一番欲するであろう情報に関しては、理は答えを持たないのだ。
「結城さん、貴方はこれを、一体何処で手に入れたんですか?」
「……此処に来るまでは、これを用意してくれたのはそっち側だと思ってましたよ」
「は? どういうことです?」
「一ヶ月前、丁度飛鳥と出会った後すぐに、俺のところに半蔵学院の入学案内書が届きました。
正確には、契約書に付属していた時は召喚器はまだ鍵の形態をしていたのだが、話がややこしくなるので割愛する。
理が言う、半蔵学院の案内書が彼に届けられたのは忍学科側も裏が取れている。しかし、それを一体誰が出したかまでは調べられなかったのだ。案内書こそ正式な手続きな物である為、彼の入学そのものには不備は無い。だが、案内書に添えられた契約書とは、彼女達も初耳だった。
「では、その契約書の内容を覚えていますか?」
「ええ。Contract I choose and accept no kind of endings personally――――」
「日本語でお願いしますっ?!」
一言一句正確に読み上げたのだが、斑鳩はお気に召さなかったようだ。その傍では「美声だ……」と思っている少女達が居るが、それは兎も角として、理は適当な日本語訳を伝える。
「……まあ、用は『自分の選択に責任を持って下さい』と、書いてありました」
「うーん……」
当たり前すぎる契約だ、と斑鳩は思う。書面にして態々交わすべき契約でもない。
理も訝しげに思いながらも入学に必要なものだと署名し、そして契約書はいつの間にか消えてしまっていたそうだ。
だが、ただ一つ分かることが有るとすれば――――
「入学案内書と契約書、そして召喚器を俺に送ってきた人物は、あの大型シャドウと無関係ではない」
「そういうことですね。余りにもタイミングが良すぎます」
大型シャドウの撃退は、理がペルソナ能力を覚醒し、同時に忍学科の協力があってこそ成し得たものだ。どちらが欠けても、マジシャンを退けることは出来なかっただろう。
(目的は何だ? 俺のペルソナ能力の発動? マジシャンの撃退? 『向こう側』の記憶だってそうだ)
情報が少なすぎて、相手が何を考えているかが全く想像つかない。結局、理達は出方を待って受け身に回るしかないのだった。
斑鳩とああでも無いこうでも無いと話し終わる頃には、すっかり日が傾いて、病室は夕闇に閉ざされる。理は今日一日入院するよう指示され、彼自身も回復すれば明日からでも登校するつもりでいた。
理はもう回復したつもりだが、彼女達から休養の為に仮眠をとるように勧められ、余り眠くない頭を無理矢理に休眠させる。不承不承とベッドに倒れ込む理を見届けると、飛鳥達も名残惜しそうに退室するのだった。
◆
理の意識は、不意に覚醒する。
ベッド脇の時計を確認すれば、時刻は測った様に午後11時59分だ。アナログの秒針が刻々とその時を刻み、頂点へと達しようとしていた。
(……5、……4、……3、……2、……1――――)
――――そして、時計は12の時を刻み、
『
(……やっぱり、あの影時間は大型シャドウが――――)
それを見届けることで、安心した様に理は意識を再び微睡ませる。
……薄れゆく意識の中で、彼が最後に見届けたのは、青白く輝く、美しい『蝶』であった――――
◆
2009年 4月11日 朝――――
朝、快調に復帰し、半蔵学院へと登校した理は、淡々と己の席に着席する。
入学して早々に欠席した為か、此方を見てひそひそと囁く声が聞こえるが理は気にも留めない。
そうだ、それでいい――――
どうせ俺には必要ない――――
「よっ、転校生!」
「っ?!」
突如として声を掛けられ、柄にもなく動揺する。
理に話しかけてきたのは、クラスメイトの一人であり、帽子と顎鬚が印象的な少年だ。名前は確か――――
「なぁんだよ。そんなマジビックリした顔すんなって」
「……えーと?」
「ん? オレッチのこと覚えてねぇのか? なんだよー寂しいなー、せっかく救急車を呼んでやったってのにサー」
「キミが……?」
理はそこで、飛鳥の話を思い出す。確か自分が倒れた際、救急車を呼んで運んでくれた生徒が居たという。どうやら、目の前の少年がそれらしい。
「しっかし、お前も不運だよなー? 転校してきたばっかりだっていうのに、ガス爆発だっけか? 部屋ムチャクチャじゃないか」
「……別に、どうでもいい。学院側が、新しい部屋を用意してくれるから」
当たり前だが、彼の言うガス爆発とは、忍学科が情報統制をしてくれた為であり、実際の事実とは異なっている。
さらに理は、今後は別の寮に移ることが決まっていた。話はそれで終わりだと言わんばかりに、理はそっぽを向くが、やはり帽子の少年は理に話しかけてくる。
「そんなつれない態度取るなよなー。そもそもお前、部屋だけじゃなくても、いろいろ大変だろ?
いや実はさ、オレも中学の時ここに転校してきてさ。転校生の先輩としてオレが最初に声かけなきゃってな。イイ奴だろ?」
「……そういうことを言う時点で、イイ奴とは言えなくない?」
「うおっ!? 手厳しーな、オイ? もしかしてツッコミキャラだったのか?」
「……まったく。好きにしなよ、もう――――」
理はそこで、彼との会話を打ち切るのを諦めることにした。
こっちの都合など知ったことではないと、絶えず話しかけてくる人物に、理は初めて出会ったからだ。
「……ん。それと、救急車の件、ありがと」
「はは、どういたしまして、だ。じゃあまずは――――」
今、結城理の心の中には初めての感情が渦巻いていた。
飛鳥達に抱くその感情を『仲間意識』と、帽子の彼に抱く感情を『友情』と呼ぶことを、理はまだ気付いていない――――
◆
「それにしてもよー理、お前、何かイイコトでもあったのか?」
「うん?」
「だってさ、初日の頃と比べると、明らかに雰囲気が変わってるぜ。初めてお前を見たときは、何と言うか……、こっちくんなオーラ出してたからな」
「……かもね」
「けど、一日休んで登校してくりゃ、随分と見違えたぜ。今はそんなオーラ出してねーからな」
「そうか……」
「ま、詳しくは聞かねーよ。なんつーか、今のオマエを見てると、そのこと聞くのは無粋だっつー気がするからな」
「……」
「はは、なーんだ照れてんのか? ちくしょー、やっぱ気になって来たじゃねーか。教えろよー、なーなー」
「どうでもいい……」
【悲報】主人公、チョロい。
チョロインはあまり出さないと言っていたな、だが、主人公がチョロくないとは言っていない……!
しかし、劇場版第三章の理はどう見ても攻略される側のヒロインでしたよね。
理は謎の電波記憶の事を『向こう側』と呼ぶ様になりましたが、これは勿論『ペルソナ2罪・罰』より拝借したネタです。スキルなどもそうですが、アトラスゲー内で使えそうなネタならば、容赦なく使用していくスタイルです。
理が喋っている英文は『我、自ら選び取りし~』を翻訳サイトに突っ込んだだけなので、劇中で登場した文と合致してるかは分かりません。画像が見つけられなく、英語力が壊滅な自分を許してくれ……
最後に登場した帽子とアゴヒゲの少年。一体何者なんだ……
まあ、所謂ゲストキャラとした彼ですが、物語に係わらないモブであることをあらかじめ伝えておきます。名前は登場しませんし、『向こう側』に似ている人間が居るかもしれませんが、理が得る記憶では、人物の名前や容姿を知ることは出来ません。
それでも、理の友人になってくれました。理の部屋破壊は、このように学校での交流イベントとして使われましたね。
次回は、理の引っ越しと、とあるキャラとのコミュ回になります。