ペルソナカグラ FESTIVAL VERSUS -少年少女達の真実- 作:ゆめうつつ
見切り発車なのでいつ詰んでも可笑しくない作品。
それでもよろしければ、どうぞご覧になって下さい。
1話 Burn My Dread
2009年 3/5 深夜――――
「うわあああぁぁぁっ!」
闇の中で、一人の少女の叫び声が木霊する。
夜も更けた午前零時過ぎ、普通の人間ならば目にすることさえ憚られるような路地裏での出来事だ。
少女の姿は奇妙そのものであった。
歳の頃は17歳程であり、容姿は年相応の可愛らしさを備えた美少女である。
その長い黒髪を結い上げたポニーテールによって、活発そうな印象を感じさせるであろう。
服装は、この地より遠く離れた東京に存在する進学校『国立半蔵学院』の制服姿であり、首には赤いスカーフが巻かれている。
体付きの方は驚くことに、全国の女性が羨む様な卓越したスタイルをしていた。俗っぽく言えば、男好みをするバストを備えていたのだ。
だが、本当に奇妙なのは、少女に握られている二振りの脇差である。
模造刀でもなんでもなく、正真正銘カタナの切れ味を備えたそれを構えている様は、時代錯誤も甚だしいだろう。
しかし、彼女にとってはそれこそが日常である。
忍――、それは遥か昔、戦国の世にあった影の存在。
人の中に隠れ、探り、煽り、騙し、壊し、そして殺す――――
あらゆる闇の仕事を引き受けていた陰の存在。
いつしか人々の記憶から消え去り、おとぎ話のように語られるだけになってしまった翳の存在。
しかし、彼らが人々の心から消え去ろうとも、人々の業が変わることはない。
いまだ闇の世界に生きるものは必要とされ続けている。
忍は今も存在しているのだ。
そして、彼女こそが現代に生きる忍の一人。
学生数1000人を抱える名門マンモス進学校『国立半蔵学院』の知られざる裏の姿。
『内閣特務諜報部諜報一課付特殊機密諜報部員養成所』――通称、忍学科。
その選抜メンバーの一人であり、名を『
その日、飛鳥にはとある試験が課せられていた。何のことはない、彼女の忍としての昇段試験である。
さらに昇段試験のついでに帰省し、自身と同じく忍である祖父に稽古をつけてもらうという修行の一環でもあった。
その為に彼女は本拠地である半蔵学院から離れ、出身地に近い地方市街地で試験を行っていたのだ。試験内容は、密書の受け渡しという、忍にとっては有り触れた任務を想定した簡単なモノである。
だが、闇に紛れてビル街の屋上を跳んでいた時にそれは起こったのだ。
「あれは……、人?」
よく目を凝らさなければ分からないほどの暗がりの中、飛鳥はあるモノを目にする。
どうやらそれは人間であったようだ。今流行の服を着た成人男性である。尤も、金色に染められた髪やピアスを見る限り、真っ当な人間でも無いのだろうが。
しかし、地べたに座り込み、ビル壁を背にしたまま虚ろな目で宙を見上げているという様子は明らかにただ事ではない。
忍という裏社会の人間としての勘により、言い知れぬ不安を感じると、試験中にも関わらず飛鳥はその男性の下に降り立った。
「あの、大丈夫ですか……?」
「……ああぁぁぁ……、……うううううぅぅぅ………………」
その優しさから飛鳥は気遣うように男性に話しかけるが、彼には全く届いていない。
だらしなく半開きになった口からは呻き声が漏れるだけであり、意思疎通すら不可能だ。
「一体どうしたんだろう、この人? もしかして、『悪忍』の仕業なのかな?」
飛鳥は考えられる可能性として、自分と同じであり、しかし決して違う存在である『忍』の姿を思い浮かべる。
「……とにかく、連絡してこの人を保護して貰わないと」
自分一人だけで悩んでいてもしょうがないと考えた飛鳥は、担当試験官へと連絡を取る。
状況の通達、および彼の保護申請をした後、息つく暇もなく周囲を警戒する。試験官が来るまでの僅かな時間であっても、異常事態である為、忍としては当然の心構えだ。
だがしかし、それは突然起こったのだ。
カチリと、何処かで時計が鳴らすような歯車の音を、飛鳥は確かに聞いた――――
始めに感じたのは、寒さ。体の芯まで、心の底までを凍てつかせるような寒さを飛鳥は感じた。
気付けば、辺りは真の暗闇に包まれている。表通りからわずかに届いていた街灯は全て失われ、残ったのは狂気的なまでの月明かりだけだ。
足元の水溜まり――ビルの配管から漏れ出したモノだ――は血となり、死臭が蔓延する。
そして、先程まで飛鳥の目の前にいたはずの男性は、漆黒の棺桶へとその姿を変えていた。
異常――全てが異常だった。
突如として変貌した死の世界に、飛鳥は対応することが出来ず、頭が真っ白となる。
そしてそれは間違いなく、飛鳥の決定的な隙となる。
彼女の知覚を超えて、突如として暗がりから現れた“それ”に体当たりを仕掛けられ、飛鳥は成す術もなく吹き飛ばされたのだった。
そして舞台は、冒頭へと至る――――
飛鳥は“それ”に吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドした後、コンクリートのビル壁に勢いよく叩き付けられる。
背中から体当たりを仕掛けられた為に軽く息を詰めたが、すぐさま立ち上がって体制を立て直す。
それでも身体には幾ばくかの痛みが走り、集中を阻害する。手足には擦り傷や打撲の跡が痛々しく残り、制服もあちこちが解れ、擦り切れていた。
その所為で下着を露出した状態という色気を感じさせる姿となってしまっているが、残念ながらその点を指摘する者はこの場には存在しなかった。
「……そんな、なんでこんなところに『妖魔』が……」
独り言ちて“それ”を見やる。おそらくは、この存在こそがこの死の世界、或いは結界を作り出したのだろう。
彼女の目線の先にある“それ”は、まさに異形そのものであった。
姿形は真っ黒なスライム状だ。ねちゃりねちゃりと気味の悪い音を滴らせながら地面を這い、見る者に嫌悪感を与えるだろう。
そこからさらに不細工な腕が二本伸びており、その手を飛鳥に差し向けているが、友好の証などではないのは明白だった。
そして、そのスライム状の身体には青い仮面が貼り付けられている。額に『Ⅰ』と描かれた、その無表情の仮面を飛鳥に向けると、一声戦慄いた。
「ッ!」
粘液状の身体とは思えぬほど素早い動きで飛鳥へと肉薄し、攻撃を仕掛ける。その指先は鋭く尖っており、人間を引き裂くことなど容易だと示していた。
飛鳥は咄嗟に脇差を交差させ、盾代わりにして受け止めるが、異形の尋常でない膂力により間も無く圧倒させられる。
その事実を飛鳥は信じられなかった。彼女たち忍は忍術という能力を使い、人間の限界を遥かに超えた力を発揮できるからだ。
この化け物がその飛鳥を圧倒したことは即ち、忍すらも超える存在であることに他ならなかった。
「……くぅっ、……やあっ!!!」
このまま押し切られる訳には行かないと判断した飛鳥は、防御を取り止めて攻勢に転じる。
脇差を寝かせ、身を屈めることで力の流れを逸らさせると、化け物は体制を崩し、地面から僅かに浮いた状態となる。
それを確認すると一気に脇差を跳ね上げ、異形を宙へと投げ飛ばした。
いくらこの化け物が尋常ならざる膂力を持っていても、足掛かりのない空中では完全な無防備だ。そして、その絶好の隙を見逃す飛鳥ではない。
「貰った!」
眼にも止まらぬ斬撃を放ち、二刀の脇差で異形を十字に切り裂く。狙ったのは、顔と思しき仮面そのものだ。
彼女の手には、間違いなくその化け物を切り裂いたという手応えを感じていた。
――――そう、確かに感じていたはずであった。
「……えっ?! きゃあ!」
突如として、飛鳥の居た空間が爆ぜる。それは、直径1メートルほどにも達する爆炎だ。
回避する間も無く、熱と衝撃波を全身に受け、再び壁に叩き付けられる。今度は運の悪いことに当たり所が悪かったらしく、飛鳥は一瞬意識を失いかけた。
気力だけでなんとか持ち直すが、身体に力を入れることは出来ず、脇差も取り落としてしまった。
(そんな、新手!?)
霞む視界に映ったのは、暗がりから現れた新たな異形だった。
宙を浮遊する女性の生首にティアラを乗せた異形は、先のスライム擬きと同じく不気味な容姿をしている。
姿形以外の相違点を上げるならば、その仮面であろう。目元のみを覆う赤色の仮面には『Ⅱ』の文字が書かれていた。
だが、彼女の驚愕はそれだけに止まらなかった。
「嘘でしょ……」
ねちゃり、と聞きたくもない音を確かに耳にする。
飛鳥へと縋るように這ってきたその化け物は、今しがた彼女が確実に切り捨てた筈のモノであった。
その証拠に、その仮面には剣筋に沿った十字傷が刻まれている。だが、その傷は瞬き程の一瞬で塞がってしまう。
つまりは、自分ではこの異形たちに一切のダメージを与えることが出来ないという事だった。
今の飛鳥は考えるまでもなく、不味い状況に陥っている。
試験官には既に「『妖魔』に襲われている」という救難信号を送ってはいるが、先程から通信機器は沈黙し、その機能を果たしていなかった。
例え到着したとしても、一切の攻撃が通じないという化け物にどう対処すればいいのか。
もしこんな存在が表社会に出てしまえば、混乱は必須である。だからこそ、この化け物を何とかしなければならない。
それこそが、彼女たち『善忍』の意義でもあるというのに――――
彼女は自分が今だ忍としては未熟だと思っている。日々修行に明け暮れ、仲間たちと切磋琢磨し、忍としての技術を鍛え上げてきたが、それでも足りないと感じていた。
それは謙遜ではなく、さらなる高みを目指すための向上心だ。それこそが飛鳥の『忍』としての原動力であり、美点でもある。
だが、今この場においては、彼女の無力感を加速させるにしか至らなかった。
(――――ううん、駄目、諦めちゃ!)
しかし、それでも彼女の心は折れない。
最後の気力を振り絞り、懐から巻物を取り出し構えると、宣言する。
「『忍転身』――――!」
その言葉に呼応するように光が飛鳥を包むと、彼女の姿は一新していた。
破れたブラウスは一瞬にして真新しくなり、その上にベージュ色のカーディガンを着ている。
青色のプリーツスカートは緑色のチェック柄へと変貌し、拾い上げた二振りの脇差を握るその両腕には、新たに籠手が装備されていた。
これこそが『忍』の本当の力を発揮するための力、『忍転身』であり、この姿こそ彼女の忍装束なのだ。
「一気に決める! 『秘伝忍法』!」
立て続けに、飛鳥は惜しむことなく自らの手札を切り続ける。
『秘伝忍法』、それは文字通りに秘伝の忍術であり、今の彼女が持てる切り札の一枚だ。
手を抜く必要などない。全力を以って、目の前の異形を排除する!
「《二刀繚斬》! やあああぁぁぁっ!!!」
二刀の脇差を持ち、腕を交差させて深く構える。強大な力を両足に溜め込み、一気に解放。そのまま二体の異形に向けて突撃し、全力で振りぬく!
忍術による気を纏った脇差は緑色の剣筋を残して、二体の異形を同時に切り裂いた。無論飛鳥は、今度は警戒を怠ることなく異形の行く末を見つめている。
両断された二体の異形どもは呻き声を上げてもがき苦しみ、やがて内一体のスライム擬きの異形が泥の様に溶けていった。その様子を見て、飛鳥は確信する。
(よし! こいつらは『秘伝忍法』なら倒すことが出来る!)
どうやら、単純な物理攻撃は全く効果が無いが、忍術の気を纏わせた『秘伝忍法』なら効き目があるという事らしい。
しかし、その『秘伝忍術』の攻撃でも100%のダメージが通る訳では無いようだった。ティアラの方は、今だ健在であるのだから。
「くっ、だったらもう一度! 秘伝――――!?」
――――此処で、飛鳥は致命的なミスを犯した。
止めの一撃を放とうとしたとき、ティアラが再び戦慄いたのだ。彼女はそれを、先程と同じ魔術めいた火炎の攻撃だと判断し、回避行動をとった。
後ろに跳躍し、ティアラから大きく離れる。しかし、熱も爆風も何も感じることはなかった。何故ならば、ティアラの魔術が効果を及ぼしたのは、傍らのスライム擬きの方であったのだから。
「…………え?」
今度こそ飛鳥は、完全に思考停止した。
無理もないだろう、倒したと思ったはずのスライム擬きが復活し、その傷が塞がっていくのだから。
そう、飛鳥のミスとは、スライム擬きの方を倒したと勘違いしたことであった。
確かにスライム擬きは、彼女の秘伝忍法によって大きなダメージを負い、その身体はヘドロの様に溶けてしまった。
しかし、ただそれだけだ。それはただ体制を崩しただけのダウン状態だったのに過ぎないのだ。
焦り故のミスであった。普段の彼女ならば、この様なミスなど決して犯さなかったであろう。
だが、そのたった一度のミスによって引き起こされたのが、目の前の現実である。
復活したスライム擬きが、呆けた表情で見つめたままの飛鳥を一瞥すると、戦慄いた。彼女への憎悪が籠められた、怨嗟の声だ。
「――っ?! きゃああああぁぁぁっ!!!」
飛鳥を襲ったのは、鋭い爪でも爆炎でもなく、身を裂くほどに冷たい吹雪だ。スライム擬きの魔術によって引き起こされた冷気の攻撃は、残酷なまでに覿面であった。
飛鳥は全身を凍えさせ、脇差を取り落し、体力の限界でついに地面に倒れこむ。そればかりではなく、身体の各所に張り付いた薄氷が行動を阻害させる。
つまりは、逃げることさえままならないのだ。最早彼女はまな板の上の鯉でしかない。
(ここまで……、なの?)
自身に迫る化け物を見て、飛鳥はついに心が折れる。迫りくる死の恐怖により、心が絶望へと染まっていく。
彼女は忍である。今まで数多の死線を潜り抜け、死にかけたことも1度や2度ではない。元より、忍というものは常に死と隣り合わせにあるモノだ。
しかしそれでも、彼女の本質は17歳の少女でしかない。何より、自分が今日死ぬなどと想像できる人間がどれほどいるのだろう?
飛鳥は自分の不甲斐なさから、一筋の涙を零す。今まで感じた事も無いほどの無力感に苛まれているのだ。
眼前には既に、化け物が迫っている。スライム擬きが手を振りかざし、ティアラは髪を撓らせる。
そして彼女は、理解する。
自分は、ここで、死ぬ――――
(ごめんなさい…………、みんな……………)
飛鳥は、ゆっくりと目を閉じ、己の『死』を受け入れた――――
「――――驚いたな」
不意に、誰かの声が聞こえた。
「え?」
鈍い音が盛大に響き、二体の化け物が大きく吹き飛ばされる。そして飛鳥の上に、一つの影が落ちた。
それは一人の人間であった。灰色のコートに黒のスラックスという有り触れた服装であり、その首にはMPプレイヤーと耳かけ式のイヤフォンが掛けられている。
そんなどこにでもいるような人間が、飛鳥に接近していた異形を二体同時に蹴り飛ばし、間際の彼女を救ったのだ。
飛鳥を庇うようにして立っているが、彼女からは見上げるような構図である為、その顔を窺うことは出来ない。少なくともこの人間は、飛鳥の知る誰でもない。
だがそれでも、彼がこの胸の内の恐怖すらも焼き尽くしてしまうような存在であることを、飛鳥は確信出来ていた。
「この世界で俺以外に、コイツらに対抗できる人間がいるなんてね」
彼は――声質から、恐らくは男性だと思われる――地面に倒れ伏した飛鳥を一瞥する。
「けど、まあ――――」
しかし、彼はすぐさまその視線を異形どもへと移し、呟いた。
「――――“どうでもいい”か」
その声には自身への興味が一切含まれていないのを、飛鳥は確かに感じとっていた。
冒頭の飛鳥の昇段試験はアニメ一話からの分岐。
基本この作品はペルソナ3の時代にまずカグラのアニメを捻じ込み、その後ゲーム(SV、出来ればEV)へとオリジナル展開で続けるつもりです。真紅はやってないんでどうしようかなー……