エヴァとルイズのグダグダな生活   作:ゆっけ’

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進撃のルイズ

「今日の一時間目は何だったか」

「地理です」

「ああ、かつて全世界を旅した事がある私には全くもって必要のないあの科目か」

「定期考査が近いので、出題範囲を知る為にも出席はされた方が良いかと」

「……。真面目だなお前は」

 

 そんな他愛もない会話をしつつ、テクテクと歩いていくエヴァと茶々丸。その後方約15メートル程の位置を、明らかに挙動不審な人物がこそこそと付けていた。

 

(何を話してるのかしら……)

 

 ルイズである。

 

 電柱や街路樹の影から影へと移動しつつ、二人と一定の距離を保っている。付かず離れず、時折じーっと前方を見つめては、エヴァ達の様子を伺っているのだ。その様相はまさに正真正銘の不審者だ。

 容姿が良いだけに周囲からかなりの注目を集めてひそひそと噂されているのだが、まぁ当人は全然気付いていない。ルイズは物事に熱中すると、周りがあんまり見えなくなるタイプなのだ。

 

「ホームルームが終わったら、即フケるぞ」

「昨日高畑先生が出張から帰って来られたので、恐らく今朝のホームルームには顔を出すと予想されますが」

「何? ……ちっ、面倒な」

(も、もう少し近付かないと全然聞こえないわ……)

 

 今されているであろう何でもない世間話の中にも、ふとした事でエヴァの弱点に繋がるキーワードがあったりなかったりするかもしれない。

 そんな考えが一瞬頭をよぎったルイズの行動は早い。おあつらえ向きに、エヴァ達が丁度今通り過ぎたすぐ隣に、大きな桜の木が立っている。あの後ろ辺りならば、ギリギリ話し声が聞こえるだろう。よし、と意を決して、ルイズは足音を立てないニンジャっぽいつもりの早歩きで距離を詰めだす。

 

 ……が、それがまずかった。

 

「あいたっ!?」

 

 日頃だらだら過ごしてた運動不足のルイズに、ニンジャなワザマエが期待出来る筈もない。特に何もない道路の真ん中で、なんとルイズは躓き、転んでしまっていた。しかもちょっと大きくすてーんと音を立ててである。

 

(し、しまった!)

「ん?」

 

 前の方で今まさに、エヴァと茶々丸がこちらへ振り向こうとする気配をルイズの第六感的な部分が察知した。いけない。まさかこの壮大かつ完璧な「エヴァの弱点を炙り出してぎゃふんと言わせよう作戦(仮)」が、こんな初歩的なミスで早々にバレてしまうだなんて。

 ……いや、そんな事は決してあってはならない。こんな初っ端で作戦を駄目にしてしまっては、自分のために命を懸けて(誇大妄想)色々と用意してくれた友人のあやかに、申し訳が立たないではないか。何とかしてこの危機を乗り越えなければ。と、ルイズが硬く決意をした、その時である。

 

(はっ、そそそうだわ、こんな時は……!)

 

 己の迂闊さを呪うよりも早く、ルイズの脳裏に蘇る言葉があった。それは今着ている麻帆良の制服をあやかから受け取った時に聞いた、彼女のセリフだ。

 

『ルイズさん、もしも困った事が起きたら、この鞄の取っ手に付いてるスイッチを押してみて下さい。きっとあなたの役に立つ筈ですわ』

(……!)

 

 これだ。これしかない。ルイズはあやかの言葉に一抹の望みを託し、鞄の取っ手の内側に付いているボタンの一つをグッと押し込む。

 

 するとその時、不思議な事が起こった。

 

 (わ、わわっ!?)

 

 何とルイズの持っている鞄の口が開くや中から凄い勢いで平べったい何かが飛び出し、それが地面にへたり込んでいるルイズの周りを囲むように展開し始めたのである。音も無く、あれよという間にルイズの身体は周囲から隠されていく。

 ちなみにルイズが転んでから決意を固めて、鞄の謎の機能が発動するまでに掛かったタイムは、僅か0.05秒に過ぎない! ではこの過程のプロセスをもう一度見てみるのは、残念だが割愛させて頂こう。

 そして丁度ルイズの姿が謎の機能によって完全に隠されたその時、タイミング良くエヴァは背後を振り帰り、そこにある物体を見て……思わず眉を寄せて怪訝な顔をした。

 

「……何だアレは」

「ダンボール箱のようです」

「そんな事は見ればわかる。私が言いたいのは、今さっき無かったアレがどうして今はそこにあるのかという事だ」

「どこかから飛んで来たのでしょうか」

 

 ソレの中央には、堂々たる文字で「愛媛みかん」と書かれている。そう、ソレはどこからどう見ても、紛う事なきダンボールなのであった。

 何を隠そうこの鞄、実はあやかが密かに用意しておいた秘密兵器なのである。言うなれば“ルイズ専用緊急回避グッズ”とでも言うべきか。とにかく今展開しているのはその機能の内の1つなのだ。こんな事もあろうかと、ルイズがドジを踏む可能性をもあやかは見通していた訳だ。

 そんなわけで今、ルイズの姿はエヴァ達から見えなくなっていた。完璧なカモフラージュだ。姿を覆い隠したダンボール箱が突然そこに現れた、という事実そのものが怪しいという点を除けば完璧だ。

 

「茶々丸」

「ハイ、マスター」

 

 当然怪しみまくりのエヴァが指示をだすと、茶々丸の目が物理的に光り、赤外線アイが起動する。敵の弱点さえも即座に看破する高性能センサーがダンボールを貫く。しばらくして出たその結果は、なんと異常なし。

 

「……?」

 

 調べ終えた茶々丸は、戸惑った風にほんの僅かだけ首を傾げた。続いて指先をむけ、サーモセンサーを起動。内部に温度反応、無し。さらに嗅覚センサーまでも起動。反応、なし。……つまり。

 

「……。どうやら、全く何の変哲もない只のダンボールのようです」

「そうか、全く何の変哲もない只のダンボールか」

「はい」

「ならば、これっぽっちも興味はないな。こんな所で道草食って、遅刻をしてタカミチに説教されるのも癪だ。行くぞ茶々丸」

「……。はい」

 

 魔法が使えなくなって以後、茶々丸の持つ“せんさぁ”には全幅の信頼を寄せるエヴァである。その茶々丸が言うのであれば、本当になんでもないのだろう。そんな風にあっさりと謎のダンボールに興味をなくしたエヴァは、茶々丸と共に再び学校への道を歩き出す。

 二人の声と足音が段々と遠ざかっていくのを聞き、前方から二人の気配が完全に無くなったと見て、ルイズは自身を覆い隠すその箱の中から、恐る恐る這い出した。

 

「ふう、何とか助かったみたいね。危ない所だったわ」

 

 そう一人ごちて、ルイズは盛大に安堵の溜め息を付いた。まさに文字通りの紙一重というやつだ。何とかギリギリこの重大なピンチを凌ぐ事が出来た訳である。全く、あやか様々だ。

 

「それにしても……」

 

 ルイズは自身を隠してくれたそのダンボールと謎の鞄を交互に見やる。エヴァ達の話し声からすると、このダンボールは見た目に反して茶々丸のセンサーをも欺く高いジャマー機能を備えているようだ。そう言えばあやかが他にも何か言ってたようなと、もう少し深くルイズはこの鞄を渡された時のあやかの言葉を思い返してみる。

 

「えーと、確か……」

 

『それで、この鞄は一体何なの?』

『ええ、それはルイズさんが快適に尾行が出来るようにと、超さんとハカセさんにお願いして作ってもらった特注の品でして。二人がなんと一晩でやってくれましたの。何でも“ご満足頂ける出来にはなってる筈ヨ。も少し時間があれば時空歪曲場(ディストーションフィールド)なんかも取り付けられたんだけどネ”だそうで。よくわかりませんがルイズさんのためですもの、予算に糸目は付けませんでしたわ』

『そ、そう。ふうん、よくわからないけどお礼を言わせてもらうわね』

 

「……」

 

 突っ込んで聞かなかったせいで超さんとかハカセさんというのが誰か全く知らないが、まぁ、とにかく何がどうなってるのかわからないがこれは何か凄い鞄なのである、という事だけは今のルイズにもわかった。

 押し込んだボタンはもう押せないが、似たようなボタンが取っ手にはあといくつか付いている。きっとこれらのボタンを押す事で何らかのびっくり機能が発動するのだろう。

 

「……ま、いいわ。細かい事は」

 

 さて、そんな事より今はエヴァの追跡の方が重要だ。もうすっかりエヴァと茶々丸の姿は見えなくなってしまっている。残念だが、登校途中の情報収集は失敗と言えるだろう。 

 まぁこれは自分のドジのせいだから仕方ないと思考を切り替えて、ルイズは急いで歩き出す。ちなみにダンボールはそのままでは通行の邪魔になるので、きちんと畳んで道路の隅のゴミ集積所に置いてきた。

 

「確か、麻帆良女子中等部の場所はここをこう行って……」

 

 備えあれば憂い無し。流石のルイズもこの日のために道順の下調べくらいはしてある。このまま行くと麻帆良学園中央駅にぶつかり、そこから真っ直ぐに女子中等部への道がある筈なのだ。なので、まず目指すべきは駅だ。

 

「よし」

 

 その後歩き出したルイズは至って順調だった。まぁ本当にただ歩くだけで問題があっては困るが。いかにも私はごく普通の女子中学生でござい、という得意顔でルイズはスタコラと道を行く。その立ち振る舞いには自信から来ているのか、久しく纏わなかった令嬢の如き高貴さ美しさが滲み出ており、道行く人々(主に男)が思わず振り返って二度見する程だ。

 

 だがそのまま良いペースで学校まで行けそうかと思いきや、段々と駅が近付いてくるにつれ、同時に何か妙な物音も近付いている事にルイズは気付いた。それはドドドドド、という地響きというか凄みの音というか、とにかく何かが猛烈な移動をしているかのような音だ。

 

「何かしら……? ってあれ、音が消えた……?」

 

 丁度ルイズが駅に着くと、先ほど聞こえた物音は特に聞こえなくなっている。はて、何だったのかしらとルイズが駅の前で立ち止まっていると、どうやら改札の向こうのホームに、上り下りの電車が入って来たようだった。

 

 ……そして次の瞬間、電車のドアが開くと同時に、流れ出てくる大量の学生、学生、学生!

 

「学園生徒の皆さん。こちらは生活指導委員会です。始業ベルまであと10分を切りました。今週は遅刻撲滅習慣となっており、遅刻した人には即刻レッドカードが進呈されます。くれぐれも余裕を持った登校を……」

「うおおおおおおお!」

「な、なななな何よこれー!?」

 

 改札から流れ出てくる凄い勢いの学生の山。横では拡声器を持った風紀委員か何かが声を張り上げている。あっという間に人の流れにルイズは飲み込まれ、走り出さざるを得なくなる。これは最早人間による津波だ。先ほどの物音は、この大量の学生達が織り成すララパルーザ(地鳴り)だったのだ。

 

「やらせんっ!」

「下? いや、正面か!」

「耳元で怒鳴るな!」

 

 何とかして遅刻を避けようとする生徒達の怒号が飛び交う。ここは最早戦場さながらだ。そしてやはり麻帆良だけあり、ただ走る生徒のみな訳がなく様々な乗り物が存在する。ローラースケートにスケボー、セグウェイにサッカーボール、車にバイクに路面電車、果ては巨大ロボに人型決戦兵器なんかまでが爆走するのだ。

 そもそも麻帆良はリーガルマンモス級の学園都市だ。ここにあるのは初等部、中等部、高等部、大学部その他と多岐に渡り、馬鹿みたいにたくさんの人間が集まっている。そんな麻帆良の中央駅かつ朝の登校時間であり、おまけに何とか週間とやらも重なるとなれば、こうなるのは極々自然な流れなのであった。

 

「きゃーーー!」

 

 残念ながらルイズはこの、麻帆良の朝の名物とでも言うべきラッシュ現象の存在を全然知らなかった。ものぐさルイズは自分が外での活動を開始する昼間の平穏な駅前風景しか見た事なかったのである。

 

「もぉぉぉぉ折角今日は高畑先生が出張から帰ってきてるってぇのにバイト終わって二度寝しちゃうなんてぇぇぇ! このままじゃ遅刻しちゃう急ぐわよこのかぁぁぁ!」

「あーん、待ってアスナー」

「遅いわこのかダッシュよダッシューー!」

「なななんなのーーー!?」

 

 ルイズの隣を猛烈な勢いで、ツインテールの少女とローラースケートの黒髪少女が車すら追い越すかのごとく暴走して通り過ぎていく。危うくニアミスしたルイズは目を回してしまい、一気に体力が赤ゲージ点滅状態だ。

 しかし、それでも流れに飲まれた今のルイズは立ち止まる事を許されない。走り続けるしかない。よりにもよって女子中等部は一番遠い学園最奥のエリアであるからだ。だがまぁ段々と女子生徒ばかりになり、自然と流れのペースも落ちてくるだろう……と思いきや、周りの走る速度は落ちる所か何故か上がったりしている。既に走りすぎでルイズの脇腹はズキズキしてるというのに。

 

「アイヤー今日はもう挑戦受けないアルよ! 三日連続遅刻はごめんアル!」

 

 なんかボコボコになっている男達の山を背に、褐色の肌をした小柄な少女が凄まじい速度で掛け出していくのを、ルイズは荒い息を吐きながら見ていた。何あの元気どうなってんのと、息も絶え絶えのルイズは呆然と見送るしかない。とにかく周りの人の体力がマジでパないレベル過ぎる。

 

「も……なん……なの……よ……一体……」

 

 そもそもが遅刻ギリギリになるような生徒は総じて体力バカが多いのが世の常である。ここ麻帆良もそれは例外ではなく、むしろステ振りを間違えたかのようなありえない体力持ちの方が多いくらいなのだ。

 そう、言わばこの時間に走っているような連中は逆にエリート。麻帆良人の中でも一握りと言って良いスーパー麻帆良人達なのである。ボルテッカーの直撃をどてっぱらに受けても笑顔で耐えるであろう強靭な肉体と精神の持ち主ばかりであるのだ。

 そんな生徒達の中に混じってしまったルイズは悲惨の一言だ。道の脇に逸れたくても中々上手くいかない。脇腹を抑えて涙目になりつつ、それでもえっちらおっちら何とか進むルイズ。もうすぐだ。この緩やかな坂を登りきれば、そこに探し求める女子中等部があるはずである。

 

「く……ま、負けない……こんな程度で……負けるもん……ですか……」

 

 頑張れルイズ。負けるなルイズ。エヴァの弱点を見つけ出すその日まで。

 今、ルイズは登り始めたばかりなのだ。この果てしなく遠い麻帆良坂を……。

 

 




第三部完!


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