「仕返しをしたいの」
開口一番、ルイズは言った。
「どうしても仕返ししたい人がいるのっ!」
言いつつバンとテーブルに激しく両手を突いたせいでちょっぴり店内の注目を浴びるが、すぐにそういった好奇の目も周囲の騒がしさに中和されて収まっていく。
ルイズが一人でかような奇行を晒していればその限りではなかっただろうが、勿論彼女の向かいには人の姿があった。
「な、なんですの藪から棒に……」
そこは麻帆良駅前にある”STARBOOKS COFFEE”。学園都市だけあって中学生や高校生が主な客層のそれなりに人気なカフェである。お洒落で高級感がある割にリーズナブルな所が気に入り、ルイズも最近ちょくちょく利用している。
そこで今、ルイズはとある人物とお茶をしていた。
「仕返しって、話が見えませんが一体誰にしようと言うんですの?」
「決まってるわ! あの憎きエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルによ!」
「エヴァンジェリンさんに……?」
ルイズの怒りが篭った主張を正面から受け取った女性が、その切れ長な瞳をぱちくりさせている。
一見するとハーフと間違われそうな端正な顔立ちに長い金髪、傍目から中学生とはとても思えない均整の取れたスタイルを持つ美少女だ。彼女こそは何を隠そう、この麻帆良学園の女子中等部に通う正真正銘のお嬢様である。名を雪広あやかという。
「ええと……ルイズさんあなた、確かそのエヴァンジェリンさんの所に寝泊りしていると、前に聞いた気がするのですけれど」
「ええ。悔しいけどその通りよ」
「でしたら、何の仕返しかは存じませんが乱暴な事をするのはあまり感心しませんわね」
「わかってる。確かに私はエヴァに色々とお世話になっているわ。そこは否定しない。……でも!」
「でも?」
今度は立ち上がり、ルイズは拳を硬く握り締めた。
「それとこれとは話が別なの!」
ルイズと雪広あやかとの交流が始まったのは、意外にも結構古い。ルイズが麻帆良学園の図書室にて、日本語の勉強をしだした頃の事だ。
たまたま定期テストの勉強にと訪れていたあやかが、図書室でおろおろしているルイズを見つけたのだ。言葉が通じず困っていたルイズを見かねて、持ち前の委員長気質から声を掛けたのが始まりである。
それから、たまに会った時だけ勉強を教えたりという、なぁなぁのまま顔見知り程度の付き合いが続き、ルイズが日本語を覚えた後もなんやかんやで時々会えば話をするような間柄となっていた。
当然だがお互い連絡先の交換などはしていないし、ルイズの詳しい事情なども、あやかは知っている訳ではない。……のだが。
「もうね、とにかく私の話を聞いてよアヤカ!」
「はいはい、どういたしましたの?」
ルイズはあやかの気品のある仕草に自分の慣れ親しんだ貴族としての空気を感じ、さらには図書室での事など、とても親切丁寧に対応してくれたので大分心を開いていた。あやかの方もまた、ルイズの勉強熱心で努力家な所をしっかり見ていた為、好感を抱いていた。
ルイズが乗馬を得意とし、あやかも馬術部であるなど共通した趣味の話題で盛り上がる事もあったりして、つまりはこの二人、文字通りウマが合うのである。
そんな訳でこの日、特にやる事もなく、かと言って部屋でゲームしているのも何か気が引けたニートちょい手前のルイズは、麻帆良の街を散策中に偶然会った下校中のあやかを強引に喫茶店に引っ張りこんで、内に秘めていた日頃のストレス話を聞いて貰っていたのであった。
「……それでね、エヴァってば私の大事に取っといたお菓子ばっかり狙って食べちゃうしいつもいつもからかってくるし、私にはゲームは一日一時間とか言っておきながら自分は休みの日にずーっとしてるしこの前の夜なんてわ、わわわ私に対してあんな、あ、あああああんな事までして……とととにかくもー色々思い出すだけで……キィーーーーー!!」
「わ、わかりましたから落ち着いて下さい!」
なにやら色々と思い出して真っ赤なリンゴみたくなり、しまいには金切り声を上げるルイズに、あやかもちょっと引き気味だ。目を吊り上げてわめき散らす所とか、どことなく腐れ縁のツインテール少女を思い出してしまう。めぎゃーっと掴みかかって来ない辺りはまだ常識を弁えていると思うが。
「だから! いくら海より広い私の心でも、ここらが我慢の限界なの!」
「は、はぁ。一応その……事情はわかりましたが……それで、仕返しと言っても具体的にどうするおつもりなんですの?」
「そこよ」
聞かれる事を待っていたらしいその質問を受け、ニヤリとルイズが策士っぽい顔をして目を光らせる。まぁあまり似合ってはいない。
「まずはね、何をするにしてもエヴァの事を良く知らないと駄目だって事に私、気付いたの」
「はぁ」
「この前読んだ
「……。そ、そうですわね」
“昔の日本人も侮れないわね”等と紅茶を含みつつ知ったかドヤ顔でぶつぶつ言うルイズに、あやかもまた紅茶を啜って微妙な表情を誤魔化した。
「それでね、私考えたの。私は家に居る時のエヴァしか知らないわ。学校から帰って来るなり制服を脱ぎ散らかして、他に誰も居ないからって下着一枚でだらけてるエヴァしかね」
「あ、あのエヴァンジェリンさんが家ではそんなはしたない格好を……?」
「たまに全裸の時もあるわ」
少々サボり癖はあるが全体的に静かで大人しい(とあやかは思っている)クラスメイトの意外なネタバレ情報に、あやかは少々ショックを受けた。勿論この時点でエヴァに遠回りなダメージを与えてる事に、当然だがルイズは気付くはずもない。
「ですがその……ルイズさんが何をしようとしているのかはわかりませんが、家の中でそんなにその……隙だらけな格好なのでしたら、こう言っては何ですが、その時に仕返しとやらをすれば」
「ええ、勿論やったわ。返り討ちにされたけど」
「……」
その時は、ソファの上で横になってテレビに集中している下着姿のエヴァの背中に、ルイズが氷でもくっつけて脅かしてやろうとしたのだが……背後に忍び寄った瞬間何故か糸のような物に引っ掛かってルイズはコケてしまい、偶然自分の服(芋ジャージ)の中に氷がインして逆にのた打ち回る羽目になったという。
「家の中じゃ悔しいけどエヴァの天下よ。それはもう身に染みて理解してるの」
「そ、そのようですわね」
「だからね……」
そこまで言うと、ルイズはその瞳に強き意思の炎を宿し、あやかを見据えた。
「お願いアヤカ。私にエヴァの通ってる学校の制服を貸して欲しいの」
「制服を……ですの?」
「そう。それを着て怪しまれないように学校に潜入して、エヴァの授業中とかの様子をじっくり観察するの。そうすれば何かが分かるかもしれないじゃない」
家の中では隙のないエヴァも、外でならばそれが綻ぶ部分があるかもしれない。ルイズなりの対エヴァ戦略であった。制服を貸して欲しいなどと、体型が多少似ているからと言って直接エヴァ本人に頼んでは、作戦を勘ぐられる恐れがある。
「それにね、私ホラ、日本の学校に興味があるの。みんながどんな授業してたりとか知りたいの」
「それは……確かにルイズさんは外国からの長期ホームステイと聞いていますし、その事にでしたら協力するのは吝かではありませんが……」
魔法学院のような魔法だ家柄だ、というしがらみに縛られない自由な校風。ここ麻帆良でよく見かける学生の姿や、友達のはやてから聞く日本の学校というものに、実はルイズは密かな憧れを抱いていたのであった。
そして、それを聞かされたあやかは思いっきり迷った。ルイズの日本の学校の中身を知りたいという目的にならば力を貸しても良い。だがもう一つのエヴァへの仕返しという目的の為に、果たして協力しても良いものかと。ルイズは友人だが、エヴァンジェリンだって大事なクラスメイトなのだ。
「お願いアヤカ! 私にはあなたしか頼れる人がいないの!」
「ううっ」
と、ルイズは瞳をうるませつつあやかの手を取り、両手でぎゅっと包み込む。ハルケギニアで培った大袈裟アクションの一つだ。あやかはその真摯な眼差しに露骨にたじろいだ。ルイズの力にはなってあげたい。しかし、クラスの委員長としてそれは良いのか。僅かな間に迷い迷った末に、あやかは。
「……じょ、条件がありますわ」
「条件?」
「ル、ルイズさんのお気持ちはわかりました。ですが、そのエヴァンジェリンさんもまた、私にとって掛け替えのないクラスメイト」
「……」
「だから……決して傷付ける様な真似だけはしない……と、約束して頂きたいのですわ」
ルイズの期待に答える。エヴァも守る。両方やらなくっちゃぁならないあやかが自分なりの誠意を見せた、ギリギリの妥協点。
言われて、ルイズはあやかの曇りなきまなこを覗き見る。そこにあるのは。ただのクラスメイトでしかない筈のエヴァの身を案じるその心は。
紛れもなくルイズの良く知る、疑う余地もない程の貴族の心であった。理不尽を許さぬ気高き精神であった。ならばルイズに、その条件を断る理由などない。
「……。わかったわアヤカ」
「よ、よろしいんですの?」
「私だって、別にエヴァを傷付けたい訳じゃないわ。…………ただ弱みを握ってぎゃふんと言わせたいだけなの」
「ルイズさん……わかって頂けましたのね!」
ルイズの言葉の後半を、あやかはさらりと聞き流した。その部分はこの場に必要のない余計なノイズとして脳に処理されたのだ。ノリだけで騒ぐクラスの委員長という役職は、些細な事を気にしていてはやっていけないのである。
そして貴族としてのシンパシーが二人の間を駆け巡り、見つめ合うルイズとあやか。二人の間にあるのは同じ思いを共有したという事実であり、お互いがお互いに心動かされたというたった一つの真実なのだ。
「改めて言うわ。あなたの力を貸して! アヤカ!」
さらにそこへ、ダメ押しのルイズの一言が決まる。がたっと二人して席を立ち、テーブルを挟んで手を握り合うルイズとあやか。何故かあやかの目には涙まで浮かんでいる。最早この場に二人の邪魔をするものは居ない。如何なる人間の侵入をも許さない固有結界が、そこには張られていた。
「ええ、ええ。わかりましたわ! ここまでされては引き下がるなんて出来よう筈もありません! 不肖、雪広あやか。ルイズさんの友達として、精一杯尽力させて頂きますわ!」
「ありがとうアヤカ!」
「良いんですのよ。困ってる人を助けるのは当然ですもの!」
何という高潔なノブレス・オブリージュの精神。キラキラと、演劇チックに背景には薔薇やユリの花が咲き、そこだけ違う空気に包まれるルイズとあやかの周囲。
訳の分からないまま、取り敢えず万雷の拍手を送るのは店に居る他の客達である。
のめり込んだ世界の中で芝居掛かったお喋りに花を咲かせ、彼女達二人が現実へと帰還したのは、それから30分後だったという。
そして、それから三日後のエヴァの家。
時刻はAM07:45。
「ではルイズさん。私とマスターは学校へ行って参ります。もしも出掛けるのでしたら戸締りをお願いします。お昼は台所にカレーがありますので」
「はぁ面倒くさい……なんで私が毎日毎日学校に行かなければならんのだ。全く忌々しい呪いめ……」
「いってらっしゃーい」
心底だるそうなエヴァと正確無比な足取りの茶々丸の背を、毎日の日課のように見送るルイズ。いつもならこの後朝食を取り、朝の連続テレビ小説を見て情報バラエティ番組を梯子しつつゲームか二度寝の二択なのだが、この日は違う。
「登校中にも、ひょっとしたらエヴァの弱みに繋がる何かがあるかもしれないわ」
ルイズは素早くクローゼットの深くに隠しておいた紙袋をがさがさと持ち出す。そして中からあやかに借りたサイズぴったりの制服を取り出し、着替えを始めた。
全体的に赤を基調としたブレザーにチェック柄のミニスカート。黒のハイソックスにおニューの革靴。多少改造した格好をする女生徒も居るが、ほぼオーソドックスな麻帆良女子中等部の制服である。髪型は特に変える事なく、軽く整えるのみのふわふわピンクブロンドのままだ。
「よし、これで今の私はトリステイン魔法学院のルイズじゃないわ。麻帆良学園中等部に通う、只のルイズ・フランソワーズよ!」
小物としてあやかから渡された学生鞄も引っ張り出して準備完了。どこから見ても立派な麻帆良女子中等部の生徒へと、ルイズは変身を遂げたのであった。全身鏡の前でクルリと一回転し、自分の姿を確認すると、なんだか非日常的な感覚に包まれ若干ウキウキなルイズである。
だが目的を違えてはならない。これは復讐への第一歩であるのだ。玄関から顔だけ出し、周囲に誰も居ない事をしっかりと確認して、そろりとログハウスからルイズは出て行く。勿論茶々丸に言われた戸締りは忘れていない。
「ふっふっふ、今に見てなさいよエヴァ。あんたの秘密を丸裸にしてやるんだから……!」
今、ルイズ史上最大の作戦が始まる………………かもしれない。
続くの?