エヴァとルイズのグダグダな生活   作:ゆっけ’

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リハビリとか


ルイズと深夜の吸血鬼

 それは、月の綺麗な夜の事だった。

 

「結構遅くなっちゃったわね……」

 

 既に深夜と言える時刻の中。

 時折雲の隙間から覗く月と間隔の開いた電灯の明かりを頼りに、ルイズは家路を急いでいた。明るい時はさして気にならなかったその道も、暗いというだけで漠然とした恐怖心をやけに煽ってくれている。だからだろうか。自然と今日の事を何度も何度も反芻するように思い返す。

 

「あぁ、それにしても……今日は楽しかったなぁ……」

 

 この日、ルイズは珍しく麻帆良の外に遠出をしていた。はやてからたまには私達の家に遊びに来ないかと誘われていたのだ。お嬢様として育てられてきたルイズにとっては初の、友達の家に招かれるという一大イベントである。

 

「べ、別に……お、おお遅くなったのは……私のせい……じゃないし……」

 

 帰宅がこんな時間になってしまった言い訳のような独り言が、ついバツの悪さと共に出てしまう。

 当初、ルイズは夕方の7時には帰宅出来るよう、しっかりと計画を立て(させられ)ていた。同居人である茶々丸(メイド)が「初めての遠出」をするルイズに妙に世話を焼き、教科書程度の厚さになる「遠出のしおり」を作成して持たせていたのだ。行きと帰りの全てを網羅した完璧な一冊である。

 

 だがそこはしかし、ルイズにとってあまり馴染みのない公共機関。予定通りに帰りの電車へ乗れたは良いものの、遊び疲れとシートの暖かさでうたた寝をしてしまい、気付いたら全く見知らぬ駅まで乗り過ごしてしまっていたのだった。

 目を回してパニックになりかけたルイズが何とか帰ってこれたのは、しおりの最後にある「困った時に開けるべし」と書かれた袋とじトラブルシューティングのおかげであった。

 

「うぅ、やっと着いたわ……」

 

 ログハウスが見えてくると、電車で寝ていたとは言えドッと疲れが襲ってくる。ついでにこの後エヴァか茶々丸からお説教されるだろうなぁと思い、殊更に気が滅入るルイズである。

 それにしても電気が消えているせいだろうか。ログハウスからいつもと違う異様な圧迫感を感じてしまう。

 

「あれ……変ね。開いてる……?」

 

 ドアノブに手を掛けて、ルイズは違和感を覚えた。この時間、いつもなら茶々丸がしっかりと鍵を掛けている筈だったからだ。チェーンロックもである。

 一応自分を待っていてくれたのかと思うルイズだが、しかし家の内部から何か妙な雰囲気を感じる。暗くて足元が見え辛いが、ルイズは寝ている可能性もあるエヴァや茶々丸を気遣い、電気を付けず静かに室内に侵入する。

 

 その時、ルイズの頬をふわりと仄かな夜風が撫でた。

 

「風……?」

 

 もしかして、窓開けっ放しなのかしら。そう思ったルイズの中で、違和感が増大する。おかしい。こんな夜中に窓を開けるような事は、エヴァも茶々丸もしない。

 ルイズは足音を立てないよう気を付けながら、窓が開いていると思われるリビングに向かって……そこに居た人物に、目を奪われた。

 

「あ……」

「ん?」

 

 ルイズが発した小さな声に気付き、その人物が振り返る。

 月光を吸い込み夜風にたなびく金色の髪。男ならば誰しも三回は振り返ってしまうであろうグラマラスな肢体。

 今でこそだらけているが、これでも一応貴族としてパーティやお茶会等で様々な女性をルイズは見てきた。その目の肥えたルイズですら頬を染めてしまう程に、そこに居る女性の姿は美しく、かつ妖艶であった。

 

「……」

「……」

 

 目が合い、二人の間に緊張が走る。そう感じたのはルイズだけだが、それが良い刺激となった。頭を小さく振り、色ボケ思考を追い出して、キッと鋭く女性を見据える。

 見とれている場合ではない。まずはこの不審人物が何者であるかを問い質さなければならない。美人だからとて、不法侵入となれば許す訳には行かないのだ。

 

「だ……」

「何だ、今頃帰ってき」

「だ、だだだ誰よあなた!」

 

 ルイズは胸元のポケットから愛用の杖を抜き、カッコ良く突きつけようとした。だが残念な事にルイズの杖は携帯ゲーム機と一緒に肩掛けの鞄の中だ。最近はもっぱら背中の痒い所をかくのに使っており、本業など大分ご無沙汰の可哀想な杖である。

 そんな杖の在りかを思い出し、ルイズは咄嗟にへっぴり腰のファイティングポーズを取った。同じタイミングで何かを言おうとした女性がルイズのセリフと態度に驚いたような顔をしたが、ルイズ自身はその事に気付いていない。

 

「い、いい一体、こんな時間にこんな所へ何の用なのよ!」

「……」

 

 取りあえず何も考えずに捲くし立てた所で、ルイズは女性に対していくつかの仮定を脳裏に描き出す。一番可能性が高いのは泥棒だろう。良く見てみれば、目の前の女性は女怪盗と言ってもどこか通じる物がある気がする。美人なのもお約束だ。

 だが、それにしたってあのエヴァンジェリンや茶々丸がこの女性の侵入に気付かないとはルイズには思えない。

 

「フ……」

 

 そんなルイズの警戒に満ち満ちた態度に対し、女性は何か悪戯を思いついたような笑みを浮かべた。それがまた、あまりに魅力的過ぎて見とれてしまうルイズである。

 

「そうか。お前にはこの事を言っていなかったな。ルイズ」

「ななな、何で私の名前を!?」

「フフフ……」

 

 妖しく笑う女性に、ルイズは小さく後ずさる。この不法侵入者は自分の名前を知っている。その事がルイズの頭に悪い想像を抱かせた。

 そう、もしやこの女性は「暗殺者」なのではないかと。どこぞの機関が自分の事を調べており、何らかの事情で、ルイズは消される事になってしまったのではないかと。若干自意識過剰気味に。

 

「あ、あなたまさか、私を殺そうっていうの!?」

「殺す? いいや、そんな事はしない。私はそう……通りすがりの悪い悪い吸血鬼さ」

「きゅ、吸血鬼ですって!?」

 

 女性はどこか楽しげにしたまま、ルイズの様子を伺っている。吸血鬼という単語にルイズは明らかな動揺を見せた。

 ハルケギニアで吸血鬼というと、それは恐怖の象徴だ。最悪の妖魔とも称される人類の天敵である。ここはハルケギニアではないが、吸血鬼が恐ろしい存在であるのは同じ筈だ。

 

 ちなみにエヴァも吸血鬼だとルイズは聞いているが、彼女は太陽の下でも動けるし流れる水も渡れるし鏡にも映るし十字架も怖がらないしニンニクも食べられなくはないため最近はあんまり信じていない。

 

「そういう事だ。さて、私の姿を見てしまったからには……」

「ど、どうするっていうのよ!」

「決まっているだろう。お前の血を頂こうか」

「ええ!?」

 

 女性の瞳が妖しく光ると、その中に吸い込まれるような錯覚を覚え、ルイズは体が硬直する。一歩一歩静かに近付いてくる女性の放つ蠱惑的な空気に完全に呑まれてしまい、それ以上強気に出る事が出来ない。

 気が付くと、女性は既にルイズの目の前にまで迫っている。そしてそっと女性は、その細い腕を伸ばして。

 

「フ、前々から思っていたが……」

「ひぁ……」

「お前は……キレイな肌をしているな。ルイズ……」

「ん……んん……っ」

 

 滑らかな女性の指が、ルイズの頬から首筋、鎖骨にかけてをゆっくりと、淫らに撫でる。それだけで、ぞくぞくとした底知れぬ快感がルイズの背筋を突き抜けた。

 まるで今ので、全身の力が抜かれてしまったかのようだ。足ががくがく震えてまともに立ってすら居られなくなる。

 

「は……ぁぁ……」

「どうした、抵抗しないのか?」

「……ぁ、や、止めて……」

「フフ……断る」

「あっ……!」

 

 今度は逆に、鎖骨から喉元へ。そしてさらにルイズの整った顎のラインを、つぅと女性の指が撫で上げる。指先が僅かに唇に触れた瞬間、ルイズの体がビクンと大きく跳ねた。

 思わず足腰が砕けて座り込んでしまいそうになり、けれど女性がそんなルイズの腰をしっかりと強く抱き止める。女性の甘い息が、ルイズの耳に掛かる程の密着状態となる。

 

「ふぁ……」

「さて、頂くとしよう」

「や、やだ……」

「なぁに痛くはない。ほんの少しチクリとして、後は気持ち良いだけだ。さぁ私にその身を委ねろ、ルイズ」

「や、や……」

 

 女性の口元に、紛れもない吸血鬼の証である鋭く尖った犬歯が覗く。ルイズは抵抗したい。女性を突き飛ばしたい。

 しかしがっちりと強く腰周りを抑えつけられ、耳元で脳髄を溶かすように囁かれると、もう完全に身体に力が入らなくなってしまってそれも出来ない。

 

 ーーーーもう、駄目。

 

 震えるルイズが、首筋に来るであろう痛みと押し寄せるかもしれない未知の何かに供えてぎゅっと目を瞑ったその時。

 

 

 

 

 

「マスター、そろそろです」

 

 ログハウスのリビングルームに、電気の明かりが付いた。

 

「ん、何だもうそんな時間か。今日は長めだったな」

「……ぇ……?」

 

 ルイズの体が不意に軽くなった。女性が抱き寄せていたルイズの身体から離れ、立ち上がったのだ。

 ルイズがぺたんとその場に座り込むと次の瞬間、ポンと軽い音が鳴って目の前の女性が煙に包まれる。そこには、とてもよく見慣れたこの家の主の姿があった。

 

「……え、エヴァ? い、今の吸血鬼はど、どこに……?」

「何だ、気付いてないのか。今のは私だ私」

「え、えぇー!?」

 

 エヴァンジェリンの背後では、廃熱機構付きナイトキャップを被った寝間着姿の茶々丸が、溜め息を付く素振りをしつつ手際よく窓を閉めて施錠している。

 

「お前には言ってなかったがな。今日みたいな月の出ている日には、僅かな間だが封印が弱まり瞬間的に魔力が戻る事が極稀にあるんだよ。それで少々夜空の散歩をな。ああ、さっきまでの姿は、久しぶりに使った幻術さ」

「な、ななな……」

「まぁそこへ丁度お前がのこのこと帰宅したんでな。私だと気付いてないようだったから、ついでにお仕置きをしてやろうかと思ったんだが……」

「っ!」

 

 ルイズの頬が、徐々に真っ赤に染まっていく。その原因は何かというと、少し怖かったのもそうだし、思うように弄ばれた事に対する悔しさもそうだ。

 だがその中で最も大きいのは、ちょっとというかかなりというか、気持ち良くなくもなかった所を思い切り見られてしまったという羞恥心である。

 ルイズとしてはそこには絶対に触れて欲しくないのだが、それを見抜けないエヴァンジェリンではない。

 

「くくく、それにしても……どうしたルイズ、随分と“らしく”なかったじゃないか」

「な、何がよ……!」

「とぼけても無駄だ。お前、たったあれだけで……感じていたな?」

「ち、ちちっち違っ」

「ハッハッハこの私の目は誤魔化されんぞ」

「こ……ここここの、馬鹿ーーーー!」

「おっと」

 

 ルイズが顔を真っ赤にして投げた鞄をエヴァンジェリンはひらりと避け、その後ろで予測済みかのように茶々丸がキャッチする。

 

「クックックそうかそうか。隠さなくても良いぞルイズ。敏感なのは悪い事じゃない」

「だから違うって言ってるのよーーー!」

 

 とまぁ、深夜になっても姦しいエヴァンジェリンのログハウス。遊び疲れに暴れ疲れが重なったルイズがエネルギー切れで眠りに落ちるのは、この10分後である。

 ちなみにルイズのこの日の痴態はしっかりと茶々丸搭載の赤外線アイにより、内臓HDDのルイズフォルダに一部始終が録画されているのは、やっぱり言うまでもない。


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