エヴァとルイズのグダグダな生活   作:ゆっけ’

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ルイズと愉快な2-A達

「……」

 

 微かに震える手でリモコンを脇に置き、ルイズは溜息をついた。今朝エヴァンジェリンと茶々丸が学校に出かけた後から、一心不乱に打ち込んでいた文化研究。それを今、一段落させたのだ。勉強熱心なルイズと言えど、朝から昼過ぎまで続けていれば、流石に集中力が切れる。

 

「……」

 

 本日の研究テーマは、“この世界における親子の絆とはどういった形が一般的か”というものだ。あらかじめエヴァンジェリンに参考になりそうな話はないかと聞き、その助言通りの”作品”を鑑賞していたのだが……正直、エヴァに聞いたのは失敗だったと今、ルイズは思っていた。

 

 エヴァから勧められたのは、“見ると一週間以内に死んでしまう呪いのビデオに何とかして抗おうとする親子の話”である。ハッキリ言って、怖かった。それはもうチビッちゃうかと思うくらい超怖かった。まさか最初からこれほどのホラーを進めてくるとは。それでも途中で視聴を止めずに最後まで見たのは、作品自体が怖さ抜きで面白かったからだろう。

 

 そして当然今のルイズの格好は、頭から隙間なく毛布を被って体育座りをした、座敷童のような出で立ちだ。全ては作り話であり、現実に有り得る訳が無い子供騙しだとルイズは理解している。してはいるが、ルイズとてやっぱり怖いものは怖いのだ。

 

「……」

 

 ちょっとだけ動作を引き攣らせながら、恐る恐る背後を振り返ってみるルイズ。当たり前だが、自分以外誰も居ないログハウスの中はしーんとして物音一つ聞こえない。しかし気のせいか、何だか誰かに見られているような。一旦気になってしまうと、どうしても目に見えない何かが居るんじゃないかという気がしてしまう。

 

「そ、そうだわ。か、返して来ないと……」

 

 恐怖を追い払うかのように思い立ち、ルイズは緩慢な動作で“でーぶいでー”をレコーダーから取り出した。ウィィンという音にすら何だかいつもと違う怖さを感じつつ、取り出したディスクを指定のケースにキッチリしまう。そしてそれをビニール袋とは異なる丈夫で妙な手触りの袋に入れると、次に洗面所に行き、ルイズは最低限の身嗜みを整えだした。

 

 ギシギシ鳴る床や鏡の隅っこに妙なものが映らないかとちょっとだけビクビクしながら、いつもの外行き用の格好に着替えていく。ルイズは特に髪などがとても目立つので、深めに帽子を被り、なるべく人目につかないような地味な格好にである。

 

「……こんなものね」

 

 着替えを終えたルイズは、“でーぶいでー”を入れた袋を持って外に出た。何だか背後が気になって、玄関に着くまで微妙に駆け足になったのは秘密だ。そして、出てみた外はとても気持ちの良い天気であった。日だまりポカポカで思わず鼻歌でも口ずさみたくなる陽気である。それによって恐怖心が若干和らいだルイズは、そのままテクテクと歩き出した。目指すはTSUT○YA。このような文化研究の為の資料を有料で借し出してくれるありがたい店である。

 

「あ」

 

 と、だが歩き出して直ぐにルイズは気付いた。自分がお昼を食べていない事に。

 

「……コンビニでいっか」

 

 きゅるると可愛く鳴るお腹を押さえつつ、ルイズは決めた。このまま行けば、TSUT○YAへの通り道にいつもお世話になっているコンビニがあるのだ。そこで適当にスナックフードでも購入して、食べながら歩けば丁度良い。そうと決めたら何食べようかなー、と心持ち早足なルイズはつつがなくコンビニの前に到着して……ゾクリと、背筋を震わせた。

 

「……?」

 

 何か。言い知れぬ何かが、今自分の肩をトントンと叩いたような。いやいや、今日に限ってそんな事ある訳がない。だっていつも何も見えないし。何も聞こえないし。きっと先程見ていた恐怖映像のせいだろう。そうに決まっている。ルイズはまるで、見えない何かが自分の肩を掴んで必死に揺さぶっているような気がした。“見えない何か”。そう例えば……幽霊とか。

 

「……」

 

 一応、ルイズは自分の左右を振り返ってみた。当然のように、そこには誰も居ない。気のせいと言えば気のせいで十分に片付けられる。だがそうすると一体、今感じた悪寒は何だったのか。もしもログハウスの中に一人で居る時であれば、恐怖に負けて「ひゃあああ!」等と情けない悲鳴を上げていただろう。だが、今居るここは公共の場。公爵令嬢が、真っ昼間からそんな無様な姿を人前で晒す訳には行かない。ルイズは頭を二、三振ると、ダッと勢いよくコンビニの中に駆け込んだ。

 

「い、いらっしゃーせー……?」

 

 店員と一人居たらしい客からの“何だこの人”的な視線にちょっと安堵を覚えながら、ルイズは一息つくと何食わぬ顔でまず飲み物のコーナーに向かった。様々な種類の飲み物がしっかりと冷やされており、見やすい様取り出しやすい様に設計された棚から好みの物を選ぶのだ。そしてどれにするか決めて、丁度ルイズが手を伸ばしたその時だった。

 

「あ」

「え」

 

 最初から居た客がいつの間にか隣に立っており、その人物はルイズが選んだ物と同じものを手に取ろうとしたらしい。タイミングよく、二人の伸ばした手と手が触れ合ってしまったのだ。これで相手が男性だったらドキドキの出会いイベントとなったかも知れないが、生憎とその客は女性である。

 

「あ、その、どうぞ」

「……ども」

 

 ルイズが恐縮しながら先を譲ると、女性客はちょっとぶっきらぼうと言うか無愛想に小さく会釈して、選ぼうとしていた飲み物を取っていった。その女性客の容姿と言えば、ちょっと目がキツめでメガネをし、今のルイズに負けず劣らずのかなり地味な格好をしている。何とも幸薄そうで、まるで自分の世界だけに引き篭りたいかのような雰囲気すら垣間見える。気のせいか影が濃く見えるのは、先ほどまで見ていた映像のせいだろうか。

 

「やっぱり、コレって売れてるのかしら」

 

 女性が去っていくのを見届けてから、ルイズは一つ分奥まった所にある飲み物を取りだしつつそんな事を呟いた。手にした“ド○リッチ”という商品は、ルイズがネット巡回するようになってからファッションの参考にしているサイトの主、“ちう”がとても可愛い恰好をして「コレ美味しくて最近ハマってるんだ(はぁと)」と紹介していた飲み物なのだ。今の女性客も自分と同じ物を取るとは、ひょっとして同じサイトを見てたりして? 等と、荒唐無稽な事をルイズは考えつつ、レジに向かう。だがその時、傍と妙な事に気がついた。

 

「あれ?」

 

 おかしい。今しがた居た筈の女性客の姿がない。コンビニの自動ドアが開いたのは見ていないし、レジにも店員以外誰も居ない。ぐるっと店の中を見てみても、自分ひとりしか客がいないではないか。これは一体どういう事なのか。

 

「……ま、まさかね」

 

 一瞬、ルイズは先程の女性こそが実は幽霊だったのではないかと思ったが、引き攣った笑みを浮かべて直ぐにその考えを打ち消した。こんな風に考えるなんて、まださっきの影響が残ってるみたいね。全く、私ったら何を勘違いしたのかしら。そう、きっと勘違いよ。見間違いよ。最初から自分の他に客なんて居なかったのよ。そうに決まってる。……でも、一瞬だけ触った手は確かに人の肌の感触だったような。

 

「……」

「あざーしたー!」

 

 青い顔をしたまま色々と上の空でレジの精算をしたルイズは、何だか悪寒を感じるコンビニ前を素早くダッシュして通り過ぎた。店を出る直前に響いたジャー、というトイレを流す音と、そこから誰かが出てくるのには、全く気付かずに。

 

「ふう」

 

 何だか今日は日が悪いかもと思いながら、ルイズは唐揚げを串に刺したモノで腹を満たし、ぢゅぅぅと飲み物を啜りつつテクテク歩いていく。車道沿いの遊歩道に出て、ルイズは気分転換にこの麻帆良の街を改めて観察してみた。

 

「やっぱり色々ハルケギニアとは違うわ……」

 

 こうして歩く道は舗装されている。建物の構造も全く違うし、車や電車といったとても速い公共移動機関まで存在する。馬車やグリフォン等を使っていたハルケギニアとは、あまりにも掛け離れた景観だ。それに対し自分も、随分と慣れてきた感がある。内心苦笑しながら何度か道を曲がり、多少人通りも増えてきた所で、ルイズは先の方を歩く制服を着た女子二人に気が付いた。

 

「ホント、ごめんね木乃香。毎日朝ごはん頼んじゃって。大変だったらいつでも言ってよ?」

「もー、そんなんええって。アスナは新聞配達で忙しいんやから、ね」

 

 キャイキャイと、楽しそうに歩く女子中学生らしき二人。どうやら学校の下校時間と重なったようだ。まぁそれだけならば、この日本におけるごく普通の平和な光景として、ルイズがちょっと羨ましく思う程度で済んだだろう。問題はその前方を歩く二人の後ろを、付かず離れず後を付けている少女が居る事にルイズが気付いてしまったという事だ。

 

(あの人……もしかして……)

 

 先程からあの二人組と自分は同じ方向に向かっているが、道を曲がっても必ずあの少女が二人組の後をピッタリと付いて来ている。二人組の視界に入りそうになると、サッと電柱の影に隠れたりして、決してバレないように。後ろからわかる少女の見た目は、髪をサイドテールにし、何やら長い棒を布で包んだような物を大事そうに背負っていた。そして曲がり角で一瞬だけ、とても鋭い眼差しで二人組の少女を睨んでいるようにルイズには見えた。それに気付いた瞬間、ルイズはピンと来た。あそこに居る二人と、そして尾行している少女の関係が、一体どのようなものなのか。

 

(そうか。きっとあれがこの国で凶悪な事件を起こすと名高い……“ストーカー”ってやつね)

 

 そう、恐らくはあの二人組の少女の片方に、あの長い布袋を持った少女は性別を超えて恋をしてしまったのだ。そして、想い人の隣を歩くもう一人の方を疎ましく思っているからこその、あの鋭い目付きなのである。先程から観察した所によると、どうも先を歩く二人組の内、明るい髪色のツインテールの方が身振り手振りから若干男勝りな印象を受ける。あの手のタイプは女からもきっとモテるだろうから、十中八九彼女が尾行少女の本命と見て間違いない。

 

(そうだとすると……) 

 

 もう一人の長い黒髪の方が、尾行少女にとっては目の上のたんこぶ的お邪魔虫なのだろう。そしてきっと最後には、どんよりとした曇り空の下、どこかの建物の屋上であのツインテールの少女に刃物を向け、涙ながらに「あなたが私のものにならないなら、あなたを殺して私も死ぬ」等と言いだし、少女同士の無理心中という朝刊の一面トップを飾る悲しい大事件にまで発展してしまうのだ。

 

(間違いないわね)

 

 完璧だ。非の打ち所のない完璧な推理だ。こんな少ない情報から、僅かな間にここまで彼女達の関係を看破してしまうなんて。自分の才能が恐ろしいくらいだわ。……と、まぁ今日もルイズの桃色の脳細胞は絶好調。迷探偵ルイズ・フランソワーズここに爆誕である。勿論今のは推理ではなく、ただの妄想・思い込みなのであるが、そんなのは極めて些細な問題なのだ。

 

(でもどうしよう……貴族として、止めるべきなのかしら……だけど……)

 

 気付いてしまったからには無視は出来ない。ルイズは迷っていた。あの尾行少女に、そんな非生産的で不毛な道は良くないと告げるべきかどうかを。だが、ルイズは彼女達とは全く何の関係もない。人の恋路に口出しするなんてそれこそ余計なお世話であるし、何よりいきなりこんな核心をズバリ指摘したら、あの尾行少女の心が打ちのめされてしまうだろう。だがしかし、やはりそれでも告げるべきであるのか。ああ、どうすれば良いの私。

 

「……」

 

 そんな風に半分自分の世界に浸っていたせいだろう。ルイズは、自分が前方の二人と尾行少女の後をしっかりと尾行してしまっている事に気付いていなかった。そして話しかけるべきかかけざるべきか迷っている内に、二人組の方は大きなマンションのような建物の中に入っていく。どうやら目的地に着いてしまったようだ。そしてそこで、ルイズはさらに驚くべき光景を目にしてしまった。二人の後を付けていたはずの尾行少女が、煙のように忽然と姿を消したのだ。

 

「うそ……き、消えた!?」

 

 まさか。メイジでもない普通の人間がそんな簡単に消える訳が無い。いやでも、実際に目の前で消えられてしまったし。ルイズは理解が追いつかない。一体、あの尾行していた彼女は何者だったというのか。少しの間考えて、そこに一つの可能性がルイズの脳裏に浮かび上がった。そう。ひょっとして自分は、重大な思い違いをしていたのではないか。

 

(あの子は……そうよ。きっともう、既にこの世には居ない存在だったんだわ……)

 

 あの尾行少女は、既にこの世のものではなかったのだ。先程のツインテールの少女に惚れていて、そしてきっとそれが未練となって、この世に未だ残留しているのだ。あの鋭い眼差しは、逆に想い人への慈しむ目線そのものだったのだ。そう考えれば辻褄があう。

 

「……」

 

 ルイズは目を瞑り、無言のうちに手を合わせた。恐怖心よりも先に哀れみの心が表に出たのだ。ブリミル教とは違うこの国の風習。死者への鎮魂ならば、その国に沿ったやり方の方がきっと良い。心の中で、あの尾行少女にどうか安らかに眠ってくださいと唱える。すると何だか自分の気持ちも落ち着いていくような気がして、ルイズはゆっくりと目を開けた。そして、気付いた。

 

「そういえば……ど、どこかしら……ここ……」

 

 今、自分の周囲は見た事もない景色である。TSUT○YAへの道から大きく逸れ、全然知らない道の真ん中にポツンと立っているこの状況。ルイズはそのプライドから出来れば認めたくないが、認めざるを得ない。今の自分の置かれたこのシチュエーションは、紛れもない……迷子だ。

 

「まずいわ……」

 

 以前にも一度、ルイズはこの麻帆良で迷子になった事がある。その時は交番で半泣きになっていたルイズを、一応保護者的立場にあるエヴァンジェリンが迎えに来たのだが……その時のエヴァの楽しそうな表情と言ったら。それ以後しばらく、事ある毎にからかわれた事がルイズの脳裏にフツフツと蘇る。こんな時のために一応携帯電話を持ってはいるが、もしも一度ならず二度までも迷子になったと彼女に知られたら。それを考えるとルイズは断固としてエヴァに助けを求める訳にはいかない。絶対にこの場は、自分の力だけで打開しなければ。

 

「こんな時は……」

 

 だが聡いルイズは、自分がこの辺の地理を全く知らないという事を知っている。無闇に歩き回る事が、どれだけ事態を悪化させる愚かな選択であるかという事もだ。だからそんなルイズの取る最善の行動はたった一つ。“エヴァ以外の人に聞く”。これである。この地球では皆平等という事を学んだルイズには、素直に人に聞くという選択肢が自然に浮かんだのだ。ビバ、コミュニケーション。まさに“聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥”である。

 

「誰か居ないかしら……」

 

 キョロキョロと僅かな焦りと共に周りを見て、ふと向こうから歩いてくる一人の女性がルイズの目に止まった。目を細めてのほほんとした、何とも穏やかそうな表情。スラリとした長身なのに出るとこの出た理想的バディ。どう見てもルイズより確実に年上だろう女性が、こちらの方へと歩いて来ている。よし、あの人だ。あの人に道を聞こう。

 

 そう決めると、ルイズは気合いを入れた。人に物を訪ねるのだから粗相のないよう、違和感のないよう、怪しまれないように細心の注意を払う必要がある。万が一異世界人だと知られたら、色々と面倒なのだ。大丈夫、この世界の常識は理解している。普通にいけばいいのだ。普通に。思い立ったが吉日とばかりに、ルイズは小走りでその女性に近付いていった。

 

「あ、あのぉ」

「? ……あいあい。拙者に何かご用でござるかな?」

(ござる……!?)

 

 のほほんと受け答えする長身の女性。こいつは流石のルイズも想定外だ。まさか自分以上に相手の語尾が常識外れだとは。ルイズは一瞬ヤバイこの人ちょっと変かも、と尻込んだ。だが即座に気を取り直す。自分から話しかけてしまった手前、何でもないですとは言いづらい。ここはこの糸目の女性が、話し方が独特なだけで中身は常識的である事に期待するしかない。

 

「あ、あの、私実はTSUT○YAに行きたいんですけど……ここからだとどう道を行けば良いのかわからなくて……」

「ふむふむなるほど、道に迷ってしまったという訳でござるな。確かにこの辺は少々入り組んでるでござるからなぁ」

「……」

 

 ござるござると語尾は変なものの、女性はちゃんと考えてくれているらしい。思ったよりまともに受け答えしてくれて、ルイズはホッと息を吐いた。やはり見た目とかで物事を判断するのは良くない事だ。偏見で人を推し量るなんて、貴族がするべき事ではない。女性の方は少しばかり何かを考えるそぶりを見せてから、にぱっとルイズに笑いかけた。

 

「そういう事なら、拙者がTSUT○YAまで案内するでござるよ」

「え、い、いいんですか?」

「なに、ここで会ったのも何かの縁。気にしないでござるよニンニン」

(ニンニン!?)

 

 有り得ない。有り得ない語尾である。だが“ござる”に“ニンニン”とくれば、流石のルイズでもこの女性の正体に想像が付く。考えてみれば先程歩いていた時、この女性は足音を全くさせていなかったような。気のせいかと思ったが、彼女がネット上で伝説のように噂される“アレ”であるならば、その事はむしろ納得出来る。これは是非、確かめる必要があるだろう。

 

「あの、ひょっとしてあなたって……」

 

 だがその時だった。穏やかな顔をしていた糸目の女性の顔が、一瞬だけピクリと険しくなったのだ。ルイズは自分の質問が気に障ったかと焦ったが、様子からすると違うらしい。それに今、何だか遠くの方から女の子の大声が聞こえたような。ふいとルイズが声の聞こえた方に顔を向けた時だった。

 

「むぅ……鳴滝姉妹に気付かれたようでござるな」

「え?」

「すまぬが童女よ、拙者訳あって追われる身ゆえ、同行する事が難しくなった。TSUT○YAならばここを真っ直ぐに行き、二番目の路地を右に曲がるとすぐでござる」

「あの……?」

「しからば拙者はこの辺で……御免!」

 

 ヒュン。ルイズの耳にそんな風切り音が聞こえた。最早、絶句である。ルイズは、目の前に居た筈の女性の姿が掻き消える瞬間をまたも目撃してしまったのだ。まさかまさか。先程の尾行少女と同様に、今の女性も消えてしまった。それも手が届くほどの目の前で。もう間違いない。彼女もまた、この世の者ではなかったのだ。

 

「……」

 

 今の女性は、まるで時代劇の世界から飛び出してきたかのような言葉遣いだった。という事は恐らく、相当に昔の人間だったのだろう。追われる身、と言っていたから、何か重要な任務中に命を落とし、それに気づかぬまま今もこうして現代まで彷徨っているのだ。そうに違いない。

 

「もー、楓姉はどこ行ったですかー!」

「このままじゃまた、散歩部恒例鬼ごっこボク達の負けになっちゃうよー!」

「……」

 

 思考に没頭しているルイズの耳には、自分の横を通り過ぎる双子の姉妹のそんな声など聞こえる筈もない。そうだ。思い返してみれば、今日はあの映像を見てから何かがおかしい。コンビニ、先程、そして今。そこに居たと思った女性が、三回も自分の周囲で姿を消したのだ。これはもう、そうだとしか思えない。ひょっとすると自分は、今握りしめているこの袋の中にある映像を見た時から……呪われてしまったのでは。

 

「いやぁぁぁぁぁ!」

 

 叫び声を上げて一目散に、ルイズは疾走する。一刻も早くこの“でーぶいでー”を返して来なければ。そして早く、この呪いを誰かに解いて貰わなければ。もう形振り構っていられない。ポケットの中の携帯電話を強く握り締め、半泣きになりながらエヴァンジェリンに助けを求めるルイズなのだった。

 

 ……その後、エヴァンジェリンに爆笑されたのはやっぱり言うまでもない事である。


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