エヴァとルイズのグダグダな生活   作:ゆっけ’

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エヴァとルイズのグダグダな春の午後

「エヴァ……どうしてもやるって言うのね」

「くどい。これはもう決まった事だ。邪魔をするならお前でも容赦しないぞ」

 

 ルイズの瞳は、決意に満ちていた。目の前で自分を冷ややかに見下しているのは、曲がりなりにもこの家に置いてくれている慈悲深い吸血鬼。だが、ルイズは断固として譲る気はない。己の守るべきものの為には、たとえ力及ばずともルイズは立ち塞がる。なくなりかけていた貴族としての誇りと共に。

 

「あたしは……絶対にここを動かないわ。動く訳にはいかないもの」

「……。そうか。残念だ。お前はもう少し賢いと思っていたが、どうやら私の買い被りだったようだ。覚悟はいいな」

「……」

 

 エヴァンジェリンが溜息と共に、ルイズの方に近づいてくる。ルイズは縮こまった。恐怖したのではない。自分の周囲を最強の防具で固め、徹底抗戦の構えを取ったのだ。決してエヴァンジェリンの蛮行を認める訳には行かないのだから。そしてエヴァンジェリンはルイズの真横まで来ると、彼女の身体の一部を覆い隠している最強の防具を掴み、引き剥がしにかかった。非力なはずのその力は、存外強い。

 

「いや! やめて! 離して!」

「ええい、我が儘を言うな! もう炬燵はしまうと言ってるだろうが!」

「いーやー! 私はここに住むのー!」

 

 ルイズは、立て篭っていた。ドン亀のように、炬燵から頭だけを出して。柔らかで肌触りの良い最強の防具、炬燵布団で首周辺という急所を覆ったまま。これでもかと両手で抑え付け、グイグイと引っ張るエヴァンジェリンに抵抗の意思を示す。

 

「私炬燵がないと生きていけないー!」

「子供か貴様は!」

 

 もう、季節は春であった。エヴァンジェリンの従者である茶々丸が買い物に出ていく前に、そろそろ冬用の設備は片付けようという話になったのだ。それに思いっきり嫌な顔をしたのが他ならぬトリステイン貴族のルイズである。この冬はほとんど毎日のように、この魅惑のマジックアイテムに身を委ねていた。最早これなしでの生活は考えられないくらいにまで、ルイズは入り浸っていたのだ。まさしく、ダメ人間だ。

 

「うぬ~~!」

「……フン、どうあっても抵抗するつもりらしいな」

「当たり前よ! 貴族はちょっとやそっとじゃ敵に背中を見せないんだからね!」

「……」

 

 どこの世に炬燵から頭だけ出して、偉そうに貴族の矜持を語る娘が居るのだろう。親の顔が見てみたい。エヴァンジェリンは呆れたようにそう思う。だが見た目に反してルイズの防御は硬い。炬燵は正方形だから別の辺から布団を剥がそうとしても、ルイズは素早い動きで頭を引っ込め、そちらからズボッとドヤ顔で飛び出すのだ。それはそれで見ていて面白いのだが、こうも抵抗されると流石にイラっとする。だからエヴァンジェリンは、無慈悲な奥の手を使う事にした。スタスタと、炬燵から離れていく。

 

「? ……諦めたの? ふん、どうやら私の勝ちのようね!」

「ククク……。お前は何か勘違いをしているなルイズ。私の辞書に諦めるなどという文字はない。ほうら、これが何だかわかるか?」

「な……それはまさか……!!」

 

 エヴァンジェリンが指を差した場所を見て、ルイズの顔が驚愕に引き攣る。そこにあったのは……コンセント。ルイズの炬燵から伸びる黒いケーブルが、そこにしっかりと差し込まれて電力を供給されている。そしてエヴァンジェリンはその文字通りの生命線たるケーブルを、問答無用でぶちっと引っこ抜いた。

 

「ああ!? そんなヒドイ! 何て事するのよ!」

「フハハハハどうだ、寒かろう!」

 

 急速に落ちていく炬燵の中の温度。温められていたルイズのお腹周りの空気が、急転直下で落ちていく。これでは炬燵の魅力は三割以下だ。いくら炬燵布団と言えど、全身を温める程の効果はない。

 

「反則よエヴァ! コンセント抜くなんて!」

「何とでも言うがいい。嫌ならそこから出ればいいじゃあないか」

「くぅ……!」

「どうしたルイズ、何故そんな顔をする。それがあれば生きていけるのだろう? んん?」

「むぅ~……!」

 

 お腹が冷える。春とは言っても今のルイズは炬燵専用装備。要は薄着なのだ。暖かいのは布団に包まれた首周りだけだ。このままでは遠からぬ内にお腹がゴロゴロ鳴り始めるかもしれない。場合によっては風邪まで引いてもおかしくない。ルイズは唸る。何か、何か手はないのか。コンセントの先をくるくると振り回し、悠々と見下してくるエヴァンジェリン。この吸血鬼に何とかして、一矢報いる術はないのか。

 

「……わかったわ。エヴァ、取引をしましょう」

「ほう」

「冷蔵庫に入ってる私が取っておいたプリン……コンセント戻してくれたらあげるわ」

 

 ルイズ苦渋の決断である。日本に来て、その食感と甘さと美味しさによって一瞬で虜になったプリン。あのプチっとお皿に落とすとプルンと震える至高のお菓子。だがそれも、炬燵と引換ならば惜しくはない。貴族には時に大胆な決断も必要なのだ。けれどそれすら見越していたかのように、エヴァンジェリンは黒く笑う。

 

「フ、あのプリンはお前のだったか。しかし残念だったな。それはもう既に私の腹の中だ」

「な……!?」

「気付かなかっただろう。お前はほとんどそこから出ずに居るからな。先程茶々丸が外に出た隙に、台所でペロリと頂いたのさ」

「そんな……あんたってヤツは……どこまで……!」

「ククク、私が憎いかルイズ。悔しいかルイズ。だがお前はそこにいる限り、私を殴る事すら出来ないんだ」

「うぐぐ……」

 

 こっそり楽しみにしていたプリンすら、エヴァンジェリンに食われてしまった。この無常なる現実にルイズは憤慨する。だがしかし、その憎き相手は射程外。ルイズの極めて狭い手の届く範囲になど入って来る訳が無い。

 

「ハッハッハ! そこで指を咥えて見ているんだな! 次はお前が棚の裏に隠しておいたチョコパイを、一つ残らず平らげてやろう!」

「!! いやーそれだけは止めてー!」

 

 たまらずルイズは飛び出して、エヴァンジェリンに掴みかかった。この時点で勝負あり。紛れもない邪悪であるエヴァンジェリンによる人質作戦。卑怯な戦法の前に、ルイズはその身を曝け出すしかなかったのであった。

 

 その後、取っ組み合ってドタバタ散らかしている二人に対し、帰宅した茶々丸が無表情のまま小言を言う所までがこの家の日常風景である。


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