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放課後になっても、まとわりつくような視線は消えることはなかった。それどころか事態はさらに悪化を辿る一方だった。どこ吹く風のわたしがお気に召さないようで、明確な悪意を込めて、ひそひそと、そしてわざと聞こえるような声量でそれをわたしにぶつけてくる。
「まさか、ねぇ……」
「趣味悪いよねぇ……」
「というかあの子って葉山先輩狙いじゃないの?」
「何股かけるつもりなんだろうね、最低」
「男なら誰でもいいんじゃないのー?」
「というかよりにもよってアレとか……さすがに、ねぇ?」
以前に、どこからか流れてきた“二年の最悪な先輩”の噂があった。当時はへー程度で済ませてしまうくらい微塵も興味がなかったのだが、奉仕部と関わりができていくうちに城廻先輩からそれとない話を聞かされたことがある。
具体的に何があったのかは詳しく聞かされなかったが、城廻先輩は奉仕部の人間が文化祭実行委員にいたということと、文化祭実行委員同士がいろいろあってちょっとだけ揉めちゃった、と濁した言い方だった。
気遣ったように「あの時は大変だったんだよー」と言う城廻先輩の言い方から察するに、きっと何かどうしようもない確執があったのだと思う。城廻先輩ですらこう濁すのだから、奉仕部で聞いたところで教えてくれるはずもない。平塚先生に聞いたとしても結果は変わらないだろう。
その噂は、去年の文化祭が終了した直後あたりに耳にした気がする。当時一年だったわたしの耳にも入ったくらいなので、二年生の人たちはほぼ全員がその噂を知っていたのだろう。
だが、人の噂も七十五日、という言葉があるように今となってはもうほとんどの人の記憶から消えかけていると思う。実際、ここ最近は耳にすることはなかった。
あの時と違い、今はせんぱいと関わりができている。奉仕部の二人と比べれば少ない時間ではあるが、わたしなりに見てきたつもりだ。だからこそ、その噂の張本人がせんぱいだと不思議と納得できてしまう。やり方はどうあれ、誰よりも優しい人だから、それによって誰かを救ったのだと思う。
そして、わたしの今置かれている立場と状況はその時のせんぱいと同じようなものだ。ただ、どうしようもない確執があるわけでもないし、誰かを救うためだとか、そんな綺麗な理由が背景に隠れているわけでもない。今、この状況の背景にあるのは、わたしが招いた仕方のない理由だけだ。
そして、主な攻撃対象はわたしなのだと思う。なぜなら、対象の片方は攻撃する必要性が一切ないからだ。あるとしても、去年の噂を口実にして叩いているだけに過ぎないおまけみたいなものだろう。
普段から隠していた悪意をぶつけるにはまたとないチャンスだろう。悪意をぶつけたい輩と便乗しているだけの輩の比率は前者が五、後者が三くらいだろうか。残りはそもそも敵意どころか興味すらない人間や、男子ばかり。
つまりは、わたしに明確な敵意を持っている大半は女の子ということだ。わたしだけなら問題はない。こうしたものは以前からとっくに慣れている。取り繕ったところで、隙があれば再び牙を剥くだけに過ぎない。だからこそ、対処は心得ているつもりだ。
でも、今回は違う。
――その悪意によって大切なものが傷ついてしまう、だからわたしは見過ごせない。
生徒会室の鍵を借りるために職員室を訪ねると、中に平塚先生がいたので声をかけ、用件を伝える。
平塚先生は「今日は休みではなかったのか?」と聞いてきたが、濁すように「ちょっとありましてー……」と返す。すると、何かを察してくれたのか「まぁ、頑張りたまえ」と一言だけ告げて鍵を渡してくれた。やっぱりいい人だなー……なんでこの人結婚できないんだろうなー……。
今日は何もなければサッカー部にそろそろ顔を出そうかなー、などと考えていたのだが想定より悪化の速度が速い。ツイッターなんかで拡散されていてもおかしくはない速度だ。
つまり、わたしの学年だけでここまで悪化しているということは、既に別の学年でも噂を知っている可能性が非常に高い。だからこそ、これを利用しよう。以前にもそうした噂が流れた時に、間違いなく心を痛めているはずだ。そして、事実確認をしたいとも思っているはずだ。
――行動は早いほうがいい。
以前、奉仕部に依頼した時に連絡先を交換しておいたことが役に立つ時が来た。
生徒会室の鍵を開け、椅子に腰掛ける。そして、ポケットから携帯を取り出して慣れた手つきで文字を入力する。女子高生らしくもない簡易な挨拶と用件のみで、顔文字や絵文字、デコレーションは一切しない。これは遠まわしにただごとではない、急いでいるという意味を含めるためだ。
わたしは一度、大きく息を吸い込み、吐き出した。そして、震えそうになる手で送信のボタンを押した。
これでもう、元には戻れそうにない――必ず来てくれる、そう確信していた。
携帯をしまうことなく机に置いて眺めていると、メールを受信したという通知が画面に表示されたので、内容を確認する。
『わかった』
わたしは返信をせずに携帯をポケットにしまい、視線を窓の外に移して景色を眺めていると、扉をノックする音が響いた。
「どーぞー」
そして開かれた扉から現れたのは、明るい髪色をしたお団子ヘアの、よく知る人物だった――。
区切りの関係上
どうしても短い話の部分がでてきてしまうんですよね。
そこはご了承願います。
今更ですが、一章を5~7話程に収める為に
3話はあの長さになってしまいました。
残り2~3話程度にて第二章となります。
先日遅れた分のお詫びって訳ではないですが早めに翌日分、後に投稿しておきます。
※行間とか色々今の雰囲気に近づけました。