斯くして、一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん

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C#02

  *  *  *

 

 あらかじめ決めておいたコース通りに、各アトラクションを巡っていく。わたしのせいで若干ぐだついてしまったものの、それでも今のところは順調に回ってこれた。そうして今、さてさて次はとスペースユニバースマウンテンの待機列目指し、二人並んでとてとてだらだらと歩いている。

「なんか、懐かしいな」

 あちこちから聞こえてくる談笑の中に、ぽつりと聞き慣れた呟き声が交ざった。感慨に耽るような口ぶりに釣られ、わたしの口元にもうっすらとした笑みが宿る。

「今年は恋人として、ですけどね。去年と違って」

「当時の俺にそれを言ったところで、間違いなく信じないだろうな……」

「そんなの、私も同じですよ。絶対ないないって否定すると思いますもん」

 わたしは、せんぱいと。

 せんぱいは、わたしと。

 お互いに想像もつかなかった現在の状況に、二人揃って改めて微笑を漏らした。

 ただ、つないだ手から伝わってくるじんわりとした温もりは、確かな感触と共にある、まぎれもない“本物”で。

「……ん」

「なんか今日はやけに甘えてくんな、お前」

 絡めた指を何度もにぎにぎと動かしていると、せんぱいは困ったような顔をする。けど、その口元はかすかに綻んでいて。

 ……時間、まだ余裕あるし、もっと甘えちゃおっかな。

「せんぱぁ~い」

「なんだよ」

「んっ……」

「待てや」

「はうっ」

 目をつぶってキスのおねだりをしたら、おでこをぐいっと押されてしまった。

「……だからなんでそうなるんですかー」

「いやそれ、俺のセリフだから……」

「別に減るもんじゃないのに……」

「減るわ。主に俺の精神力がごっそり減るわ」

「そこはほら、わたしへの愛でなんとか」

「ならん」

「ぶー……」

 ほっぺたに空気を溜め込んでむくれてみたものの、むくれてもだめと言いたげに首を横に振られてしまった。

 ……よっきゅうふまーん。

「はぁ……」

「……せんぱぁい」

「…………」

「ううー……」

「……いろは」

「はいっ!」

「我慢しなさい」

「ふえぇ……」

 鬼! 悪魔! わたしが今どんだけ甘えたくなってるか知ってるくせにー! そんな意味を込めつつ甘えたいオーラを全開にして、瞳をうるうるとさせる。

 そのままじーっと見つめながら、つないだ手をくいくい引いていると。

「………………せめてもうちょい後でにしてくれ」

 数秒の空白の後、せんぱいがため息交じりに一言付け加えた。それを聞いたわたしは一気にテンションが跳ね上がり、ずいっと顔を近づける。

「ほんとですか? 約束ですよ? 絶対ですよ?」

「わかった、わかったから……」

 一転して目をきらきらと輝かせているわたしを、せんぱいが呆れ交じりに右手で制す。その普段と変わらない優しさが、いつだって安心させてくれる。これから先も壊れないと信じられる当たり前が、いつだって喜びで満たしてくれる。

 ――そして。

「……ったく。ほんと、しょうがないやつだな」

 そんなわたしを見たせんぱいは、いつだって優しく微笑みかけてくれる。

 だからわたしは、いつだって全開の笑顔でいることができる。

「えへへ……。はい、わたし、しょうがないやつですー……」

 ……よしっ! スペマン乗った後はいっぱい甘えて、いっぱいぎゅーってしてもらって、いっぱいキスもしてもらっちゃおーっと!

 

  *  *  *

 

 ……そう考えていた時期がわたしにもありました。

「うえ……」

「ほんと大丈夫か、お前……」

 ふらふらとする足元を必死に支えながら、なんとかスペマンを降りる。高速でぐるんぐるんぶん回され、今はハグとかキスどころじゃないどうもわたしです。

 ……何これやばい。ていうか今日に限ってなんでこんな。

「せんぱい……わりとガチで介抱してください……」

「とりあえず、そこまで歩けるか?」

「はいー……」

 促され、出口付近に設置されているベンチに二人横並びで腰を降ろす。あー……おねだりのタイミング完全にしくっちゃったなぁ。

「んじゃ、なんか飲み物買ってくっから待ってろ」

 その言葉を聞き、心がざわついた。……せんぱいが、離れちゃう?

 いてもたってもいられなくなり、立ち上がろうと再び足に力を込める。

「あ、わたしも一緒に行きます……」

「いいから休んどけ。すぐ戻るから」

「……やだ」

 拗ねた口調で言って、左手でせんぱいの左肩をぎゅっと掴んだ。今日は、今日だけはちょっとでも離れたくない。ずっと隣でぴったりくっついてたい。

「いや、お前……」

「やだ」

 駄々っ子みたいに同じ言葉を繰り返していると、一体どうしたとせんぱいがわたしの顔を覗き込んできた。

 本気で心配する顔にはっとして、急いで首をふるふると左右に動かす。

「……あ、えっと、その、ちょっと休めば大丈夫になると思うので」

 一旦そこで言葉を区切り、今度は寄りかかるようにしてせんぱいの左肩にこてんと頭を乗せた。

「だから、このままがいい……」

「……はいよ」

 おねだりした挙句、わがままも言いたい放題。なのに、毎回毎回ちゃんと受け止めてくれる。一つ残らず受け入れてくれる。

 やっぱり、せんぱいはあったかいなぁ……。

 そう思った瞬間、胸の奥がきゅんきゅんしてきて、そこからくすぐったい温かさが滲み出してきて。

 こんな、ありきたりなやりとりが。

 こんな、ありふれた時間と日常が。 

 

 ――ほんと、幸せ。

 心にも身体にも染み渡っていく感情に、ただただ、目を閉じて、浸った。 

 

 

  *  *  *

 

 夢は、いつか醒めてしまうもの。必ず、醒めてしまうもの。

 それを象徴するように。また、物語るように。

 ゆっくりと、確実に、眩しく輝く太陽は、夢の国の遥か向こうに落ちていく。

 ただ、もし、もしも。

 お互いが、お互いに、その続きをと願うなら。

 それは、たぶん、きっと――。

 

  *  *  *

 

 朝からずっと心配していた空の機嫌は終始よく、風は冷たいものの、これといって強いわけではない。なので、パレード後の花火は予定どおり決行されるのだろう。未だ流れてこない中止アナウンスにほっと一安心して、今度はスプライドマウンテンのあるゾーンへ足を運ぶ。

「待ち時間、少ないといいですねー」

「……そうだな」

 他の大半の利用客は、パレードのために白亜城前の広場に移動し始めている。ただ、それでもアトラクション待ちは数十分から一時間近くかかるのが当たり前だ。つまり、移動を含めた混み具合によってはパレードに間に合わない可能性が出てくる。幸いなのは、広場にはまだ進路確保のためのロープは張られていないこと。

 ……お願い、どうか間に合って。心の中で縋るように祈り、ちょっとだけ歩調を速める。

「なぁ」

 やっとの思いでスプライドマウンテンの待機列に着くと、複雑そうな表情でせんぱいが声をかけてきた。

「はい、なんですか?」

「お前、どうして去年と同じ回り方にしたの」

「……さすがに、気づいちゃいますよね」

「そりゃルートまでまるっきり同じなんだから、逆に気づかんほうがおかしいだろ」

 広場で記念写真を撮った後は、カリブの海賊王に乗り、そのままブラックサンダーマウンテンのファストパスを取る。次はトゥモローネバーゾーン、ファンタジーゾーンと回っていき、合間合間に休憩をとりつつぶらつく。その後はいくつかの手頃なアトラクションを楽しみながらスプライドマウンテンへ向かい、最後はパレードで締めくくる。

 これが、わたしの考えてきた今日のコース。間違えるはずもない、去年とまったく同じ回り方。

「……今は何も言わずに付き合ってもらえませんか?」

「まぁ、いいけどよ」

「……ありがとです、せんぱい」

 これは、わたしの身勝手なわがままだ。

 どうしてそんなことに拘っているのか、なんて聞かれても、そうしたいからとしか言いようがない。

 けど、大切な瞬間がそこにあるから。

 だから、わたしは。

 

  *  *  *

 

 スプライドマウンテンを出た後は、パレードを見るために迂回して広場へ戻る。アトラクションを楽しんでいる間に結構な時間が経っていたので、間違いなくロープは張られてしまっているだろう。なので、人混みをかき分けつつ進むしかない。

 はぐれないように、恋人の手をぎゅっと握る。

「行きましょ」

「……おう」

 ディスティニィーランドの夜景を写真に収めるためにカメラを構える人や、パレード前の談笑に花を咲かせながら歩く人、そういった人たちが不規則に立ち止まるせいで案の定思ったように動けない。それでもと隙間を縫って、目的地である白亜の城前になんとか辿り着く。

「ふー……。ちょっと疲れちゃいましたね」

「さすがにな……」

 ちょくちょく休憩を挟んでいたとはいえ、立ちっぱなし歩きっぱなしが続いた後にこれじゃ疲労は隠せない。だが、へばっていられる時間はない。

 すーはーと深呼吸して、一拍。

「……せんぱい」

「ん?」

「わたし、今日、どうしてもここに来たかったんです」

 ぽつりとこぼすように言った直後、辺り一帯に機械音声のアナウンスが響き渡った。

 それは、パレード開始の合図。

 ただ、わたしにとっては、また一つ大人になるための、始まり。

「確かめたいことがあって……」

 聴き慣れた音楽が流れ始めると、周りからはわーわーと感嘆の声が上がった。けど、わたしは観衆に混じることなく、煌びやかなパレードを眺めながら静かに独白を続ける。

「せんぱいと付き合い始めてから、ずっと思ってました」

 ディスティニィーランドのマスコットキャラたち登場し、パレードを盛り上げていく。雰囲気に比例するように、わたしもまた別の高揚感が込み上げていった。

「去年とまったく同じ景色をせんぱいと一緒に見たら、わたしにはどう映るんだろうって……」

「……いろは?」

 わたしの様子の変化を感じ取り、せんぱいが心配そうに顔を覗き込んでくる。別に心配させたいわけでも、悲しませたいわけでもない。

 だから、わたしはかぶりを振って微笑みを返す。

「後ろからでいいので、ぎゅーってしててくれませんか?」

 つないでいた手を一度離し、半歩、距離を横に詰めた。

 返ってきた言葉は、ない。

 代わりに、優しい温もりが、そっと、わたしを包んだ。

「……やっぱり、全然違ったなぁ」

 去年見たイルミネーションは、ただ眩しくて、ただ綺麗なだけで。

 でも、今、目の前で輝いている光の波は、とても眩しくて、酷く綺麗で。

 去年感じた熱は、温かいはずなのに、どこか冷たくて。

 でも、今、感じている温もりは、誰よりも温かくて、なによりも優しくて。

 だから、それがわたしの答えなのだろう。

 交差している恋人の両手の上に、わたしは自分の両手を重ね合わせた。

 お互いに、何も言わない。

 そうしたまま、賑やかな時間の中で、穏やかな時間がゆっくりと流れていく。

 

 すると、打ち上がる音と共に、夜空には光輪の花が咲き始めた。色とりどりの光に照らされながら、わたしはくるりと後ろを振り向く。 

 クリスマスイブのディスティニィーランド、パレード後の花火、白亜城の前、作られた二人きりの時間。

 遠くて近い、過去と現在。結ばれなかった想いは、形を変えて。

「せんぱい」

「ん?」

 まるっきり、同じシチュエーション。

 けど、今抱いているこの気持ちは、あの時とは違う、確かな“本物”で。

 そして、わたしを愛おしそうに見つめる瞳が、聞くまでもなく、せんぱいの答えなのだろう。

 ――だから。

「大好きです……愛してます……」

 もう、何度目かわからない、背伸び。

 でも、いつだって、わたしの言葉も、気持ちも、心も、全部乗せて。

 すぐ近くには、わたしの最愛の人の、顔。

 すぐそばには、隣には、わたしの最愛の人の、温もり。

「せんぱいは、どうですか?」

「……いろは」

「はい」

「……俺も、大好きだ。愛してる」

「えへへ……。わたし、やっぱり、超幸せ者です……」

 

 祝福するように光の雨が降り注ぐ中。

 この瞬間、この時間を。

 世界から、切り取って。

 わたしとせんぱいは。

 そっと、抱き寄せ合ったまま。

 そっと、唇を寄せ合ったまま。

 もう一度、お互いの想いを確かめ合った――。

 

 最初は、存在を認識できないくらいどうでもいい人だったのに。

 けど、いろいろな出来事を経て、今じゃわたしにとってかけがえのない人になった。

 それは、間違いなく、この先も変わることがないだろう。

 だって、わたしが心から“本物”だと思えるのは、信じれるのは、ただ一人、たった一人だけ。

 

 だから、せんぱい。

 

 ――わたしをこんなにした責任、とってくださいね。

 

 

 

 

 




甘い話を書くつもりが、結局いつもの。
というよりも、書きたかったことへ繋げるためにやむを得ずという感じです。
なので、終始甘い話が続くと期待していた方には申し訳なく思います。

そして、本編、アフター合わせて本作品はこれで本当の完結となります。
連載を開始して約半年、ようやく終わりを迎えることが出来ました。

頭を悩ませながら文字を捻り出して、繰り返して、積み上げた結果、合計50話にもなるシリーズとなってしまいました。
それにもかかわらず、貴重なお時間を割いてお読みくださり、感想や応援のコメントを下さった皆様のおかげで成り立ってきた作品だと私は思っております。

上記も併せて、前も同じようなことを書かせて頂きましたがもう一度。
本当に、本当に、ここまでお読みくださりありがとうございました!

またどこかでお会いしましょう! それではー!

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