斯くして、一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん

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  *  *  *

 

 その日、材木座先輩の熱意にあてられたせいか、普段やらないことをやってみたくなった。なので、今は帰り道の途中にある本屋に立ち寄っている。……まぁ、わたしができることなんて限られてるけど。

 まずは趣味に関連する本が仕分けられているコーナーにある、パソコン、自動車、スポーツ、手芸、音楽、映画といったそれぞれのジャンルの中から、わたしでもできそうなものをいくつかチョイスすることにしよう。

 最初に、手芸の本を手に取ってぱらぱらとめくってみる。

 前に一度、『女の子らしさを可愛くアピールできるから』といったしょうもない理由から、手芸を始めてみようかと思ったことはある。ただ、道具や材料費といった金銭的な問題から、結局手をつけなかった。

 あ、この可愛いビーズのアクセサリーとか小物、超可愛い。……そうだ! これを作ってせんぱいにプレゼントしたら、喜んでくれるかな? それでそれで、同じものを作っておけばおそろいになって……。

 ……はっ! いけないいけない。うっかり妄想しちゃった。……んー、やっぱりコスト的に今はちょっと、なぁ。

 仕方なく本を戻して、今度は映画の本を手にして中を覗く。

 わたしが映画を観るのは話題づくりの一貫としてだったり、適当な男子とお出かけした時くらいなので、こういった映画の情報誌を意識して読むことはほとんどなかった。あっても、ただそこにあったので暇つぶしになんとなーく目を通してみたくらいしかない。

 ぱらぱらとページをめくっていくと、公開されている映画のリストが書かれているページに辿り着き、ふと冬にデートした時のことを思い出す。

 そういえばあの時は、映画を観るのをやめて卓球に切り替えちゃったんだっけ。じゃあもし、もしわたしがせんぱいの恋人になれたら、またデートした時にラブロマンスものを一緒に見て、いい雰囲気になって、そしたらそしたら……。

 ……はっ! あぶないあぶない。本気で妄想しちゃってた。……うーん、とりあえず見てみたけどあんまりぴんとこなかったし、映画はない、かな、うん。

 本を戻しながら他のジャンルに関心を向けようとしてみたものの、残っているのはパソコン、自動車、スポーツ、音楽のみ。

 パソコンは生徒会の仕事で散々使ってうんざりしてるし、音楽は楽器ができるわけじゃないし、自動車なんかはそもそも免許がまだとれないし。

 スポーツに関しては、一応サッカー部のマネージャーをやっているわたしではあるが、別にサッカー自体に興味があったわけじゃない。ただ、そこに葉山先輩がいたからお近づきになろうと入部しただけであり、それも今となってはどうでもよくなってしまった以上、なおのこと興味を惹かれなかった。

 となると、やっぱり。

 消去法でこうなるとわかっていたからこそ、ここへ来た時から意図的に避けていたジャンルである料理やお菓子作りの本に目を移し、いくつか見繕う。……思ったとおり新鮮味はないな-。

 わたしはこう見えてお菓子作りが趣味だし、料理だってできるほうだと思う。でも、基本的に目的がないとどうにもやる気が起きないタイプだ。前までは男子の気を引くためにいろいろ作ってみたりもしたけど、そういうのはもうやめたからなぁ。

 ………………目的?

「あっ!」

 ふと閃いてしまったことに、思わず声をあげてしまう。

「す、すいません……」

 ぺこりと頭を下げ、顔を真っ赤に染めながら、周りの視線から逃げるようにその場を離れた。やばっ、超恥ずかしい……。

 帰路につく途中、わたしはもうかけ慣れた連絡先に電話をかける。4コールほどだろうか、そのあたりで相手が電話に出てくれた。

「もしもーし」

『どした』

 相変わらずの声。でも、この二人きりの時間だけがわたしの寂しさを拭ってくれる。

「せんぱーい、嫌いなものってありますかー?」

『は? いきなりなんだよ』

 突然の質問に、せんぱいの素っ頓狂な声が耳に届く。

「明日、お弁当を作ろうと思うんですけど、せんぱいの分も作ってみようかなーと思いまして」

 さっき、本屋で思いついたのがこれだ。わたしが自分でお弁当を用意するなんてよくあることだし、それが二人分になったところで、あまり手間は変わらない。なにより、せんぱいにわたしの手料理を食べてもらいたい。

『いや、悪いから』

「日頃のお礼ってことで、気にしないでください」

 そう言うと、電話の先から諦めたように息を吐く音が聞こえた。うんうん、せんぱいも今のわたしの扱い方に慣れてきたようでなによりだ。

『……トマト』

「トマト、ですか」

 ふむふむ、メモメモ。

「じゃあ、好きなものはなんですか?」

『マッ缶』

「……そういうことじゃないんですけど」

 ほんとにもうこの人は……。

『冗談だ。トマト以外なら別になんでもいい』

「それが一番困るんですけど……」

『そう言われてもなぁ』

 好きな食べ物、特にないのかな。

「……じゃあ、わたしのほうで適当に決めちゃいますけど、それでいいですか?」

『ああ』

「わかりました! ありがとうございますー!」

 もっと、話をしていたかったけど。

 そんなことを思いながら通話を終了させ、スーパーに寄り道してからわたしは帰路についた。

 

  *  *  *

 

 そして翌朝。

 昨晩のうちに済ませておいた下ごしらえしたものを冷蔵庫から取り出し、ふんふんとハミングしながら、てきぱきと慣れた手付きで進めていく。

 そんなわたしを見たお母さんは、察したようにくすりと笑う。お父さんは何か勘違いしているようで、やたらとそわそわしている。ごめんね、お父さんの分じゃないんだ。

 頭の中にあるレシピどおりに作っていき、盛り付けていく。レパートリーは無難にから揚げ、ハンバーグ、卵焼き、サラダといった感じだ。

「よしっ」

 盛り付けも終わり、完成したお手製の弁当を眺めながら小さく声をあげる。

 身支度を済ませている間に弁当を冷ましておき、あら熱が取れたのを確認してから蓋を閉め、それを鞄にしまい込む。

「いってきまーす」

 お父さんの「あれ?」と言いたげな視線を背中に受けながら、わたしは元気よく挨拶をして学校へ向かった。

 

 午前中の授業が終わり、生徒会室へ一直線に駆けて行く。鍵は朝のうちに平塚先生から借りておいたので、今日は待たせることはないだろう。

 ……そう思っていた時期がわたしにもありました。ていうか、どんだけ早く教室出てるの……。

「せんぱい、早いですね……」

「まぁな」

 壁に寄りかかりながら待っていたせんぱいに声をかけ中に入り、どちらからともなくいつもの定位置に腰掛ける。

「ど、どうぞ……」

 覚悟するように深呼吸をしてから、お手製の弁当の包みをそっと手渡す。妙な緊張からか、少しだけ手がふるふると震えてしまう。

「いただきます」

 どきどき。せんぱい、おいしいって言ってくれるかな?

「そんなに見られると食いづれぇよ……」

 まじまじと箸の先を見つめていると、せんぱいが眉をぴくりと動かす。

「あ、そ、そうですよねっ」

 そうは言うもののやっぱり気になってしまい、ちらちらと目を動かしてしまう。せんぱいはそれに気づきつつも、気まずそうにわたしの作ったから揚げをつまみ、それを口の中に放り込んだ。ゆっくりと、味わうようにせんぱいの口が動く。ちらちらと見ていたはずなのに、気がつくとせんぱいの口元をがっつり見てしまっていた。

「……うまいな」

 いくらか間が空いた後、口を動かすのを止めてせんぱいが呟いた。

「ほ、ほんとですか!?」

 思わず身を乗り出してしまう。こ、このまま抱きついちゃおっかな……? で、でもでもそういうのはちゃんと段階を踏んでからじゃないと……って、やばいやばい。また変に意識しちゃうところだった……。

「お、おう……。ていうか、近いから……」

 詰められた距離に、身をのけ反らせて顔を赤らめながらせんぱいが戸惑い交じりに言う。

「す、すいません、つい……」

 おずおずとしながら離れ、自分の分の弁当を広げてそそくさとしながら食べ始める。

 ときどき横目でせんぱいの様子をうかがってみたが、箸が止まったり顔をしかめたりといったことは最初から一度もなく。そのことにほっと胸を撫で下ろす。

 ……よかった。

「おいしいですか?」

「ああ」

 感想を尋ねるのは二回目だったけど、ちゃんとせんぱいは答えてくれた。その嬉しさに自分の箸を一旦動かすのをやめて、ただせんぱいの横顔を眺め、微笑む。

「どした」

 そんなわたしを見て、不思議そうにせんぱいが尋ねてくる。

「自分が作ったものをおいしそうに食べてくれるって、やっぱり嬉しいじゃないですか」

 ただ、好感度を稼ぎたいわけじゃない。ただ、無意味に愛されたいわけでもない。

 自分が大切だと思う相手に、恋する相手に、一生懸命作ったものをおいしそうに食べてもらえた時は、なによりも嬉しく感じて幸せだから。

「……そうか」

「そうですよ」

 にこにことしたままわたしが頷くと、せんぱいも口元を緩めながら再び箸を動かし始める。その手元を見ている時、はっと気づく。わたしとしたことが、すっかり忘れていた。

「せんぱい」

「ん?」

 ひょいっと自分の弁当箱からから揚げをひとつまみ。

「あーん」

「またかよ……」

 差し出された箸先に、せんぱいはやれやれといった表情を浮かべた後、最初から諦めているのか黙ってそれを口に含み、飲み込む。

 この間ラーメンを食べに行った時と同じことをしたけど、でも、今は。

「……おいしい、ですか?」

 これを聞くのは三回目にもなる。でも、そこに含めた意味は、二回目までとちょっと違う。

「……まぁ」

 せんぱいが気まずそうな表情でぷいっと顔を逸らす。相変わらず、その頬は赤い。

「えへへ……」

 お互いの距離は、少しずつでも、きっと。 

 

 せんぱいの唇と触れ合ったものに顔が火照るのを感じながら、わたしは再び箸を動かして昼食をとり終える。

 その後はおしゃべりを交えながら相談を続けているうちに、昼休みが終わりを迎えた――。

 

 

 

 

 




遅くなりました、ごめんなさい。
なるべく一週間はあけないようにと思っていたのですが……。

Pixivの短編が予想外に伸びて、めちゃくちゃ嬉しいです。
こちらから見てくれた方、いらっしゃるのですかね?
いらっしゃいましたら、こちらでも併せてお礼申し上げます!

それでは、ここまでお読みくださりありがとうございましたー!


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