* * *
葉山先輩が奉仕部の部室を去った後、少しだけ時間をおいてからわたしは校外清掃に参加した。
だが、なぜかお咎めがなかったこと、そしてどういうわけか、雪ノ下先輩や結衣先輩も校外清掃に参加していたことが気になった。
葉山先輩が言うには、奉仕部の三人は、平塚先生に呼ばれていたとのこと。
けどあの時、平塚先生は二人に言うつもりはないと言っていた。
……となると、せんぱいが何か言ったのだろうか。
わたしには考えてもわからなかったので、黙々と清掃に勤しむ。あまり広くはない範囲だが、学校周りの清掃を終えたところで校舎から平塚先生がわたしのほうへ歩いてきたので声をかける。
「あっ、先生……。その……遅れてすいませんでした」
「それはいい。ただし、サボった分ちゃんとやっているだろうな?」
「先生までわたしのことなんだと思ってるんですかね……」
「冗談だ」
ちょっぴりむくれるわたしの様子を見て、平塚先生はくすくすと笑った。
「……それに、やむを得ない理由があったことくらい、見ればわかるさ」
「……ありがとうございます。あの、先生。……聞いてもいいですか?」
「ん? 雪ノ下と由比ヶ浜のことかね?」
わたしが抱いた疑問を見透かしたように平塚先生は答える。
「はい」
「私は何も言ってはいないよ。私は……な。気になるなら聞いてみたらいい」
となると、やっぱりせんぱいかなぁ。
「それと、もうじき最終下校時刻になる。今日は終わりにしたまえ」
そう告げて手をひらひら振りながら平塚先生は戻っていった。わたしはその姿を見送った後、今日の校外清掃は終了だと言うことを全員に伝えた。
各々が帰り支度をするために校舎へ戻っていく中、わたしもそれに続くと、後ろに気配があることに気づく。
「一色さん」
「雪ノ下先輩? どうしたんですかー?」
「少しあなたに話があるのだけれど、いいかしら?」
「わたしに、ですか?」
「ええ」
「わかりましたー……。あっ、それって時間かかる感じですかね? だったら先に鞄とか取りに行きたいんですけど、いいですかー?」
「そうね……。ではもう一度、ここでいいかしら?」
「そうですねー」
わたしはそこで一度雪ノ下先輩と別れた後、鞄はクラスに置きっぱなしだったことを思い出して超特急で戻った。正直、いたずらの一つでもされてるんじゃないかと心配になり確認したが、鞄にそういった形跡はなかった。
そうして別れた場所に再び超特急で戻ると、雪ノ下先輩はわたしより早く戻ってきようで、わたしを待っていた。
「すいません、お待たせしちゃいましたかー」
「いえ、私も今来たところだから大丈夫」
雪ノ下先輩、その返しはいろは的にポイント高いですよ! どっかの誰かさんは「マジ待った」とかふざけたことぬかしましたからね!
「では、行きましょうか」
* * *
わたしと雪ノ下先輩が話をするためにやってきたのはカラオケだった。
当初こそ不審に思ったが、よくよく考えれば『邪魔が入らない』ということ。そして『わたしにとっても今は都合がいい』という点で、これ以上適した場所は思いつかなかった。
ただ、お金がかかってしまうという点だけが不満ではあったものの、「付き合ってもらっているのは私なのだから、料金については気にしなくていいわ」という雪ノ下先輩の言葉に甘えさせてもらい、不満は解消した。
とりあえず飲み物だけ頼み、店員が部屋を出て行った後、わたしから切り出すことにした。
「で、わたしに話ってなんですか?」
「……単刀直入に聞くわ。どうして、あの日に由比ヶ浜さんだけを呼び出したのかしら? あなたなら、何かあれば間違いなく比企谷くんを頼ると思うのだけれど」
核心をつかれた。
「……結衣先輩にしか話せないことがあったからですよ」
結衣先輩は、自分の意思で約束を破る人ではないと思う。だからこそ、わたしが結衣先輩を呼び出したことは口止めしておいた。……や、自爆した可能性も結構ありそうだけど。
それを抜きにして考えても、雪ノ下先輩から見れば不自然に見えたのだと思う。雪ノ下先輩も同様に、結衣先輩を誰よりも近くで見ていた。それは、わたしも理解していた上で実行に移したのだが、あんなことになったのは完全にわたしの予想外だった。だから、結果的に悪手となってしまった。
結衣先輩は目を腫らしていた。そして、せんぱいをどこかへ連れて行った。わざわざせんぱいを指名するというのは、奉仕部の中での人間関係で考えれば該当する人物は一人だけ。つまり、わたししかいない。実際そう推理したのだろうし、それは間違っていない。
だから、とぼけたところで論破されるのは目に見えた。だから、嘘であって嘘じゃない言葉を返した。
「そう……」
わたしの返答を聞いて、雪ノ下先輩はそう告げた後、俯いて考える仕草をする。そして、顔を上げて口を開いた。
「……これは私の推測なのだけれど、あなた、比企谷くんが手を貸す前はろくでもないことを考えていたでしょう? ……さすがに何を考えたかまではわからなかったけれど」
「うえっ」
あれ? その言葉はわたしの頭の中で聞いた気がするなぁ。
「……どうして、そう思ったんですか?」
「一色さん、だからかしら?」
雪ノ下先輩はくすっと笑って、わたしを見た。
「……意味はなんとなくわかりましたけど。はぁ、みんなしてわたしのことなんだと思ってるんですかねー……」
「あら、これでも私はあなたを評価しているのよ? ある意味、だけれど」
「喜んでいいのかわかりませんよ、それ……」
わたしが嫌味のような褒め言葉に苦い顔をすると、雪ノ下先輩は今度はものすごく素敵な笑顔をわたしに向けてきた。わぁー、いい笑顔。
「……どうせ隠したってバレてるでしょうし、まぁ、だいたいは雪ノ下先輩が今言ったとおりですよー。ただ、わたしが結衣先輩に何かしたとかそういうのはないです」
悪あがきをしたところでわたしが負けることはわかりきっていたので、雪ノ下先輩の知りたかったことをちょっとだけ誤魔化して、口にした。
「なら、馬鹿なことを考えるのはもうやめておきなさい」
「……善処します」
「……それと、あなたは聞いたのね? もしくは、感じ取った、かしら?」
「どちらもですけど。……でも、わたしは結局部外者ですし、何も言えませんよ」
雪ノ下先輩の言わんとすることを理解して、そう答えた。
「私は一色さんのことをそんなふうに思ってないわ。それに、由比ヶ浜さんも比企谷くんもきっと同じ気持ちのはずよ。……特に比企谷くんは、私たち以上にあなたを大切に思っていると私は思うのだけれど」
「……それでも、わたしには、何も言えませんし、できません」
「なら、あなたが私や由比ヶ浜さんの立場だとしたら。……あなたなら、どうする?」
「……答えは変わりません」
「そう……。……あなたと私って、似ていないようで、似ているのね」
「え、全然似てないと思いますけど」
「そういう意味じゃないわ。……肝心な時、私も、何もできないから」
雪ノ下先輩は自虐的な笑みを浮かべながら、わたしへ言葉を向ける。
「……そうですね」
「それに、変な意地を張るところとかも、ね」
「…………」
わたしが言葉を返せずに黙っていると、雪ノ下先輩はでもと言葉を付け足して、様々な感情が綯い交ぜになったような瞳で見つめてきた。
「あなたは、私にないものを持っている。……それが、羨ましいわ」
その後に吐き出された言葉は、優しさを含んでいて、どこか仄暗い――そんな言葉だった。
「……そんなの、わたしにはわかりませんよ」
「そう……」
会話はここで途切れてしまい、後はお互い沈黙を貫いた。雪ノ下先輩と二人きりで話すのはこれが初めてだったが、思っていたより居心地は悪くなかった。だが、話す内容が重すぎてお互いにいたたまれなくなってしまい、自然と「もうそろそろ帰りましょう」という雰囲気になってしまうのは当然だった。
結局一言も交わさないまま店の外に出ると、重々しく口を開き、先に沈黙を破ったのは雪ノ下先輩だった。
「……付き合わせてしまってごめんなさい」
「い、いえ……。わたしも、なんだかすいません」
「その、私も、ごめんなさい」
お互いになんで謝っているのかわからない謝罪をすると、バカバカしくなってしまい、わたしはくすっと笑った。
それに釣られたのか雪ノ下先輩も同じように笑ってくれた。
「……一色さん、また、来てくれるの……かしら?」
そう尋ねる雪ノ下先輩の表情の裏に隠れたものは、はっきりとはわからない。
「……落ち着いたら、そのうちには」
「待っているわ。……じゃあ、また」
「……はい。また学校で」
再び重々しい空気になる中、なんとか別れの挨拶を交わした後は雪ノ下先輩と違う方向へわたしは歩き出した。さながらその構図は別々の道を歩んでいるような――そんな錯覚に陥った。
「一色さん」
わたしを呼び止める雪ノ下先輩の声にわたしは振り返る。
「なんですか?」
「……そのヘアピン、あなたによく似合っているわ。……よかったわね」
「……ありがとう、ございます」
「それだけよ。……じゃあ、さようなら」
最後に小さく手を振った雪ノ下先輩の後ろ姿を見ながら、ふと考えた。すると、その刹那に平塚先生が言っていた言葉と、葉山先輩が痛々しく呟いた言葉が脳裏をよぎった。そして、理解した。
――あぁ、わたしは間違い続けている、と。
勢いって大事(白目)
プロットを元に勢いのままガッシャーンと書いたんですがとりあえず形にはなってますかね……。
多分次で二章最後になるかなーと思いつつ下手すればもう一話分伸びるかも。
それでは、駄文でしたがここまでお読みくださりありがとうございました!
※ちょっと改稿しますた。