斯くして、一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん

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  *  *  *

 

 わたしを訪ねてやってきた総武高校内では最高峰に属するトップカーストの二人、葉山隼人と三浦優美子という存在がこの場にもたらしたものはざわめきだった。

 わたしが葉山先輩に夢中になっていた時は、わたしのほうから訪ねたことはあっても、葉山先輩のほうから訪ねてきてくれたことは一度もなかった。

 そして、もう一人の三浦先輩は葉山先輩に明確な好意を抱いていて、わたしのことを恋敵として警戒していたはずだ。今は葉山先輩に近づかなくなったおかげか、顔を合わせれば挨拶くらいはしてくれるようになった。でも、それ以上でもそれ以下でもないように思う。

 だからこそ、そんな二人がわたしを訪ねてくるというのは違和感を覚える。

「お二人ともどうしたんですかー?」

「いろはが心配になってね。いろいろ大変なんだろ? 俺にできることがあるなら遠慮なく言ってくれて構わないから」

「あーしもそんな感じ」

 ふむ、とりあえず話を合わせますか。

「ありがとうございますー!」

「隼人もこう言ってるし、なんかあったらちゃんと言いな。それにあーし、あーいうの、ほんっと嫌いだから。マジ迷惑」

 言って、三浦先輩はキッと睨みつける。その鋭い視線は、特定の誰かに向けたものではなかったのだが、ただ、得体の知れない悪意には突き刺さった気がした。

「おい、優美子」

「隼人だって嫌だったっしょ、あーいうの。みんな迷惑してるっつーの」

「まぁ……そうだな」

 鋭い睨みをきかせた三浦先輩とは対照的に、葉山先輩は愁いを帯びたような表情をする。

「……とりあえず、ここでする話じゃない。場所を変えようか」

「あ、じゃあ生徒会に連絡だけしちゃいますんで、少し待ってもらえますか?」

「ん」

「すまないな」

「いえいえ! お二人がいてくれるだけで心強いです!」

 わたしは遅れる旨を打ち込んだメールを副会長に送信する。そのまましばらく待っていると返信があり、中身を確認した後は二人のほうへ向き直り、頷いた。

「それじゃ行こうか」

「はい」

 わたしがそう返事をして葉山先輩に続くように教室の外へ出ようとすると、様々な視線が向けられていることに我慢の限界がきたのか、三浦先輩が吐き捨てるように言った。

「あー……ほんっと、うざい」

「……優美子」

「わかってるし……」

 不機嫌そうに歩き出した三浦先輩と、その隣で諦観したような表情を浮かべながらなだめる葉山先輩。

 なんだかお似合いな二人だなーと思いながら、わたしもそれに続いた。

 

  *  *  *

 

 そうしてわたしが連れられてきたのは、奉仕部の部室だった。もちろん、途中からどこへ向かっているかは気づいていたのだが、葉山先輩に今は何も言うなと視線で訴えられてしまったので、わたしは何も言わずに黙ってついていく。

 葉山先輩が扉に手をかけると鍵はかかっていなかったようで、何の抵抗もなく開いた。そのまま葉山先輩と三浦先輩は中に入っていったので、わたしもそれに続く。

 すると、意外なことに中にはわたしたち以外は誰もおらず、ただ静寂だけが広がっていた。

「……あれ? 誰もいないんですか?」

「ああ。雪ノ下さんも、結衣も、比企谷も平塚先生に呼び出されているからな。ここにいるのは俺たちだけさ」

「そういうこと」

「……えっと、お二人はなんでわたしをここへ連れてきたんですか?」

「それはヒキオに聞きな。あーしらは頼まれただけだし」

「ヒキオ……? あぁ、もしかしてせんぱいのことですか?」

「そ」

「俺はいろはをここへ連れてくるように、そして優美子はいろはを気遣ってほしいと比企谷から頼まれたんだ」

「ヒキオがあーしらに頼むとか意味わかんないし、ありえないし……。でも、何か理由があんだろうなってのはあーしでもわかった……。じゃなかったら、ユイとか雪ノ下さんに頼むっしょ、ヒキオは。……それに、あーしらはヒキオに借り、あったから」

「……そうだな」

 それっきり葉山先輩は苦虫を噛み潰したような顔のまま、黙ってしまった。何か嫌な思い出でもあるのだろうか? 

 そんな葉山先輩に代わって三浦先輩が口を開いた。

「さっきも言ったけど、あーし、あーいうのほんっと嫌いなわけ。あーしが我慢できなかったくらいだから、本人はもっと嫌な気持ちっつーか、そんな感じっしょ」

「はい、まぁ……」

「今回はヒキオに頼まれただけだけど、本気で困ってんならあーしにも言って。実際、あーしらも迷惑だし、これ、本音だから」

「……ありがとうございます」 

 三浦先輩はこう見えて優しい人だ。実際、わたしのことも気にかけてくれているのは本当だと思う。でも、わたしだけを気にかけてそう言ったわけじゃない。それも含めて、三浦先輩の本音だ。

「さて、頼まれたのはここまでだが……。すまない優美子、ちょっと外で誰も入ってこないように見張っててくれないか?」

「……隼人?」

「いろはに、個人的に話があるんだ」

「ふぇっ?」

「えっ……」

「優美子」

「……わかった」

 三浦先輩は素直に外へ出て行った。きっと、葉山先輩の真摯的な瞳の奥に秘められた何かを感じとったからだろう。それはわたしにもわかった。

 そして、わたしと二人きりになったことを確認すると、葉山先輩は重々しく口を開いた。

「……いろはは、変わったな」

「そう見えますか?」

「ああ……。少し前のいろはとは、比べ物にならないくらいに変わったよ」

「……葉山先輩は、わたしに何が言いたいんですか?」

「すまない、いろはを責めているわけじゃないんだ。ただ……」

「回りくどいです、葉山先輩」

 今日の葉山先輩はなんだか鼻につく。わたしは少し苛立ってしまい、話を合わせることを忘れて素の言葉を吐いてしまった。まぁ他に誰もいないし、葉山先輩なら大丈夫か。

「やはり遠まわしすぎて伝わらないか……。あんな気分、二度と味わいたくなかったんだが仕方ない、か……」

「はい?」

 わたしが頭に疑問符を浮かべていると、葉山先輩の雰囲気が急に変わったような気がした。

「いろはは俺にとっても大切な後輩だ。……だからこそ、今のいろはには、必ず言わなきゃいけないと思ってた」

 そこで言葉を一旦区切った直後、葉山先輩の瞳の奥にある何かは、はっきりと、苛烈なものに変化する。

「……いろはは変わったよ、それは事実だ。だが、それだけだ。それだけでしかない」

 そして、それをわたしへ突きつけた。

「…………」

 絶句するわたしへ向けて、葉山先輩はさらに言葉を続ける。

「いろはがどう思っているかなんて俺にはわからない。でも、比企谷の存在がいろはにとって大きくなっていったように俺には見える。きっとそれは比企谷も同じなんだろうな。でなければ、いろはのことを彼女たちと同じように、ここまで思いやったりはしない」

「……せんぱいは関係ないんですけど」

「なら、そのヘアピンをつける必要はないんじゃないのか?」

 うーん、この人に見抜かれるとは予想外だなぁ……。

「それは……」

「いろははもう少し素直になったほうがいいな」

 呆れたような意地の悪い表情を浮かべながら、葉山先輩はそう言った。

「葉山先輩って、性格悪かったんですね……。超がっかりです」

 精一杯強がって、わたしはくすりと笑う。

 以前、せんぱいに言われた「わたしは素のわたしで接したほうが葉山先輩はきっと喜ぶ」という何の根拠もない推測はあながち間違っていなかった気がした。わたし自身も、今の葉山先輩のほうが今のわたしは好きになれる気がする。

 それは告白した時のような好きでもなく、愛情の好きでもなく、別の意味での、好き。

「ははっ、俺がいい人だなんてそんなの誰が決めたんだ? それに、お互い様だろ?」

 そんなわたしの心の中を読んだように、葉山先輩はふっと笑い、皮肉を返してくる。

 葉山先輩の本質と呼べるものが少しだけ見えたことで、葉山先輩とせんぱいの関係性がなんとなく理解できた気がした。

 葉山先輩はわたしの本質を見抜いた上でわたしと接していて、わたしが男子を手玉に取るように葉山先輩もわたしを手玉に取っていた。それは、ある意味せんぱいと共通する部分であり、ある時には相反する部分でもある。まぁ、せんぱいの場合は無自覚でしょうけど……。

 なんだかわたしのプライドを傷つけられた気がして、思わず苦笑しながらも、わたしは口を開いた。

「はぁ……隠してもしょうがないみたいですね。……で、葉山先輩は結局何が言いたかったんですか?」

「理解が早くて助かるよ。……いろは。君はどうしたいんだい?」

「……わたしも、居場所になりたいなって、思います」

「……本当にそれだけでいいのか?」

「……はい」

「そうか。……なら、俺から言えることはもうないな。それが、本当にいろはの望んでいる答えなら、ね」

「……そうですか」

「じゃあ、俺は戻るよ」

「はい。ありがとうございました」

 これでいい、これでいいんだ。話を合わせるって、こういうことなんだ。涙が溢れそうなのを誤魔化しながら、そう言い聞かせた。

 そうしてわたしは三浦先輩にとって大切なものから、葉山先輩が気にかけていることから目を背けた。わたしはそれを望んでいないのに、そうするしかできなかった。

「……やっぱり、いろははもう少し素直になったほうがいい」

 

 後ろから聞こえてきた小さくてどこか痛ましさを含んでいるような葉山先輩の声に、わたしは言葉を返さず、沈み始めた陽をただ眺めていた――。

 

 

 

 

 




ここまでお読みくださりありがとうございました。
葉山君まさかのはるのんポジ。

おうふ、ストック切れました……。
第二章はもうちょっとだけ続きます。
多分、あと1~2話くらいでしょうが私のまとめ方次第ですかね。

それでは、引き続きお付き合いくださると幸いでございます!

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