* * *
「「平塚先生、こんにちはー!」」
「うす」
リビングに入ってきた平塚先生にそれぞれ挨拶をする。というかせんぱい、「うす」って……。
すると、この場にいるメンバーを一瞥し、わたしを見るなり驚いた顔になる。
「おや? てっきり雪ノ下と由比ヶ浜あたりがいるのかと思ったら……一色だったか」
「わたしがいるのは変ですかー?」
「あぁいや、君がいても不思議はないが……少し意外だったのでな。気にしたのなら謝るよ」
「あ、いえ、大丈夫ですー」
「それならいいが……。んじゃあ本題に入ろうか。比企谷、私に相談があるそうだな」
「はい」
挨拶も早々に、平塚先生がこの場に呼んだ理由の説明をせんぱいに求める。
「……先生は俺と一色の噂をご存知ですか」
それに応えるように、せんぱいが本題を切り出した。すると、平塚先生は少しばかり苦い顔をしたように見える。
「……なるほど。私を呼んだ理由はそのことについてか」
「はい」
さわりの部分だけで平塚先生は全てを理解したようだ。
「……一つ聞かせてもらおう」
「なんでしょう」
「この場にいるのは、君たち兄妹と、一色だけかね?」
わたしと、せんぱいと、小町ちゃんの三人だけ。その発言の意図をわたしなりに解釈すると、平塚先生は『雪ノ下先輩と結衣先輩はこの場にいないのか?』と聞いている。
「あいつらは、いないです」
「……そうか」
平塚先生は深くは聞かない。ただ、どこか寂しそうな表情にも見える。そしてせんぱいも、それ以上は何も言わずに黙ったままだった。
小町ちゃんはわからない。ただ状況を見守っていた。
わたしは答えることはできる。ただ、それが正解かどうかもわからない。だから答えないことにした。
「……まぁそれはいい。話したまえ。」
「じゃあ……」
そうして、せんぱいはぽつりぽつりと話し始めた――。
まずは事の顛末を話し、それによってわたしが被害を受けていること、それが次第に膨れ上がる悪意によって直接的な被害にまで及ぶ可能性が高いこと、考えられる対策は逆効果、もしくは実現不可能だということも全て説明してくれた。
「……そういうわけなんで、先生にちょっとお願いしたいことがあるんですよ」
「聞かせてみたまえ」
「ちょくちょく俺と一色含む生徒会の連中何人かを、生徒会関連の話があることにして職員室に呼び出してほしいんですよ」
「どういうことだね?」
「生徒会の繋がりということにしてしまうのが事実として一番正当性があると思うんですよ。それなら一緒にいても問題はないし、仕方がない。噂の風化も上書きも望めないなら、肯定してしまえばいい」
「…………」
「一色が人手に困って先生に相談を持ちかけたら俺を紹介した。実際、一色とは生徒会で一緒に仕事もしているし、他の生徒会の連中も、奉仕部のことはある程度知っているし、何も問題も不自然さもない」
「……ふむ、なるほど。筋は通っているな。だが、それで解決できるかは別の話になる」
「そうですね。駄目だった場合はまた考えます」
「……やはり君は変わったな」
「それを言われると相変わらず変な感じがして、未だに慣れないです」
平塚先生はそう言いながら、優しい微笑みを先輩に向けた。
それはきっとわたしが奉仕部と知り合う前から、あの三人を見守り続けていたからこそできる顔なのだと思う。
わたしと小町ちゃんはそのやりとりを黙って聞いていた。
「……比企谷。雪ノ下と由比ヶ浜にはこの件は言ってないのだろう?」
「そうですね。一色から俺個人への依頼なんで」
「私からこの件については二人に言うつもりはないが、いいのか?」
「……どっちにしろ、由比ヶ浜から雪ノ下へ伝わってるんじゃないかと思いますけどね」
「まぁ、そうですよね……」
せんぱいを生徒会室へ連れてきたのは結衣先輩だ。雪ノ下先輩へ伝わっていても不思議はない。
……だからこそ、わたしが懸念しているような事態にならないといいんだけど。
「ふむ……。何か事情があるようだな。ただ、誤解はないようにな」
「わかってますよ」
「それについてはわたしも協力しますんで大丈夫ですよ」
「もちろん小町もですよ!」
「……よし、話はわかった。ほかならぬ比企谷の頼みだからな。協力しよう」
「助かります」
「君が誰かを頼るようになったのは、私にとっても嬉しいことだからな」
「……っす」
「よかったねお兄ちゃん」
「代わりに、今度少し付き合いたまえ」
「はい」
その会話を横で聞いていて、せんぱいと平塚先生との間にある種の信頼関係とも呼べるものが成立しているように感じた。きっとそれは教師だからだとか、仕事だからだとか、そういった簡単な言葉で片付けられるものではないのだろう。
わたしには、こういった関係も“本物”で、もしくはそれに近しい何かなのだと言っても、過言ではないと思えた。
「あ、そうだ。せんぱい、生徒会の人には事情は説明しておいたほうがいいですよね?」
「いや、余計な情報が漏れる可能性を考えたら避けるべきだろう」
「そうすると呼び出す理由がなくなるんですけど……。それに、今はこれといって問題もありませんし……。あと、さっきも言いましたけど、この時期は大きな行事もないんですってば……」
「生徒会が絡みそうな大きな行事はもう終わっちゃいましたからねー……」
「んじゃなんか企画作ったりすりゃいんじゃねぇの。お前、そういうの得意だろ」
「そう言われましても大きなイベント自体ないですし、何も思いつかないですよ……」
「それもそうか……。となると……」
「……では、私からヒントをやろう。何も行事やイベントに拘る必要はない」
黙って聞いていた平塚先生が口を開いた。そして、意味ありげな視線をせんぱいと小町ちゃんに向ける。
「君たち兄妹は去年、奉仕部を通じて経験したことがあるだろう。それと同じことをすればいい。充分理由にもなると思うがね」
「去年……」
「私から言えるのはここまでだ」
「あ」
「あっ!」
「わかったようだな」
二人の反応を見て、平塚先生は微笑んだ。つまりは、この場で何も理解していないのはわたしだけ。
「せんぱい、どういうことですかー!」
ちょっぴり膨れっ面をしながらせんぱいに尋ねる。
「要は、ボランティア活動を生徒会がしろってことだ。それなら平塚先生が生徒会に依頼したということで何も問題はないし、辻褄も合う。ついでに俺は、一色を通じて奉仕部から借り出されたことにすればいい。他の役員は巻き込まれた形になるがな……」
「そういうことだな」
「ですね! ボランティア活動かー……あっ、お兄ちゃん、学校の外を掃除するとかはどう?」
「……正当性はあるな。それでいくか」
「ふむ、悪くないな」
「あ、でも小町は手伝わないほうがいいんだよね?」
「そうだな、小町は下手に動かないほうがいいだろう。それと、噂を聞かれた時のリカバリーを頼む」
「あいあいさー!」
「先生はだいたい今話したとおりでお願いします」
「……そうだな、幸いにも次の登校は月曜だ。タイミングも丁度いいが、それでいいかね?」
「そうですね、なるべく早いほうがいいですから」
「決まりだね!」
「んじゃ、一色もそれでいいな? ……一色?」
わたしを置き去りにして話が決まる。せんぱいがわたしを放置したことが面白くない。
「……せんぱい、わたしを放置して話を進めないでくださいよー……」
ぶーぶーとわたしが頬を膨らませて文句を言うと、せんぱいがため息を吐いた。
「いや、今説明してたでしょ……」
「わたしに声をかけるまで放置してましたよね。せんぱいのくせに生意気です」
「してねぇよ……。なんでそうなるんだよ……」
「うるさいです。せんぱいのばーか」
「俺なんもしてないんだけど……。理不尽すぎる」
「お兄ちゃん女の子を怒らせるとか小町的にポイント低いよ……」
「ちょっと? なんで全面的に俺が悪いことになってんの? おかしくない?」
わたしとせんぱいのやりとりを見て、平塚先生がふっと笑いながら口を開く。
「いつのまにか、一色ともずいぶん仲良くなっていたんだな」
「いえ、全然仲良くないです」
「ちょ、せんぱいひどいです! わたしとせんぱいは噂になるほどの仲じゃないですかー!」
「おい、自虐ネタはやめろ。間接的に俺が傷つくから」
そうして、会議は進み明るい雰囲気を取り戻した頃には既に陽は沈んでいた――。
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小説にあまりなじみが無い人間なので、表現等手探りで書いています。
よって「ここ少し変じゃない?」等のご指摘もあれば教えてくださると嬉しいです。
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これからも尽力致しますので、併せて宜しくお願い申し上げます。
それと、以前コメントを下さった方、返信できず申し訳ありませんでした。
※行間とか色々今の雰囲気に近づけました。