* * *
「ふー……ごちそうさまでしたっ! おいしかったよー」
「ごちそうさん」
「お粗末様でした! お口にあっていたようでなによりですっ!」
雑談を交えながら昼食をとり終える頃には、時刻は午後一時半を過ぎたあたりになっていた。因みに昼食はオムライスだった。
小町ちゃん料理上手だなぁ……わたしももっと料理も頑張ってみようかなぁ……なんて考えながら、小町ちゃんが皿洗いを終えるまで近くのソファで雑談をしながら待つことにする。
「そういえば、前も似たような噂が流れた時ありましたねー」
「あぁ、葉山と雪ノ下の噂の時か」
「そうですそうです。……あの時の雪ノ下先輩超怖かったです」
「お前が踏む必要のない地雷を踏みに行くからだ。お前が悪い」
「そうですけどー。あ、そういえば三浦先輩の依頼って結局解決したんですか?」
「……まぁ、納得はしてくれたみたいだが」
「へー」
せんぱいが「お前なぁ……」って顔してるけど気にしないことにしよう。
「まぁ、結局せんぱいがなんとかしたんだろうなー、ってのは、わかってましたけどー」
「いや、俺はなんもしてねぇよ」
「じゃあなんであんなにぼろぼろになってたんですかー?」
「……見てたのかよ」
「はい、ばっちりと」
「さいですか……」
わたしが一年の時のマラソン大会の際に、わたしは表彰台の上からせんぱいの姿を遠巻きに見ていた。足を引き摺り、ぼろぼろになりながらも消えていくような姿はやけに記憶に残っている。
「あんまり無茶しちゃだめですよ、せんぱい」
「わかってるよ」
「……わたしも、心配しますからね」
ぼそっと呟いた声は、食器を洗う水音にかき消えた。何か言ったか? とせんぱいに視線で聞かれたが、わたしは首を横に振った。
「お待たせしましたー!」
食器を洗い終えた小町ちゃんがぱたぱたと戻ってくる。それは会議の再開を示す合図なのだが、わたしの頭には相変わらず何も浮かんでいなかった。
* * *
「そういえば、さっき聞こえちゃったんだけど、葉山先輩と雪乃さん、なんかあったの?」
小町ちゃんが会議を再開して間もなく、そう尋ねてきた。
「あぁ、小町の入試のちょっと前あたりか。二人が付き合ってるって噂が流れたんだよ」
「確か、冬休み明けくらいじゃありませんでしたっけ?」
「ほーん? それでそれで? お兄ちゃんはどうしたの?」
「は? なんで俺なの?」
「いいからいいから!」
小町ちゃんがやたらと突っかかってるなぁ、意地の悪い顔で。
「俺は何もしてねぇよ。葉山が自力で終息させてた。」
「なーんだつまんないのー。それでその時、葉山先輩はなにをして解決したの?」
興味を失くした小町ちゃんは、脱線しかけた話を解決に繋がるヒントになると思ったのか、そう切り返す。
「確か、わたしと三浦先輩にありがとう、って言っただけでしたよねー?」
わたしがせんぱいのほうを向いて同意を求めると、せんぱいも首を縦に振って肯定する。
「え? それだけですか?」
「葉山にとって二人が特別、って方向でいつのまにか噂は消えてたな。あれは人気者の葉山だからできた芸当だな」
「せんぱいには到底無理な方法ですね」
「真似したくもねぇよ……。っつーか、いちいち俺を引き合いに出すのやめてくんない?」
「ふふっ」
わたしとせんぱいがそんなやり取りをしていると、小町ちゃんが目を輝かせながら何かぶつぶつと呟いていた。
「小町ちゃん、どうしたの?」
「あ、いえ! 小町のことはお気になさらずー!」
「なんか嫌な予感しかしねぇ……」
せんぱいはせんぱいで、顔を引きつらせながらそんなことを言っていた。
「まぁされはさておき、本題に入るぞ」
せんぱいの一言にわたしも小町ちゃんも、居住まいを正す。
「いろいろと俺も考えたんだが……。一色の話を聞いた限り、現状とれる案は逆効果か実現不可能だ。つまり、噂自体を消すことも塗り替えることもできない」
「それはわかってるけど……。じゃあお兄ちゃん、どうすんのさ?」
「だからこそ、噂を利用して俺と一色が一緒にいても不自然ではない、もしくは仕方のない理由を作る。考えた中では生徒会関係が一番正当性が高いが、俺は役員ではないしな……」
「でもこの時期、これといって大きな行事とかないですよ?」
「だから、この方法は協力者が必要になる」
「それ結局雪乃さんと結衣さんも必要じゃん……」
「違う違う」
「どういうことですか? じゃあ、葉山先輩とかはるさん先輩ですか?」
「雪ノ下さんとか恐ろしいこと言うなよお前……。まぁ、結果的にあいつらの耳にも入ってしまうかもしれんが、仕方ねぇか」
「せんぱい、もったいぶらずに教えてくださいよー」
「一番ベストなのは平塚先生だ。だから事情を話して、協力してもらう」
「「へ? 平塚先生?」」
意外な人物の名前に、わたしと小町ちゃんがハモってしまった。どうして平塚先生なのかさっぱりわからない。
「これは正直言って迷惑をかける方法だ。当然、断られる可能性も高い。そうしたら別の方法を考える。そうなったら一色、悪いが依頼の解決はもう少し待ってもらうことになる」
「まぁ、仕方ないですね。わたしも実際、何も浮かんできませんし……」
「お兄ちゃん、ろくでもない方法じゃないよね? 小町、また前みたいになるの嫌だよ」
「……大丈夫、だとは、思う。このままじゃどうせ手詰まりだ。それに雪ノ下や由比ヶ浜を呼んでも、恐らく手詰まりのままなのは、変わらんと思うからな」
雪ノ下先輩や結衣先輩じゃ手詰まりなまま……? 言葉の裏に隠されているものは、ぼやけて見えない。
「学校じゃできない話だからな……。とりあえず呼んでみてもいいか? 駄目だったら話は済ませておくわ」
「わたしは大丈夫です」
「小町も別にいいよ」
「……んじゃ、ちょっと電話してみるか。少し席外すわ」
「はーい」
わたしと小町ちゃんに一言だけ告げた後、せんぱいはリビングを離れていった。そして、わたしと二人きりになると小町ちゃんの目が輝いたのがわかった。あ、嫌な予感がする……。
「それじゃー……いろはさん! お兄ちゃんが戻ってくるまでいろいろ教えてください!」
「え、えっと……」
小町ちゃんからの質問攻めを無難にかわしていると、せんぱいが電話を終えて戻ってきた。
「丁度学校にいたみたいでな。もう少ししたら来るそうだ。」
「そうですかー」
「お兄ちゃん、聞いてもいい?」
「ん?」
「なんで平塚先生なの?」
その点はわたしも同感で、わたしの聞きたかったことを小町ちゃんが代弁してくれた。
「それは、あの人が先生だからだ」
たった一言で済ませたせんぱいの意図がますますわからない。小町ちゃんもそれは同じらしく、やたらと首を傾げていて、まるでわたしを見てるようだ。
「それはそうと一色は時間大丈夫か。まだかかりそうだが」
いつのまにか、時刻は三時半ばを過ぎていた。夕方までには帰宅しなければいけないだとか、そういった門限はないので「大丈夫ですよ」と答えておく。
平塚先生を待つ間、気づけば小町ちゃん主催の雑談会、もとい取調べが再開されていた。
そして、一時間は経たずともちょうどそれに近い時間が経った頃、来訪を知らせる音が響いた。
「邪魔するぞ」
――そうして、作戦会議の場に平塚先生が訪れた。
誤字脱字等ありましたら、宜しくお願いしますー。
※行間とか色々今の雰囲気に近づけました。