斯くして、一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん

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序章: 一色いろはは、新たな道へ踏み出す。
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  *  *  *

 

 生徒会長立候補者でありながら、当選させないという依頼をするために、平塚先生と城廻先輩に連れられて向かった特別棟の三階、東側にある空き教室で出会った三人の人物。

 

 ――それが、わたしと奉仕部、そしてせんぱいとの出会いだった。

 

 冷たさをその瞳に宿し、凛とした佇まいを崩さない雪ノ下雪乃先輩。

 わたしも彼女の名前くらいは知っていたが、実際にこうして目の前で会話をするのは初めてだったはずだ。 

 そんな彼女の横に、由比ヶ浜結衣先輩が座っていた。

 彼女は葉山先輩にちょっかいをかけにいった時に知り合ったのだが、見かければ挨拶を交わす程度なので仲がいいとはお世辞にも言えないだろう。とはいえ、そんな状況下でも見知った顔がここにいるというのは話をしやすく、ありがたい。

 挨拶を済ませ、依頼内容に触れる前に生徒会選挙のことを城廻先輩が説明し始める。

 そのあたりで、何とも形容しがたい腐った目の人物が一人、二人と距離をとった位置から怪訝なものを見るような視線をわたしに向けていたことに気づく。

 ――存在をきちんと認識できるようになったのは、その時だったと思う。

 

  *  *  *

 

 それから、生徒会役員選挙まであと六日ほどといった頃に、昼休みに昼食をとっているとわたしにお呼び出しがかかった。無論、憧れの葉山先輩からではなく、どうでもいい腐った目の人物からだったので落胆は思いっきり顔に出ていたらしく、それを見たせんぱいの眉がぴくっと動いたのは記憶に新しい。

 わたしは「超まずい」としか伝えられないまま、仕方なしに図書館へ連れられてきた後、ひたすら推薦人名簿を転記するはめになった。なんでわたしがこんなことやらなければいけないんだ、という意味を含んだ文句を言いつつも単純作業を繰り返す。

 この人と会話をすることは何度かあったが、この人の前ではわたしらしくもない部分を見せてしまう時がある。もっとも、興味がないから隠す必要もない、ということに変わりはない。戸部先輩がその例だし。

 ただ、わかってきたことがいくつかある。この人に、わたしらしいわたしを振りまくことは通用しない。というのも、求められているキャラクターを演じているだけのわたしを、どこか見透かしている節がある。

 ――だからこそ、こうしてわたしを煽り、魅力的な提案をしたのだろう。こうもうまく利用されていることに思わず苦笑してしまう。

 乗せられることは癪だが、それを否定するということはわたし自身が、わたし自身を否定してしまうことを意味する。だからわたしは、こう告げた。

 

「せんぱいに乗せられてあげます」

 

  *  *  *

 

「せんぱーい、やばいですやばいです……」

 

 そうして、わたしは再び奉仕部の部室の扉を開いた。

 なぜなら、平塚先生に押しつけられたといっていい海浜総合高校との合同クリスマスパーティーの件が一向に進展しないからである。また、高校生になってからの始めてのクリスマスの思い出は失敗談、という許しがたい事実だけは何としても避けねば、という思いっきり私的な理由も込めて依頼することにした。

 話をひととおり聞いた後に、「うちはなんでも屋じゃねえ」だとか「自分でやれ」だとか、その場はせんぱいに追い出されたのだが、二人になったときに「俺が手伝うってことじゃだめか?」と言われたので、それを承諾することにした。

 せんぱいの様子を見るに、何か考えがあった上での提案なのだろうが、それを聞いたところで答えてくれるとは思わない。それに、せんぱい一人のほうが扱いやすいのでよしとすることにした。

 途中、せんぱいの意味不明な発言を苛立ちながらも聞き流すことにして、わたしはせんぱいと別れ、一足先に待ち合わせ場所であるコミュニティセンターへ向かった。

 

  *  *  *

 

 二度目の依頼をしてから、数日ほど立った頃には以前より、自然と、少しずつだがせんぱいのことをわたしは理解していった。

 わたしが思っていたよりもだいぶ捻くれているのに、ときどき不意をつくような優しさを見せてきて思わずときめいてしまったりだとか、せんぱいについていろいろと新たな発見はあったが、この時はそれ以上知りたいと思わなかったし、興味もなかった。

 また、中学時代の同級生である“折本かおり”という人間と“せんぱい”との間に、何かあったということも知った。

 その折本かおりが、葉山先輩と一緒に遊びに行ったという事実を知った時は耳を疑ったが、そういえば前にそれを見かけたことがあるような気がしなくもない。せんぱいがいたことだけは覚えてるんだけど……。

 そんなせんぱいへの理解度は上がっていく一方で、イベントのほうは停滞どころかますます悪化し、生徒会はもはや機能すらしていない事態にわたしはどうしようもなく辟易していた。

 ――こんなはずじゃなかった、こんなことなら生徒会長になんかなるんじゃなかったと頭の中で繰り返しながら、重い足取りで今日の会合は休みになったことを伝えようとせんぱいを探していると、奉仕部の部室から声が漏れていることに気づいた。

 

「……あなたも、卑怯だわ」

「言ってくれなきゃわかんないことだって、あるよ」

「でも、言われてもわかんねぇことだってあるだろ」

「言ったからわかるってのは傲慢なんだよ」

「だから、言葉が欲しいんじゃないんだ」

「言わなくてもわかるっていうのは、幻想だ。でも……」

 

 ――それでも、俺は、本物が欲しい。

 

 黙ってその様子を聞きながら立ち尽くしていたわたしへ止めを刺すように聞こえてきた声は、震える声で、情けなくて、何かに怯えるように、かすれた、泣くようなせんぱいの声だった。

 ――衝撃的だった。心が焦がれるような、そんな一言だった。

 ――意外だった。もっと冷めてるんだと思っていた。

 

 わたしは――。

 

  *  *  *

 

 わたしが動けず呆けたままでいると、扉が開かれた。

 そこには、逃げるように飛び出してきた雪ノ下先輩と、それを追うように出てきた結衣先輩と、せんぱいの姿。

 その姿は、繋ぎとめてきた大切な何かを決して壊さないように――守るように、手を伸ばしているようで醜くて、儚くて、そして酷く綺麗だった。

 せんぱいの言っていた“本物”が何を指すのかわからない。

 ――でも、こんなわたしでも、それに手を伸ばすことができるとしたら……。

 

 そうしてわたしは、わたしにとっての“本物”を求めて、葉山先輩に告白することを決めた――。

 

  *  *  *

 

 葉山先輩たちも誘ったディスティニィーランドで、戸部先輩にお膳立てしてもらいわたしは告白したものの――案の定、失敗した。

 わたしらしくもない、負けるとわかっている勝負を仕掛けた。

 この未だにおさまりのつかない高揚感と敗北は、きっとわたしが次へ進むための布石なのだ。そうして、今よりも一歩、新たに踏み出すために、あるかどうかもわからない未来のために、疑うことなく今を犠牲にした。

 ただ、振られたという事実から来る辛さの涙は、紛うことのない“本物”の涙のはずなのに、どこか清々しい気持ちと、何か別の違うものを見ていた錯覚に陥るのはなんでだろうか。

 

 ――はたして、“本物”なんて、そこに本当にあったのだろうか?

 葉山先輩に告白した時、どうして、せんぱいの顔が浮かんだのだろうか?

 本当に、これでよかったのだろうか?

 

 葉山先輩の前から走り去った後、わたしは涙を拭うこともせずにそんなことを考えていた――。

 

  *  *  *

 

 帰りの電車で、いたたまれない雰囲気のまま雪ノ下先輩、結衣先輩、せんぱいの三人が降りるらしい海浜幕張駅に到着する手前で「一色、お前駅どこだ」と隣から声がかかる。

 二人きりで少し話がしたかったので、わたしはせんぱいの裾を引っ張り「せんぱい。荷物超重いです」と答え、多少強引だが送ってもらうことにした。

 そうして二人と別れた後に、三駅ほど進む。

 千葉みなと駅からモノレールに乗り換えると、乗客はわたしたちしかおらず、話をするにはまたとないチャンスだった。

 窓の外の景色を眺めたまま、ため息交じりに呟き、話を切り出した。そして、せんぱいの言葉にこの間の出来事を思い出しながら、わたしはせんぱいの目をしっかりと見つめた。

 

「……わたしも、本物が欲しくなったんです」

「聞いてたのかよ……」

「声、普通に漏れてましたよ」

「……忘れてくれ」

「忘れませんよ。……忘れられません」

 

 あんなの、忘れない、忘れられるわけがないほど強烈だった。だからこそ、踏み出したのだ。

「その、なに。あれだな、気にすんなよ。お前が悪いわけじゃないし」

 振られたわたしに気を遣ってくれたのだろう。だからこそ、その事実に気恥ずかしくなって、強がってしまったのだろう。

 いつものお約束でせんぱいを振った後、わたしは振られた瞬間の感情が徐々に蘇っていく。精一杯強がっていても、やっぱりその事実は確実に心に傷をつけていたようで、涙が再び溢れてしまった。

「すごいな、お前」

 無責任な慰めの言葉なんていらない。けど、掛けられた言葉はそんなものよりとても優しくて、なによりも温かいもののように感じた。

 そうして、この人はいつも不意打ちで、純粋な優しさを見せてくる。その優しさの中に、わたしが欲しかったものをいくつも持っている気がした。

 

 あぁ、もしかしてわたしは――。

 でも、今認めてしまったら今までのわたしは――。

 それでも、わたしは手を伸ばそうと思った。“本物”と呼べるものに、きっと近づけるような気がしたから。

 わたしがわたしらしくなくなってしまったのは、せんぱいのせいだ。だから、わたしはこう告げた。

 

 ――責任、とってくださいね。

 

 

 

 

 




一部抜粋、その他は全部書き直しました。

バックグラウンドの部分を都合よく妄想したというのは変わりません。
というか絶対こんな小難しく考えてないし、必要性もないよねってのはご愛嬌。

※行間とか色々今の雰囲気に近づけました。

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