ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:空の丼
上手く表現できるようになりたいです。
――――――ダンジョン内
「レオナルド殿、そのベルというお方はどのあたりの階層にいるのかわかりますか?」
「レオでいいですよ。彼の最高到達階層は5階層です。感情に任せてダンジョンに入ったのなら5階層以降のフロアにいる可能性が高いと思います」
「そうですか。ならば5階層までは全力で走り抜けましょう!」
「はい!」
命さんは強かった。何かのスキルを持ってるのかモンスターと鉢合わせない様に動き、それでも出くわしたモンスターを通りすがりの一撃で倒してしまっている。今日の朝見たベル君とは力量も技術も段違いだ。
これがレベル2……。
「さすがですね、命さん。さっきから魔物全て一発じゃないですか」
「いえ、それほどでも! というか実は自分でもビックリしてます……」
命さんは刀を持つ自分の手を見ながら感心している。
「どういうことです?」
「自分は今日の【ステイタス】の更新でレベル2になったので、今回がレベル2になって初めてのダンジョンなんです。ランクが上がると飛躍的に身体能力が向上すると聞いてましたが、まさかここまでとは……」
僕もヘスティア様からランクアップがどういうものかは聞いてたけどそんなに変わるのか。……ちょっと経験してみたいかも。
勿論この世界に永住するつもりなんてないけど、一回くらいなら……。
「個人差はありますがランクアップにはやはり年単位の時間がかかります。私はダンジョンに潜るようになってから2年経ってランクアップしました。たしか最短で【剣姫】殿の1年だったかと」
最短で1年って……。
命さんにランクアップについて尋ねたが、やはりかなりの期間を要するみたいだ。僕にはそんな才能ないし、そもそも年単位でこの世界に留まるわけには行かない。
「ランクアップは経験できなさそうだなぁ」
「大丈夫ですよレオ殿! 誰だって強くなる可能性はあります。諦めずに日々鍛錬を積めば必ずランクアップできる日が来ます!」
僕のつぶやきを勘違いした彼女の必死の励ましに頬が緩む。この子はかなり真面目で優しい性格をしてるんだなあ。
そんな感じで話していると思ったよりも早く5階層に辿りつく。
5階層、ここからは4階層以上とは異なり、ダンジョンの構造がより一層複雑になる。魔物の出現頻度も増え、キラーアントなどの厄介な魔物も出現するようになる。ベル君が言ってた。
レベル2冒険者の同伴ありとは言え、まさかこんなに早く5階層に来ることになるなんてなぁ。壁の色が薄い青から緑に変わるのを見ながらそんなことを考える。そもそも僕ってまだゴブリンとすら闘ったことないのに。
「ここからは虱潰しに探すしかないですね」
「その必要はありません」
一瞬迷ったが、出し惜しみをしている場合じゃない。僕は目を見開く。
「その眼は……!?」
「僕のスキルです。長時間は無理だけどこれでベルを追えます」
命さんに軽く説明してダンジョン内を視る。地面にはベルの透明なオーラがくっきり残っていた。それはもっと奥の方まで続いている。
「……っ。こっちです。行きましょう」
「……その眼は大丈夫なんですか?」
この使い方は眼が熱を持ちやすい。
脳に熱が伝わる感覚に頭を押さえる僕を、命さんは心配そうに見る。
「使いすぎると熱を持ちますけど、このくらいなら。それよりも急ぎましょう」
出てくるモンスターを命さんがやはり一撃で倒しながら進み、とうとう6階層まで下りることに。
「いたっ!」
6階層まで下りると、沢山の魔物の死骸が転がっていた。その死骸の跡を辿るとベル君らしく人影を視認する。
そこでは白髪の少年が防具もなしにナイフ一本で影のような魔物の群れに囲まれながら応戦している。
「ベル君ッ!!」
「レオさん……!?」
僕が駆け出すより早く命さんは飛び出し、次々にベル君を囲む魔物を屠っていく。そして数分足らずで周りの敵を全て消滅させた。
その光景を見た彼は助かったという安堵の表情ではなく焦燥を顔に滲ませる。
「ベル君、帰ろう。防具もなしにこんなところをうろつくのは危険すぎる」
一気に静まり返ったダンジョンの中で僕は顔を俯かせるベル君の腕をつかむ。
しかしベル君は乱暴に僕の手を振り払う。いくらベル君が酒場の一件で焦っていようと、そんなことをするとは思っておらず、思考が硬直する。
「……先に帰っててください。僕はまだやれます」
だけどベル君のその言葉を聞いた瞬間頭に血が上る。気付いた時には彼の顔面を殴り飛ばしていた。
「……ぇ?」
「ふざけるなよ……! 俺たちがどれだけ心配したと思ってるんだよっ! シルさんなんかお前のことずっと探しまくってて、ひどい顔になってたんだぞ!! ヘスティア様だって今頃僕らがいないのに気付いて心配してる!」
愚痴りながらもベル君のことを愛おしそうに話していたヘスティア様、自分のせいで傷つけたと僕なんかに頭を下げたアイズさん、雨の中必死にベル君を探していたシルさん、ほんの数時間前に出会ったばかりの僕に何の見返りも求めず協力してくれた【タケミカヅチ・ファミリア】の皆。
今日だけで僕はたくさんの優しさに触れた。
振り払われたのは僕の手だけだ。でも、僕にはそんなみんなの優しさも一緒に振り払われたように感じ、いてもたってもいられなくなったのだ。
「……」
「……酒場で何があったかは聞いたよ」
「っ」
殴られて呆然としていたベル君はその言葉に顔を歪ませる。
「悔しいのは分かるよ。キミがダンジョンに潜った気持ちもわかる」
この世界は明確に強くなる手段が用意されている。強くなりたくても、戦えるようになりたくても、悩みのた打ち回ることしか出来ないあの世界とは違うのだ。
「でも死んでしまったら元も子もないんだ。自棄になっちゃダメだろ……!」
「でも! 僕は……こんなに弱い。あの人に追いつきたいなんて言っておきながら、まだ足元にも及ばないんだ。……僕は、そんな自分が、赦せない……!」
ベル君は地面に手を付き震える声で自分を責める。そんな彼の背中を見て僕は初めて『吸血鬼』と戦った日のみんなの背中を思い出した。
「……赦せなくても、いいじゃん」
「え?」
「赦せなくていい、打ちのめされてもいい。だってそれは諦めるのとは違うんだから」
彼らの背中とベル君の震える背中は全然違う見た目だけど、根っこにあるものは同じに見えた。
「ベル君、キミの今日の悔しさはきっとキミを強くしてくれる。君はきっと強くなる。だから今日はもう帰ろう? 俺も一緒に頑張るから、さ」
「……はい」
僕は手を差し伸べる。
彼はまだ迷っていて、泣きそうな顔をしていたけれど、それでも今度は素直に僕の手を取ってくれた。
命さんにお礼を告げ別れた後、僕らは教会に帰った。
「ベル君!? その怪我はどうしたんだい!?」
教会の入り口でそわそわしながら待っていたヘスティア様が僕らに気付いて駆け寄ってくる。
「まさか誰かに襲われたんじゃあ……。レオ君、これは一体どうなっているんだい!?」
「いや、そういうわけではなくてですね」
「……ダンジョンに、もぐってました」
「ば、馬鹿っ! 何を考えてるんだよ!? そんな格好のままでダンジョンに行くなんてっ」
「……すみません」
ヘスティア様はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、口をつぐみ、優しい笑みを浮かべる。
「シャワー、浴びておいで。血はもう止まっているみたいだけど、傷の汚れを落とさないと。その後すぐに治療しよう」
「……はい、ありがとうございます」
ベル君は小さく笑う。
「神様」
「なんだいベル君」
「……僕、強くなりたいです」
「っ! ……うん」
弱弱しくも、覚悟のこもったベル君の誓いにヘスティア様は目を伏せて真摯に受け止めた。
ベル君をシャワーに入れてベッドで寝かせた後、ヘスティア様は僕に話しかける。
「レオ君、一体何があったか説明してもらえるかい?」
真剣な目でこちらを見るヘスティア様に、僕も真剣に答える。
「詳細は言えません。ベル君は、きっとヘスティア様には知ってほしくないはずだから。彼の口から話されない限り、僕も話す気はありません」
「……そうかい」
「彼は今日、自分の弱さを知りました。彼はそれが悔しくてしょうがなかったんだと思います」
「ベル君は……強い子だよ」
「……僕も、そう思いますよ」
「レオ君、頼みがあるんだ」
「なんですか?」
「ベル君のことを見ててあげてほしい。ベル君が暴走した時に止めてあげてほしいんだ」
きっとベル君は強くなる。誰よりも早く、真っ直ぐに。
でもそれは、命がけの綱渡りだ。その場所でとどまることを知らず、次々と先へ進めば、いつか折れることになる。
だから、とヘスティア様は懇願する。
「元よりそのつもりですよヘスティア様。絶対にベル君は死なせません」
その言葉を聞きヘスティア様は嬉しそうに笑う。
「よし! レオ君も疲れたろう? 今日はもう寝よう! グヘヘ、さっきベル君からは言質をとったからね、ボクは存分にベル君の体を堪能させてもらうよ!」
「程々にしてくださいよーヘスティア様」
よだれをじゅるりと出しながらベル君の懐に潜り込む主神様に呆れながら僕もソファに横になる。
二日後、僕らはベル君の絶叫で目を覚ますことになった。
レオ君は着の身着のままでベル君を捜索していたので武装なしで命さんに着いて行ってます。