ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:空の丼
「とりあえず、シルさんが働いているっていう酒場に行ってみるか」
記憶の中にある酒場までの道のりを走って辿り、西のメインストリート沿いにある『豊饒の女主人』という酒場に駆け込む。
「いらっしゃいませニャー! お一人様ですかニャ?」
未だ冒険者たちの盛り上がりが途絶えない酒場の入り口をくぐると、ハツラツそうな猫耳の店員さんが対応してくる。
「あの、ここに茶色いコートを着た白髪の少年が来ませんでしたか?」
店内を見回してもベルの姿は見えなかったので、店員さんに尋ねる。
すると店員さんの表情が、営業スマイルから一変、怒りにゆがむ。
気付くと他の店員たちも僕を殺気のこもった眼で睨みつけている。な、なにこの酒場……怖すぎるんだけど。
「お前まさか、あのシルに貢がせるだけ貢がせておいて役に立たなくなったらポイしていった食い逃げクソ白髪野郎の仲間かニャ!? おのれ、シルを悲しませといて生きて帰れると思うニャよ!!」
食い逃げ!? ベル君が!? 人違いだろ!!
必死にあり得ないと否定するが店員さんは聞く耳持たず。本気で殺されるんじゃないかと思っていると、カウンターの方から怒声が飛ぶ。
「サボってんじゃないよ、アンタ達!! さっさと仕事を続けなぁ!!」
店員たちは一度体をビクリと震わせ、次の瞬間には営業スマイルに戻り、接客や注文取りを始める。
「坊主、来な」
呆けていると、怒声を発した女将さんらしき人から睨まれる。正直、店員全員から睨まれた時より怖いが、何とか足に前に歩くように命令する。
『うわー、さっきの食い逃げの仲間かいな。こりゃあ血の海を見ることになるかもしれへんな』
カウンターに向かう途中、そんな声が聞こえてくる。店内の酒を飲んでいた連中もこちらをニヤニヤと伺っている。
あの……やめてくれません? ただでさえ足が震えてるのに、ちびりますよ、いいんですか?
「アンタ、朝にシルと話してた冒険者の片割れかい?」
「……はい」
どうやらベル君がここにきたのは間違いないらしい。
「金を持ってきたのかい?」
「……彼が何の理由もなしに食い逃げなんてするわけがない。あなた達が何かしたんじゃないですか?」
ミシリ、となにかが軋む音があちこちで鳴る。周りもドヨドヨと騒ぎ始める。
しかし女将さんは眉ひとつ動かさず僕を見据え続ける。
「そうだね、もしかしたら何かただならない理由があったのかもしれないね。で、それとうちに何か関係があるのかい?」
「っ」
それは、確かにそうだ。ヘルサレムズ・ロットでもそうだった。たとえどんな理由があろうと、金を払えないなら客じゃない。臓器を売られようが殺されようが何をされても文句は言えないのだ。
「……お金は必ず払います。信用できないなら僕のことをどうしようと構いません。だから、ここで何があったか教えてください」
僕は頭を下げる。
それから数秒、僕にとっては何時間にも感じる数秒が過ぎた後、場は動いた。
それは女将さんではなく、後ろの席に座っていた客が席を立った音だった。
「……私が、説明します」
振り返ると金眼金髪の女の子が申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「ちょ、アイズたん? いきなりどしたん?」
「女将さん、いいですか?」
近くにいた糸目の女性の制止を無視して金髪の少女は女将さんに了承を取る。
女将さんは黙ってうなづいた後、「奥を使いな」と、おそらくスタッフルームに続く扉を親指で指した。
僕と金髪の少女はその指示に従い、奥の廊下まで歩く。扉を閉め、二人きりになったところで少女はこちらに振り向く。
「あの、あなたは?」
「……私は、アイズ・ヴァレンシュタイン。あなたは、あの白髪の子の、知り合い?」
アイズ・ヴァレンシュタイン。その名前に驚く。確かベル君の想い人の名前じゃないか。ということはつまり彼は意図せずして憧れの人と同じ店で食事をしたのか。
「多分そうです。白髪にルベライトの瞳。なんていうか、兎みたいな少年のことですよね?」
僕の言葉に彼女は頷き、そして目を伏せる。
「ごめんなさい。私はあの子を傷つけてしまった……」
そこから彼女はポツポツと酒場で起きたことを話してくれた。
どうやら彼女たちは本人が近くにいるとも知らず、ベル君のことを嘲り、笑いものにしてしまったらしいのだ。
「それで、私が気付いた時には酒場を出て走り去ってしまって……本当に、ごめんなさい」
二度目の謝罪で彼女は話を締めくくる。
「……僕に謝られても意味ないですよ」
話を全部聞き終わった僕は俯いて悲しそうな顔をしている彼女に言う。
「……そう、だよね」
「というか、そもそもベル君にも貴方が謝る必要はないですよ。貴方は悪くない。そのベートっていう人もそうだ。笑いものにしたのはすっっっごくムカついてますけど、僕らは彼の言い分に言い返せませんから」
「でも……」
「じゃあ、今度ベル君を見かけたら、挨拶だけでもいいので話しかけてあげてください。それだけで彼は喜びますから」
まだ納得できてない顔をしている彼女に僕は笑いかける。そしてすぐに真面目な表情に戻す。
「話を聞かせてくれてありがとうございました。行くとこが出来たのでこれで失礼します」
僕は彼女に背を向け、再び女将さんの前まで歩く。そして再び頭を下げる。
「必ずお金は払います。必ずベル君を、縄で縛ってでも連れてきます。だから少しだけ待ってもらえないでしょうか!?」
女将さんはそんな僕の姿を見て大きく溜息をついた。
「わかったよ。……明後日まで待とう。もしそれまでに来ないようなら、こちらから出向くから覚悟しときなよ」
「ありがとうございます!」
女将さんの返事を聞くや否や酒場の出口を目指す。その途中、犬耳をつけた青年に絡まれる。
「待てコラ。テメェ、アイズと何話してたんだよ?」
……この人が話に出てきたベートさんか。
「雑魚が、アイズと口きいてんじゃねぇよ。そんな資格テメーにはねえ」
思った以上にムカつく話し方をしている。アイズさんはオブラートに包んでたけど実際はこんな口調でベル君を嗤ったのか。
さっきはああ言ったけどこの人には是非ベル君に謝って欲しい。まあ絶対謝ってくれないんだろうけど。
そう思うと一泡吹かせないと気がすまなくなってきた。
「オイ、聞いてんのか!?」
黙って背を向けていると僕の肩が掴まれる。
……よし、この角度からじゃ誰にも僕の眼は見えないな。
「悪酔いし過ぎだ! 酔っ払い!!」
「うおっ!?」
彼の視界をジャックする。元々酔っ払ってたのも合わせて彼は簡単にバランスを崩した。
その隙に僕は走って酒場を出る。
ベル君のオーラは独特だ。色は透明。だが眩しいくらいに輝いている。だからこそ酒場から続く彼のオーラも見分けることが出来る。
そしてその輝くオーラは大通りを真っ直ぐ東、『バベル』の方に走っていた。
……どうする?
ダンジョンだとは見当が付く。
でも、まだ魔物と戦ったことすらない非武装の人間一人で彼がいるであろう階層までたどり着き、連れて帰ることが出来るだろうか。
【神々の義眼】を使えばある程度の戦闘は避けられるけど、その場凌ぎにしかならないし、そう何度も連続して使えない。
せめて人手があれば……。
そこでふと、打ち上げでのことを思い出す。
「タケミカヅチ様……」
すぐに打ち上げがあった酒場に向かって走る。あれから一時間と少し、まだ間に合うはずだ。
走っている途中見知った人影を見つける。
「シルさん!」
「レオナルドさん……?」
振り向いた彼女はひどく憔悴していた。いつの間にか降り出していた雨で体もずぶ濡れだ。きっとベル君が走り去ってから今まで、休まずあちこちを探し回ってたんだろう。
「レオナルドさん! ベルさんがっ!」
それでも彼女は自分の体のことを気にせずベル君の心配をしている。
「大丈夫です。ベル君は必ず見つけ出してシルさんのところまで連れてきますから、だからもう酒場に戻ってください。風邪ひきますよ」
「でもっ……!」
「大丈夫です。女将さんとも約束しましたし、きっと皆心配していますよ」
「……分かりました」
シルさんは小さくうなづいて未だ心配そうな顔を浮かべながらも酒場の方角へ歩き出す。
「ハァ、ハァ……いた! タケミカヅチ様!!」
夕飯を食べた酒場に着くとタケミカヅチ様達は店の入り口で雨宿りしているところだった。
「レオ? そんなに慌てて一体どうしたのだ?」
「お願いします! ベル君を、僕の仲間を助けてください!」
今日だけでもう何度頭を下げたか。すっかり軽くなってしまった頭を、それでも必死に下げる。
「……話を聞こう」
真剣な顔つきで耳を傾けてくれるタケミカヅチ様に今まであったことを簡単に説明する。
「せっかくのお祝いの席なのにすみません。お礼は必ずしますからお願いします!」
「命、頼めるか?」
「はい!」
タケミカヅチ様は迷うことなく後ろにいた冒険者の一人に頼む。
「お礼なんかいらん。頼ってくれと言ったのは俺だからな。それにここで見捨てたらヘスティアに一生恨まれるであろうしな」
「っ……ありがとうございます!」
「行きましょう、レオナルドさん」
「はいっ」
レオ君の『豊饒の女主人』に対する信頼度は結構低めです。フレイヤ様の件がありますからね。
作者の『豊饒の女主人』に対する好感度はかなり高めです。リューさんとアーニャがいますからね。……どうでもいいですね。