ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか   作:空の丼

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単独行動は出会いのフラグ。しかしこの物語にヒロインはいない(血涙)


言えない(2)

 

 僕たちが住んでいる廃教会は北西と西のメインストリートに挟まれた区画にあり、ダンジョンに向かう際は、まず西のメインストリートに出てから通りに沿って『バベル』に向かう。

 

 なのでファミリアのホームに帰るだけなら西のメインストリートを行けばいいのだが、今僕は北のメインストリートを歩いている。

 

 理由は二つ。

 

 一つはさっきベル君にも言った通り観光目的だ。実際、時間場所問わず事件が起きる文明の発達した街に住んでいた僕にとって西洋の外観をしたこのオラリオは目に映るすべてが新鮮に感じる。

 

 花屋においてある花が実は食人花だったりすることもない。殺したヤクザの死体から出汁を取ってる料理屋さんもない。

 今まで脳がマヒしてたけどこれが普通なんだ。僕が元いた世界だってヘルサレムズ・ロットを出ればあんな日常はあり得ないわけだし。

 

 おっと、話がそれたね。僕が北の大通りを歩いてる理由だったか。

 

 二つ目は結構真面目な理由。

 

 昨日聞いた話じゃ、この北の区画のどこかでヘスティア様が働いているからだ。

 

 ダンジョンに向かっていた時に視た、おそらく女神であろう者のベル君に対する強い視線。あれをヘスティア様の耳にいち早く入れておきたかった。あれは今の僕じゃ絶対に手におえなさそうだし。

 

 まあそんなこんなで北の大通りを歩いているわけだけど、ヘスティア様の働いているお店の正確な場所も分からないし、とりあえずいろんなところを見て回ることしか出来ないわけですよ。

 

 とはいえこの北の大通りは服飾関係の店が多く目につくし、さすがにこの大通りにはじゃが丸くんの露店はなさそうだなぁ。多分ヘスティア様が働いているところは路地の方じゃなかろうか。

 

 脇道の方に入ると、大通りのような店を建物で構えているところより露店商の方が目立っていた。恰幅の良い獣人の女性や寡黙そうな老人などが道のわきで商品を広げている。

 

「おっ、兄ちゃん駆け出しかい? 安くしとくぜ?」

 

 露店を見てまわっているとガタイの良い白髪交じりのおじさんに話しかけられる。

 

「アハハ、分かります?」

 

「失礼だが見るからにナヨッちい格好してるしなぁ。あとそのライトアーマーはギルドから支給された奴だろ? しかも傷がほとんど入ってねえ」

 

 事実だし否定はできない。

 

 見るとおじさんの前には大きく風呂敷が拡げられており、簡単な装備から何に使うかわからない小物まで色々なものが売っていた。

 

「ええ。実は昨日こっちに来たばかりなんすよ」

 

「ガハハハハ、そうかいそうかい! 来たばかりっつーなら金もあんまし持ってねぇだろ? これなんかどうだい? 負けに負けて30ヴァリスでどーよ?」

 

 気前よく笑うおじさんは商品の中から古ぼけた手のひら大の十字架を選んで僕に見せる。

 

「……これ、なんか意味あるんすか?」

 

 見た感じ、ただの十字架だ。安いっちゃ安いけど、現状無駄な買い物が出来る状況じゃない。

 

「まあまあ、そう言いなさんな。この十字架にはな、少しばっかり神の加護が憑いてるんだと。俺ァ冒険者じゃねえから効果のほどがどんなモンかはうまく言えないが持ってて損はないはずだ!」

 

 効果が分からないものを売るのか。

 でも、うーん、加護があるっていうのは気になるなぁ。よく見ると淡く光ってるのが僕の眼から見たら分かるし嘘じゃないと思う。しかも30ヴァリスって。じゃが丸君と同じ値段かよ。

 

「今だけだぜこんなに安いのは!? オレも新米に死んでほしくはないからな。ホラ、騙されたと思って!」

 

 でも安く売ってくれるっていうならありがたい。

 

「……分かりました、買います」

 

「ヘヘ、毎度あり!」

 

 迷ったけど、結局買うことにした。魔物と戦ったことのない僕にとっては小さな加護でも役に立つかもしれないし。

 

 おじさんから十字架を受け取り、路地を再度歩きながら買った十字架を眺める。

 昔は銀に輝いていたことが窺えるけど、今はくすんでその輝きを失っている。よく見ると赤い線が十字架の真ん中を走っている。

 

 

 ドンッ

 

 

 そんな感じで十字架を見ながら歩いてたら壁にぶつかる。イタタ、十字架に気を取られ過ぎてよそ見し過ぎた……。

 

 あれ、こんなところに壁あったっけ?

 

 

 

 そう思って前を見るとそこには大男が立っていた。

 2mは裕に超えるだろう体躯を持つ、化け物を素手で殺せそうな厳つい男が僕を見下ろしている。

 

 

 

 

「……ぶつかってすいませんっした! 前見てなくてすいませんっしたあああ!!」

 

 

 

 

 限界まで頭を下げる僕。

 

 何この人!? 怖すぎるよ!! ヤバイ、因縁つけられたらどーしよ!? 

 

 でもさすがに路地裏とはいえ人目もあるし手荒なことはしないよね……?

 

「…………来い」

 

 僕を睨みながらただ一言告げる大男。

 

 あ、詰んだ。

 

「いや、あのですね、もうこれからよそ見しながら歩くなんてしませんから許してもらえないかなー、なんて……ハハハ……ツイテイキマス、ハイ」

 

 問答無用と語るその目を見て諦める僕。逃げようにも僕の足じゃ絶対に追いつかれそうだ。

 

 大男の後ろを歩き、人目のない小さな路地裏に連れて行かれる。

 

 袋小路の中、壁を背にゴクリと生唾を飲み込む僕を睨みながら大男は口を開いた。

 

「貴様、見ていたな?」

 

「へ?」

 

「朝、貴様らがダンジョンへ向かう途中、我が主を見ただろう」

 

「っ!?」

 

 一気に心臓が跳ね上がる。

 

 そうか。こいつ、あの時の『バベル』の上の階にいた女神の使いか! ギリギリ目が合う前に視線は切ったつもりだったけど、結局はばれていたのか。

 

「……だったら、何ですか」

 

 誤魔化そうかとも考えたが、正直に言う。言わざるを得なかった。それだけこの大男の目は威圧感に溢れていた。

 

「率直に言おう。あのお方のことは誰にも話すな」

 

 つまりは口止めというわけか。やっぱりあの女神はベルを狙ってる!

 

「っ……断ります! 何のつもりか知らないけどベル君にちょっかいは出させな―――ガッ!?」

 

 僕が言い終わる前に大男は僕の胸ぐらを掴みあげる。僕の足が地面から離れる。

 

「貴様に拒否権はない」

 

「ぐっ……」

 

 息が出来ない。

 

 これがただのカツアゲだというのならこのまま絞め落とされようが構わない。でも僕を拾ってくれた人たちに危険が迫ってるというのなら……。

 

(【神々の―――……?)

 

 目の前の大男の視界をジャックしようとすると、不意に息が出来るようになる。

 

「貴様は誤解している」

 

「カハッ……ゲホッゲホッ……誤解?」

 

「あのお方はベル・クラネルに危害を加えるおつもりはない」

 

 ……なんだって? じゃああの目線はなんだったっていうんだよ。

 

「だが、もし、貴様があのお方のことを口外したり、無用な詮索をすれば……貴様も、貴様のファミリアも只では済まん」

 

「危害を加えるつもりはないって、……信じられるかよそんなこと」

 

「ならば誓おう。我が主神にかけて、この言葉に偽りがないことを」

 

 そう言うと大男は右手の拳を自らの胸に当てた。

 

「なっ…!?」

 

 武人の誓い。その姿は何故だかクラウスさんと重なって見えた。僕は何も言い返せなかった。

 

「……分かった」

 

 俯きながらその一言を絞り出す。

 

 それを聞いた大男は僕に背中を向け歩き出す。

 

 結局、僕には何も出来なかった……。いつもと同じ。こんなファンタジーみたいな世界に来ても変わらない。僕は一人じゃ何もできない……!

 

 でも―――

 

『光に向かって一歩でも進もうとしている限り、人間の魂が真に敗北する事など断じて無い』

 

 諦めない。たとえ今僕に出来ることが何もなくても。絶対にベル君を、僕を受け入れてくれた人たちを守って見せる!

 

 おそらく彼が言ったことは本当なんだろう。でも危害を加えるつもりはないって言いながら、気付いた僕に口封じをするってことはばれたらマズイ何かがあるってことだよな。

 

 

 

「レオ君?」

 

 僕がうんうん唸りながら歩いていると、僕の名前を呼ぶ声。

 

「ヘスティア様……」

 

 そこにはじゃが丸くんの露店でバイト着を着て店番をしている神様の姿があった。

 

「神様がバイトって……、半信半疑だったけど本当だったんですね……」

 

「むむっ! なんだいその呆れたような言い方は! むしろ褒めるべきだろう! 神という存在でありながら人々のために労働をしているんだよボクは!」

 

 背伸びしながらプンプンと怒るヘスティア様。ごめんなさい、普通に可愛いです。

 

「ふんっ! 今に見てなよ! いつかボクだってこのじゃが丸くん屋さんで実績を残してゆくゆくは君たちより稼いで見せるんだから!」

 

「お金稼ぐのって僕たちの仕事ですよね……?」

 

 手段と目的が入れ替わってるのではなかろーか?

 

「それで何があったんだい? こんなところで浮かない顔をして」

 

「いえ、別になんでもないですよ」

 

 誤魔化すしかない。さっき脅されたばかりだ。

 

「……もう一回言うよ、レオ君。何があったんだい?」

 

「っ」

 

 ヘスティア様は心配そうにこちらを見上げてくる。

 

「昨日も言っただろう? ボクは神様だ。レオ君に何かがあったことぐらい分かるよ? 話してくれないかい?」

 

 慈愛に満ちた目で僕を見るヘスティア様。

 

 もう少し早く、迷わずここにたどり着けてたのなら真実を言えたのかな? いや、無理か。あの大男は僕がヘスティア様に報告しないようにするため送り出された使いだもんな。だから―――

 

 さっき決めた覚悟を胸にヘスティア様が差し出した手を拒絶する。

 

「ごめんなさい。今は、言えません。でももし、話さなければいけない時がきたなら全て打ち明けます。約束します」

 

 奇しくも、昼に誤魔化した時と同じような言葉で、でも重みだけは本物で。

 

「……分かった。レオ君、君を信じよう」

 

 僕の表情から察したのか、ヘスティア様はそれ以上問い詰めるようなことはしなかった。

 

「それじゃあレオ君! 君は今お客さんなんだ。どうだい買っていかないかい? この小豆クリーム味なんて最近評判良いんだよ?」

 

 ここぞとばかりに押し売りしてくる神様。でも僕がここで買ったところでファミリアの利益にはならないんだけどなぁ……。

 

「じゃあ、その小豆クリーム味のを二つください」

 

「まいどあり!」

 

 買ったじゃが丸くんを手にヘスティア様に別れを告げ、僕はホームまでの帰路についた。

 

 

 

 

 

 ……やべ、今日の夕飯代、残すの忘れてた。

 

 




謎のアイテムゲット&口止め完了です。
赤ラインの入った銀の十字架って血界戦線一巻の表紙で見たぞ?とか言わないでくださいお願いします!



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