ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:空の丼
動け。
動いてくれ。
頼むから……。
動けよ!!
ベルは今独りで戦っている。泣きそうな声で叫びながら、たった一人恐怖に食らいついている。
彼の【ステイタス】は魔力を除いてS、俊敏に至ってはSSだ。だからこそミノタウロスと相対しておきながら、今も膝を付かずに戦えている。
しかし、それでも追い抜くことが出来ない。
ベルは速さを活かして、ミノタウロスを翻弄しているが、確実にベルが押されている。
レベルの壁、トラウマ、極度の疲労、色々な負の要素がベルに襲いかかっている。
それだけじゃない。リリも危険な状態だ。
全身をバッドバットの鋭い牙で引き裂かれ、今も血が止まっていない。このままでは失血死してしまう。
僕は今、それを見ていることしかできない。
【神々の義眼】だからこそ今もなお普通の眼と同じ程度の役割は果たせているが、頭からつま先まで、ピクリとも動かない。目蓋が焼け眼球にくっ付いてるから目を閉じることも出来ない。
こんな光景を目の当たりにしておきながら、僕は見ることしか出来ないのか……?
【神々の義眼】が動かないというのなら、せめて腕一本だけでもいいから動いてくれよ!!
ポーチにはポーションが入っている。コレをかければ眼だって多少は使えるようになるはずなんだ。
こんなに近くにあるのに……! どうして腕を数十センチ動かすだけのことが出来ない!?
こんなところで……見ているだけなんて嫌だ……。
「―――なっ!?」
遂に場が動く。大剣を回避し死角に潜り込もうとしたベルをミノタウロスは動きを予測し、凶悪な角の生えた頭で頭突きを繰りだしたのだ。
「うあっ!?」
ベルは咄嗟にプロテクターでガードするが、呆気なく貫かれてしまう。
「ベ、ル……」
叫んだつもりがしゃがれた声しか出ない。
ミノタウロスは角をプロテクターに貫通したまま、ベルを頭上に掲げる。
「ひっ!?」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
そして首を振り回す。
ダメだ……! このままじゃベルもリリも死んでしまう……!
「ぅ―――ゎぁああああああああああああああああああああああああっ!?」
プロテクターが壊れ、ベルは天高く放り出される。
10mはあるであろう9階層の天井にグッと近づきそして落下する。ベルは身構えることが出来ず背中から地面に激突し悲鳴を上げる。
お願いだ……。どんな方法でもいい。僕に動く力をくれ……!
ベルを、リリを……助けてくれ……!!
「ンニッ……」
「ぁ…………ソニック……?」
目の前に、僕と一緒にこの世界へ迷い込んでしまった相棒が降り立つ。
なんでソニックがここに……?
ソニックはダンジョンには潜らせないようにしている。いくら音速猿だからと言っても危険すぎるからだ。
ダンジョンは狭く、大量のモンスターに囲まれればどうしようもないし、魔物と間違われて冒険者にも襲われてしまう。
見ると大変な思いをしてきたのかソニックの毛並みは埃で汚れ、身体は震えている。目もちょっと涙目だ。
それでも……来てくれた。
「ソニック……僕の、ポーチから……ポーションを……」
いつだって側にいて僕を助けてくれた相棒に、心から頼む。
その手で僕らを救ってほしい、と。
ソニックはしっかりと頷いて、僕のポーチを探る。そしてポーションをあるだけ取り出して迷わず眼にかける。
ポーションじゃこの怪我は全快にはならない。
でも眼球を伝わり、視神経、脳へとその効果は僅かではあるが届いた。
「ありがとう……ソニック……! あと、リリをお願い……!」
腕に力を込める。今度は動く。
「う……ぉおおおおおおおおお……!」
上体を起こし、ベルの方を見る。
ミノタウロスはすでにベルの近くまで迫っていた。
地面に叩きつけられたベルは体を震わせて動かない。目に涙をためてソレに怯えている。
「ベルに……手ぇ出してんじゃねええええええええええええええ!!」
全身に力を込める。ポーションは眼に全て使ってしまったために、未だ体は傷だらけで激痛が走る。
でも、動けずに見ているだけだった時の方が何倍も痛かった……!
立ち上がりながら【神々の義眼】でミノタウロスの視界をぐちゃぐちゃにする。
『ヴォオオオオオオオ!?』
ミノタウロスは再び訪れた支配に怒りの声を上げながらも蹲る。
眼からはピシリッと音が鳴り、支配は一瞬で解けてしまうが充分だ。
僕は倒れたベルの前に背を向けて立つ。
「レオ……?」
「……カッコつけておいてなんだけど、僕じゃアイツは倒せない」
視界もさっきみたいに一瞬しか支配できないし、多分、あと何回も出来ない。
「だから、ベル……アイツを倒せるのは君だけだ」
ベルのスピードだけがミノタウロスについて行ける。ベルの攻撃だけがミノタウロスに届く。
「そんな……僕には……無理だ」
後ろから震える声でそう聞こえた。それならば、
「待ってる。ベルが立ち上がるその時まで」
聞こえるのはベルの息遣いだけ。今彼はどんな表情をしているのだろうか。
「君が立てないなら、立てるようになるまで時間を稼ぐよ。君が倒れそうなら精一杯支える。僕らは仲間なんだから」
きっと君なら立てる。
「だから……君が立てるようになったなら、僕らを助けておくれ」
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
ミノタウロスが大剣を掲げて、突進を始める。
後ろにいるベルがいる以上、避けることは許されない。でも、僕があの巨体を受け止める術は万に一つもない。
なら、まずは一瞬でもいいから怯ませてベルの側から離れよう。
それでその後は……分からないけど、やるしかない……!
「……離れてて」
だけど僕が考えを実行する前に、隣を白く透明な光が駆け抜ける。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオ!』
「あああああああああああああああ!」
ミノタウロスの振り下ろした大剣をナイフで受け止め、上手く横に反らす。
「……思ったより早かったかな」
「ううん、待たせてごめん……レオ」
ベルの眼にはもう怯えた光はなかった。がむしゃらに恐怖を押さえつけている顔でもない。
ベルは冒険者の顔をしていた。
『ゥ、ヴォオ……!?』
突然、ミノタウロスが怯えを見せて後ずさる。
ミノタウロスと僕らの間合いが広がる。
何事かと後ろを振り向くと、そこには【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがいた。
「アイズさん……」
ベルは今目の前にミノタウロスがいることも忘れて目を見開く。
アイズさんは部屋を見渡す。まず倒れるリリと寄り添うソニックを見て、その後僕らとミノタウロス、最後に激しい戦いがあったことがうかがえる焼け焦げたり砕けたりしている壁や地面を見渡す。
そして状況を察したのか、一歩前に出てミノタウロスに剣を向けた。その眼にはベルを襲ったことに対する怒りが確かに浮かんでいる。
「あとは……任せて」
そう言ってアイズさんは踏み出そうとするがベルはそれを止める。
「待ってください」
アイズさんは何で止められたのか分からず、困惑した顔をこちらへ向ける。
「……レオ、支援は任せたよ」
「了解。言っておくけどあまり期待しないでね」
前に出てミノタウロスと対峙するベルに溜息まじりで頷く。
ここでアイズさんに任せてしまえば楽に終わるのに。頭の中ではそんな風に考える。でもベルも僕も心がそれを認めない。
ベルは困った顔をしているアイズさんに微笑みかける。
「アイズさん、無理をしてるのは分かってます。でもコイツは僕らの手で倒したいんです」
それに、とベルは付け加える。
「もうこれ以上貴女に助けられるわけにはいかないんです」
僕はそれを聞いて苦笑いを浮かべる。
なんのことはない。それは男の意地。好きな人の前で格好つけたい、情けない姿を見せたくないという強がり。
でも、それこそがベルらしい。そんな子供みたいな意地に全てを掛けられるからこそベルは僕にはない輝きを持っているんだと思う。
「ベル、僕のスキルはもう1回か2回くらいしか使えない。しかも支配できるのは一瞬だけになると思う」
「分かった。タイミングは任せるよ」
再びミノタウロスに向かって構える。それを見たミノタウロスは目を見開き、そして確かに、獰猛に笑った。
「勝負だッ……!」
絶望から始まった闘いは、ついに終わりを迎えようとしている。これが最後の闘いだ。
というわけでアイズさんではなくレオ君の姿を見てベル君には奮起してもらいました。もちろんアイズさんの前で格好つけたいという気持ちは健在ですが。