ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:空の丼
このSSの中で書きたかったお話の一つなのでテンション上げて書きました。
バキリ、と。
ヘスティア様のカップの取っ手が割れた。
「……」
「……」
僕らはピタリと動きを止め、じっとその陶器を見下ろす。
テーブルに置かれた白色のマグカップがひとりでに壊れ、湾曲した取っ手が卓上に転がっている。
本体の方は無事で全壊こそしなかったものの、白い欠片がバラバラになって散っていた。
「……」
「……」
僕らはしばらく押し黙った後、顔を見合わせる。
「不吉だ……」
「不吉ですね……」
そして二人そろってキッチンを忙しなく駆け回っているベルを見る。
アイズさんとの特訓が昨日で終わり、やる気に燃える少年は、今日から早くダンジョンに潜りたいと僕とリリに提案した。別に不都合はなかったから快く承諾したのだが……。
「じゃあ神様、後片付けはもうやっておきましたから! 魔石装置だけお願いします! レオ早く行こう!」
「あ……ベル君!」
早速ホームを飛び出そうとするベルを、ヘスティア様は咄嗟に呼び止める。立ち止まって不思議そうな顔をするベルに彼女は言葉を詰まらせる。
そしてぐむむっ、と唸って、
「あ、あー……ほら、【ステイタス】を更新しておかないかい? ここ最近やってあげられなかっただろう?」
「ええっと……」
「なぁに、すぐ終わらせるよ。時間の心配はしなくていい。だから……ね?」
ヘスティア様に押し切られ、ベルは眉を下げて笑い提案を呑む。
僕はベルが【ステイタス】更新をしている間に破損したマグカップの片付けをすることにした。
「うわっ……神様、ごめんなさいっ、僕達もう行きます!」
片付けが終わり台所から戻るとベルが慌てたように扉へ直行する。
「レオっ、急いで! 遅れちゃうよっ」
「先に行ってて。僕もちょっとヘスティア様に話があるから。大丈夫、すぐ追いつくよ」
急かしてくるベルを先に行かせて、ヘスティア様に話しかける。
「ベル、どうでした?」
そう聞くとヘスティア様は額を頭を抱えるように右手で覆う。
「……魔力以外、S。俊敏に至ってはSS。何だよ、SSって……」
うわー……えげつねー…………。
久しぶりにベルの【ステイタス】聞いたけど、上がり過ぎでしょ。僕なんてまだオールI……いや、そういえば器用だけはHに上がったんだっけ。でもその程度だ。
「でも、それだけの【ステイタス】があるなら、さっきの不吉な予感はやっぱり杞憂だったんですかね?」
たとえオークの群れに囲まれようとベルなら切り抜けられるだろう。それに僕もリリもいるわけで、間違ってもやられる未来なんて見えない。
「そうだといいんだけど……」
しかし神の勘というのも無視は出来ない。これだけヘスティア様が心配するなら、何かあってもおかしくないのかもしれない。
「……レオ君、今日は一層警戒してダンジョンに潜るようにしてくれ。ベル君だけじゃない、もしかしたらレオ君の方に危機が迫っている可能性だってある」
「分かりました。……それじゃあ行ってきます。ソニックも、留守番よろしくな」
荷物の入ったバックパックを背負って、ベルに追いつくために駆け出した。
おそらくもう『バベル』について僕を待っているだろう二人の元へ向かって路地を走る。
嫌な予感はあったもののベルの【ステイタス】を聞いたおかげか少しは気分が軽い。
街並みも変わらない。まだ早朝なだけあってお店も準備中で一般の人たちは少ないが、冒険者の姿は多く、すでに通りは活気に包まれている。
その喧騒に包まれながら走っていれば、さらに気が楽になる。
とはいえヘスティア様の忠告は忘れちゃいけない。気を引き締めていかないと!
違った。
気のせいだなんて楽観視していた自分を呪いたくなるくらい、この日のダンジョンは雰囲気が明らかに違った。
何が違うかって聞かれたら上手くは言えないんだけど……そう、ライブラに入ってから何度か体験したことのあるあの感覚、大きな事件が起きる一歩手前の平和なヘルサレムズ・ロットを歩いている感覚に似ている。
つまりは、嵐の前の静けさというやつだ。
「ベル様、何か気になることでも?」
「……いや、何て言うんだろ」
ベルも何かを感じ取っているのか首に手をやりながら、怪訝な表情でしきりに周囲を見渡している。
しかし、ベルは僕のように漠然とした違和感を感じているわけではない様な気がする。
ベルがしている仕草はまるっきり視線を感じている時の仕草にそっくりだ。彼は僕が出会った頃からよくこの仕草をしていた。
理由は『バベル』の頂上から不躾に見下ろすとある神様の仕業だ。
だから地上ではよくベルは視線を感じて辺りを見渡していたが、ダンジョンではそんなことはなかった。如何に『バベル』が高かろうと地下までは見えるわけがない。
じゃあ今ベルが感じているモノは何なのだろうか……?
「ちょっと、おかしくない……?」
「おかしい、ですか?」
「モンスターの数が少な過ぎる」
ベルも僕が感じたことと同じことを言う。冒険者はもちろん魔物とも、この9階層についてから一度も遭っていないのだ。
…………ダメだ。
いくらまだ何も起きてないからと言ってコレは看過できない。
「ベル、リリ、今日は引き返そう」
「え?」
朝の一件もあって僕は今まで以上に慎重に構える。
リリはそんな僕の発言に驚く。
「ま、待ってください。確かに今日はダンジョンの雰囲気が違いますが、ただ上級冒険者の方々が倒し尽くした直後なだけという可能性もあります。ここで引き返すのは早計ではないでしょうか……?」
多分、そう考えるのが普通なんだと思う。
例えば【ロキ・ファミリア】。ベルの話じゃファミリアの主力が揃ってダンジョン攻略にあたる『遠征』が今日からのはずだ。
レベル2どころかレベル3以上の冒険者の団体がダンジョンを降りるわけだから魔物は一溜まりもない。
でもそれを考慮した上で、退いたほうがいい。そう思ったんだ。
「……僕も、レオに賛成かな。とにかく今はここから離れた方がいい」
「ベル様まで……。分かりました、お二人がそういうのなら引き返しましょう」
ベルの賛成もあり僕らは撤退することを決める。
だけど、遅かった。
『―――ヴ―――ォ』
「……」
「い、今のは……?」
聞いたことのない雄叫びのような音に僕らは足を止める。
魔物の声だとは直感するが、聞いたことがない。上層に出てくる魔物で僕が出会ったことのないのといえば、インファント・ドラゴンだけ。
もしかしてインファント・ドラゴンが9階層まで上がってきたのか……?
「………………」
「ベル……?」
隣を見るとベルがある一点を凝視して動かなくなっている。
『……ヴゥゥ』
その時、ベルが凝視していた方角からソイツは現れた。
「―――ぇ?」
ソイツは僕の見たことのない魔物だった。でもさすがに僕でもその魔物の名前くらい察しが付く。
牛頭人身の怪物、僕らの世界の神話でも有名な―――
「ミノタウロス……!」
『オオオオォオオォオオォオォオオオ……』
「な、なんで、9階層にミノタウロスが……」
リリが当然の疑問を口にする。
ただ一つ言えるのは、これは現実だということ。
理不尽の塊であるダンジョンの中、例え何万分の1の確率だろうと起こり得た可能性の一つ。それが今僕らの前に現れたということ。
くそっ、何がオークの群れだ……! 何で僕はもっと最悪の状況を想像できなかった!?
僕がこの地に降り立った時、ベルが5階層でミノタウロスの追い回されたことは知っていたじゃないか!?
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
僕らを獲物と見定めたミノタウロスが咆哮した。
今まで上層で戦ってきた魔物とは一線を画す迫力。これが上層と中層の魔物の違い……!
「に、逃げましょう!? 今のリリ達では太刀打ちできませんっ! レオ様!」
「……っ、ああ!」
リリの指示に圧倒されるだけだった頭を横に振り冷静さを取り戻す。
そうだ……大丈夫、僕らに相手を倒す術がなくともそれが死に直結しているわけじゃない。
僕がミノタウロスの眼を支配すれば、あとはどうとでも―――
「ベル様!? ベル様ぁ!」
リリの焦りを浮かべた叫びに僕はベルの方に咄嗟に振り替える。
ベルは……動けないでいた。
ミノタウロスの雄叫びが聞こえた時から、姿勢も視線も変わっていない。ただただ、あの赤黒い魔物を見つめ続けている。
恐怖で足が竦んでいるんだ。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
そして僕がベルの方へ気を取られている隙に、ミノタウロスは恐ろしい速度でこちらへ駆け出し始めた。
「しまっ……!?」
眼を支配し様にも、もう遅い。
その巨体はトロールなんかとは比べ物にならない速度でこちらとの間合いを詰め、手に持っていた血に塗れた大剣を振り上げた。
ベルの魔力はこの物語ではAになってます。
というのも、レオはベルに魔導書をプレゼントとして渡していることになっていまして、結果ベルは負い目を感じないどころか嬉しさしかないわけで、原作よりも魔法を多様していたというどうでもいいような設定があるからです。