ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:空の丼
一旦ベルから離れた僕とエイナさんは本部の中に入り、テーブルの方へ案内された。
「それで、レオ君にもいくつか聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
振り返った彼女は笑顔で尋ねてきた。しかし目は笑ってなかった。
「お手柔らかにお願いします……」
「うん。じゃあまず一つ目ね。先々週くらいかな、レオ君冒険者通りでポーションを売って、そのことで私注意したよね? 店の縄張りとかもあるんだし出過ぎた真似はしちゃダメだって」
「は、はい」
「うん、あの時確かにレオ君は素直に頷いてくれたよね? だけど何でかな、この一週間くらいあちこちでキミらしき人が回復薬を売っているって報告があったんだよね」
心当たりはある? と滅茶苦茶に冷えた目で聞いてくるエイナさん。
怖い、やっぱりこの人怖い……。
「えっと、ひ、人違いじゃないんすかね……?」
「そうなの? 良かった~、情報じゃあ推定20歳いってないくらい、髪はくせっ毛の黒で糸目が特徴の小柄な青年ってあったからてっきりレオ君かと思ったよー」
「……」
エイナさんの棒読みな台詞に冷や汗が流れ始める。エイナさんはしきりに頷いたあとスッと僕の耳元に顔を近づけた。
「マ、ジ、メ、に、答えてくれるかな?」
「……ハイ、僕デス。スミマセンデシタ」
怒気のこもった囁くような声に僕が観念すると、ようやくエイナさんは不気味な笑顔を止めてくれた。
「~~~~~~もうっ!! なんでっ、レオ君は! 言うことを全然聞いてくれないのかなっ!?」
そのかわり大爆発したけど。
「前にも言ったでしょ!? ファミリア同士の縄張りがあって商業系のファミリアはその意識が殊更高いって! 今回はそこまで目立ってなかったから良かったものの、一歩間違えたらいろんなところから恨まれることになってたかもしれないんだよっ!?」
すみません実はもう世界一恨まれているであろう組織に入っちゃってます、とはさすがに言えない。
「分かってるのっ? もう二度とあんなことしないで!」
「はい、肝に銘じておきます……」
まあ僕も恨みは買いたくないし、これからはダンジョンに潜るようになるから大丈夫なはず。
「それともう一つ。3日前に【ミアハ・ファミリア】が材料の調達って名目でオラリオの外に向かったらしいんだけどね、その書類に何故かレオ君の名前が載ってるんだけど、どういうことかな?」
「あー、それはですね……」
僕は言葉を詰まらせる。
実はオラリオの外に出るために一度ギルドの方へ足を運んでいたのだが、どうもその時エイナさんは『バベル』の方に用事で向かっていたらしく、これ幸いと他のギルドの人に審査してもらい、エイナさんには事後承諾という形になってしまったのだ。
「更に言っちゃうと、向かった先がセオロの密林。ここって確かブラッドサウルスが巣を作ってる所なんだよね。弱体化してるとはいえ10階層に出現する魔物相当の力はあるんだよ」
ジトーっとした目で顔を近づけてくるエイナさん。
「……闘ったり、してないよね?」
「まさか……逃げてただけです」
「……っもう! レオ君はっ……もーっ!」
机をバンっと叩きもどかしそうに声を荒げるエイナさんに周りもビクッとなっている。
「レオ君は不真面目なところはあったけど、ベル君みたいに無茶だけはしないって信じてたのに……」
泣きそうに訴える彼女を見てさすがに良心が痛んだ。
「ま、待ってください。たしかに【ミアハ・ファミリア】の手助けでブラッドサウルスと対峙することになりましたけどちゃんと作戦を用意した上で逃げただけですし、しかもあのミアハ様が許可してくれたんですよ、無茶はしてませんって!」
ちょっと意地になっちゃって危ないこともしたけど、そこは伏せておこう。
「僕はベルみたいに成長が早かったりしてませんし、これからも地に足付けてダンジョンに潜りますから安心してください」
「……本当に?」
「本当です」
「本当の本当の本当に?」
「本当の本当の本当にです」
お互い目を合わせてしばらく沈黙が続くが、やがてエイナさんは肩から力を抜いて視線を切った。
「分かった、信じるよ。でもっ、これからはちゃんと私にも報告すること。いい?」
強く念を押され僕は何度も首を縦に振った。エイナさんは軽く息を吐いた後、いつもの態度に戻る。
「ふう……それでレオ君は何でギルドに? 相談事?」
「僕じゃなくてベルが、ですね。僕は付き添いです」
「ベル君が?」
エイナさんは窓から外を見る。僕も釣られてそっちを見るとベルがアイズさんの前でなにやら頭を抱えているところだった。
「……【ソーマ・ファミリア】のことです。ベルがサポーターを雇ったのは知ってますよね? そのサポーターとの問題が一応解決したのでその報告と、あとはリリ……そのサポーターが【ソーマ・ファミリア】を抜けようにも抜けられない状況らしくて、なにか僕たちに出来ることはないかなって……」
エイナさんは【ソーマ・ファミリア】という単語に眉をピクリと反応させる。
「リリが言うには脱退にはお金が必要になるだろうって言ってるんですけど……」
そう簡単にお金が手に入れば苦労はしない。しかもリリが彼女自身の手で真っ当に手に入れたお金しか使わないというのなら、僕らに何が手伝えるんだろう。
「レオ君は、【ソーマ・ファミリア】についてどのくらい知ってる?」
エイナさんは窓の外からテーブルに視線を写し、声を小さくしてそんなことを尋ねてきた。
「いや、特には何も」
ベルがリリを助けるため頑張っていたとき僕は全く関係のない場所にいたわけで、リリがファミリアで不当な扱いを受けていたことは知っていても、そのファミリア自体の知識はないと言ってもいい。
「そっか……。神ヘスティアには話してあるから、彼女に話を聞けば【ソーマ・ファミリア】のことは分かると思うけど……そのサポーターをファミリアから脱退させるのは難しいと思う」
彼女の言い方に何か事情があることを察する。
「……何かあるんですか?」
「端的に言えば、あそこのファミリアの主神ソーマ様は自分が作る神酒以外に興味がないの」
「興味がない、ですか……?」
ここの神様たちは下界に興味を持って降りてくるんじゃなかったっけ? しかもファミリアまで作っておいて自分が作る酒にしか興味がないっておかしくないか?
「神酒をつくるのにもお金がいるから、その資金集めのためのファミリアみたいなの。だからソーマ様もファミリアの団員も神酒にしか目がいってない。だから自分の団員のお願いなんてきっと耳に入らないんだよ」
だからリリの脱退は難しい、とエイナさんは語った。
神酒を中心に回るファミリア、か……。
あれ? でもそれって―――
「神酒を間に通せば話も聞いてもらえる……?」
考え込んでいた僕がボソッと呟くと、エイナさんは表情をきつくする。
「レオ君……変なこと考えちゃダメだよ?」
「へ? 何がです?」
「神酒に関わっちゃダメ、間違っても飲もうなんて考えちゃダメってこと!」
僕の考えを先回りするかのように彼女は釘をさす。
いや実際は神酒のことをベタ褒めしながらソーマ様に取り入れば話を聞いてもらえるかなってくらいにしか考えてなかったんだけど……そっかぁ、そういう考え方もあるのかぁ。
「私もね、神酒の失敗作を飲んだことがあるんだけど……失敗作だっていうのに我を忘れそうになるくらいの美味しさだった。本物は口にした人を狂わせる。だから絶対に関わっちゃ駄目だよ」
口にした人を狂わせるお酒。なんだかその不気味な響きに既視感を覚えたので頭をひねってみたが……そうだ、神フレイヤの『美』と似ているんだ。
見た人を狂わせる『美』に味わった人を狂わせる『酒』。この世界はそういう系統のものが多いのだろうか。
まさか聴いた者を恍惚に狂わせる音色を奏でる楽器とかもあるのだろうか?
……ありそうだな、出会いたくないけど。
「話を聞かせてもらってありがとうございます。ベルにはこの話はしないでおきますね」
「うん、こんな話聞かせても多分あの子をいたずらに落ち込ませちゃうだけだと思うから」
力になれなくてごめんね、と頭を下げるエイナさん。
僕はそんな彼女に慌てて首を横に振る。エイナさんはいつも僕らのことを心配して悩んで、相談にもいつも乗ってくれる。彼女が謝ることはない。
「……そういえばベル遅いですね。まだアイズさんと話をしてるんですかね」
「ベル君にとって憧れの人だから、話が長くなるのも仕方がないよ……あれ?」
僕らが窓の外から前庭を覗くと、そこにはドワーフとエルフが一人ずつ木の陰にいるくらいで、金髪の少女も白髪の少年もいなかった。
「アハハ、まさか……」
エイナさんは苦笑いを浮かべる。
ああそうか……ベル、僕らのこと完璧に忘れて帰ってったな?
エイナさんと顔を見合わせて二人同時に脱力して溜息を吐く。
まったく、本当に一途なんだからさ……。
クラウスさんとかは神酒飲んでも表情変えずに普通においしいって褒めそうですね。
逆にザップさんが神酒飲んだら改宗待ったなし。