ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:空の丼
ベルやリリは何を頼むんでしょうか。やっぱりジュースかな……。
僕とベル、リリの3人は大通りに面したオープンカフェで白いテーブルを挟んで座っていた。
これからヘスティア様とここで合流して顔合わせをする予定だ。
ちなみにヘスティア様を待っている間はリリを取り巻いている状況の説明が彼女から行われている。
リリは三日前、ベルに助けられた際に彼女の所属する【ソーマ・ファミリア】の人たちからは死亡したものだと認識されたらしくて、このまま彼女が関わらなければファミリアの連中につけ狙われることもないらしい。
【ソーマ・ファミリア】にバレるかもという心配もしなくていいとのこと。
今もそうなのだが彼女は変身魔法で種族を偽っているので、これを知らない【ソーマ・ファミリア】の連中が『リリルカ・アーデ』に辿りつくことは不可能に近い。
「ベル様は、本当にこのままでいいんですか?」
「え?」
「リリをこのまま許してしまっていいんですか?」
不意にリリは表情を暗くしてベルを見つめた。
「リリはベル様を騙していたんですよ? ベル様の厚意につけ込んで、あまつさえ裏切ったんですよ?」
「……」
「しかも、くすねてきたお金も返せません。このまま許されてしまったら、リリは……」
リリは罪悪感に苛まれている。
ここでベルが罰の一つや二つ与えれば少しはその罪悪感も減るんだろうけど、ベルは自分が許した相手に罰を与えるなんて決してそんなことはしない。
ベルは困ったような顔をして言葉を紡げないでいる。
「今は辛いかもだけど、その罪の意識は忘れちゃいけないものだと思うよ」
だから僕が喋ろう。
リリはベルに救いを求めてるからここで僕が口を出すのは無粋かもしれない。
でも、僕にもこんな風に苦しんだ経験があるから他人事とは思えなかったんだ。
「レ、レオ、それってどういう意味……?」
「もちろん一生責任を取り続けろとかそんなこと言ってるんじゃないよ? そうじゃなくて……その罪悪感をベルに縋って軽くしようとか思わないで欲しいんだ」
「っ!」
リリは体を大きく揺らした。
「その心の痛みが本当につらいことは僕も知ってる。気にしてないって、兄ちゃんが無事でよかったって、優しい言葉を投げかけられるほどに辛くなるんだよね。でもその辛さが、いつか巡り巡って自分を正しい道に導いてくれるんだ」
今でも僕はあの時のことを夢に見る。その夢ではいつも僕は動けずにいて、ミシェーラが先に行ってしまう。それが悔しくてたまらない。
だからこそ、夢から覚めたのなら、今度こそはと自分をたきつけることが出来るんだ。
「だからさ、今は煩わしいだけだろうけどその痛みを大切にしてほしいんだ」
リリはわずかに息をのんだ後、胸に手を当てて深呼吸をした。
そしてまっすぐベルの方を見る。
「ごめんなさいベル様。リリはベル様に救われておきながら、また縋りついて困らせてしまいました」
「ううん、気にしないでいいよ」
「レオ様も……ありがとうございます」
「うん」
僕に対しては若干消え入りそうな声でお礼を言う。感謝の気持ちは伝わってきたけど、やっぱりまだ警戒心もあるらしい。
「おーい、ベル君レオ君!」
「あっ、神様!」
僕らを呼ぶ声が聞こえ、ヘスティア様がカフェに姿を現す。
「おまたせ。すまない、待ったかい?」
「そんなことないですよ」
「それよりもすいません、バイトに都合をつけてもらって……」
「ボクの方は平気さ。それより……彼女がそうかい?」
「あ、はい。この子が前に話した……」
「リ、リリルカ・アーデです。は、初めましてっ」
リリはヘスティア様に視線を向けられ慌てて椅子を降りて一礼する。
ヘスティア様は今回自ら同席したいと言い出した。恐らく直接会って彼女のことを確かめたかったんだろう。
そのことをリリは察しているみたいで、緊張で体を強張らせている。
「あっ」
ふとベルが何かを思い出したように呟いた。
「いけない。神様の椅子を用意してもらってないや……」
あ、ホントだ。忘れてた……。
「……! なぁにっ、気にすることないさ! この客の数だ、代わりの椅子もないだろう! よし、ベル君座るんだっ、ボクは君の膝の上に座らせてもらうよ!」
「あはは、神様もそんな冗談を言うんですね。ちょっと待っていてください、店の人に頼んできますから」
ベル君、きっとヘスティア様は本気だったぜ?
いやまあ本当にベルの膝の上に座って話を始めても神の威厳とか台無しだけどね。
「ちょ、ちょうどいい。ベル君には最初から席を外してもらう予定だったんだ、何も問題はないさっ」
ヘスティア様は少し強張った頬を赤らめながらベルの座っていた席に腰かける。
そしてお互いの自己紹介を省きすぐに本題に入った。
「率直に聞くよ。サポーター君、君はまだ打算を働かせているのかい?」
「―――っ」
真っ直ぐにリリを見つめるヘスティア様を見て理解する。
彼女はリリを試そうとしている。僕らのために。
「ありえません。リリはベル様に助けられました。もう、あの人を裏切る真似なんかしたくない」
リリも正直に自分をヘスティア様にぶつけている様子だった。
そこから少し問答が続いた。
「……誓います。もう二度とあのようなことはしないと。ベル様にも、ヘスティア様にも……何より、リリ自身に」
彼女のその強い覚悟にヘスティア様は「わかったよ」という視線を飛ばす。
リリはそれで脱力して、僕も一応話は済んだかなと思ったがヘスティア様はすぐに次の質問に移った。
「もう一つ聞かせてほしいことがある」
「―――なんでしょうか?」
脱力しかかった体を慌ててピンと伸ばすリリにヘスティア様は一度僕の方を見てから言う。
「君はレオ君のことをどう思っている?」
「レオ様のこと、ですか……?」
「そうだ。君はベル君に救われて彼について行こうとしているみたいだけど、ベル君の隣にはレオ君もいる。レオ君だってボクの大切な家族さ。そこに優劣なんてない。だから君が心を入れ替えたと言ってもレオ君に何か危害を加えるようなことがあるのならば、ボクは君を受け入れるわけにはいかない」
「……」
「ちょ、ちょっとヘスティア様? 僕のことなら大丈夫ですから」
「駄目だ。君もベル君よりかは汚い世界について理解はあるみたいだけど、それにしたってお人好し過ぎる」
そんなことないと思うけどなぁ……。
「心配なんだよ。キミはベル君以上に一人で抱え込むから……」
「それは……」
ヘスティア様の目を見て言葉に詰まる。
仕方がない事情がある。神フレイヤについて相談するのはリスクが高すぎるから。
でも、何も言えない以上ヘスティア様の目には僕がいつか一人で去っていきそうに見えて不安なんだろう。
ヘスティア様はリリの方に再度顔を向ける。
「分かっているとは思うが上辺だけの言葉を語ってくれるなよ。ボクだって神なんだから」
「……」
リリは何度か口を開こうとしては止めを繰り返した。きっとどう言葉にして伝えるか悩んでいるのだろう。
そして彼女は覚悟を決め口を開いた。
「リリは……レオ様のことを信用していません」
信用できないと言われたことで少なからず残念に感じるけど、それ以上に彼女の表情が気になった。
「わ、分かってはいるんですっ。ベル様が信じているお方ですし、さっきも……私を諭してくださいましたから。でも、レオ様が冒険者である以上、まだベル様のように信用することは……出来ま、せん」
彼女は本当に、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
もはやトラウマなんだ。頭では分かっていても心の深いところは簡単に変われない。
そんな彼女を見てこっちまで苦しくなる。
「レオ君はどうだい? こんなことを言っている子をパーティーに入れていいと本気で思っているかい?」
あくまでも神として、同情とか甘さを捨ててヘスティア様は問いかけを続ける。
「言っておくけどボクは反対だ。今のこの子はベル君至上主義みたいになっているところがある。もしかしたら三人でダンジョンに潜って危機的状況に陥った時、この子はベル君のためにキミを真っ先に切り捨てるかもしれないんだよ?」
「そ、そんなことっ―――」
リリは反論しようとするが勢いをなくす。
考えたんだと思う。ヘスティア様が言ったような状況になったらって。もしかしたらヘスティア様が言うように、僕のことを真っ先に切り捨てるかもしれないって。
でも、
「ありえないですよ、ヘスティア様」
彼女の言えなかった言葉の先を代弁する。
二人は驚いてこちらを見る。
「リリはそんなことしません。いや別に僕はリリのこと分かってるわけじゃないですよ? でもね、ベルが信じた子ですから。僕が信用するにはそれで充分です」
「……キミのそういう所が危なっかしいって言っているんだけどなぁ」
ヘスティア様は溜息を吐いたけど、その表情を見るに大丈夫だと判断してくれたらしい。
「ごめんなさーいっ、遅くなりましたぁー!」
ベルが帰ってきたことで話は終わりを迎えた。ヘスティア様もリリのパーティ加入を認めてくださった。
真面目な話と入れ替わるようにベルを巡る女の闘いが火蓋を切って落とされたみたいだけど。
原作では危機的状況に陥ったこともあって仲間になったヴェルフとすぐに仲良くなっていましたが、ベルに救われた直後のリリならまだ壁を作ってるんじゃないかな、と考えリリにはこう答えてもらいました。
ちなみに作者はリリに拒絶されたら絶対心折れますね、ソーマ様のお酒を飲んで忘れようとしますね。そういう意味でもレオってメンタル強いな~と自分で書いてて思ったり。