ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか   作:空の丼

24 / 36
レオ君達が採取している一方、ベルはリリを救うため奮闘しています。


誇りに思う

 

「ドナドナド~ナ~ド~ナ~」

 

「止めてくれレオ。何故か悲しくなってきた」

 

「……不吉」

 

 いやぁ、これからのことを考えると歌の一つや二つ歌いたくもなっちゃいますよ。いくら弱体化しているとは言え、本来なら30階層から出現するような魔物たちの群れを1人で相手しなきゃならないんですから。

 

 しかも馬車だし。

 

 まあそもそも言い出したのは僕なんだけどね。

 

「ミアハ様、今日の目的地、えっとセオロの密林でしたっけ? それってどのくらいかかります?」

 

「そうだな……長丁場という程でもないが、もうしばらくはかかる」

 

「じゃあ……その間に作戦の確認をするよ。卵がある窪地付近にはブラッドサウルスが最低でも2匹、それ以上いる可能性だって高い。……その魔物の群れをレオにはこの血肉(トラップアイテム)の入ったバックパックを背負って巣から注意を逸らしてもらう。その間に私とミアハ様が卵を回収する。終わったら合図するから、そしたら血肉(トラップアイテム)を捨てて急いで撤収する」

 

「はいっ」

 

 普通の人間と同じくらいの運動能力しか発揮できないミアハ様、魔物にトラウマがある師匠、そして魔物と戦ったことのない僕の3人では大型の魔物とまともに相手するのは論外だ。

 だから今回の作戦はいかに僕が巣から魔物を引き付けていられるかと、師匠たちの卵の迅速な回収にかかっている。

 

「レオ……すまんが、まかせた」

 

「大丈夫ですよミアハ様。これでも僕って逃げ足は結構自信あるんですよ。なんてったって毎日のように命が危険に晒される場所で生きてきたんですから!」

 

「……お主はたまによく分からないことを口にするな」

 

 今まで引き締めていた口元がわずかに緩まる。

 

「……レオ、これを持ってて」

 

 師匠は持ってきた荷物の中から古びた大剣を取り出す。

 

「単独で近距離なら弓矢よりもこっちの方が効果的」

 

「いやいや、こんな大きくて重そうな武器持てるわけないじゃないですか」

 

 僕の身長くらいある大きな鉄の塊を見てたじろぐ。

 

「持てるはずだよ。レオだって【神の恩恵(ファルナ)】を授かってるんだから……」

 

 そういえばそうだった。【ステイタス】も特訓のおかげで毎日地味に伸びていってるし……いやそれでもこんな大きい剣はきつくないか?

 

 試しに大剣を受け取って持ち上げてみる。

 

 ……あれ? 案外イケるじゃん! さすがに振り回すには両手が必要になるけど持ち上げるだけなら片手でも出来る。

 

「【神の恩恵(ファルナ)】ってすごいですね……」

 

「【神の恩恵(ファルナ)】はタダで子供たちを成長させるワケではない。私たちは子供たちの【経験値(エクセリア)】を汲み取っているだけだ。その成長は紛れもなくお主の努力の成果だ」

 

 ……いや、そんなわけない。いくら努力しても報われない時は報われない。むしろそうである時の方が多い。

 

 いくら僕が向こうでどんなに努力しても、たった2週間やそこらでこんなに成長できるわけない。

 

 でも、これなら……

 

 

「大剣なら、盾にもなる。万が一のために持ってて」

 

「分かりました。……っと、そうだ」

 

 万が一と聞いて思い出し、ポケットを探る。そこに入っていたのは同じく古ぼけた十字架。

 

 まだこっちの世界に来たばかりの頃に商人から安く買った何かの加護があるらしい十字架だ。

 

「それは?」

 

 ミアハ様が不思議そうにその十字架を眺める。

 

「神の加護があるとかって言われたんすけど、どういう効果があるか分かりますか?」

 

「神の加護……? いや、分からんな。たしかに不思議な力を感じるが……」

 

 神様でも分からないか。あんまり期待しない方がいいかもなぁ。

 

 でも、万が一ということもある。とりあえず紐を通して首にかけておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬車に揺られること数時間、遂に目的地に到着する。

 

「これが密林……。不気味な雰囲気なのかなって思ってたけど案外日当たりいいんですね」

 

 都会のジャングルだったら嫌という程体験したけど、本物のジャングルは初めてだなぁ。

 

 鳥の鳴き声とか虫の羽音が僕らの周りで重なりあって、あたかもこの密林自体の鳴き声かのように錯覚する。

 

 これぞ大自然って感じがして眺める分には感動すら覚えるけど、立ち入るとなると別物。

 

 人が踏み入った形跡がなく、その為酷く歩きづらい。たまに植物が生えていない道の様なものがあるけどこれは魔物が通った後なのかな……。

 

「獣道ならぬ魔物道……なんちゃって」

 

「レオ……それが最期の言葉にならないように気を付けてね……」

 

 そんな可哀想な人を見る目で見ないでください師匠! 言ってみただけですから!

 

 

 密林の奥の方へと進んでいくとだんだんと周りの雰囲気が暗くなるのを感じる。

 

「そっか。鳥の鳴き声がなくなってる」

 

「うむ、そろそろ目的の場所だな……」

 

 自然と緊張感が高まる。

 

「ここが……」

 

 目的の窪地が見えてきた。あそこに卵と、そしてブラッドサウルスがいる……。

 

「……それじゃ、行ってきます」

 

 ここからは僕が単独で窪地に近づく。そしてある程度近づいたところでバックパックを開けてブラッドサウルスを引き付ける手筈だ。

 

「レオ」

 

「なんですか?」

 

 一歩踏み出したところで師匠に呼び止められる。その顔には真剣さがにじんでいる。

 

「もし、駄目だって感じたなら……すぐに血肉(トラップアイテム)を捨てて逃げて。無理はしないで」

 

「……大丈夫です。任せてください」

 

 師匠たちが見守る中、ゆっくりと窪地に近づく。

 

 ある程度近づいたところで深呼吸を一つ。そしてバックパックを勢いよく開ける。

 

 異臭が周りに立ち込める。バックパックを背負い大剣をいつでも抜けるように準備する。

 

 

 しばらくすると重量のある響くような足音が近づいてくる。ブラッドサウルスが2体、いや奥の方にいるのも合わせて3体。その足音。

 

「……っ!!」

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 

 ええいっ! ビビるなレオナルド!!

 

 こんな程度の奴ら、H・Lじゃゴロゴロいるだろ! ギガ・ギガフトマシフさんより全然小さいじゃないか!

 

「あああああああああああああああああああああああ!!」

 

 震える体に喝を入れ、ブラッドサウルスを窪地から遠ざけるため全力疾走。

 

 充分遠ざけたところで、血肉(トラップアイテム)の匂いに釣られて着いてきた3体のブラッドサウルスの視界をシャッフルする。

 

『ゴォオオオオオ!?』

 

 さあ、来れるもんなら来てみろ、平眼球共!!

 

 3体のブラッドサウルスは僕を追いかける足を止めてその場で暴れまわる。

 

 視界を入れ替えただけじゃなく、その眼球の動きも操作している。これからコイツラには僕の方にも、師匠たちの方にも目を向けさせない。

 

 

 それからブラッドサウルスはただ暴れるだけだった。しかしそれでも油断できない状況が続く。いくら見えないからと言って相手の動きが止まるわけじゃない。血肉(トラップアイテム)の匂いを頼りにがむしゃらに暴れまわるブラッドサウルスと延々と一定距離を保ち続ける。

 

 たしか卵の回収に掛かる時間は10分くらいだったはず。だったらそろそろ回収が終わる頃だ……!

 

 

『ガ、アアアアアアアアアアアア』

 

 

 その時、不意にブラッドサウルスがバランスを崩した。

 

 自分の意志とは関係なく目まぐるしく回る視界に目を回したのだ。見ると他の2体も足取りが覚束ない。

 

 

 それを見て、ズシリ、と背中の大剣の重みに意識が割かれる。

 

 これはチャンスなんじゃないのか……?

 

 作戦では時間稼ぎだけで良いってことになっている。

 

 でも、撤収するときに血肉(トラップアイテム)ではなく、こちらに向かってくる可能性だってないとは言い切れないわけだし、倒しせるのなら倒してしまった方がいいはずだ。

 

 

 

 

 そして何よりも、きっとベルだったら倒してしまう筈だから。

 

 

 

 

「う、うわあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 大剣を両手に持ち倒れたブラッドサウルスのもとへ駆け出す。

 

 ブラッドサウルスは倒れたままだ。まわりの2体もこちらに対応できていない!

 

 いける、いける!!

 

 

 

 

 

 

 

 バシッ―――

 

 

 

 

 

 

 

 大剣はブラッドサウルスの皮膚に切れ目を入れる。でもそれだけ。ダメージを与えられない。

 

 ステータス不足?

 

 違う。原因は力が入ってなかったから。大剣を振る瞬間僕の中で力が抜けたから。

 

 何で?

 

 分からない。

 

 ―――チャリンッ

 

 胸元で十字架が怪しく輝いている。まさかコレの所為……?

 

 

 

 

「レオッ!!!」

 

 

 

 

 師匠の声で我に返る。

 

「あ―――」

 

 目の前にはブラッドサウルスの尻尾が迫っていた。目を支配しようともう関係ない。ここまで迫っているのなら。

 

「グッ、アアッ!!」

 

 とてつもない衝撃が僕の胸を貫いた。怪物祭の時のように僕の体が吹き飛ばされ、大樹にぶつかり地面に落ちる。

 

 

 

 痛ってえええええええ!!

 

 

 支給されたアーマーが見るも無残に潰されている。

 

 一瞬死を覚悟した! 死ぬかと思った! っていうか【神の恩恵(ファルナ)】がなければ死んでた!

 

 ありがとう女将さん。貴女の折檻で耐久が滅茶苦茶上がってたおかげで助かりました。

 

 

『――――――――――――――――――ッッ!?』

 

 

 不意にブラッドサウルスの叫び声が響く。見るとブラッドサウルスの目に矢が刺さっている。

 

「レオ! 今のうちに早く!」

 

 卵の回収が終わったらしく大きなバックパックを背負った二人が逃げる準備をしている。

 

 僕は血肉(トラップアイテム)の入ったバックパックを放り出し、胸の痛みを抑えて急いで戦線を離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一時はどうなるかと思ったよ……。卵の採取が終わって振り向いたらレオがブラッドサウルスの前でボーっとしてるんだもん……」

 

「アハハ、スミマセン」

 

 卵の採取に成功した僕らはオラリオに帰るため再び馬車に乗った。

 

 師匠が急いでポーションを飲ませてくれたので、もうブラッドサウルスに殴られた痛みは綺麗さっぱりなくなってしまっている。

 

 やっぱりポーションってすげえ。

 

「……ブラッドサウルスが目を回して倒れたんです。だから僕でも倒せるかなって……。ハハ、やっぱりベルみたいにはいかないか……」

 

 自然と顔が下を向く。

 

 目標は達成した。師匠たちを助けることも出来た。でも気分が晴れない。

 

 

「レオ、お主はベル・クラネルではない。レオナルド・ウォッチだ」

 

 

 俯く僕にミアハ様は昨日ヘスティア様が言ったのと同じようなことを言う。

 

「確かにベルはお主より【ステイタス】も上で魔物も倒せて、輝いているように見えるかもしれん。いや、実際に輝いておるのだろう」

 

 そうだ、ベルは輝いている。目標に向かって誰よりも早く。

 

「だがな、私たちにはお主だって輝いて見える」

 

「え……?」

 

「ベルのように魔物を倒せずとも、お主は我々を救ってくれた。我々に光を照らしてくれた。ベルにはベルの輝きがある。それと同じようにお主にもお主にしかない輝きがあるのだ」

 

「……」

 

「レオ、お主には人を救う力がある。神である私が保障しよう。今日のことを、我々を救ってくれたことを、どうか誇ってほしい」

 

「―――ッ!」

 

 

 

 そっか……忘れてた。

 

 この世界に来て、焦ってたのかもしれない。大事なことを忘れていた。

 

 僕は、僕だ。

 

 あの日大きな挫折を味わって、その結果『ライブラ』に入り、世界を、妹を救うために動くことが出来たレオナルド・ウォッチだ。

 

 ベル・クラネルになる必要なんてどこにもなかったんだ。

 

「レオ」

 

「師匠……」

 

「レオは昨日私の弟子だって言ってくれた。あの言葉、本当にうれしかった……。私はあの時、レオと本当の師弟の関係になれたんだと思う。だから焦らなくてもいい。だって、レオは私の、ナァーザ・エリスイスの愛弟子だから……私の誇りだから」

 

「師匠、ミアハ様……っ」

 

 視界がぼやける。どうやら涙がこぼれ出したらしい。

 

 でも、前を向く。その表情は笑顔で。

 

 

 

 日が落ち始め、帰ってきたオラリオに魔石灯が灯りだす。涙によって濡れた視界はいつもよりオラリオを輝かしく映し出していた。

 




これにてクエスト×クエスト編、そして原作2巻分終了です。

はい、レオ君にはリリにほぼノータッチで行動してもらいました。次からベルもリリも出番増えます!

ソニックの活躍もありますから(震え声)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。