ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:空の丼
その晩、ホームに帰ってきた僕は、ヘスティア様とベルに【ミアハ・ファミリア】の借金のことで相談しようとしていた。
しかし、僕が口を開く前にベルがヘスティア様に相談事を先に持ちかけたので僕は一旦ベルの話を聞くことにした。
内容は、最近ベルと一緒にダンジョンに潜っているサポーターのリリについてだった。
ベルの話によればリリはファミリア内で孤立しており、怪しい冒険者につけ狙われている可能性があるということだった。
「ベル君。そのサポーター君は、本当に信用に足る人物かい?」
「え……」
ベルの話を黙って聞いていたヘスティア様はベル君にそう尋ねた。ベルは一瞬戸惑った後言い返そうとするが言葉が出ないようだ。
「君の話を聞く限り、そのサポーター君はどうもきな臭いように思える。君がボクのナイフをなくした時も……ああ、別に責めているわけじゃないから恐縮しないでくれ……その日にちょうど行動をともにしたっていう彼女に原因があるように思えてならない」
そういえばあの子変身魔法みたいなの使ってたもんな。あの時はなんていうか同情の気持ちが湧いてて何も思わなかったけど、言われてみると怪しいなぁ。
「君の言う冒険者の男に疑われる何かを……いや後ろめたい何かを、彼女は隠し持っているんじゃないかい?」
リリルカ・アーデは恐らく黒だ。
それがベルの話とヘスティア様の話を合わせた結果、僕の頭の中ではじき出された結論だった。
そして、それはベルもなんじゃないだろうか。ベルだって心の底じゃ気付いてたのかもしれない。そして今回ヘスティア様に言及され確信に変わったんじゃないだろうか。
これ以上リリルカ・アーデと共に行動するべきではない。
でも、ベル君は、
「神様、僕は……それでも、あの子が困っているなら、助けてあげたいです」
そう答えた。
もう分かっているはずだ。あの子は危ない。
ヘスティア様も語気を強めて反論する中、それでもベルは己の考えを曲げなかった。
「間違っていたならそれでいいんです、でももし間違っていなかったなら……今度は、僕があの子のことを助けたい」
僕はヘスティア様の隣で話を聞いてて、言葉を失った。
なんて……なんて愚かで、そして綺麗なんだろう。
途端にベルが眩しい存在に感じた。
今まで僕は彼のことをただお人好しな少年だと思っていた。もちろん【
でもそれだけじゃなかったんだ。彼はどこまでも、僕の想像を超えるくらい純粋で真っ直ぐだった。
同時に、思った。
僕もこんな風になりたいって。
彼のように、出来る出来ないとか間違っているとかそういうこと関係なくただ前に向かって走る、そんな在り方に憧れを抱いた。
「……ヘスティア様」
ベルとヘスティア様の話が終わった後、ヘスティア様に話しかける。
「なんだいレオ君?」
ベル君の相談が終わったのなら、次は僕の番だ。【ミアハ・ファミリア】の問題は僕だけじゃどうにもならない。
「あの、ですね……」
だから2人に助けを求めないと……。きっとベル達なら師匠たちを救ってくれる……。
そうじゃないだろォ!!!!
違うだろ! 僕だけじゃどうにもならない、じゃないだろ!!
ベルだったらきっとそんなこと気にしない。きっと迷わず手を差し伸べる!
僕だって……!
僕だって、そんな風に……誰かを救ってみたいんだ……。
「……少し、出かけてきます」
不思議そうにこちらを見るベルを一瞥し、ただ一言そう告げる。
「どこに行く気だい?」
「青の薬舗にです。あー……忘れ物してたの思い出したので」
分かってる、本当なら打ち明けた方がいいことも。直前までそうするつもりだったし。こんなのただの我儘だ。
でも……。
「あ、なら僕も着いて行くよ」
「いや、1人で行かせて欲しいんだ。1人で、行かせてくれ」
ごめんベル。今は君に頼るわけにはいかないんだ。ここでキミに頼れば僕は今までと何も変わらない。
身勝手なことしてるっていうのは分かってるけど、でも、君のように強く在りたいから。
「え? まあ、レオがそういうなら、分かった……」
「うん、じゃあ行ってくる」
隠し部屋を出る。下に散らばる木材とかを踏まないようにして歩く。
「どうしても理由を話してくれないのかい?」
教会の扉に手をかけたところで追ってきたヘスティア様の声が寂れた教会に沁みる。
「……すみません。でも、無茶なことはしませんよ。安心してください」
後ろで不安そうな顔をしているヘスティア様に笑顔で答える。大丈夫、別にダンジョンに潜ろうとかそういうわけじゃないんだ。
「……分かった。君がそう言うなら僕は止めない。ただ、一つだけ憶えていてほしい」
穴の開いた天井から差す月明かりがヘスティア様を照らす。
「レオ君は、レオ君だ」
神秘的な雰囲気に包まれる。この人が神様だということを改めて認識する。
「……行ってきます」
でも、その言葉の真意は、分からなかった。
走って『青の薬舗』まで向かうと、そこでは師匠が閉店の準備をしていた。
「……レオ?」
師匠は僕を見つけると驚きの声を上げる。今日は休むと言って出て行った奴がいきなり夜に尋ねてきたんだ。当たり前か。
「……何か用? ミアハ様に……話に来たの?」
師匠は明らかに元気がなかった。昼のように体を震わせているわけじゃないけど、その瞳はまだ不安に揺れている。
きっと師匠は僕が出ていってからも、ミアハ様を誤魔化し続けたのだろう。自分を心配してくれる人に嘘を吐き続けて、きっと辛いのだろう。
「私達じゃ何も出来ないって言いましたよね。その私たちの中に僕は入ってますか?」
「え……?」
「協力します。僕に何が出来るか分からない、何も出来ないかもしれないけど。それでも師匠がそんな風に苦しむ必要がなくなるように、協力させてください」
「……私は、ベルを、レオの家族を騙してたんだよ? なんでそこまで……」
「そりゃあベルを騙したのはいけないことですけど、師匠だってやりたくてやったわけじゃないでしょ。苦しんで苦しんでそれで過ちを犯してしまった。なら、今回だけは不問にします」
そもそも薄めた溶液を売るくらいヘルサレムズ・ロットじゃ可愛いもんなんだよなぁと口にはしないけど心の中で思う。
「それに師匠も僕にとって大切な存在なんです。だって、僕はナァーザ・エリスイスの弟子ですから」
目を見開く師匠に僕は微笑みを浮かべた。
その後、ミアハ様に借金のことを知ったこと、ファミリアの立て直しに協力することを伝えた。
話を聞いたミアハ様は申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
「実は、全額返済とまではいかないがその足掛かりになりそうな方法はあるのだ」
「本当ですか!?」
店の奥で作戦会議を始めるとミアハ様が困ったような顔をしながら口を開いた。
なんだ、てっきり足掛かりも何もないものだと思ってた。方法があるならあとは実行するだけじゃないか。
「ただ……私とミアハ様だけじゃ、どうしても出来ない方法だった」
新薬の開発。
それがミアハ様と師匠が借金を返すために考えた方法だった。
そしてもうすでにその新薬の調合方法はほとんど完成しているらしい。
しかし、
「調合に、必要な素材が2つあるの」
一つは『ブルー・パピリオの翅』。これはダンジョンの上層で極稀に出現するブルー・パピリオという『希少種』からこれまた稀にドロップするアイテムだ。
しかしどんなに希少とは言え出現階層は上層。ギルドにクエスト依頼を出せば、お金は多少掛かるものの手に入れることは難しくはないらしい。
問題はもう一つの素材。モンスターの『卵』。
「あれ? この世界の魔物って卵なんて産みましたか? 全部壁から生まれるんじゃ……」
「そう、ダンジョンの魔物は壁から生まれるモノしかいないから『卵』はダンジョンじゃ採れない。でも……」
「ダンジョン外、オラリオの外に生息している魔物はその限りじゃない」
つまり、モンスターの『卵』を手に入れたいならオラリオ外の魔物の巣に出向く必要があるらしい。
しかしこれは『ブルー・パピリオの翅』のようにクエストを出して採取してもらうことが難しい。
冒険者は基本ダンジョンにしか潜らず、外で魔物を狩るなんてことはしないからだ。そのためクエストを発注しても受けてもらえない可能性が高く、また受注してもらえても報酬に大金をつぎ込まなければならない。
【ミアハ・ファミリア】は零細ファミリア、しかも借金まである。そんなファミリアじゃそんな報酬は到底用意できない。
「私もミアハ様も、モンスターとは闘えないし……」
自分たちで採りに行こうにもその際必ず、魔物と相対することになる。
どうするか……。
二人が闘えない以上僕だけで魔物と闘わなければならない。まだゴブリンすら倒したことのない僕だけで。
きっとベルならこのくらい出来るのだろう。
「……やりましょう、『卵』の採取……僕ら3人で」
「……」
「待てレオ! それは危険すぎるっ。もしお前に何かあれば私はヘスティアに顔向けできない」
師匠は僕ならそう言うだろうと思っていたのか、目を伏せるだけだったが、ミアハ様は驚愕を顔に浮かべる。
「師匠、その『卵』を採取する際に遭遇する魔物の種類は分かりますか?」
ミアハ様の制止を流して師匠に尋ねる。
「ブラッドサウルスの群れと遭遇することになる」
「ブラッドサウルス……?」
エイナさんの授業じゃ聞いたことがないな。
「ダンジョンでは30階層から出現する大型のモンスター」
それを聞いた僕は再び真剣な顔に戻り二人に提案する。
「……やっぱりやめましょう」
「……」
「う、うむ、それがよい」
師匠は僕ならそう言うだろうと思っていたのか、目を伏せるだけだったが、ミアハ様は安堵を顔に浮かべる。
あの……二人とも呆れが隠しきれてないッス。いや情けないのは分かるけど。
「多分、大丈夫」
いやいや無理です師匠。いくらなんでもそんな化け物の群れの相手は出来ないっす。
「地上のモンスターは迷宮のモンスターと比べて、格段に能力が低い」
「え、そうなんですか?」
「……うむ。オラリオの外にいるモンスターは大昔に地上に上がり生殖を繰り返してきたモンスターの子孫だ。そのため胸の中にある『魔石』がほとんどない」
本当らしい。
しかしミアハ様は依然として渋い顔を浮かべ続ける。
「しかしいくら能力が低いと言えど、その群れをレオ一人に押し付けるのは無理がある。私は同意できない」
ミアハ様の中では僕は到達階層1階層の武器もまともに扱えない超新米冒険者という評価なのだろう。
その評価は正しいが、一つだけ評価に付け加えなければならないことがある。
「ミアハ様、師匠にはさっき見せましたけど、僕にはスキルが発現しています」
そう言って目を開き【神々の義眼】を見せる。
「それは……?」
「この眼、【神々の義眼】は『眼』に関することなら大抵のことは出来ます。魔物の視界を操作することだって出来ます」
ミアハ様はこの眼をマジマジと見つめる。
「僕にはミアハ様が思ってるようにブラッドサウルスを倒すことは出来ないと思います。でも時間を稼ぐだけなら僕は適任だと思います」
ヘルサレムズ・ロットでもよく不良に絡まれては逃げてたし、逃げ足もそこそこある。
「お願いします……やらせてください」
自然と頭を下げていた。手伝う側が頭を下げるなんて周りから見ればひどく滑稽に見えるかもしれない。
ミアハ様もそんな僕に息をのむ。
「レオ、お主は…………分かった。よろしく頼む」
ミアハ様は何かを言いかけ、しばらく顎に手を当て考え込んだ後、ゆっくりと首を縦に振ってくれた。
住む環境が変わるどころか世界が訳も分からない内に変わってしまって、それで正気でいられる人なんて本当にいるのでしょうか。
レオ君は様々な事件を乗り越えてきた強い人間です。でもいきなり今まで支えてくれた仲間たちがいなくなればその足取りも不安定になると思います。
そんなわけでレオ君らしさ減量キャンペーン。