ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:空の丼
「げっ!?」
「ァア?」
それは今日も今日とてバイトに精を出していた時のことだった。この日はまた場所を変えて今度は怪物祭でお世話になった東のメインストリートを歩きながら、買ってくれそうな冒険者に話しかけていた。
怪物祭の時ほどではないが、さすがにメインストリートなだけあって人通りが多く、誰かと肩をぶつけてしまった。
顔をあげて謝ろうとすると、見たことのある顔。ベートさんだった。
「……いや、肩ぶつけてスミマセン。それじゃあ」
「ちょっと待てコラ。てめぇ『げっ』って言ったよな? どういう意味だ」
あれ? もしかしてあの時のこと憶えてない? そりゃあちょうどいい。このまま知らないふりをしていよう。
「お前、どっかで見たことあるツラしてんな。……あっ! テメーあの時酒場でアイズと話してた雑魚か!?」
しっかり憶えられていました。
「あの時はどうも。もうあんな風に酔っ払わないでくださいね」
「う、うるせー! テメーには関係ねえだろうが!」
狼狽えるベートさん。どうやら悪酔いした自覚はあるらしい。
「関係ありますよ! 僕の仲間を散々罵ったそうじゃないですか。なんて言ったか詳しくは聞いてないですけど」
「……テメー、あのトマト野郎の仲間かよ。けっ、雑魚同士つるんで仲良しごっこか? 反吐が出る」
「っそんな言い方する必要ないだろ! なんでアナタが僕らのことを悪く言うんですか!?」
ベートさんはくだらなそうに鼻を鳴らす。見下しすぎだろこの人。
「決まってんだろーが。テメーらが雑魚だからだ。弱えー奴がダンジョンに潜ってんのを見るとムカつくんだよ。特にあのトマト野郎、ダンジョンでみっともなくピーピー泣きやがって」
「……ベルは頑張ってますよ。アナタに言われたことを糧にしてね」
「ハッ、雑魚が何しようと変わんねーよ」
何この人? そんなに見下して楽しいのかよ。
「はぁ……もういいです、あの時のことは。何言ってもアナタは変わらないみたいですし。それよりも……」
深いため息をついた後、手に持っていたケースからハイ・ポーションを一つ取り出し、目の前の狼男に突き出す。
「……何の真似だ?」
「今、【ミアハ・ファミリア】の『青の薬舗』ってお店でお手伝いをしてるんです。買っていってくださいよ。10万ヴァリスで」
「高すぎだろ!? なに単価の2倍以上の値段で売りつけようとしてんだテメーは!?」
「これで手打ちにしようってことです。いいんですかー? アイズさんにベートさんが全く反省してなかったって言っちゃいますよ」
「て、てめぇ……」
ベートさんは青筋を立てて肩をプルプルさせている。今にも手を出してきそうで怖いが、こっちだってアナタには滅茶苦茶ムカついてるんだ。
「……5万だ。それ以上は出さねー」
「はい、お買い上げありがとうございます」
当初言った半分の値段になったが、それでも基本価格以上で買ってもらえた。もっと反論されるかと思ったけど案外素直だったなぁ。
そんなにアイズさんに嫌われたくないのか。これはベートさんもアイズさんのことを?
ともあれ、バイトを始めてから初めてハイ・ポーションが売れた! 今日の売込みはこれだけでも十分なほどだ。ベートさんには感謝だなぁ。
「クソッ、こんなことになるんならホームから出なきゃよかったぜ」
「なんです、引き篭もり発言ですか?」
「ちげーよ! ちょっと調べモンしてるだけだ。……一つ聞くが、このあたりで最近怪しい奴を見なかったか?」
「怪しい奴?」
どうやらベートさんは怪物祭の日の騒動について自主的に調査していたらしい。
自分の主神に対して人使いが荒いなどブツブツ言っていたが、それでもしっかり働く所はちょっとザップさんを思い出したり。
ただ、騒動について知っていることはあるがそれを言うことは出来ない。喋ればベル君たちが危なくなる。
「すみませんけど、役に立ちそうなことは何も」
「そうかよ。んじゃあオレはもう行くぜ。じゃあな」
僕が何かを隠していることはばれなかったのか、それとも察してくれたのかは分からないがベートさんはしつこく聞くことはなく、それだけ言うと立ち去ろうとした。
そう、立ち去ろうとしたんだ。でもそれは僕らの横を抜けていった黒いコートを纏った何かに気付いて中断された。
道の端で立ち止まって話をしていた僕らは、一斉に振り返る。
……え? 何アレ?
「……オイ、テメーにも分かったか? アイツ……」
「多分、僕とベートさんじゃアレに対して感じたものは違うと思います。アレが普通とは違うって部分は同じでしょうけど」
鼻をヒクヒクさせているベートさんは、恐らく獣人の嗅覚で普通の人にはしない匂いを感じ取ったんだろう。
僕は匂いは分からなかった。ただアレを【神々の義眼】で見た。
「俺はやることが出来た。テメーは今日はもう帰れ」
険しい顔をしながら、ベートさんはさっきの人物の尾行を始める。
「……何で着いて来んだよ? 雑魚は帰れ」
同じように尾行を開始する僕を鬱陶しそうに睨んでくるが、勿論ここで引き下がるわけにはいかない。
「アナタに何を言われようと関係ないです。僕には僕の事情があります」
黒いコートを纏ったソイツは見た目はただの人間。足取りがふら付いているため周りの人達からは変な目で見られてはいるものの、怪しまれてはいない。
でも、僕の眼から見えるソイツは、間違いなく異界の住人だった。
ここで帰るわけにはいかない。やっと見つけた元の世界に帰る手がかりなのだから。
「……チッ、これだから雑魚は嫌いなんだよ。身の程を弁えねーで好き勝手しやがる」
「何もしないよりマシでしょ。それよりそろそろその雑魚って言うのやめてくれません? 僕の名前はレオナルド・ウォッチです」
ここにきてようやく自己紹介をする。そういえばこちらはベートさんのことを知っていたけど、こっちは名前も名乗ってないんだった。
「何でテメーのこと名前で呼ぶ必要があるんだよ。テメーなんか地味糸目で十分だ」
「……それでいいですよ、SS先輩さん」
「オイ、なに笑ってんだよっ気色わりー。つかSSって何だよ? 何の略だ?」
怪訝な顔をするツンデレ狼さんを無視しながら、久しぶりに聞いたその呼び方に自然と笑みがこぼれてしまう。
ああ、やっぱり早く帰りたいなぁ。ここでの生活も悪くないけど、あっちに残してきたものが多すぎる。
「SSさん、奴が路地の方に入りましたよ。追いかけましょう」
「だからそのSSって何かって……、ああもういいっ、早くいくぞ」
今まで大通りを『バベル』方面に向かって歩いていた黒コートの人物は、今度は人の少ない路地の方へ入って行った。
たしかここは、ダイダロス通り。
「チッ、アイツ歩くスピード上げやがった。オイ地味糸目、こっから先は迷子になっても知らねぇからな」
「大丈夫です。むしろ僕のことはいいですからアイツを見失うようなことにはならないでくださいね」
黒コートの人物は恐らく僕らが尾行していることに気付いている。
いつ袋小路が訪れるかもわからない路地を黒コートの人物は自分の庭を歩くようにスラスラと進んでいく。
何度か見失いかけるが、僕の眼とベートさんの鼻がそう簡単に振り切られるわけがない。
だけど僕らは見失ってしまった。
「ハァ!?」
「え……?」
ソイツは再び角を曲がったんだ。もちろん僕らもすぐにその角を曲がったのだが、そこにはもうソイツは居なくて、先も行き止まりになっていた。
どこかに隠し扉があったり、すさまじい速さで建物の屋根まで上ったりしたわけじゃない。それなら僕の眼が見逃すわけがないんだから。
「どういうこった? なんでいきなり奴の匂いが消えんだよ!?」
ベートさんも完全に見失ってしまったらしい。
「オイ、お前アイツが何なのか知ってる風な口ききやがったよな。アイツは何もんだ!?」
結局どうすることも出来なくなり、ベートさんは僕の胸ぐらを掴み声を荒げる。
「それだけじゃねえ、俺はアイツの今まで嗅いだことのない血に似たような匂いに反応したが、人間のお前がそんなことに反応できるとは思えねぇ。あの時何に反応して振り向いた?」
「……アナタにはアレが何に視えました?」
「……? 人間だろ」
「そうですか。僕にはアレが人の皮を被った異形の存在に視えました」
話してどうなる?
今から僕が口にするのはこの人たちにとって荒唐無稽な話だ。今までだって問い詰められてもヘスティア様にしか話さなかったじゃないか。
この人なら信じてくれるとでも思ったのか、それとも異界の住人を見てしまって心細くなったのか……僕の口はツラツラと僕が元いた世界について話してしまっていた。
「つまりアレは僕がいた世界の存在、僕と同じくこっちの世界にはいないはずの存在です」
ベートさんは黙って最後まで話を聞いてくれた。でも、話が終わった後僕の服から手を放すと、
「くだらねぇ」
そういって僕に背を向け、去って行った。
「……ですよね」
彼の小さくなっていく背中を見ながら僕は呟く。
僕は一体何を期待したんだろう? 全部打ち明けたら協力してくれるようになると思ったんだろうか。
「コーヒーでも飲んで帰ろ……」
風の冷たさを鬱陶しく感じながら、僕もダイダロス通りから出るため歩き出した。
というわけで謎の人物登場回でした。
とはいえこの人物について明らかになるまでにまだまだ時間がかかるので、引き続き基本原作準拠な物語をお楽しみ頂ければ幸いです。