そして時は過ぎ夏コミ一日目。
つまり観艦式当日の朝。
大勢の人間が始発の列車を用いて帝國ビッグサイトに長蛇の列を作る。
それを整然とした列になるよう指揮するのは、コミケスタッフである。
「企業ブースに行かれる方は右側の列にお並びください! 観艦式に行かれる方はまっすぐ! 西・東ホールに行かれる方は左側の列にお並びください!」
案内板とスタッフの声に従い列を形成していく一般参加者達。
だが、今日は例年の1日目より明らかに人の数が多い。
理由は言うまでもなく、観艦式の開催である。
「予想はしてたけど、1日目の入場者数の記録更新するんじゃないか? 3日目並みだぞ」
当初は企業ブースの一角で行う予定だった観艦式。
だが、観艦式の入場者数が企業ブースをパンクさせかねないと判断した有明鎮守府と準備会によって企業ブースと切り離すことを決断。
建造中だった東7・8ホールの工事を軍部の人員も用い早めて、そこにサークルを移動。
1階の西1ホールをまるまる観艦式に宛てることとしたのだ。
工事スケジュールそのものを影響させられるからこその決断であった。
しかしサークル配置担当者は死にそうになったとかならなかったとか。
列が確定して、朝食を買いに行ったり周囲のものと話し始める一般参加者達。
やはり男が多目なのは当然のことか。
「やべー、観艦式出遅れた、これだと前のほうは取れないかな?」
「いや、観艦式に関してはサークルも優先じゃないらしいし、結構いけると思うぞ」
「全艦娘の観艦式だもん、楽しみだよなー」
「観艦式の物販って何か無いのかしら?」
「今日からビッグサイトの売店でブロマイドの売出しを始めるみたいよ、サイン付きで。他にも何かあるみたい」
「うわーん、観艦式は前の方に行きたいし、でも物販にも行きたい。困っちゃうよー」
そんな様子をホテルの部屋からすみれたちが見ていた。
「うぇぇ、ひとがおおぜいいますわ……ていげきのころのひじゃありませんわ」
「でも、わたしたちはかんけいしゃだから、ゆうせんしてとおしてもらえるんですよね?」
「もちろんですわ、あのひとごみのなかにはいるなんて、からだがもちませんわ!」
「ぷっ」
上品に振舞おうとするすみれだったが、2歳程度の身体では勿論締まらない。
噴出すさくら。
「さくらさん、なんでわらってらっしゃるのかしら!?」
「だって、すみれさんそのからだでいつものようにしたって、にあわないですよ」
「なんですってー!」
いつものように雰囲気の悪くなる二人、しかし今日はそんなことをしている場合ではない。
「すみれはんにさくらはん、そろそろいくらしいでー、なんやまたけんかしとるんかい」
「さくら、そろそろ行くぞ」
「おとうさま!」
部屋のドアを開け、紅蘭と一馬がさくらを迎えに来る。
前の太正では殆ど一馬に甘えられなかったさくら、当初こそ躊躇っていたが今では外見年齢同様に父親に甘えている。
それが一馬を更に親バカにする。
流石にお風呂には一緒に入りたがらないさくらを、どう説得するかが今の一馬の悩みである。
「まりあー、こんなかっこうにあわないって」
「なにをいってるのよ、かんな。いまのあなたならかわいらしくしたほうがいいわ。ね、みんな」
部屋の外にでると、かわいらしく着飾ったマリアとカンナが3人を出迎える。
鍛えすぎると成長に影響が出るから、カンナも今は技の鋭さに磨きをかけているのみ。
したがって、今のカンナは筋肉などはあまり付けていない。
さくらやすみれと同じように女の子らしい姿である。
「そうですわ、かんなさん。にあってますわよ」
「あー、ありがとよ。すみれ」
「そのかっこうをされるのでしたら、くちょうもなおしたほうがよろしいのではなくて?」
「そうなんだけどよ、それでたいちょうにきづいてもらえなかったらいやだからさ」
カンナが恥ずかしそうに頬を指で掻く。
そういう仕草をせずに、今の外見のまま成長したら男も放って置かないだろうにとすみれは思う。
勿論大神は除くが。
「さあ、みなさんじゅんびはよろしくって!」
「「「はーい」」」
「てきはびっぐさいとにあり! ですわ! しょういをとりもどしますわよ!!」
「「「おー」」」
気勢を上げるすみれたち。
「大神くんを艦娘から取り戻されても、みんなが困るんだけどな……」
そんな様子を眺めながら汗を一筋流して呟く一馬であった。
その頃、大神たちはステージ裏手のスペースで観艦式に向けて最後の準備を行っていた。
流石に艦娘と一緒のスペースにはできないので、別スペースで一人準備を行う。
自分は剣の演舞と、必殺技の披露。そして歌唱任務を行う予定だ。
自分の登場順番を確認し、水を一口飲む大神。
「大神さん、ちょっといいかな?」
「ああ、構わないよ」
そこに秋雲がやってきた。
二冊の同人誌を手に持って、頬をかすかに赤らめて。
「秋雲くん、どうしたんだい? その本は……新刊、完成したのかい?」
「うん、大神さんのおかげで無事完成したよ、二冊とも」
「二冊? 新刊は『艦娘マニュアル』だけじゃなかったっけ?」
もう一冊の原稿を手伝った覚えの無い大神、当然の質問を秋雲に訪ねる。
「もう一冊作ったんだ、それでこの本を誰よりも早く大神さんに読んで欲しいなって」
「いいのかい、秋雲くん?」
「うん……大神さんが一番最初じゃなきゃイヤ。お願い、大神さん」
「分かった、それじゃあ読ませてもらうよ」
そして、秋雲から受け取った同人誌を読み始める大神。
表紙はフルカラー。向かい合った大神と秋雲の構図。
ということは自分と秋雲の本なのだろうか。
ページを一枚一枚めくる度に、秋雲の肩が小さく跳ねる。
よほど緊張しているのだろうか。
それは大神と秋雲の恋愛話だった。
エピソードを重ねるたびに大神への思いが募っていく秋雲。
そして、
『大神さん――』
読み進めていくうち、漫画の中で秋雲が大神に告白する。
思わず顔を上げ秋雲を見やる大神。
「秋雲くんこれって――」
秋雲は首筋まで真っ赤に染めていた。
「大神さん、私の告白、読んでくれましたか?」
「ああ……」
呆然と頷く大神。
「なら、もう一度言うね。私の口から、もう一度。大好きな大神さんに」
「大神さん――」
「ちょっとまったですわ~!!」
そこにすみれたちが雪崩れ込んで来た。
オルスタ