加山との呑みから一夜開け、朝礼にて大神は召集した艦娘たちに観艦式の実施を伝えた。
「観艦式ですってー、久しぶりね」
「全艦娘を一堂に集めた上での観艦式だなんて初めてじゃないかしら?」
「大きなイベントになるわね、緊張するけど楽しみだわ」
「最近お腹の線が緩んでいる気がします、本番までに元に戻さないと」
概ね、艦娘たちの反応は良い様だ。
だが一人悲嘆に暮れている艦娘が居た。
「なっ、夏コミ一日目ですってー!? そんなー!! 」
秋雲である。
「秋雲くん、何か問題でもあるのかい?」
「大有りだよ~。これからは通常の訓練に加えて、観艦式の練習もやるんでしょう? せっかく念願叶ってコミケ2日目にサークル参加することになったのに、これじゃ時間が無いよ~」
「その点は心配しなくても良いよ、秋雲くん。コミケ2日目、3日目は俺も含めて、全艦娘は休日になるからね。コミケ2日目3日目は艦娘たちのファンの人が自主的に作った本がいっぱい出ているって言うし、せっかくだから俺も見に行こうと思っているんだ」
どこか噛み合っていない会話だが、サークル参加側と一般参加側の日程についての意識の違いは、そんなものである。
「なんか、薄い本についてすごい勘違いしてそうなんだけど……だから、秋雲さんはその本を作る側なのっ! スケジュールきつきつになっちゃったら、その本が作れなくなっちゃうんだよ~」
サークル参加側として本を作る場合、夏コミの一ヶ月くらい前が山場なのだ。
夏コミまで一ヵ月半しかない状態で毎日忙しくなったりしたら、ピンチになるのは当然だ。
「うーん、とは言っても、この日程は両大臣閣下に大元帥閣下が決められたものだからね。悪いけれどそういう個人的な事情で変更はできない」
「そんな~」
その場に崩れ落ちて悲しみを露にする秋雲。目には涙も滲んでいる。
よほどショックなようだ、それを見て大神は考え込む。
秋雲はまだ有明鎮守府に来て日が浅い、それなのにこのまま泣かせて良いものだろうか。
自分だって言ったはずである、『何か困った事があったら相談に乗るよ』と。
今がそのときなのではないだろうか。
「分かった、秋雲くん。観艦式の日程は変えられないけど、自分でよければ本の作業を手伝うよ」
「えっ!? ホントに? やった、アシ一人かーくほ」
大神の言葉に秋雲が顔を上げて反応する。
涙は既に引いている。
「隊長さま~。やめておいた方がいいと思いますよ~」
何度も付き合わされたことのある巻雲は、そのときのことを思い出して大神にやめる事を促す。
「いや、巻雲くん。秋雲くんの事情を確認せずに決めたのは俺だからね、当然だよ。俺が頑張ることで秋雲くんの涙が消えてくれるって言うなら、それくらい安いものさ」
「隊長さま……」
「大神さん……」
秋雲たちが大神の言葉に感銘を受けたらしい。
「夕雲もお世話した方がいいんでしょうね」
「言うじゃん、隊長~。隊長まで手伝ってくれるって言うのに、私も黙ってられないよ」
同室の夕雲たちも手伝うことを決めたようだ。
「私もお手伝いするヨー!」
「はい、榛名もお手伝い致します!」
「睦月もお手伝いするにゃしい!」
艦娘たちからも次々と、賛同の声が上がる。
「みんな、ありがと~。みんなには後でちょっと手伝ってもらうね」
すっかり元気を取り戻した秋雲。
頭の中でいろいろ考えているようだ(含む邪念)
そして、太正会から指定されたモデル達によりウォーキング講習や、観艦式の構成について話し合いが行われる。
「歌唱任務? そんなのまであるんですか?」
「ええ。艦娘たちの中には、アイドル的な人気を持つ子も少なくありませんから、例えば――」
「はーい、那珂ちゃんのこと呼びましたか~」
自称アイドルの那珂がはいはいはーいと手を上げる。
「大神さん、実は私も睦月ちゃんと夕立ちゃんと一緒に――」
「そうなのにゃしぃ!」
「そうっぽい! 夕立、隊長さんのために頑張るからちゃんと見てて欲しいっぽい~」
吹雪、睦月、夕立もまた手を上げる。
他にも、多数の艦娘が手を上げている。
これは思ったより大変な事になりそうだ、と大神は冷や汗を一筋流す。
歌劇団で演目の構成をやったことが無かったら、もっと大変だったかもしれない。
いや、やったことがあるからこそ、米田閣下は大神ならやれると判断したのだろう。
人生何が有用なものとなるか分からないものである。
「大神隊長も何か歌われますか? きっと女性の方がお喜びになりますよ」
「え゛」
何かいやなことを思い出したのか、大神が凍る。
本来歌う予定が無かったのに声に押されて、舞台で歌った経験なんて大神にはない。
主題歌を歌った経験もない。
ないったらない。
「それいいですね~。大神さん、一緒に歌いませんか? 大神さんとのデュエットしたいな~」
吹雪が大神の腕を取って、歌唱任務に誘う。
「あー、ブッキー、ずるいデース! 隊長との絆を歌い上げるのは、私達金剛型と相場が決まっているのデース!!」
「えー? あの曲はデュエットするものじゃありませんよね?」
「いや、俺は今回は歌唱任務はいいよ。歌う歌も無いしね」
冷や汗を流しながら、大神はやんわりと断る。
いや、正しくは歌う曲が無い訳ではない。
ただ、この世界に存在しない曲なのだから、無いと言ってもいいだろう。
「そうですか、では大神さん! 私、大神さんのために一生懸命歌いますから!!」
「こら、ブッキー。観艦式に来てくれる人のこと、忘れちゃダメデース!」
「あいた、うう~、金剛さんごめんなさい~」
金剛にチョップを貰い、涙目になる吹雪であった。
そして、通常業務が終わった後に秋雲のアシスタントの作業を行う。
と言っても初日は、秋雲もラフ作業がメインであり、大神に手伝えることは無い。
「じゃあ、俺は何をすればいいのかな?」
「うん、先ずは液晶ペンタブに慣れて欲しいかなって、巻雲~、大神さんに使い方教えてあげて」
「はーい、隊長さま~、じゃあ、一から教えていきますね~」
「ああ、よろしくお願いするよ、巻雲くん」
そうすること数時間、液晶ペンタブの基本的な使い方を覚え大神は部屋に帰ろうとしていた。
夏場に熱を持つ液晶ペンタブで作業をしていたため、流石の大神もじんわりと汗をかいている。
部屋に帰る前に、汗を流した方がよいか。
そう考えた大神はお風呂場へと足を進める。
「あれ?」
しかし風呂場の中に入ると、入り口だけでなくお風呂場の方も明かりが灯っていた。
そして、着替えが籠の中に入れられていた。
特徴的な高雄型の制服が2着に、セーラー服に似た摩耶たちの制服が2着。
つまり、
「高雄くん達がお風呂に入っているのか」
ここに居ては、いずれ彼女たちと鉢合わせになってしまうだろう。
それに、流石に彼女達の居るお風呂に入るつもりは無い。
「しょうがない、お風呂は後にするか」
そう考えた大神はお風呂場を立ち去ろうとする。
しかし、
「い、いかん……体が勝手に……」
大神の身体はその意に反し勝手にお風呂場の中へと入っていくのだった。
あくまで『体が勝手に』である。すごく、ものすごーく大事なことなので二回言った。
久しぶりの伝家の宝刀。
行くぞ恐怖のワンパターンwww