「ううう、つっかれた~」
そうぼやきながら、秋雲は夕食を取るため食堂へと向かっていた。
夕雲たちに遅れて。
遅れた理由は言うまでもなく、『オータムクラウド先生こと、駆逐艦秋雲、追悼企画』をしている人たちへの連絡である。
ホームページにあった企画の詳細を見てみると、
1、オークラ先生が夢見ながら、果たされず波間に消えた夢。
コミケへのサークル参加を成し遂げよう、秋雲ちゃんのサークルスペースを確保しよう!
2、オークラ先生の轟沈を悲しむ、絵師・作家陣による追悼本の作成。
リストを見ると、かなり豪華なメンバーが参加を予定していた。
やはり、艦娘にして絵師と言うのはインパクトが強いものだったらしい。
なお追悼本は1のスペースでの領布を予定していた。
3、オークラ先生への思いを書き記した寄せ書きの作成。
などなど、多数の企画が用意されていた。
既にコミケスタッフとの話し合いも為されており、スペースの確保までは終了しているらしい。
けれど、既に秋雲は大神によって助け出され、復活している。
今更、追悼本を出されても反応に困るのが、秋雲の正直なところだ。
追悼本を復活記念本にするなど、早いところ落とし所を探らないと、大変なことになる。
そう思って、企画をしたもの達に自分がオータムクラウド、秋雲であることの証明を添付した上で連絡をしていたのだ。
「こういう調整系のお話は、秋雲さん苦手なんだよね~」
連絡はまだこれから何回もしないといけないだろう、それを思うと気が沈む。
「ま、考えても仕方がないし、いいか~。美味しいご飯を食べて気分転換しよっと」
給糧艦である間宮監修の夕食は「艦娘に豪勢な食事など必要ない」と言っていた舞鶴の時のものとは比較にならないだろう。
実に楽しみである。
肩を揉み解しながら、食堂に入る秋雲。
すると、食堂は微妙な沈黙が漂っていた。
全員が息を呑んで、一角の二人、大神と見知らぬ男性の様子を見守っている。
「みんな、どうしたの~。固唾を呑んで黙っちゃって」
陽炎型の席か、夕雲型の席か、どちらにするかちょっと迷った末、秋雲は洋定食を持って夕雲型たちのいる席に座る。
「あ、秋雲~。隊長さまが男の人と仲よさそうに食事を取っているから、どうしたのかなって~」
「隊長が? 男の人と? 仲よさそうに?」
秋雲の中の腐女子回路が、そのフレーズに激しく反応する。
×だとか、攻め・タチだとか、受け・ネコだとか、そういった言葉が脳内を駆け巡る。
しかし、秋雲が二人をじっくり観察しようとしたときには、既に二人は食事を終えたようだ。
「それじゃ、加山。また後でな」
「ああ、俺も応接室で持ち込んだ仕事やってるから、一段落したらバーで飲もうぜ」
「分かってる。こっちも早めに片付けるようにするよ」
トレイを持って二人が立ち上がる。
遠目だから確認し難いが、それでも二人の間に漂う気安さは感じ取れる。
「これは、二人の仲をもっと調べないといけませんね~」
「え~、秋雲、そんなの隊長さまに失礼だよ~。やめておきなよ~」
「いやいや、謎多き隊長のことを少しでも暴くチャンス! 絵師として黙ってられませんって♪」
「そうですよね~、私達艦娘たちの心をこんなに奪っておきながら、男の人と仲良くするなんて、もしかしたら大スクープかもしれませんよね! 取材しなくっちゃ!!」
気がつくと青葉が秋雲の隣でカメラを準備していた。
「青葉さん……」
「秋雲ちゃん……」
互いに何かを感じ取ったか、二人はグッと握手をする。
「鎮守府のバーの前で集合でいいかな? 秋雲ちゃん?」
「了解しました!!」
ここに鎮守府最悪のダーティペアが誕生しようとしていた。
そして、数時間後、青葉と秋雲のペアは、鎮守府バーの中にあった。
大神たちが予約したカウンター席がよく見え、かつ大神たちから見えにくい席に座る二人。
写真を撮影したり、イラストを描くにはもってこいの席だ。
酔ってしまうと不味いので、二人ともソフトドリンクを注文し、大神たちの到着を待つ。
程なくして大神たちがカウンター席に着席する。
「あ、間宮さん、大神さんに褒められて照れてますね~。一枚撮っておかないと、パシャリ」
「大神さんの私服姿~♪ イラストに描いておこーっと」
場所が場所なだけに、まさか周囲の目を気にする必要はあるまいと二人は気を抜いている。
欲望にまみれた視線で二人を見る青葉たちに気付くことなく、呑み始める二人。
「うっひょひょ~♪ 大神さんに気安くツッコミいれてるよ、加山さん! これは加山×大神の予感? うんっ、有りだねっ!!」
「おおー、朴念仁隊長の意外な性癖!! いや、でも朝潮ちゃんにキスされて拒否もしてなかったし、これは両刀ってこと!? 流石は二刀流!!」
「よーし、二人の絡みをイラストにためしに描こーっと」
そう言って鉛筆を手にする秋雲。
だけど、いつものように一瞬でBLの構図が思い浮かんでくれない。
「あれ?」
邪念が足りないか、と気兼ねなく会話を交わす二人に視線を向ける。
大神は、久々の親友同士での呑みを心から楽しんでいるようだ。
まだ短い付き合いだけど、あんなふうに少年のように笑う大神は始めて見る。
無防備な笑顔。
その無防備な笑顔を、快楽に負けたアヘ顔にするだけの話。
加山に押し倒され、組み敷かれている構図として思い浮かべようとするだけなのだ。
いつもやってきたことではないか。
なのにそれができない。
「あれれ?」
「どうしたの、秋雲ちゃん?」
「いやー、どうも、BLのイラストが……」
「それなら、他のノーマルのイラストでも試しに描いてみたら?」
青葉のアドバイスにしたがって、大神と艦娘の絡みを考えようとする秋雲。
今度は問題なくサラサラと描ける。
絵そのものが描けなくなったわけではないらしい。
「あ、大丈夫そうかも。青葉さんありがと」
「いえいえ~」
そして、ラフではあるがイラストが出来上がる。
大神に組み敷かれ、責められ、快楽の声を上げる艦娘の姿。
その艦娘は――秋雲であった。
「あれっ!? なんでーっ?」
「どれどれ~、うわー秋雲ちゃん、ハードですね~。そういうこと大神さんにされたいの?」
「ちがっ!! 試しに描いてみただけだから!」
大神に責められる自分のイラストを青葉に覗き込まれて必死に隠す秋雲。
こんなの出回ったら、青葉の言うとおり大神にそういうことされたがってるみたいではないか。
それこそ冗談ではない。
「今度こそ、大神さんのBL描くから!」
けれども、宣言とは裏腹に大神を交えてBLを描こうとすると、ピタリと手が止まってしまう。
カッコよくバーテンダーの衣装を着込んだ間宮さんを男体化させて、加山と絡めることは容易にできたのに。
同様にバーに居る艦娘は全員男体化させて、加山と絡ませられたのに。
こうなっては認めるしかない。
秋雲は大神のBLを描きたくないのだ。
そして、秋雲は大神と他の艦娘の絡みもあまり描きたくない。
つまり大神関連では、基本大神と自分のイラストしか絡みでは描けないと言うことになる。
「参ったな~、一番受けそうなジャンルなのに。何でだろ?」
「うふふふふふふ~、パシャリと」
小首傾げて悩む秋雲の姿を写真にとる青葉。
「青葉さん? 何で私の写真撮るのさ?」
「それはヒミツです。ふふふふふふ。恋に迷う乙女の写真頂きました~!」
「えー、そんなことないってば~。ほら、艦娘を男体化させての加山さんとのBLはこんなに……」
スケッチブックをめくって、自分は無実だと青葉に主張する秋雲。
しかし、
「ほほう、なかなか面白いものを書いていたようだな、秋雲」
「え?」
見上げると、武蔵が頬を引きつらせながら、自分を見下ろしている。
ちょうど、男体化した武蔵がやおい穴を加山に責められているイラストがそこにあった。
「えーと……武蔵さん、怒ってる?」
武蔵の表情をよく見る、かなり怒っているようだ。
「そんなことはないぞ秋雲、私は爽快だぞ。46cm砲を試し撃ちしたいくらいには」
めっちゃ怒ってるー!!
秋雲の表情が蒼白になる。
「ご、ごめんなさい、武蔵さん! 大神さんと絡んだイラストを進呈しますので平にご容赦を!」
「男ではなく、女のままの私と大佐のイラストだよな? 勿論」
「は、はは、はいっ!!」
イラストを実際に描いてしまった以上、平謝りするしか秋雲にできることはない。
「それは私と大神さんのイラストも書いてくれるってことだよね?」
「大神さんとの濃厚な絡み、流石に気分が高揚します」
「でんでけでーん、分かっているわよね?」
「分かりましたよ~、今日ここに居た艦娘、全員分描けばいいんでしょ!」
半ばヤケになって秋雲は叫ぶのだった。
ちなみに、翌日には全てのイラストを完成させていた。さすがオークラ先生。
蠢動、腐女子回路発動、なのに最後は乙女になる秋雲w