その日の剣道場は朝から騒々しく、ぎゅうぎゅう詰めな状態であった。
勿論理由は、有明鎮守府のほぼ全艦娘が剣道場に詰め掛けていたからである。
広めに作られた剣道場ではあるが、全艦娘が稽古をし、剣を振るには狭い。
「流石にこの人数となると稽古も難しそうだな。天龍くん! 龍田くん!」
このままでは時間を無為に過ごすこととなってしまう。
どうにかして人数を分割しなければ、どうしようもない。
そう思い、大神は艦娘の中でもっとも長く共に稽古を行った二人に声をかける。
彼女たちなら、自分の二天一流もある程度教えてはいる、何とか計らってくれるだろう。
「しょうがないな。後で埋め合わせはしてくれよ?」
「大神さ~ん、この代金は高くつきますよ?」
「……分かった、そこは何とかするからお願いするよ」
天龍と龍田の問いに大神は自腹を切ることを覚悟する。
間宮の甘味だろうが、何だろうが、ここは腹を決めるときだ。
「了解! おい、この辺にいる艦娘、ついて来い!」
「こちらにいる艦娘もついて来て~」
大神のその言葉を聞くと、ごった返した剣道場の艦娘達を適当に3分割して、天龍と龍田は艦娘を連れ剣道場を後にする。
その事を不満に思う艦娘も居ない訳ではなかったが、それで大神の不興を買っては意味がない。
諦めて、分割された艦娘たちは天龍たちに付いて行く。
「よし、これで稽古もできそうかな。今日初めて来るみんなは近接戦闘を学びたいということでいいんだよね?」
人数が減った剣道場に大神の声が響き渡る。
まさか、大神に近づくきっかけが欲しかったと答えられる訳がない。
艦娘たちは大神の問いにイエスと答える。
「分かった。それじゃあ、経験のある艦娘は型で分からないことがあったら聞いてくれ。初めての艦娘は一手ずつ順番に教えるから待っていて欲しい、一人ずつ教えるから」
艦娘たちの噂を知らないが故に、まさか自分と仲良くするためだけに艦娘が早起きして剣道場に来たとは夢にも思わない大神。
艦娘の装備が砲撃と艦載機に偏っているから、至近距離にも対応したいのだろうと納得する。
一人ずつ、艦娘の要望に応え一手ずつ小刀術乃至小太刀術を教えていく。
「ブフッ! そこまで手取り足取り教えてくれるの!? すばらしいわ! ドキドキしてきたわ! 自分の番が待ち遠しいわ!!」
羽黒を筆頭に、ライバルとなりかねない同じ妙高型姉妹を夜通しの演説でノックアウトした足柄。
徹夜でハイになった足柄は、大神の手取り足取りの稽古を見てますます昂ぶる。
幸い、金剛など強敵となる艦娘は天龍と龍田にドナドナされてここには居ない。
大神にアプローチをかけるにはこの場を置いて他にはない。
「次は足柄くんか。足柄くん、いいかな?」
「はいっ、わっかりましたー! 隊長、よろしくお願いします!!」
千載一遇のチャンスとばかりに大神に擦り寄って、女の子らしく可愛くアプローチしようとする足柄。
「足柄、斬撃します! 勝利の報告を期待してて大丈夫よ!」
「いやいや、これから体捌きを教えるから! まずはそれは覚えてくれって!?」
しかし、初めての事とは言え事が戦闘訓練なだけに、すぐに地が出る足柄。
「こんなんじゃまだ満足に動けないわ……突撃よ! 突撃ぃー♪」
「足柄くん、俺に突撃してどうするんだって!?」
「隊長なら私の全力を受け止めてもらえる筈! 隊長、私の想いを受け取ってー!!」
と小刀を腰構えにヤクザ映画の鉄砲玉のように突撃したり、
「これは、みなぎってきたわ! ねえ! もちろん試し斬りしてもいいのよね!?」
「木刀だから切れないって!」
木刀で神刀滅却を斬ろうと気合を入れる足柄に翻弄されている大神。
だが、強さに固執する足柄の性格は大神にとっても気持ちのいいものであったらしい。
「自分が強くなるこの瞬間が、私は一番好き!」
「それなら、俺も教えた甲斐があるよ。足柄くん、鍛錬を欠かさず強くなってくれ」
「もっちろんよ! もっともっと鍛錬してもっともっと強くなって見せるわ! だ・か・ら、隊長! もっと色々な事、教えてくださいね!!」
「ああ、足柄くん、俺に教えられることならね」
友人としては案外、波長は合うのかもしれない。
女の子として取り繕うことを忘れた足柄と、大神の二人の会話は結構弾んでいる。
大神としても、男女の差を忘れ加山等の友人と居たときのような気楽さを覚えていた。
そして、大神が次の子の稽古に向かって始めて、足柄は己の失策に気付く。
「やっちゃったわ! また、やっちゃったわ!! いったん友人ポジになったら一巻の終わりなのに! また、誰かの結婚式でお祝いの歌を歌う役なの!? ブーケトスで気を遣われるポジなの!? そんなのもう御免なのにー!!」
だが、いまさら時を巻き戻せるはずもない。
失意にくれる足柄。
しかし、それでも見るものからすれば羨望の対象であったらしい。
「足柄さん」
朝の剣の稽古を終え、肩を落としながら食堂へと向かう足柄に駆逐艦の声がかけられる。
「んー、何よー。私は今ガッカリきてるの。隊長へのアプローチの仕方を間違えて」
「その隊長への態度でご相談があるんです」
「何よ、私を馬鹿にしようって言うの!?」
振り向く足柄。
そこには朝潮がチョコンと立っていた。
「足柄さん。朝潮は『好き』ってどんな気持ちなのか分かりません。だから、今朝の稽古で一番、隊長に近かった足柄さんに、どうしたら『好き』って気持ちが分かるのか教えていただきたいんです! もっと隊長の事を好きになって、隊長のお役に立てるために!!」
その朝潮の発言に呉鎮守府の艦娘たちは凍りついた。一航戦とか。
もしその場に妙高型の他の姉妹が居たら、「悪い事は言わない、止めておけ」と言った筈である。
しかし、残念ながら夜通し続いた足柄の演説によって、他の妙高型姉妹はノックダウンしていた。
今日は朝食の時間ギリギリまでは、起きては来ないだろう。
故に足柄は朝潮の発言に、ミスった自分を模範としたいという艦娘の出現に感激する。
好きと言う感情すら知らぬ迷える子羊を、朝潮を導いてあげられるのは自分だけと感じ入る。
「私の指導は厳しいわよ! 崖から何度でも蹴落とすわよ! 朝潮、付いて来れるかしら!?」
「血反吐を吐いてでも付いて参ります! 隊長を好きになって、強くなって、隊長のお役に立てるのであれば!!」
躊躇うことなく返す朝潮に、足柄は彼女こそ自分が磨いてきた女子力の後継者だと思う。
足柄と大神が結ばれた後、足柄が以前躓いて、その度に磨きぬいたモノを受け継ぐのはこの子しか居ない。
「あなたの覚悟は分かったわ! 朝食を取りながら話しましょう、朝潮!」
「はい、足柄さん!」
「違うわ! 今から私はあなたの師匠よ! 師匠と呼びなさい!!」
「はい、師匠!!」
恋の話とは思えない、熱さにまみれた会話をしながら二人は食堂へと向かう。
もはや、そのむせ返るような熱さに誰も踏み込むことが出来ない。
いや、一人だけ朝潮の将来を慮って妙高型姉妹を起こそうとしようものが居た。
「これは、不味いです! 急いで妙高さん達を叩き起こさないと!」
榛名が妙高型姉妹の部屋へと駆け出して行った。
大神さんではなく、足柄に弟子入りする朝潮。
決戦前夜の朝潮をあえて書かなかったのはこのためだったり。
はてさて凸凹師弟がどうなることやらw