神谷が鎮守府から帰着した後には、既に艦娘の間には様々な噂が流れ始めていた。
もちろん青葉が流した噂である。
――大神さんを好きになればなるほど、艦娘は強くなれる――
――今日海軍技術部が来たのは、その調査の為である――
と、事実に基づいた噂もある、それはそれで情報の秘匿の面から考えると問題大有りなのだが、まあ良いとしよう。
しかし、事実と若干変化した噂もある。
青葉が盗み聞きした事実、
『大神は戦力を得るためだけに、艦娘にアプローチはかけない。信頼関係を育もうとしている』
『艦娘の大神に対する態度が全て、と艦娘の好感度を知ることを断った』
これが、
『大神は艦娘にアプローチはかけない』
『艦娘の大神に対する態度が全て』
と噂が拡散する過程で変わり、最終的には、
――大神さんは艦娘のアプローチを待っている――
と、もはや、なんでそうなったという化学変化をして、噂は拡散していた。
ここまで変わると、青葉が盗み聞きしたときにキュンときた大神の言葉が拡散されない。
青葉としては、大神さんの印象が更に良くなることを狙って流した噂だったのだけど。
「あれ~、最後の噂どうしてこうなっちゃったんだろ。これだと大神さんが大変に――」
と、青葉はそこまで考えて、いつもの鎮守府の様子を思い出す。
大神さんは常に艦娘に囲まれて、鹿島や金剛や明石らのアプローチを受けているではないか。
つまり、いつもとあんまり変わらないはずだ。
「……うん、あまり問題ないかな。修正するのも面倒だし、このまま拡散させちゃえ」
結果、艦娘の関心を引いたのが、二つの噂である。
――大神さんを好きになればなるほど、艦娘は強くなれる――
――大神さんは艦娘のアプローチを待っている――
この二つの噂が夕食後には艦娘たちの間に浸透することとなった。
そして、その結果生まれたのが恐るべき結論。
――大神さんにアプローチすればするほど強くなれる!――
深海棲艦と相対する為に生まれた艦娘、その事を聞いて黙っていられるわけがない。
実際、大神にべったりである、響、睦月、如月などは駆逐艦を超越した強さを持っているし。
その秘密が分かった以上、明日からが決戦であると皆自室で気勢を上げていた。
以下艦娘の自室の様子を抜粋する。
・金剛4姉妹の部屋
「Congratulations! 私のBurning Love!が敵を撃つPowerになるなんて、素晴らしい事デース! huuuum~それにしても、隊長ったら私からのAproachを待ってくれていただなんて! もう~、隊長は時間と場所をわきまえ過ぎなのデース! でも、これからは違いマース!」
いつも以上に気合いを入れた金剛の様子。
「これで、やっと本当の私になれた気がしマース! 明日からは可憐で一途な美少女高速戦艦、金剛カレンとして隊長にAttackするヨー!!」
某火薬戦隊のように背景が爆発しそうである。
一方、比叡は鏡の中の自分に向かって、説得させるかのように声をかけている。
「明日からのアプローチはお姉さまみたいに強くなる為なんだから! いいわね、比叡! これは強くなって、お姉さまの傍で一緒に戦う為なんだから!!」
自分に言い聞かせるように何度も繰り返す比叡。
『比叡くんを辱めるような行為は断じて俺が認めない!!』
しかし、その度大神が渥頼に言ってのけた言葉が思い出される、胸の奥が熱くなる。
……大神の台詞が少し変わっていませんか比叡さん。
「ああ……力が湧いてくるようです! って違う違う! あくまで強くなる、強くなる為なんだからぁ!!」
若干説得力がない。
榛名は、化粧台で肌の手入れを行っている。
「今まで感じていた力、榛名の大神さんへの想いだったんですね! 想いが力になるだなんて素敵です! もっと大神さんの事を好きになって、好きになっていただいて、大神さんのお役に立って見せます!」
ちゃっかり大神を振り向かせようとしている。
そんな、姉妹の喧騒の中、霧島は一人椅子に腰掛けて戦闘データを見返していた。
「恋によって、霧島の戦闘力、向上していたんですね。好きになることで強くなれるだなんて私の想像以上です。流石隊長、データ以上の方ですね」
・第6駆逐隊の部屋
「一人前のレディとして、これは見過ごせないわ! 隊長と仲良くなって、もっと強く美しくなるのよ!」
「でも、どうやって隊長さんにアプローチするのですか?」
「うぐっ。そ、それは、一人前のレディらしく優雅によ!」
電に突っ込まれて押し黙る暁、どうやら具体的には何も考えていなかったらしい。
「隊長さんのお世話をしたいけれど、最近は大淀さんがいつも一緒にいるから、あんまりお世話出来なくて困っちゃうわ。ここは強くなって、戦いで役に立つしかないわね!」
雷は雷で思うところがあったらしい。
確かに大神は誰かの手を借りなければ生活できないなんて事はないし、書類仕事については大淀を筆頭に秘書艦たちがいるので問題ない。
ならば、秘書艦に選ばれればと思うのだが、順番が回ってくるのはまだ先だ。
「ふふっ」
そんな姉妹の様子を一瞥し、勝ち誇ったような表情を浮かべる響。
自分の駆逐艦離れした力こそが、大神を愛し愛されていることの証。
それに以前繰り出した合体技の感触も覚えている、今更慌てて何かを変える必要なんてない。
「あー、響ちゃん! 隊長と合体技が出来るからって、そんな余裕の表情浮かべてー!」
「事実を思い返していただけだよ」
サラリと言ってのける響だが、自分と同じく大神との合体技を繰り出した睦月・如月の存在だけは気になっていた。
「……まさか、ね」
自分よりも好感度が高い艦娘がいるとは思えないが、それでも睦月も如月も大神に対しては非常に積極的だ。
やはり、自分もアプローチをより積極的に行うべきだろうか。
既に睦月に逆転されているとは露知らず、そんなことを考える響であった。
・元警備府の睦月型の部屋
「如月ちゃん、この力、大神さんへの想いが原動力だったんだね! 睦月かんげき~☆」
「そうよね、キス島でも戦艦相手に互角以上に戦えたんですものね」
如月の手をとってはしゃぐ睦月。
「明日もいっぱい大神さんに褒めてもらうのです! 睦月をもっともっと褒めるがよいぞ! 好きになるが良いぞ、大神さん! 睦月、褒めて好かれて伸びるタイプにゃしぃ、にひひっ!」
「そうね、如月たちが一番なの。ギリギリまで大神さんと一緒にいたいし、睦月ちゃんも、早くお休みして明日に備えましょう?」
「そうだね、如月ちゃん! 恋の勝負、大神さんへの想いで強化された睦月たちがもらったのです!」
明日も大神さんに撫でて愛でてもらうのだと、布団を敷いて早めに寝ようとする睦月たち。
一方望月と弥生は、
「望月、大神さんへのアプローチについて考えなくても良いのですか?」
「だってさー、どうやっても睦月たちに勝てる気がしないもん。無駄な事はさー、考えない方が楽なんだよねー」
気にしないそぶりで、布団に寝転んで足をバタバタさせながら雑誌を読みふける望月。
だが、何度も読み返しているその記事の内容は『恋をかなえる方法』であった。
・妙高型の部屋
「うふ、うふふふふふふ、我が世の春が来たわーっ!」
部屋の中で一人、足柄が声高に叫んでいた。
羽黒は隣の部屋に聞こえてしまわないだろうかとオドオドしている。
「素晴らしいわ! 恋人が出来て! 強くなれる! 一石二鳥じゃない! みなぎってきたわ!」
いや、羽黒はオドオドしているだけではない。
足柄が本気を出して、大神に妙高型姉妹のことを引かれてしまったらどうしようと心配している。
「元々、良い男とは思っていたのよ! 最初の出会いが出会いだったから、表立ってアプローチしづらかったけど、これでもう思い残す事はないわ! ガンガン行くわよ!!」
妙高と那智も気難しい顔をしている。
呉で足柄が暴走した結果、どうなったかを思い出している。
彼女達の未来は正直暗くなりそうだった。
「それに! 『日ノ本の剣狼』と『餓えた狼』、狼同士で相性もバッチリじゃない! 正に一緒になるために、心を通じ合わせる為に出会ったのね!! 私と隊長は!! 隊長だってきっと、駆逐艦のような色気も起伏もないボディより、私みたいに精悍で色気のあるボディの方が良いに決まってるわ! 待っていてね、隊長!!」
興奮しきった足柄の演説は当分止まる事はなさそうだった。