第七話 1 帝國の若き英雄
海の過半を深海棲艦に奪われた現在の世界において、陸軍の成すべき事は海軍のそれと比べて小さいと思われがちであるがそんな事はない。
このような状況だからこそ、地上が安寧して初めて人は海と相対することが出来るのだ。
陸軍大臣である米田一基もその事を自覚している。
故に憲兵による軍規の引き締めや、島の守備隊について随時報告を受け、場合によっては海軍、華撃団との共同作戦を行ったりしているのだ。
その意味で、初の3者共同作戦となった先のW島の大勝利は非常に大きいといえるだろう。
中部太平洋における基地の設営の成功もさることながら、敵の半数、いや事実上1艦隊で敵9艦隊を島ごと全て浄化することによる完全なる勝利。
今でもW島周辺海域は深海棲艦が一匹たりとも寄り付かない。
設営に先立って呼ばれた神職にあるものによれば、聖域の如く清められた空間であるという。
この大成功により陸軍、海軍、華撃団の3者共同による作戦の優位性が示され、華撃団体制を主導した内閣府の声望は大いに高まった。
ただ、米田にとって一つ誤算となったのは大神の扱いである。
あくまで、大神は大元帥閣下の艦娘を率いる司令官代理、隊長であり、全ては大元帥閣下の采配あっての今回の海戦の戦果である。
予定ではそのように米田と山口は話を持っていくつもりだったのだが、艦娘の力を究極にまで引き出して霊力技を繰り出し、敵9艦隊を一撃で全滅させると言う大技を大神にされては黙ってるわけにもいかず、事実を公表するしかなかった。
結果、帰国した大神たちを待っていたのは艦娘を率い、ただ一人の犠牲を出すこともなく勝利した大神たちへの喝采、英雄視である。
特に艦娘と違い、一人の人間である大神への報道は白熱の限りを尽くした。
「帝國の若き英雄」、「東洋の奇跡」、「日ノ本の剣狼」などの美辞麗句が紙面を飾り、帰国後艦娘を庇っての怪我による入院がなければ、報道が何処まで過熱したか想像もつかない。
いや、艦娘を庇い怪我を負ったことが更に報道の過熱に拍車をかけたかもしれない。
艦娘は全て美しい女性であり、彼女たちを庇う若き英雄と言うのは絵的にも見栄えが良いからだ。
華撃団設立と同時に行われたブラック提督の摘発により、イメージダウンした軍の印象を良くする為にも都合が良い。
大神の以前の行動は積極的にリークされ、仕官学校時代におけるとある練習巡洋艦との心の交流が報じられた。
(それにより、有明鎮守府で一悶着あったとかなかったとか)
また、大神が『太正会』の会合にメンバーとして呼ばれたことも英雄視に拍車を駆けている。
ただの互助会であった筈の『太正会』は、今となっては大元帥閣下による改革を支える組織とみなされており、大神は士官学校の頃からその大器を大元帥に見抜かれ抜擢されたのだと言われている。
事実を知る者からすれば苦笑するしかないのだが、まあ、そのように見れば見えなくもない。
大神が司令官代理ではなく、司令そのものを任せるに足る人材である事は確かであるし。
幸い、大神は有明鎮守府で任に当たっており、作戦会議などがなければ無闇に外に出る事はない。
あまり秘密にしても大衆の不満が溜まるだけであろうから、いつかガス抜きは必要となるが、過熱した報道が落ち着くまではこのままで良いだろう。
そんな事を考えながら、陸軍の要請により行われていたキス島撤退作戦の報告書に目を通す。
いや、作戦名が手書きで修正されている、『キス島包囲艦隊殲滅作戦』と。
「なんだ、これは?」
疑問に思いながら米田は中身に目を通す。
どうやら大神たちは、高速艦低速艦が入り混じった敵包囲主力艦隊の構成の隙を突いたようだ。
高速統一され、かつ霊力による高い能力補正を受けた艦隊を率い、敵水雷戦隊をまず一蹴。
そのまま敵の合流を許さずに速度差を生かして、時間差による各個撃破を行い敵艦隊を順次殲滅。
風の如き、見事なまでの各個撃破戦法であったらしい。
日が登る頃に到着し、日が暮れる前には殲滅し終わったと書かれた報告書にはこう結ばれている。
撤退はもう必要ないのではないか、と。
米田は爆笑する。
と言うか、もう笑うしかない。
「はっはっは! 大神のやつ、いくらなんでもやりすぎだぜ! どこかから縁談が持ち込まれて、艦娘に刺されても知らないぞ?」
これはまた報道が過熱する。
確信しながら、米田は国内外を問わず山の様に持ち込まれるであろう縁談をまた自分と山口のところで差し止めなければと電話を取るのであった。
なお、キス島包囲艦隊殲滅作戦のことが報道された後、米田・山口両大臣で差し止められた縁談の数は3桁を余裕で越えたとか。
そんなある日、海軍技術部の神谷が有明鎮守府を訪れるのであった。
本当はミラクル大神とか、大神・ザ・マジシャンとか使いたかったw
あまりにも語呂が悪すぎて却下となりましたが(分かる人は分かるネタ)