元警備府の艦娘に演習で一撃すら与えることも出来ず、完全敗北を喫した呉の艦娘達は驚愕に包まれていた。
いや、それは自由行動で暇を持て余して演習を見ていた、曙たちを除く横須賀鎮守府の大半の艦娘にとっても同じことであった。
「信じられません、私の計算ではここまで一方的な戦いになるなんて…………こんなことあり得ません」
「スッゲーな! 駆逐艦で正規空母をふっ飛ばしやがった! どうやったらあんなことができるんだ! 私達も強くなれるのかな!? 訓練が楽しみだぜ!!」
「うふふっ、こんなことって起きるものなのね~」
鳥海が呆然と総評を下す一方、摩耶は自分も同じように成れるんじゃないかと興奮した口調だ。
愛宕は呆然としているのか、予想通りなのか表情からは読めない。
「蒼龍、見た? 五航戦の搭載数、完全にスペックオーバーな数だったよね? それを自在に操って一航戦から優勢をもぎ取ってた」
「もちろん見たわよ、飛龍! もしかしたら、私達も一航戦に勝てるようになるのかしら? すごい話じゃない!? ねえ、鳳翔さん?」
「ええ。私も、もう一度活躍できる様に成れるのかもしれませんね」
空母組は、はじめて見る一航戦の空戦での敗北に盛り上がっていた。
「あー! 響と暁が大神さんになでなでしてもらってる! う、羨まし――じゃ、なくて、なかなかやるじゃない?」
「叢雲ちゃん、あんなの私達には無理だよう……」
「やってみないと分からないわよ! 私だって、警備府の艦娘だったら出来たかもしれないじゃない!?」
もはや、ツンデレを投げ捨てかけている叢雲は暴走寸前で磯波に引き止められている。
「ちょっとだけ、ちょっとだけだけど、すごいと思うかな?」
「もう敷波ったら。でも、あたし達もあ~なれるのかしら?」
「ボクも早く訓練して、あんな風になりたいなあ」
敷波達は響の活躍に沸いている。
とは云うものの主題は自分も響のようになりたいことがメインである、無理もない話だ。
概ね、横須賀鎮守府の艦娘は今後の自分達に希望を持っていた。
但し、この事を知っていた曙たちはもちろん感想は異なっていた。
「クソ隊長、やりすぎ」
「ああ。我ながら大人気なかったと思っている」
大神の表情は若干苦々しい。少なくとも完勝した側の表情ではない。
「怒ったご主人様、結構怖いんですね~」
「やはり、大佐は悪辣だったな。ここまでやるとは」
艦娘を引き連れて、呉鎮守府の艦娘たちの下へ向かう大神を途中で捕まえて歩きながら、そう評する。
一方、呉鎮守府の艦娘たちは打ちひしがれていた。
先程の演習が万が一接戦だったら、最新鋭軽巡3隻を擁した水雷戦隊での演習で決着を着けるつもりだったが、向こうには加賀をたった2発の砲撃で戦闘不能に追いやる駆逐艦が、大和に止めを刺した軽巡がいるのだ。
水雷戦隊での演習など、もはややる前から結果は見えている。
いや、加賀たちのように無様を晒す事がなくてよかったと考えるべきか。
憔悴しきった表情で陸に上がり、破れ飛んだ艤装を繕う加賀たちにどう声をかけたものか、周囲の艦娘たちが迷っている間に大神たちが近くに現れる。
「何の用? 無様を晒した身の程知らずを笑いに来たのかしら?」
「そうよ。ねえねえ、完敗やっちゃったけど、今どんな気持ち? どんな気持ち?」
瑞鶴が加賀を囃し立てる。が、流石にいくらなんでもやりすぎである。
無表情を貫こうとする加賀の目じりにも微かに悔し涙が浮かぶ。赤城は既に涙目だ。
「瑞鶴くん、やりすぎだよ。加賀くん、それについては後にしよう。先ずは君たちを回復させに来たんだ」
「……そうね、貴方の力が真実である以上、それも真実だったわね」
「……お願いします。首謀者の私達は捨て置いても構いませんから、せめて大和さんたちだけでも」
「そんなことはしない。みんな回復するよ」
頭を下げて懇願しようとする赤城を制止して、大神はいつものごとく構えを取る。
「狼虎滅却 金甌無欠!」
大神から柔らかな光が溢れ、加賀たちを回復していく。
いや、それは加賀の周囲に集まっていた呉鎮守府の艦娘たちにも届いていた。
その霊力が既に大神は怒っていない事を加賀たちに伝える。
では、何を目的にここまで来たと云うのか。
「済まなかった、加賀くん、赤城くん、呉のみんな」
疑問に思う呉鎮守府の艦娘たちに大神は頭を下げる。
「……なっ! 何でそんなことを!?」
「隊長、そんなことしなくても!」
大神の行動に驚愕した赤城が、否、呉の艦娘が、声を荒げる。
頭を下げるべきなのは、どう考えても、命令を無視しようとした自分たち、大神を貶した自分たち、警備府の艦娘を愚弄した自分たちなのに。
警備府の艦娘も驚いている。
「君たちの誇りを、プライドを、傷つけてしまったからだよ」
「……やめて……」
震える声で、加賀が大神を制止しようとする。
だが、それはあまりに小さな声過ぎて、大神を止めるには至らない。
「警備府の艦娘のみんなを貶された怒りのままに、君たちを傷つけることを選んでしまった。君たちがここ有明に来た時点で、同じ艦娘として平等に扱うべきなのに。だから謝らせてくれ。すまなかった、呉のみんな」
「……やめてっ!!」
加賀が大声を上げる、その目からは涙が零れ落ちそうになっていた。
「そんな事言わないで! 身の程知らずなことを言っていたのは私たちなのに! こうやって一方的にやられて始めて、増長してた事に、慢心してた事に気付いた愚か者に、そんな事いわないで!! ……もっと惨めになるわ!!」
言葉を重ねれば重ねるほど、自分が如何に増長していたか分かる。
もし時間を巻き戻せるのならば、慢心していた自分に叱ってやりたい。
これだけの能力を持った男だからこそ、大元帥閣下に抜擢されたのだともっと早く気付くべきだった。
「いや、だからこそ謝らせて欲しい。加賀くん、赤城くん、君たちを泣かせてしまったことに」
そういって、大神は加賀の涙をふき取る。続いて赤城の涙を。
「「あ……」」
両者の頬が微かに赤くなる。
「約束する、君たちをもう泣かせないと。だから、改めてお願いするよ。俺を隊長として認めて欲しい」
そうして、大神は呉の艦娘たちに再度頭を下げる。
先ほどとは異なる、答えなど決まっていた。
「「「すみませんでした、隊長!」」」
呉の艦娘たちは、大神以上に深く頭を下げ謝罪を口にする。
「ありがとう、みんな。これからは宜しく頼むよ」
そうして差し伸べられた手に、呉の艦娘たちは自己紹介を行いながら握手を交わす。
「隊長……」
そして、最後に座り込んだままの赤城と加賀に向き直る大神。
「赤城くん、加賀くん、宜しく頼む」
「はい……」
半ば心ここに在らずといった状態で大神と握手を交わす二人。
「大神……隊長……」
大神にふき取られた涙の痕が熱を持っていた。
その熱の意味を、二人はまだ知らない。
「う~、隊長さん、やりすぎだよー」
「まあまあ、瑞鶴」
瑞鶴は天地をひっくり返しかねない加賀たちの様子に警戒を露にしていた。
一方、翔鶴は大神の行動に驚きはしたものの、これでよかったのだと思っている。
あのまま、勝利に任せて呉の艦娘に言う事を聞かせても、内心で反発されていたかもしれないからだ。
それでは、呉の艦娘は真に力を発揮できない。
「だから、これで良かったのよ、きっと」