そうして、ゆりかもめが国際展示場駅正門駅に辿り着いて、腕を組んだ大神と鹿島が駅を出ると出口に6人の少女が大神たちを待ち受けていた。
「もう、鹿島さん、程々にと云っておいたでしょう」
「ごめんなさい、かすみさん。ふふっ」
やんわりと鹿島をたしなめる大神と同じ年頃の美女、藤井かすみ。
「大神さーん、お久しぶりでーす」
手を振って大神を歓迎する少女、榊原由利。
「あ、大神さん! これからは、ここ帝國ビッグサイトでも宜しくお願いしますね!」
見慣れた売り子の衣装に身を包む、少女。高村椿。
そして、
「大神さん、秘書官として目一杯頑張りますね」
見慣れたメイド服に身を通したメル・レゾン。
「大神さん、休憩中の甘味は任せてくださいね!」
同じくメイド服に身を通したシー・カプリスがそこにいた。
「風組のみんなは分かるけど、メルくんにシーくんはどうやってここまで来たんだい?」
大神の疑問も尤もだ。フランスから日本まで来るには海路・陸路いずれにしても大変だし、そもそもグラン・マ(イザベル・ライラック)大統領が手放すとも思えない。
「えへへ。そこはですね、直球勝負で行ったんです。『大神さんの傍にいたい!』って」
「もう、シーったら。でも、結局、グラン・マに云える事なんてそれしかなかったんです。自分の心の中の本当、それをぶつけることしか」
「案外簡単にオッケーしてくれましたけどね。『まったく、みんな色気づいて、何で私だけこの年代なのかしら』ってぼやいてましたけど」
「良かったですね、大神さん。グラン・マに狙われたら大神さんなんてひとたまりもなかったですよ」
確かに。あの百戦錬磨の女性が相手となったら、確かに大神などひとたまりもないだろう。
その時のことを想像してホッと一息つく大神。
「大神さん、ほかの女の人の事、想像してたでしょう。メッ、です!」
大神の腕にしがみついていた鹿島が大神にダメ押ししようとするが、
「はい、鹿島さんの役目はここまでです。あとは、私にお任せください」
「いたっ! 痛いですから、分かったから、耳を引っ張らないで下さい~」
耳を引っ張られ、鹿島は大神にしがみついていた手を解く。
そして、6人の最後の一人、大淀が、
「連合艦隊旗艦、大淀です。これから、貴方に有明鎮守府の案内を致しますね」
と言葉をかけるや否や、早足でその場を離れようとする。
「ちょっと待ってくれ、艦娘のみんなはどうするんだい?」
といった大神の問いにも、振り向きもせず、
「問題ありません。そのまま鹿島さんが寮について説明することになっています」
歩みを緩めもせず、そのまま立ち去っていこうとする。
歩きながら有明鎮守府を説明する大淀の受け答えは正確、かつ精密で事務的、流石の大神もそれ以上話す事もあまりなくなり、必要最小限の受け答えとなって、やがて最終目的地である司令室へと到着する。
「ここが有明鎮守府の中枢、司令室となります。とは言っても前線で戦う大神さんの事ですから、大神さん自身が司令室となるんでしょうね」
「どこでそれを知ったんだい?」
大神の疑問も尤もだ。提督華撃団隊長・大神一郎。場合によっては機密情報に類することになりかねない。
「横須賀鎮守府での光武・海の起動試験のときに拝見しました。本当は3日目の朝に挨拶しようかと思っていたんですけど、それどころじゃなかったみたいですから」
そこで、はじめて大淀は硬かった表情を柔らかくする。
「貴方のような方が隊長でよかった……この大淀、あなたの筆頭秘書艦としてお役目につかせていただきます。何かありましたら『私に』全部仰ってくださいね?」
「えーと、全部見てたのかな?」
「ええ、勿論。艦娘のために土下座して、大臣にもあのような物言い。不躾ながらこの大淀、感動いたしました。私も貴方のためになら、同等の事はする所存です」
改めて人からそういわれると、なにやらこそばゆい。
そんな大神を尻目に、大淀は隣の部屋に身を進める。
「あ、隊長。ここから一つ下の階が浴場となっております。今なら誰も居ませんから、汗を流されてはいかがでしょうか?」
大淀がドアを閉めると、そこは大神一人には少々大きすぎるくらいの広さの間。
そして、まだ、本格的には稼動していない鎮守府。
となると、大淀の云うとおり移動中にかいた汗が気になる大神であった。
「そうだな、今の内に一汗流しておこうかな」
大神が向かったお風呂場は隊長一人のためとは思えないほど大きなものであった。
「大きいな、いや、大き過ぎないか、ここ?」
まさか、ここって、俺だけの場所じゃなくて……そう考えた大神の思考より早く、お風呂のドアを叩く音が聞こえる。
「うふふっ、大神くん。入っていますよね?」
「ごめん、鹿島くん! すぐに出て行くよ!」
艦娘共用のお風呂というなら話は別すぎる。
体が勝手に動いたのとは話は別だとばかりに、お風呂場を飛び出ようとした大神であったが、
「逃がしませんっ、えいえいっ!」
「うわぁっ、鹿島くんタオルを掴まないでくれっ!?」
「そ れ に、今逃げたら、きゃー痴漢って叫びますよ、大神くん?」
「…………」
そういわれたら、何も言いようがないのが男と云うもの。
大神に出来る事と言えば、降参の合図くらいというものだ。
そして、一つのお風呂に二人ではいる大神と鹿島。
洗い立ての結い上げた鹿島の髪の毛からふんわりとシャンプーのいい香りが漂い、うなじも艶かしい。
また、タオルで巻いただけの胸元は横からでもチラチラ覗く事が出来、豊満な胸を隠しもしていない。
「ふー、いいお湯ですね、大神くん」
「鹿島くん、あの、色々見えているんだけど……」
「もう、見せているんですっ。二人っきりでも、私が大神くんって言っても、もう鹿島さんって言い直してくれないんですね」
「ええっ!? 鹿島、くん?」
大神が鹿島に向き直ると、鹿島は大神の膝にすわり正面から大神の瞳を覗き込む。
鹿島の素肌の感触にあたふたする大神だったが、
「大神さん、答えて下さい。今の大神さんは、大神くんではないって本当の事なんですか?」
「鹿島くん……」
「有明鎮守府に移転する際に、技術部長に聞きました。でも、私、よく分からなくって、ちょっと不安だったんですけど、東京駅に会ったときも大神さんはやっぱり大神くんで、何も変わらなくって。だから、私このときを、ふたりっきりになれるこのときを待っていたんです……」
「鹿島くん……ああ、本当だよ」
鹿島の真摯な問いに対して、大神は真実を口にする。
自分と言う存在についての真実を。
「……じゃあ、大神くんだった頃の記憶は大神さんの中にあるんですね?」
「ああ、それは間違いなくあるよ。じゃないと鹿島くんの事、鹿島さんって呼べないよ」
「…………」
「引っ叩いても罵ってくれても構わない。俺は君に対してそれだけのことをしたのだから」
「………………」
鹿島は何も言わない、やはり想い人が居なくなってしまったことにショックを受けているのだろうか。
「鹿島くん?」
「なーんだ、記憶を受け継いでいるんなら問題ないじゃないですか!」
一点笑顔をほころばせる鹿島。
「え?」
「大神さん達は私達、艦娘を甘く見すぎです! 沈む度、建造で出会う度に記憶も人間関係もリセットされてたんですよ! 記憶を受け継いでいるんなら問題ありません!! 大体それを言い出したら、金剛さんや響ちゃんはどうなっちゃうんですか!?」
「え、あ、いや……」
確かに鹿島の云うとおりだ。
「えへへ、大神さんは、『私のために』強くなってくれたんですね。そう思うことにしちゃいます!」
「……それでいいのかい、鹿島くん?」
「いいんです。私がそう思うから、それでいいんです! 大神さん、だーい好きっ!」
そう言うと同時に鹿島は大神にタオル一枚で抱きついてみせる。
「ちょ、鹿島くん、離れて!? 太ももが! 胸が!?」
「ダメです、離れてあげませんし、逃がしません! 引っ叩いても罵ってもいいって言いましたよね? じゃあ、その分だけ、大神さんを堪能させていただきます!」
大神の幸福な地獄は大淀がお風呂場に入り、
「隊長、お背中をお流しいたしま――何をやってるのですか、鹿島さん!」
と乱入するまで続いた。
鹿島の攻撃は全て息をつかせぬ二段、否三段構え