第五話 1 旅立ちの前夜
金剛の宣言から数日間、大神たちは近海の深海棲艦の再掃討など、警備府を後にする準備に勤しんでいた。
華撃団の設立宣言から数日。
主だった鎮守府、泊地、基地では度を越したブラック提督、腐敗した上層部の逮捕が続出していることもあり、送り出す準備に若干時間がかかりそうである。
一番最初に艦娘を送り出すのは明日艦娘を送り出すここの警備府となりそうだ。
「それがいいかもしれんの。ウチの警備府に似た穏やかな環境をあらかじめ作ってしまえば、艦娘も馴染みやすいじゃろうて」
「ええ、そのように思います。艦娘にとって居心地の良い環境を、みんなと作るところから始めたいと」
司令官の酌を受ける大神。
ある意味同郷の士であることを分かった上で、こうやって酒を酌み交わすのは初めてである。
「大神……特務大佐。ワシは華撃団の二刀を使う純白の機体が大好きじゃったんじゃ。無限軌道で先陣を切って地を駆けながら、他機体に指示を出すその姿に憧れてもおった、あれこそ男として、指揮官として目指すべき姿じゃと」
「ありがとうございます。そのようにまで思っていただいたとは、光栄です」
言って、杯を一気に飲み干す大神。
熱さが喉を通り抜ける感覚は心地よく、つまみとして用意されたほや酢の酸味とも相性がよい。
大神の空いた杯に司令官が酒を注いで、司令官が続けて話す。
「こっちに来てな、何回ももうダメだと思うときはあったんじゃよ。深海棲艦が現れたとき、シーレーンを奪われたとき。でもな、ワシたちは信じとった。米田閣下の手に神刀滅却がなかったときから、ずっとな」
「何をですか?」
「必ず、必ず『神刀滅却を携えた大神一郎』が現れる、と。そのときこそ、我らが動くときじゃと」
「……」
言葉を失う大神。
そこまで自分を待っていたと云うのか。
「新人少尉として着任した貴官の手にあるのが神刀滅却と気付いたとき、そのとき自分がどれほど歓喜したことか。ま、もっとも、そこから先の全く新しいダイナミックな戦闘方法は、流石に開いた口がふさがらなかったんじゃがな」
ホッホッホッと笑う司令官。
大神と、大神に抱きつかれた事のある艦娘たち――と、いっても金剛を除く全員なのだが、顔を赤くする。
逆に金剛が何のことデース? と、小首をかしげている。かわいい。
「何の因果か立場は逆転してしまったが、楽しい時間じゃった。憧れておった華撃団隊長と共に仕事を出来たのじゃからな」
「自分も……貴方が司令官で良かったと思います」
「そうか、伝説の華撃団隊長にそう言って貰えるのなら、ワシはまだまだ捨てたものではないかの?」
「勿論です。海軍の組織の立て直しが終わった後は、司令官にもまだまだ働いてもらうと山口閣下が仰っておりました。」
「年寄りをあんまりこき使わんように、言伝をお願いしようかの?」
「はい、分かりました」
軽く笑い杯を合わせる二人。
最初こそ、艦娘たちも思い思いの飲み物を手にして二人に話しかけていたが、やがて酌み交わす二人に遠慮して艦娘たちで集まって飲んでいる。
金剛はそんなこと知らないデースと突撃しようとしたが、比叡たちに制止され、隅っこでいじけながら飲んでいる。かわいい。
「司令官はこれからどうされるのですか?」
「そうじゃな、しばらくは警備府の司令官を引き続き担当することになるかの。艦娘を有明に集結させるといっても、確保したシーレーン、制海権を手放すわけにはいかんから、恐らく海域攻略とは別に、巡回や輸送船の護衛などもする事になるじゃろう。基地機能は変わらず必要になる筈じゃ」
「はい、自分もそのように考えております、詳細は艦娘が集まった上で決定することになるでしょうが」
「そこまで分かって居るのなら、ワシから言う事はもうないかの」
徳利に注がれてあった酒ももうない。
この辺りがお開きの時間としてちょうどいいだろう。
「今日までご苦労じゃった、大神大佐。明日からは全ての艦娘が大佐の下に集うことになる。この国を、世界を、頼むぞ」
司令官は立ち上がって、手を差し出す。
「こちらこそありがとうございました、司令官。立場は変わりますが、これからもよろしくお願いします」
大神も立ち上がって、その手を握る。
「今度酌み交わすときは、もう少し料理でも楽しみながらにしたいの」
「そうですね、有明には給糧艦の子も配属になると聞いています。艦娘も小料理や甘味を楽しめるように出来ればと思います」
「うむ、頑張ってくれよ」
そう言って、二人は再度酌み交わすことを約束する。
そうして夜が更け、大神は酔い覚ましを兼ねて、いつもの夜の見回りを行う。
日本酒で軽く火照った肌に夜風が心地いい。
出立が明日と云うこともあって、艦娘たちの部屋は大半が消灯している。
軽巡寮からは川内たちが飲み足りなかったのだろうか、喧騒が聞こえるが、長く所属していた警備府を離れるのだ。
彼女達にも思うところがあるのだろう。
神通がいるのなら羽目を外しすぎることもないだろうし、止めるのも無粋というもの。
大神は軽巡寮を後にして見回りを続ける。
そしてお風呂場の近くに来ると中の電気が付いている事に気が付いた。
お風呂に入るには少々遅すぎる時間。
「電気の消し忘れかな?」
しょうがない消しておくかと、大神はお風呂場の中に入る。
風呂場の中を見渡すと、入り口だけでなくお風呂場の方も明かりが灯っていた。
そして、着替えが籠の中に入れられていた。
白衣に緋袴に似たスカートが2着分。
つまり、
「翔鶴くんと、瑞鶴くんがお風呂に入っているのか」
ここに居ては、いずれ彼女たちと鉢合わせになってしまうだろう。
そう考えた大神はお風呂場を立ち去ろうとする。
しかし、
「い、いかん……体が勝手に……」
大神の身体はその意に反し勝手にお風呂場の中へと入っていくのだった。
あくまで『体が勝手に』である。すごく、ものすごーく大事なことなので二回言った。
いきなり男臭いスタートですいません。書きたかったので。
そして、流れるようにお風呂に入る大神さん。