「光武か。やっぱりおめぇはその名を選んだな」
大神の決定に、感慨深げに頷く米田。どうやらその名を付けると予想していたらしい。
「技術者として一つの名にそこまでこだわりを持ってくれるとは、嬉しい限りだよ」
山崎も満足げな表情をしている。
「早速場所を換えて起動試験や君に合わせた調整と言った所を行いたいところだが、今からでは流石に遅すぎるな」
「そうですね、もう日も落ちていますし」
かなり長い間話し込んだ為か、日は地平線に隠れ、残照のみが見える。
この状態で細かい調整などは出来ないだろう。
「そこは気にしてもらわなくても構わないよ、山崎君、大神くん。3日間、横須賀鎮守府の演習場の一角を貸与するよう、既に指示済だ」
「え? もうすぐ完成するという本拠地ではないのですか?」
「あー、そこは法案が通ってからにしてくれ、今のところ別名義で工事しちまってるからよ」
米田が首を掻きながら言い辛そうに答える。
何気にとんでもないことを言っている。
「そんなことやってしまっていいのですか?」
「法案が通ってから本拠地を建造するとなると、完成までの間艦娘を異動させられないだろう? ヤケになった提督たちが艦娘に何をしでかすか分からないからな」
「私達としてはブラック提督達が変に動いてしまう前に一気に片付けてしまいたいんだ」
「そうでしたか、思慮の足りないことを聞いてしまい失礼致しました」
自らの浅慮さを恥じ、大神は米田と山口に頭を下げる。
「いや、いいって事よ。気にすんな大神」
「今日は移動から、さまざまな話があって疲れたんじゃないかね? 明日から光武・海の調整もあるだろうし、帝國ホテルの一室を取っておいたからゆっくり休みたまえ」
「はい、ありがとうございま――」
一礼し、答えようとした大神だったが、脳裏にいろいろな事が過ぎる。
『いっちゃ、やだ』
そう涙目で懇願する少女、響。
ほぼ全員で駅に見送りに来てくれた艦娘たち。
『731部隊への献体命令なんてバカな情報』
そう言い放つ米田の言葉、響の悪い予測は正しかったのだろう。
『君の存在が失われてしまう』
そして山口の言葉、最初に受けた献体命令のままなら自分の命はもうない筈だ。
もし、警備府のみんなにそう伝わっていたとしたら――
彼女達を悲しませてはいないだろうか。
「すいません、警備府のみんなには自分のことはどう伝わっているのでしょうか?」
「どうって――あ」
大神の問いに米田が珍しく、凍りつく。山口も今気が付いたとばかりにバツの悪そうな表情をしている。
「すまない、君の身が第一だったからね、まだ伝えてはいないんだ。流石に総理大臣宅の電話は使わせられないから、ホテルから連絡してくれないかね」
「分かりました、では急ぎ連絡したいのでこの場を失礼しても宜しいでしょうか?」
「もう少し話したい所だったんだが、俺達のミスだ。しょうがないな。大神ー、霊子甲冑のことは話してもいいが、華撃団のことは――」
どこからか持ち出した酒瓶を片手に米田が酒を飲む振りをする。
「はい、法案が成立するまでは内緒にしていればいいんですね」
苦笑しながら、大神は花小路邸を後にするのだった。
日が沈み警備府に明かりが灯る。
普段なら艦娘たちは夕食を取りに食堂に行き、夜間訓練をする頃合だ。
だが、艦娘たちは誰一人として司令室から離れようとしなかった。
実験素材として扱われようとしていた大神、
そして行方不明となった大神、
彼からの連絡はまだない、あの真面目な大神がである。
先程から訳もなく嫉妬に駆られたり、我が身を省みて妙な安心感を得たりしている響、明石、暁、睦月は勿論、全ての艦娘が大神についての連絡を待っていた。
時間が刻一刻と過ぎていく度に彼女達の焦りの色が濃くなっていく。
もしかしたら――もう大神さんは――
嫌な想像が彼女達の中を渦巻いていくが、誰も口にはしない。
口にしたら実現してしまいそうな気がして、みんな恐れているのだ。
と、電話の音が鳴る。
一瞬誰もが電話に手を伸ばそうとするが、龍田がやんわりと手で押し留める。
確かにここは、司令室。
司令官宛ての電話に勝手に出るわけにはいかない。
龍田が電話を取り、相手の声を聞いた瞬間待ち望んだような嬉しそうな表情を浮かべる。
「大神さん!」
その声を聴いた瞬間、艦娘たちが龍田の元に殺到する。
「「「大神さん!?」」」
「ちょっとー、みんな。大神さんの声が聞こえないわ」
龍田の声も艦娘たちには聞こえていない。
「何処にいるの?」
「修理は必要ですか?」
「無事なんですか?」
「こんなに心配させて、帰ったら爆撃してやるんだから!」
艦娘たちは思い思いの言葉を口にしている、響や睦月に至っては「良かった……」と涙を零しながらその場にへたり込んでいる。
というか瑞鶴、人は爆撃されたら死ぬぞ。
「静かにせんか!」
と司令官が珍しく大声で艦娘たちを止める。
その声を聞いてようやく我に返ったのか、艦娘たちは静かになる。
「まったく。龍田、スピーカーホンに切り替えてくれ」
「え、でも宜しいのですか。私達が聞いてはいけない話なのかも……」
「そのときはまた切り替える、このままではこの娘達が納得できんじゃろ」
司令官の言葉に納得したのか、龍田が電話をスピーカーホンに切り替える。
『司令官、連絡が遅れ失礼致しました』
「まったくじゃ。大神、行方を何故くらませたのじゃ!」
『失礼しました。東京駅にて山口海軍大臣閣下より新規命令を受け対応しておりました』
大神の言葉に司令官もピンと来る。
「大神、お前を救うためか?」
『はい、それもあります。あの献体命令を受け入れていたなら既に自分は――』
命はなかった、と続けようとする大神を涙声の響が遮る。
「だからぁ……だから、言ったじゃないかぁ……危険なんだって……」
『響くん? すまなかった、俺が軽率に考えていたよ』
「……献体命令がなくなったんなら、帰ってこれる?」
今すぐ帰ってきて欲しい、という言葉を飲み込んで大神に尋ねる響。
『ごめん、響くん。献体命令はなくなったんだけど、別の命令を受けていてね。数日は横須賀鎮守府に行かないといけないんだ』
「命令? 危険な命令じゃないよね? 大丈夫だよね?」
どこか心配性になってしまいがちな響。矢継ぎ早に大神に尋ねる。
『ああ、そこは問題ないよ。海軍で開発された俺の新装備の試験だから』
「ということは大神。お前用の霊子甲冑が完成したんじゃな!」
嬉しそうに司令官が頷く。よほど楽しみにしていたらしく、声が弾んでいる。
『はい、司令。これでようやく自分ひとりでも水上戦が出来ます』
「え……」
吹雪が寂しそうな声を零す。
周りの艦娘たちもだ、そんなに嫌ではなかったのだろうか。
「大神隊長、その霊子甲冑が完成したとしても、私達との連携訓練はしばらくは今までどおりしていただきますから」
その雰囲気を悟ってか、神通が大神に宣言する。
『ええっ、なんでだい? 水上を駆けられるようになるのだから他の訓練をするべきじゃ?』
「その装備が常に使えるものとは限りません。いざと言うときのことを考えるのであれば多少なりともするべきです」
「とか言って、自分が抱きつかれたいだけじゃ――」
「なんでしょう、川内姉さん?」
神通が川内に笑みを向ける、その笑みは果てしなく恐ろしさがこもっていた。
「いやー、なんでもないよー」
だが、川内も慣れたものか軽くかわす。
「と、言うことで大神隊長。これからもよろしくお願いいたしますね」
『とほほ、分かったよ』
肩を落としたような雰囲気で答える大神だった。
光武・海の起動まで持っていくつもりだったんだけど、響たちが暴走。
何故だ。