第四話 1 献体命令
ある日の警備府の昼食時。
午前の訓練を終えた艦娘たちは昼食を食べながら何処かそわそわしていた。
大神が司令室に呼び出され、まだ食堂に現れていないからだ。
響を取り巻く一連の騒動が終結し、警備府には大神に隔意を持つ艦娘は居なくなった。
いや、全員が好感を抱いているといってもいい。
「大神さんがずっと隊長だったらいいのにな」
だが、大神を待つ吹雪の独り言で気付いてしまったのだ。
大神は新人少尉としては短い間に華々しい戦果を残している事に。
深海棲艦の襲撃を受け負傷した司令官に代わっての警備府の防衛。
単騎による戦艦級の撃破。
近海の深海棲艦の一掃。
それに彼自身が持つ異能。
艦娘に匹敵する戦闘力。
艦娘を無傷で庇った防御力。
高速入渠剤入らずの回復力。
そして響と共に放った、戦艦を多数含む大艦隊を一撃で根こそぎ戦闘不能に追いやった攻撃。
人選はともかく、大佐が直々に調査に訪れたことを考えても、海軍が並々ならぬ興味を持っていることは明らかだ。
そんな大神を、警備府の臨時隊長としてずっと配置しておくだろうか。
考えだすと、艦娘たちの中で不安が渦巻いてしまう。
「大神さん以外の人なんて……」
吹雪と同じく大神を待つ響が呟く。
海軍に所属する艦娘として最後こそ言葉を濁したが、そこに込められた意は明らかだ。
大神自身のことを考えれば間違いなくよいことなのだが、俄かには認められない。
食堂が静まり返り、重い空気に満ちる。
「ごめんみんな、遅くなった」
そこに大神が一通の封書を持って食堂に現れる。
まさか、本当に。
「大神さん!」
「隊長!」
「大神隊長!」
「隊長さん!」
「少尉さん!」
「少尉!」
響をはじめとして、不安に駆られた艦娘たちが大神に殺到する。
「うわっ、どうしたんだい、みんな?」
艦娘に詰め寄られて、慌てる大神。
「大神さん、その封書は何なんですか?」
不安そうな表情を隠そうともしない吹雪が大神に尋ねる。
「ああ、これかい。こないだのがまともな調査にならなかったからね。改めて研究部隊での調査に応じるように、と書かれた命令書だよ」
「見せてもらってもいいかな」
大神の返事を待たずして、響が大神の手から封書を取り上げ中身を確認する。
吹雪たちも横から中身に視線を向ける。
「確かに研究部隊での調査命令だけど――」
だが、一言一句詠み解いていくと、そこには『献体を命ず』と言う表記が成されていた。
その表記が響たちの不安を煽る。
本来であれば『検体』でないとおかしい。
献体だなんて、まるで大神さんを解剖するかのような――
「期間は、期間がかかれてないよ……」
仮にも隊長として実務についている者を長時間拘束するのだ。
無期限だなんてありえない筈だ。
どういう意図なのだろうか。
悪い想像ばかりが加速して、響は半ばパニックになる。
「う、嘘だ……」
そして、最後にその研究部隊名を確認して絶句する。
研究部隊の名は731部隊と書かれていた。
出だしだけなので短いです。
長さが安定しなくてすいません。
あと、研究部隊名は艦娘の不安を煽るため選びました。
特段の意図などはありませんので、ご承知置きください。