直接的な描写は避けては居ますが、良い気はされないかもしれません。
あとがきに簡易にまとめておりますので、飛ばされる方はまとめを読まれても構いません。
「昔の警備府の話です――」
睦月の言葉に神妙の面持ちとなる大神。
仲間が沈んだときの話、そう簡単な決意で話せるものではないだろう。
搾り出すような表情の睦月に向き合って、大神は一言一句たりとも聞き逃すことのないように身構える。
そして、睦月が話し始めた――
あの頃の警備府は、司令官の下に提督が居ました。
提督はもう一人の司令官って言ってもよくって、実際の遠征指示や作戦の立案や指揮をしてたんです。
「今の俺みたいなものなのかな?」
そうですね。
でも、今の大神さんが実践指揮と訓練がほとんどなのに対し、提督はほとんどの業務をしていました。
昔の司令官のお仕事は、上や他鎮守府との折衝や予算の確保がメインで、私たち艦娘と直接接することはほとんどなかったんです。
「え? でも、俺がここに赴任したときは司令室で暁くんたちがジュースを飲んでいたよ?」
それは――最近になってからのことです。
昔の司令官は、多分艦娘との接し方に戸惑っていたんですね、提督に投げっ放しにしていたんですよ。
「そうだったのか」
ええ、それでも警備府は上手く回っていたんです。
実務を取り仕切る提督と、周囲との折衝を行う司令官の二人で。
あの、渥頼提督が赴任するまでは。
「渥頼提督?」
はい、大神さんは士官学校で聞いたことありませんか?
私たちを――使って、最近海軍最速で大佐に昇進した渥頼提督のことです。
「えっと、ごめん、睦月くん。そういうことにはあんまり興味なかったから。それよりも自らを高めることで精一杯だったよ」
ふふっ、大神さんらしいですね。
警備府に着任した渥頼提督は確かに有能でした。
効率のよい遠征スケジュールによる資源備蓄、出撃可能な海域の中でも特に本部の評価のよい海域を狙って出撃することによる自身の評価の確立。
本当に自分の評価を上げることに対しては有能でした。
でも、逆に艦娘の扱いは最悪でした。
遠征スケジュールでは秒単位の休憩も許してくれませんでしたし、近辺海域での連続出撃による戦意高揚も無理強いさせられました。
被弾しないことが当たり前で、たまに被弾して戻ってきたらどうせ入渠するのだからとストレス解消といって引っ叩かれ、殴られることもよくありました。
作戦通りなら被弾なんてしないはずだ、この無能艦娘がって言いながら。
勝てる戦いなら大破状態での進軍も当たり前で、……沈んだ子も居ました。
「そんなことが! 睦月くん、泣いているけど大丈夫かい?」
……はい、でも大神さんとは反対ですね。
大神さんと海上で最初会ったとき、遠征で傷ついた私たちを引っ叩くどころか、反対に治してくれましたよね。
「当然じゃないか。傷ついた仲間が居て、自分に何かが出来るというのに見て見ぬ振りだなんて俺には出来ない」
だから私たちは大神さんが信頼できたんです。
……脱線しちゃいましたね。
渥頼提督の印象は、最初は艦娘の扱いが悪い提督だって愚痴る程度でした。
だけど、渥頼提督の艦娘への扱いは殴る蹴るだけじゃなくてエスカレートしていったんです。
髪の毛を引きちぎったり、
艤装を脱ぐことを強要したり、
大破した状態のまま執務室に居ることを強要したり。
「睦月くん大丈夫かい? いやならそこは話さなくてもいいんだ」
いえ……大丈夫です。
しまいには胸を鷲掴みにしたり、下着を引きちぎったり、接吻を強要したりもしました。
司令官が艦娘と直接接触を持とうとしないことをいいことに。
「君たちを何だと思っているんだ!」
それで、もう限界だった私たちは司令官に直接訴えようとしました。
でも、運悪く司令室に向かう途中で渥頼提督に会ってしまったんです。
私たちは用件を話さないようにやり過ごそうとしましたが、すぐに見抜かれてしまいました。
渥頼提督は意見を取りまとめてくれた響ちゃんを殴りつけてから、訴状をその場で引きちぎって、言いたいことがあるならついて来いと響ちゃんを連れて行きました。
その日、響ちゃんが渥頼提督の執務室から戻ってから、渥頼提督の暴挙は収まりました。
でも、その数日後に響ちゃんに他鎮守府への出向命令が軍本部から下りました。
移動手段は海上を突っ切って赴けというものだったんです。
「単独でだって? いつ深海棲艦に遭遇するか分からないのにそんなの危険じゃないか?」
はい、私たちもその命令をみて驚きました。
同じように驚いた司令官も本部に命令を取り下げさせようと、せめて、随伴艦を付けるようにさせようと動きました。
ですが、司令官が持っていたはずの折衝のルートさえも、いつの間にか渥頼提督に全て握られていたんです。
嬉々として命令を言い渡す渥頼提督を見て、そのとき私たちはこの命令が誰の意図で発されたものか気づきました。
「でも! 艦娘でしかない私たちにはそれを跳ね除けることなんて出来なかったんです!!」
「睦月君、落ち着いてくれ」
ぐすっ、大神さん、ごめんなさい。
本部の命令は変わらなくて、
響ちゃんは6駆から切り離されて一人出向に出向き、
――その途上で、響ちゃんは、一人、撃沈されたんです。
「――っ!」
海の上で一人撃沈した響ちゃんの遺品はありませんでした。
手に持てる荷物は響ちゃんがドラム缶に詰めて異動していましたし、そうでないものは出向先の鎮守府に送付済みでした。
暁ちゃんたちの手元に残されたものは警備府着任時に撮影した艦娘の集合写真だけでしたが、響ちゃんの撃沈を聞いて泣き続ける暁ちゃんたち6駆の集合写真を撮影しなおすことを名目にそれさえも渥頼提督に取り上げられてしまったんです。
「そんな、せめて姉妹艦である暁くんたちが持っているべきじゃないか……」
そうみんなが言いました、でも渥頼提督は聞いてはくれませんでした。
鎮守府に送った荷物の返還さえも破棄済みだと聞き届けてくれませんでした。
そして時を経ずして、渥頼提督にも異動辞令が下りました。
赴任先は響ちゃんの出向するはずだった鎮守府、地位は一つ上がって中佐。
逆に司令官は殊勲なき響ちゃん撃沈の責を取らされ降格となりました。
でも、渥頼提督が居なくなって、司令官は私たち艦娘を集めて謝罪をしてくれました。
そうして、司令官が秘書艦を置くようになって、私たち艦娘と話し始めるようになって、
ブラックダウンが起きて艦娘の扱いが良くなって、
経緯を知らない、人に隔意を持たない吹雪ちゃんが着任して、
何より、私たちが司令官以外の人をまた信頼できるようになって――
そんなとき大神さん、あなたがやって来たんです。
睦月の長い独白が終わった時、すでに空には月が浮かんでいた。
音を失い、辺りは静まり返る。
「……辛い話を済まなかった、睦月君」
やがて、睦月の話したことを噛み締めるように大神が話す。
「……でしたら、一つ、ひとつだけ聞いて欲しいお願いがあるんです、大神さん」
「もちろんだ。俺に出来ることなら何だって」
こんな話あんまりすぎる。
この子達に出来ることがあるならばと、大神は力強く頷く。
「さっき、私大破進軍で沈んだ子が居るって言いましたよね」
「ああ、確かにそういっていたね、睦月くん」
「あの時はブラックダウンの前だったから、他の鎮守府で建造された子も居ました。でも、如月ちゃんは戻ってきてくれなかったんです……」
「如月……くん? それが沈んだ子の名前なのかい?」
如月といえば、睦月型の二番艦。姉妹艦なら仲も良かったのだろう。
如月が沈んだとき自分も泣いただろうに、響の話だから触れないようにしたのか。
大神は思わず睦月の頭を優しく撫でる。
「あの……大神さん?」
「あっ、ごめん睦月くん、あんな話の後で。嫌だったかい?」
「いえ……大神さんの手すごく優しくて、嫌な気はしませんでした」
引っ込めようとした大神の手を睦月が静止する。
そして、両手で包み込んだ。
「如月ちゃんは、私の姉妹艦でとても仲が良かったんです。だから、ブラックダウンが起きたときもう二度と会えないんだって思いました、泣きました」
「でも、大神さんが深海棲艦の中から響ちゃんを救出したと聞いて、如月ちゃんも同じように囚われて居るんじゃないかって。大神さんなら救ってくれるんじゃないかって!」
大神の手を包み込む手に知らず睦月の力が入る。
「もし、沈んでしまった如月ちゃんが深海棲艦に囚われていたとしたら、大神さんに救って欲しいんです!」
「……如月くんを救えたとしても、今の響くんのように記憶を失っているかもしれない」
「それでも! それでも――構わないんです!! 如月ちゃんが居たら、生きていてくれたら……」
睦月の目から涙が零れ落ちる。
「だからお願い……助けて、大神さん…………」
「勿論だ、睦月くん」
大神はもう片方の手で睦月の涙をふき取るのだった。
ブラック描写を読みたくない人への簡易まとめ
・ブラック提督がいた
・ブラック提督の暗躍で響は出向命令を受けた
・その途上で轟沈した
・睦月は大神に如月を救うお願いをした
三人称の会話にするとものすごく長くなるので、睦月の独白形式に致しました。
そして分かりやすいフラグが盛大にたちました